銀の剣と青磁の盾

睦月ふみか

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少年期編

6話ー盾ー

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 朝目覚めてすぐ、イリウスは城の中にある図書館に足を運んだ。ここを利用しているのはイリウスの他に休憩中の執事だけだった。図書館というだけあって、本棚は数えきれないほど置いてある。この数の本を図書館の司書が一人で管理しているのだが、いつも入口のカウンターに座っているはずの司書の姿が見当たらない。どうやら席を外しているようだ。すぐに戻ってくるだろうから、休憩中の執事の邪魔にならない程度に目的の本を探すことにしよう。

 イリウスは三つの本棚を行ったり来たりしながら、いくつか自分の目的に関連する本を手に取り図書館の中央に置かれている読書用のテーブルへと運んでいく。途中、本を運んでいるイリウスに気付いた執事が手を貸そうとしてくれた。だがイリウスは丁重に断りを入れる。

「今は休憩中なのでしょう? なら、しっかり休んでもらわないと。それに本を運ぶくらい僕一人でも大丈夫ですし、少ししたら司書が戻ってくるでしょうから手伝いが必要だったら司書にお願いするので」
「わ、分かりました。お気遣いありがとうございます」
「それは僕のセリフですよ」

 そう言ってイリウスは執事に微笑みかけると、また本を探し始めた。どこか落ち着かない様子の執事の視線を感じながら、ようやく必要だと思う本を取り終わる。そして、今度はこれを自分の部屋に運ぼうと積んだ本に手をかけた。しかし「今日はここで一日過ごしてみようかな」と思い始め、イリウスはそのまま椅子に座って選んだきた本を読みやすいように種類ごとに分け始めた。

 イリウスが手にしているのは、魔法に関する歴史書と魔法の学習によく使われる魔導書だ。イリウスをここの時空へと戻した魔法についてを調べ、あの魔法使いについての情報を集めるためだった。イリウスは回帰前、魔法を扱えるようになるまで何度も本を読み続け基本的な魔法を習得した。その時にここの図書館を利用していたのだが、時空を巻き戻すという魔法があることはまったくもって知らなかったのである。魔法に関する知識は人より持っていると思っていたが、見落としがあったのだろうか。とにかく一から調べてみないことには何もわからない。こういう時、王宮直属の魔術師がいれば余計な労力を費やす必要もなかっただろうに。今度、父上に頼んでみるのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、手にした本のページをペラペラ捲っていると、誰かに後ろから肩を強く掴まれイリウスは痛みに顔を歪ませた。後ろを振り返ると、整った顔を歪め恨めし気にイリウスを見下ろす兄、フリーゲルの姿があった。父に似た緑色の髪に、母に似た濃い紫色の瞳が良く映えていた。イリウスは特に理由はないがなぜか申し訳ない気持ちに襲われ、フリーゲルから目をそらす。その態度にフリーゲルは目を吊り上げ、今度は不愉快そうな顔をしてイリウスを見下ろした。

「いったいどういうわけで、お前がこんなところにいるんだ? いつもは自分の部屋に引きこもっているくせによ」
「......」
「お前を見ているとムシズが走る! とっとと俺の前から失せろ」

 イリウスは何も言い返すことをせず、視線をあちこちに漂わせていた。フリーゲルはその様子を見て「ふんっ」とつまらなそうに鼻で笑い、苛立ちを込めてイリウスの足を思い切り踏みつけた。一切の手加減がなく、力いっぱい踏みつけられれば子どもの力といえども本の角を下にして足に落としたような痛みだ。イリウスは唸り声を上げ、しゃがみ込み踏まれたところを手で抑える。子どもの姿に戻ったイリウスには、大人ほどの防御力など持ち合わせていない。きっと今踏まれたところも、暫くすれば赤く腫れ上がってしまうだろう。足の痛みが収まったイリウスは立ち上がり椅子の背もたれに手をかけると、フリーゲルの後ろから大きな人影が歩み寄ってきた。

「これはこれはフリーゲル様。昨日用意しておくように言った教本のほうは見つかりましたか?」
「げっ、ジャックス。なんでここに......」

 人影の正体は年配の執事であるロゼク・ジャックスだ。ミアが忙しい時にイリウスの世話をする執事であり、フリーゲルに勉強を教えている家庭教師でもある。そんなジャックスは大柄でありながらも、声は細く穏やかな性格で他の使用人たちとも仲がよく、イリウスのことも可愛がってくれていた。

「なんでと言われましても授業に使う資料はここで集めているのですから、私がいても何らおかしな事ではないでしょう。それより、イリウス様の読書の邪魔をしてはいけませんよ。あちらで私と一緒に教本を探しましょうか」

 そう言ってジャックスはフリーゲルの手を掴み、近代文学が置かれている本棚へと歩いていった。残されたイリウスは小さく息を吐き椅子に座り直した。ジャックスがフリーゲルを連れて行ってくれて良かった。もし来てくれなかったら、外まで引きずり回されていた事だろう。これは過去にイリウスがフリーゲルに歯向かった際にやられたことだ。その事件は今でもイリウスの中にトラウマとして根付いている。思い出すたびに、全身が切り裂かれたような感覚に陥るのだ。
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