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第3章:魔人
D地区での戦い(6)
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恐怖の時間が過ぎていきます。
ただ風が吹き、ただ雲が流れ、ただ鳥が鳴き、ただ草木がそよぎ・・・
何の変化もない時間。
しかし、濃密な時間・・・一瞬たりとも気を緩めることができない時間・・・
ルークも《魔人》も少しも動きません。
互いの剣を見つめたまま、完全に動きを止めてしまい・・・
それは生きている人間とは思えないほど・・・まるで石像のように・・・
しかし、二人の肉体はすみずみまで強力な意識で支配され、相手の髪の毛一本の動きすら見逃さないほど感覚が研ぎ澄まされ・・・
その果てしない精神の力が、横に立っているだけの私にまで伝わってきて・・・
それは、ただそばにいるだけで発狂してしまいそうなほど激しく・・・
太陽がゆっくりと傾いていき、影の角度が少しずつ変化していくことさえも二人は正確に把握し・・・
少しずつ空気の温度が下がり、空気の重さが変わっていくことはおろか、雲の厚さが増し、空気中の水分の量が増加していくことさえも、まるで精密機械で計測したかのように厳密に感じ取り・・・
しかし、それでも、二人は動かないのです。
先に動けば自分が死ぬからです。
だから、ただ相手の姿勢をじっと見つめ続けているのです。
やがて上空の雲の厚さがさらに増していき、それは雨雲となり、ぽつりぽつりと水滴を落とし始め・・・
それでも、二人は少しも動こうとはせず・・・
雨足が強まり、体の表面を大量の水滴が流れ落ちても、二人の剣は微動だにしないのです。
ぬかるんだ地面の影響を補正するために、わずかに足の位置をずらしただけで・・・
雨は止み、再び太陽の光が射し始め・・・しかし、それは若干赤く染まっていて、もう日が暮れ始めたことを示していて・・・
そして、空が不気味な血の色で覆い尽くされたかと思うと、私たちの周囲の空間は一気に暗くなり・・・
しかし、それは完全な暗闇ではなく・・・星の光が二人の姿をはっきりと浮かび上がらせ・・・
極限状態で静止した二人の姿を・・・
*
時間だけが過ぎていく・・・
でも、その時間の経過を二人の体から感じ取ることはできず・・・
ああ、何と言うことなのでしょう。
ルークに動くなと言われてから、何時間がすぎたのかもわかりません。
あの瞬間から、二人は互いに向かい合ったまま、じっとしているのです。
相手が動くのをひたすら待ち続けているのです。
夜が深まり、静寂が周囲を支配しつくしても、二人の集中力は一切途切れることがなく・・・
その恐ろしいほどの気迫のせいで、ルークの後ろにいる私ですら、全く眠気を感じることがなく・・・
何の変化も引き起こさない時間が、無言で過ぎていくだけなのです。
変化するのは星の位置だけ・・・
長い夜が終わり、やがて朝が・・・
東の空が明るくなりかけて・・・
その時、私は気が付きました。
恐ろしいことに・・・
《魔人》はやみくもに私を斬りつけたのではなかったのです。
私に剣を突きつけた瞬間に、ルークが間に入って、それをかわすことを予測していたのです。
しかも、その直後には、二人とも全く動けない位置関係になり、相手の動きを待つしかない・・・そういう状況に陥ることを予想していたのです。
つまり、このような状態になることを《魔人》は最初から予期していたのです。
こうなることを想定した上で、私に斬りつけてきたのです。
つまり、彼は・・・《魔人》は最初から選んでいたのです。
自分の位置を・・・自分が立つべき位置を・・・
彼は朝日が昇る方向を正確に把握し、太陽を背にする位置に最初から立っていたのです。
昨日、私を襲った時には、すでに次の日の朝のことまで考えていたのです。
・・・次の日の朝、どの方角から太陽が昇るかということを・・・
もうすぐ、日が昇ります。
そして、それはちょうど《魔人》の真後ろなのです。
このまま太陽が昇れば、一瞬、私やルークには彼の姿が見えなくなるのです。
眩しい太陽の光のせいで、彼の剣の位置が見えなくなるのです。
そうなることを《魔人》は知っていたのです。
そうなることを彼は最初から計算していたのです。
何と言うことでしょう。
私はあのクルドークの宿屋で襲われたあとにルークが言った言葉を思い出しました。
あの《魔人》は恐ろしく強いと・・・きっと彼が魔力を使わなかったとしても、自分は勝てないだろうと・・・ルークはそう言ったのです。
これがこの《魔人》の恐ろしさだったのです。
ただ、たくさんの魔力を持っているだけではなかったのです。
ただ、力が強いだけではなかったのです。
彼は、人間と同じように・・・いや、人間以上に思考し、分析し、計画し、選択し、・・・
私は死を覚悟しました。
私はルークを信じています。でも、死を覚悟しました。
こんな恐ろしい男には勝てないと・・・それが魔物であろうがなかろうが関係ないのです・・・絶対的に私たちよりも上位にいるのです・・・
私はこの恐ろしい《魔人》に斬られる覚悟をしました。
でも、諦めたわけではありません。
私は諦めてなどいません。私はルークのことを信じていました。
それでも・・・
そして、その瞬間が・・・
太陽が昇り、はげしい光が《魔人》の全身を包み込み、私たちには全く彼の姿が見えなくなり・・・
《魔人》の剣が私たちを・・・
ただ風が吹き、ただ雲が流れ、ただ鳥が鳴き、ただ草木がそよぎ・・・
何の変化もない時間。
しかし、濃密な時間・・・一瞬たりとも気を緩めることができない時間・・・
ルークも《魔人》も少しも動きません。
互いの剣を見つめたまま、完全に動きを止めてしまい・・・
それは生きている人間とは思えないほど・・・まるで石像のように・・・
しかし、二人の肉体はすみずみまで強力な意識で支配され、相手の髪の毛一本の動きすら見逃さないほど感覚が研ぎ澄まされ・・・
その果てしない精神の力が、横に立っているだけの私にまで伝わってきて・・・
それは、ただそばにいるだけで発狂してしまいそうなほど激しく・・・
太陽がゆっくりと傾いていき、影の角度が少しずつ変化していくことさえも二人は正確に把握し・・・
少しずつ空気の温度が下がり、空気の重さが変わっていくことはおろか、雲の厚さが増し、空気中の水分の量が増加していくことさえも、まるで精密機械で計測したかのように厳密に感じ取り・・・
しかし、それでも、二人は動かないのです。
先に動けば自分が死ぬからです。
だから、ただ相手の姿勢をじっと見つめ続けているのです。
やがて上空の雲の厚さがさらに増していき、それは雨雲となり、ぽつりぽつりと水滴を落とし始め・・・
それでも、二人は少しも動こうとはせず・・・
雨足が強まり、体の表面を大量の水滴が流れ落ちても、二人の剣は微動だにしないのです。
ぬかるんだ地面の影響を補正するために、わずかに足の位置をずらしただけで・・・
雨は止み、再び太陽の光が射し始め・・・しかし、それは若干赤く染まっていて、もう日が暮れ始めたことを示していて・・・
そして、空が不気味な血の色で覆い尽くされたかと思うと、私たちの周囲の空間は一気に暗くなり・・・
しかし、それは完全な暗闇ではなく・・・星の光が二人の姿をはっきりと浮かび上がらせ・・・
極限状態で静止した二人の姿を・・・
*
時間だけが過ぎていく・・・
でも、その時間の経過を二人の体から感じ取ることはできず・・・
ああ、何と言うことなのでしょう。
ルークに動くなと言われてから、何時間がすぎたのかもわかりません。
あの瞬間から、二人は互いに向かい合ったまま、じっとしているのです。
相手が動くのをひたすら待ち続けているのです。
夜が深まり、静寂が周囲を支配しつくしても、二人の集中力は一切途切れることがなく・・・
その恐ろしいほどの気迫のせいで、ルークの後ろにいる私ですら、全く眠気を感じることがなく・・・
何の変化も引き起こさない時間が、無言で過ぎていくだけなのです。
変化するのは星の位置だけ・・・
長い夜が終わり、やがて朝が・・・
東の空が明るくなりかけて・・・
その時、私は気が付きました。
恐ろしいことに・・・
《魔人》はやみくもに私を斬りつけたのではなかったのです。
私に剣を突きつけた瞬間に、ルークが間に入って、それをかわすことを予測していたのです。
しかも、その直後には、二人とも全く動けない位置関係になり、相手の動きを待つしかない・・・そういう状況に陥ることを予想していたのです。
つまり、このような状態になることを《魔人》は最初から予期していたのです。
こうなることを想定した上で、私に斬りつけてきたのです。
つまり、彼は・・・《魔人》は最初から選んでいたのです。
自分の位置を・・・自分が立つべき位置を・・・
彼は朝日が昇る方向を正確に把握し、太陽を背にする位置に最初から立っていたのです。
昨日、私を襲った時には、すでに次の日の朝のことまで考えていたのです。
・・・次の日の朝、どの方角から太陽が昇るかということを・・・
もうすぐ、日が昇ります。
そして、それはちょうど《魔人》の真後ろなのです。
このまま太陽が昇れば、一瞬、私やルークには彼の姿が見えなくなるのです。
眩しい太陽の光のせいで、彼の剣の位置が見えなくなるのです。
そうなることを《魔人》は知っていたのです。
そうなることを彼は最初から計算していたのです。
何と言うことでしょう。
私はあのクルドークの宿屋で襲われたあとにルークが言った言葉を思い出しました。
あの《魔人》は恐ろしく強いと・・・きっと彼が魔力を使わなかったとしても、自分は勝てないだろうと・・・ルークはそう言ったのです。
これがこの《魔人》の恐ろしさだったのです。
ただ、たくさんの魔力を持っているだけではなかったのです。
ただ、力が強いだけではなかったのです。
彼は、人間と同じように・・・いや、人間以上に思考し、分析し、計画し、選択し、・・・
私は死を覚悟しました。
私はルークを信じています。でも、死を覚悟しました。
こんな恐ろしい男には勝てないと・・・それが魔物であろうがなかろうが関係ないのです・・・絶対的に私たちよりも上位にいるのです・・・
私はこの恐ろしい《魔人》に斬られる覚悟をしました。
でも、諦めたわけではありません。
私は諦めてなどいません。私はルークのことを信じていました。
それでも・・・
そして、その瞬間が・・・
太陽が昇り、はげしい光が《魔人》の全身を包み込み、私たちには全く彼の姿が見えなくなり・・・
《魔人》の剣が私たちを・・・
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