美少女・千人の悲しいラブストーリー

ヤクモ ミノル

文字の大きさ
上 下
8 / 8

待つ

しおりを挟む
・・・彼女は雨に濡れながら、静かに立っていました・・・
・・・長い時間、ずっと立っていました・・・

僕は大学を卒業して、ある会社に就職しました。
僕は会社の近くのアパートに引っ越しました。
小さなアパートでした。
古いアパートでした。
となりの部屋に、女性が一人住んでいました。
若い女性が一人・・・。
不思議な女性でした。
彼女は毎日、夕方になると、玄関のドアの前に立っているのです。
玄関の外に立っているのです。
長い間・・・。
一時間も二時間も・・・。
夜遅くまで立っていることもあります。
天気の悪い日などは、雨にぬれながら立っているのです。
僕には、彼女が何をしているのか、わかりませんでした。

ある時、僕は彼女に たずねました。
どうして、夕方になると、そこに立っているのですか、と たずねました。
彼女は少し笑って答えました。・・・
・・・人を待っているのです。
・・・彼を待っているのです。
・・・以前は、その人と一緒に暮らしていたのです。
・・・彼はある日、突然出て行ってしまったのです。
・・・でも、信じているのです。
・・・今でも信じているのです。
・・・きっと、いつか帰って来てくれると信じて・・・。
・・・だから、ずっと待っているのです。

僕は、ある日、用事があってアパートの管理人のところへ行きました。
その時、管理人が、ふと、その女性のことを話し始めたのです。
僕は言いました。
「でも、夕方になると毎日 外に立っているんですよ。
 毎日、男の人を待っているんですよ。
 ちょっと不思議ですよね」
すると管理人は答えました。
「ええ。もう、十年以上にもなりますからね」
「え? そんなに昔から!」
僕は驚いてしまいました。
しかし、その後 管理人が言ったことを聞いて、僕は、もっと驚いてしまいました。
管理人は、彼女のことを話し始めました。
・・・ええ、そうなんです。
・・・もう十年以上も前のことなんですがね。
・・・確かに、彼女は男の人と一緒に住んでいたんです。
・・・でもね、その男の人、病気で死んだんです。
・・・でも、彼女は彼が好きだったんでしょうね。
・・・愛していたんでしょうね。
・・・そんな彼が死んでしまって、彼女は、とても苦しんでいました。
・・・その人が死んでから、彼女はしばらく、ずっと部屋の中にいました。
・・・部屋の中で泣いていました。
・・・ところがある日、彼女が変なことを言い始めたんです。
・・・彼女は、急に部屋から出て来て妙なことを・・。
・・・彼がどこかへ行ってしまったって、言い始めたんです。
・・・彼が、どこかへ行ってしまった……
・・・彼が、どこかへ行って、帰って来ないって、言い始めたんです。
・・・彼が死んでしまって、彼女は頭がおかしくなったんでしょうね。
・・・彼女は、その男の人が死んだってことを、すっかり忘れてしまったんです。
・・・そして、彼がどこかへ行って、だから部屋にいないんだと思い始めたんですね。
・・・彼がどこかへ行って帰って来ない、だからどこにもいないんだと・・・。
・・・どうしてそう思い始めたのかは、よくわかりません。
・・・でも、彼女は、そう信じているんです。
・・・まあ、人間の心ってのは、不思議ですね。
・・・よくわかりません。
管理人はそんな話を僕にしました。
僕はただ黙って聞いていました。

その日の夕方も、彼女は外に立っていました。
雨が降っていました。
彼女はかさもささずに立っていました。
彼女は雨にぬれながら・・・。
彼女はじっと立っていました。
僕は彼女に何かを言おうとしました。
でも、何も言うことができませんでした。
何を言えばよいのか、僕にはわかりませんでした。
僕は思いました。
・・・彼はもういないんですよ。
・・・彼はもう死んだんですよ。
・・・だから、もうその人は帰って来ないんですよ。
僕は心の中でそう思いました。
でも、何も言うことができませんでした。
彼女は外に立っています。
彼女は雨に濡れながら立っています。
彼女はじっと立っています。

僕はまた思いました。
・・・彼女はこれからも、ああやって彼を待っているのだろうか。
・・・これからも毎日、夕方になると外に出て、待っているのだろうか。
・・・これまで十年間も待っていたのと同じように、これからも、ずっと・・・。
・・・毎日、夜遅くまで・・・。
・・・彼女は死ぬまで毎日、彼を・・・。

彼女は雨に濡れながら、静かに立っていました。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【ショートショート】恋愛系 涙

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
声劇用だと1分半〜5分ほど、黙読だと1分〜3分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...