モブっと異世界転生

月夜の庭

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引き戻された現実世界

桜姫 5歳

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車の後部座席に、小百合ちゃんと手を繋ぎながら、ジュニアシートの上に2人で乗る。


自分のジュニアシートを乗せて2つ並べている。


「歩いて帰るなんて心配だ」


「もう、大丈夫よ。大人なんだから」


「大人だから心配なんだ」


「私が愛してるのは将司まさしだけよ」


「分かっているが」


小百合ちゃんのパパが運転して、助手席には小百合ちゃんのママが乗り………砂を吐きそうなほど甘い空気を醸しているので見ない振りをする事にしました。


小百合ちゃん曰く「パパとママは、万年新婚夫婦だから諦めろって花菜はなちゃんが言ってたよ」と言っていた事を思い出した。


花菜ちゃんとは、小百合ちゃんのママの双子の妹らしい。


「今日は礼拝堂で卒園式の予行練習だよ」


流石は女子校の幼稚園。礼拝堂なんて有るんだなぁ。


しかも卒園式や小学校の入学式でも使用出来る大きな礼拝堂。


幼稚園の前で小百合ちゃんと手を繋ぎ降りると、結局小百合ちゃんのママを送ってくれると走り去った車を見送った。


ツッコミどころ満載です。


「パパとママは、いつもラブラブなの。深く考えると疲れるよ」


幼稚園児なのに、大人びた発言にビックリしたけど、あの二人に付き合わされたら、そりゃ~そうなるだろうと納得していました。


「だってね。ママの名前って百合ゆりなんだけど。娘に”小さい百合”って付けて、ママもパパも一番好きなのは、いつも お互いなんだよ。小百合もよって言われた事が無いの」


幼稚園児に何を言わせてるんだと小百合ちゃんの両親に憤りを感じたけど、彼女が嫌そうな顔をしていないので何も言わずに聞いている。


「でも羨ましいんだ。子供が産まれても、優先順位が変わらないほど愛し合える人と出逢えたんだもん」


「そっか」


「小百合は花菜ちゃんが居るから大丈夫なの。それにパパもママもお互いの次に、小百合を大事にしてくれるから2人とも優しいし大好きだもん」


「私も小百合ちゃんが大好きだよ」


「小百合も桜姫ちゃんが大好き」


女の子の方が精神的な成長が早いとは言うけど、あまりにも大人びた会話に、周りにいた園児の保護者や先生達がしょっぱい顔をしていました。


そして迎えた卒園式の予行練習。


幼い園児+大人都合の進行確認+静かなヒンヤリとした空気の礼拝堂=爆睡


ベンチ型の木製の椅子の上で、私と小百合ちゃんは並んで座りながら、頭が船を漕いでいる。


お互いに手を繋ぎ、眠気と戦いながらも半分寝ている私達はマシな方で、完全に寝落ちしている子も何人かいました。


先生達は、それどころじゃないと、数名の園児と打ち合わせしている。


園児にも優等生は居るものです。


モブ最高です。


面倒臭い役割は、進んでしたがる女の子達に任せておきましょう。


これだけ女の子だけが集まると、小百合ちゃん程の美少女も埋もれるのです。


木を隠すには森ってヤツです。


そのまま私達も爆睡するのに、大して時間は掛かりませんでした。


清々しい気持ちで目覚めれば、礼拝堂には誰も居ませんでした。


「あれ?小百合ちゃん??」


キョロキョロと周りを見ても、人の気配すらありません。

おかしい。

いくらモブポジでも、園児を1人だけ残して先生達が去るとは思えません。


「ニィ」


不意に足元から子猫の鳴き声がしました。


下を覗き込めば小さい毛玉………2匹の子猫が蹲っていました。


「野良猫?」


私は椅子から降り、這いつくばって子猫達の近くに行きます。


ライトグレーに茶トラ………黒猫は居ないか。カメリアは元気かな?なるべく力を入れないように手で抱き寄せる。


小さくて痩せ細った子猫はカタカタと震えていました。


体勢を変えてベンチの下から這い出ようとして……ゴッ…………。いくら子供でもベンチの下で起き上がれば頭を打つよね。脳天を強打して目がチカチカします。


痛みを我慢して片目だけ開けて、腕の中の子猫達を見れば、身動きが取れないほど衰弱している様に見えました。


よく見るとお腹に何かで引っ掻いた様な傷がある子が居て、既に血が乾いているので怪我をしてから、かなり経っているみたいです。


怪我をしていたのは茶トラだけで、ライトグレーの子は血が付いただけでした。


”死にたくない”


それは、ハッキリと聞こえました。


生まれて直ぐに怪我をして………母猫に見捨てられたのかな。


猫族の獣人だった記憶がある私には、放っておくという選択肢はありません。


あいにく何も持っていない。サクラの時は光属性の治癒魔法が使えたのに………今も使えないのかな?いきなり独りになり、子猫達の存在に誰も気が付かなかった不自然な空間。


何か作為的なモノを感じていました。


私は前世の記憶を頼りに、光属性の魔法を発動させる。淡い光が子猫を包むと傷が消え、怪我していた子猫の震えも止まり寝息を立て始めた。


「後は目を覚ましたら水がミルクを飲ませてあげれば………魔法って使おうと思えば使えるのね」


回復魔法は光だから………あれ?アンジェは光属性の魔力は無かったのに、聖属性の魔力には治癒や状態回復なんて出来ないのに、流行病を寄せ付けなかった。


流行病って何?


もしかして病気じゃない?


聖属性は退魔。


でも今更か。


「とりあえず何か子猫が口にできる物を探さないと」


子猫達の背中を撫でながら立ち上がると、バタンと大きな音を立てて礼拝堂の扉を開けながら駆け込んできた見慣れない制服を着た高校生くらいの女の子が入って来ました。


紺のジャンパースカートに白い丸襟のカッターシャツを着た高校生は、私が抱きかかえている子猫を見て凄い形相で近寄って来ました。


「誰よ!あんたは!!」


お前がな。


ここは私が通う幼稚園の敷地にある礼拝堂です。どう見ても部外者は彼女です。


「その猫を渡しなさいよ!」


無理矢理に子猫を奪おうと手を伸ばされて、思わず躱して抱き寄せると、いつの間にか目を覚ました子猫は私の手に擦り寄った。


「怪我は治療したからね。ごめんね、ご飯をあげたいけど、知らな人に追い掛けられているから、少しだけ我慢してね。幼稚園の先生達が、近くに居ると思うから外にさえ出れば助かる筈よ」


「いいから渡しなさいよ!そいつが居ないと転生出来ないじゃないの!!茶トラだけでも渡せ!!!」


転生?何言ってんの??なんで子猫が必要なのよ?!!必死過ぎて恐いよ!


疑問に思いながら、私は小さい身体をフル活用して、チョコマカと逃げ回る。



「そいつと一緒にトラックに引かれるのが、オリジナル ヒロインの条件なんだから!そいつが一緒じゃないと茶トラのヒロインに転生出来ないじゃないの!!」


コイツは頭がおかしい。


この小さい子猫と一緒にトラックに引かれに行くの?一緒に引かれた子猫は大丈夫なの?引いてしまった運転手さんが可哀想じゃないの!


しかも、どこ情報よ!それは?!!


子供の体力では逃げながら反論なんしたら、直ぐにバテてしまいそうなので無言で必死に逃げ回る。


微かに礼拝堂だから神様にお願いしそうになって、頭を振り考えを改める。ジャスパーお兄様を苦しめる事しかして来なかった、無責任な神様なんかが、助けてくれると思っちゃダメよ。前世の記憶を消さず、人を殺させ続けたのは神様よ。


あんな奴らに助けなんて求めたりしない!


考えろ。私は背が小さいから、礼拝堂のドアノブに背伸びして手を掛けた瞬間には、あの女に距離を詰められ、最悪の場合は子猫達を奪われる。


そして、早く打開策を見付けないと体力が続かない。


古い礼拝堂の窓は少ない上に全て私の手には届かない高さにあるし、3匹の子猫を抱えたまま登れる自信はありません。


長いベンチ型の椅子の隙間は一方通行を余儀なくされて追い詰められる可能性が高い。


ただでさえ足の長さで不利なのに。


「忌々しい!転生ヒロインの小説みたいに、茶トラの猫を助けながら死ねないなら、一緒に自殺するしか無いのに!」


飛び込み自殺?なんて傍迷惑な自殺志願者なの?!!猫にもトラックの運転手にも迷惑を掛けて、事故処理だって大変そうなのに。


ふと祭壇の右奥に上に続く階段が見切れたので向かうと、下りの階段も見えた。


登りは体力的に不利です。ならば降りね。


下へ続く階段に足を踏み出す瞬間に背中に衝撃を感じて振り返ると、いつの間にか追い付いた女の子に後ろから押された後でした。


胃がひっくり返りそうな浮遊感とフリーホールみたいな落下感に”また死ぬわ”と思いながら、少しでも子猫達に衝撃を与えないように抱き込んで階段に下に落ちていきました。


身体を床に打付ける寸前に階段下に魔法陣が現れ、私と子猫達は一緒に吸い込まれたのでした。
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