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初命日

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第百六話 初命日
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 宗介side

「…全員喫煙者になるとはな。タバコ切らしてんだ、一本くれ」

 式典場となった、茜が最後に花を描いていったここはスナイパールームをそのまま残している。
 蒼が時々ここでスネークと撃ってたな。
今はもうライフルが片付けられ、喫煙室に変わっている。


 
 真っ黒なスーツ、ネクタイを着けてクマを抱えた三人夫の目線がちらり、と浮上すふ。千尋からタバコの箱とライターが飛んで来た。
 こんな重てぇの吸いやがって…困ったもんだ。どんどん重くなるじゃねぇか。

「名前の割には重さが平和じゃねぇな、コイツは」
「ふ、そうだろ?葉が甘いからな…なんとなくカロリーを摂取したような気になる」
「タバコはカロリーにならねぇよ」
「心のカロリーだよ」
「相変わらずクセェな…」

 俺と千尋のやり取りに、昴と慧も僅かに笑いを浮かべた。


 
 三人ともかなり人相が変わっちまった。
 飯が食えなくなって、キキが渡す高カロリーの飲み物しか摂取してねぇ。
 目つきも鋭いし、気配を隠せる余裕がなくなった。

 幹部以外は寄り付かなくなっちまったトップスリーは、社内でも姿をほとんど見かける事はねぇ。
 三人とも自宅で在宅ワークってやつだ。
 ファクトリーにも病院にも来やしねぇ。
 今日…蒼の一周忌が終わり、子供達をキキ達に預けていつまでも降りてこない三人を連れに来たんだ。

 
 
「宗介、飯食ったか?」
「あぁ。お前らと違って長生きしなきゃならねぇからな」
 
「そうだな。俺たちだって食べようとはしてるんだが。知らないうちに戻してるからなぁ…吐瀉物の処理は面倒だ」
 
 苦笑いしながら煙を吐く昴は声が掠れている。また昨日の晩大泣きしたんだろ…目が腫れてる。


 
「子供達はどうしてる?」
「雪乃とスネーク夫婦と買い物に出かけた。元気がないパパ達にお菓子買ってくるってよ。…食えよな」
「食べるよ。胃には入るから」

 無表情のままの慧が小さな声で囁く。
 お前が一番やべえんだよな…キキが無理やりつけた健康チェックの時計は、アラートが鳴りっぱなしで役に立ちゃしねぇ。

「慧、今日はキキから逃げられねぇぞ。いい加減検査を受けろ」
「うーん…そうだなぁ…そろそろいいかな…」

 意味深な言葉を吐いてんじゃねぇ…。
 困ったもんだ…。


 
「あぁ、そうだ。これ今年の分」
 
 昴が胸元から香水瓶を取り出し、手渡してくる。蒼の香りを模した香水。
 毎年届くものだ。

「あんがとよ。しかしすげぇな、これ。本当にそっくりの匂いだ」
「つけるなよ、今日は。…なんとなくだが蒼が俺たちの元に来てくれているような気がするんだ」
「それならタバコやめとけよ。怒られるぞ」

 三人とも力なく笑い、タバコを消して式典場に戻って行く。

 すでに片付けられたそこには、何もない。壁の花々達が彩りを添えた真っ白な空間。天井のドームの上には満天の星が広がっている。
 月明かりでほのかに明るいそこは、静かな光に満たされていた。


 
 会場の真ん中で背中合わせに座る三人に割り込んで座り、持ってきたウィスキーの蓋を開ける。

「ん?バーボン?珍しいな」
「ウィスキーか」
「フォアローゼズ…なんか黒いね?」
「日本限定のやつだよ。珍しく売ってたから買ってきた。ほれ」

 ポケットから取り出した小さなグラスに注いで、三人に手渡す。
 向かい合った真ん中にビンを置いて、そこに杯を合わせる。
 

「蒼に献杯だ」
「「「……」」」
 無言で頷きあい、グラスを傾ける。
 四つのバラがプリントされた瓶がやけに目に染みる。

 俺たち見てぇだな?ちょうど四人だし。蒼が欠けて何もかもが真っ黒に塗りつぶされた俺達に、バーボンの甘い香りが沁みて行く。


 
「一年、長かったな…こんなのが何年も続くのか…きついな」
「本当にそうだ。蒼がいなくなっただけで日々が過ぎて行くのがこんなに遅くなるなんて思ってなかった」
「そうだねぇ、前はあんなに早かったのにさ…はぁ」

 
 俺たちは蒼の骨で作ったダイヤモンドを抱えている。
 昴は指輪、千尋はネックレス、慧はピアス。俺は右腕に埋め込んだ。
 月明かりを弾いた蒼の石の輝きが壁にまで光を届けている。

「蒼は宝石になっても綺麗だな。ずっと一緒にいられるし…見ていられる」
「…そうだな」

 千尋の臭い台詞が鳴りを潜めた。
 酔っ払ってんな、頭が回ってねぇ。

 

「一年中寒いのはなんなんだろうね?暖房つけてもホッカイロ持ってても寒いのが不思議だよ」
「心ん中が寒いからだろ。人間は想像力のある生き物だ。醤油を飲んで毒だと言われて死ぬんだぜ」
 
「へぇ…」
「試すなよ」
「はは…流石にそれはできなさそうだな」

 慧も酔ってる。癖になってる蒼のダイヤがついたピアスを、ずっと触りっぱなしだ。


 
「さびしいなぁ…後何回これを繰り返せば蒼に会える?蒼に会いたい」
「………」

 昴の重たい言葉に何も口から出なくなる。お前達だけじゃねぇ、みんなそう思ってんだ。
 どいつもこいつもキキのことを困らせてばかりだからな。
 
 キキ自身は忙しさの中でそれを紛らわせてはいるが…たまにここにきて一人で泣いてるのは知っている。
 ここは唯一、蒼を失った奴が泣ける場所だからな。子供達がいる手前メソメソなんかしてられねぇんだ。


 
エレベーターが稼働して、ゆっくり上がってくる。

「おい!ミイラ取りがミイラになってんじゃない!遅いから飯持ってきたぞ」
 
「卵焼きが珍しく上手に焼けた雪乃ですわぁー!味の再現も完璧ですのよ!鬼おろしはスネークが作りましたの!」
 
「今年は実家から芋煮を持ってきました」
「ボクは焼きまんじゅう取り寄せたよ」
「俺は月見団子持ってきたぜ」
 
「はぁ…子供は寝かせてきたから酒でも飲んで飯食おうぜ。ちゃんと生きていかなきゃなんねぇんだからな。」

 幹部達と土間が飯を持って、ウイスキーの周りに食べ物を置いて行く。
 卵焼き、鬼おろし、そばに唐揚げ、焼きまんじゅう、芋煮、月見団子…。
 しっちゃかめっちゃかな食い物だらけだな。
 

「ラーメンは流石に無理だが、蒼を忍んで食べよう。子供が買ってきたお菓子は明日起きてる時に食べてやりなよ。あんた達は今から診察」
「「「うっ…」」」

 キキに睨まれながら、ジャケットを脱いで診察を受ける夫三人。俺たちはそれを眺めながら卵焼きをつつく。
 蒼が好きだった卵焼き。中に入ってるのは青菜とにんじんだ。これに鬼おろしと醤油をちびっとかけたものが好きだった。
 


「焼きまんじゅう…今度買いに行くか。蒼の車も動かしてやらねぇとな」
「そうだな。成茜を連れてってやったらどうだ?あのアニメ見てただろ」
 
「そうなんだよ。あいつ才能あるぞ。カートもセンスがいい。昴、本格的にやらせていいか?来年のエントリーがこれからなんだ」

 土間のウキウキした様子に静かに頷いた昴は任せます、と儚く微笑む。
 土間の眉毛がしょぼん、と下がっちまった。


 
「…やっぱ元気ねぇな…仕方ねぇとは思うが…どうにかなんねぇのかな」
「難しいだろうな…そういや葵もこの前カートに乗せただろ?ありゃどうなんだ」

 唐揚げを摘んだ土間の眉毛がますます下がる。

「あいつはダメだ。センスはある。だがな、恐怖心がねぇ。蒼や成茜にある心のブレーキがねぇんだよ」
「それはダメだな」
 
「そうだろ?そもそも末っ子は本人がやりたくてやったんじゃねぇ。父親どもの喜ぶ顔が見たくていろんな事やってんだ。…いじらしいよな…あんな小さいのによぉ…」

 
 末っ子の葵は母親の天才肌と千尋の器用貧乏をしっかり受け継いじまったからな。
 本気になれる物がないんだ。
 来月で6歳になる葵。父親達の顔ばっか見て心配して、何でもやりたがるが…一時喜んだ後全員でへこんじまうから何に対しても長く続いた試しがねぇ。
親の因果が完全に子供に報いちまってんだ。
 小学校に通い始めりゃ手が離れるのは幸運とも言えるかな。


 
「あー音楽でも持ってくりゃよかったな。しみったれた顔ばっかりで飯がうまくねぇ」
「銀も負けず劣らずのお顔ですわよ?」
「あはは…ボクは奥さんに昨日怒られた」
「私もですよ、桃…」

「動画なら…ある。また泣く事になるぞ」
「あ?盗撮かよ」
「銀、俺が持っているデータは蒼のしかない。90%が盗撮だ」
「自慢げに言うんじゃねぇよ…」
 

 昴が懐からスマートフォンを取り出して、ぽちぽちいじる画面を覗く。
 とんでもねぇ量の動画だな…。

「あっ!そうですわ!スマートフォンの上にこれを乗せれば立体になりますわよ」
「「「なんだって!?」」」

 雪乃が取り出したのは試作品のドーム型のガラス。あれをスマホに載せると画像が立体になるってんだからすげぇよなぁ…。

 
  
 昴が床にスマホを置いて、雪乃がその上にドームを乗せる。
 全員で取り囲むと、蒼が赤ん坊を抱いた姿がふわりと浮かび上がる。
 横に昴がいて、カメラの位置をしっかり確認してやがる…。まったく。

 長い髪をまとめてるってことは成茜の時か?生前と変わらぬ姿に目頭が勝手に熱くなってくる。

 

「成茜はおっぱいよく飲むねぇ。たくさん飲んでパパみたいに大きくなるんだよ」
「三人の中では俺が一番小さいだろ」
 
「180センチ超えてて小さいはおかしいでしょ…宗介みたいに大きいとキスしにくいもん」
「そこで宗介が出てくるのは気に食わん」

「あれっ、パパ拗ねちゃったの?」
「拗ねた」
「あららぁ…じゃあ歌でも歌いましょうか?」
「…うん」

 蒼を抱きしめた昴が目を閉じて、顔を肩に乗せる。
 微笑んだ蒼がレクイエムを歌い出す。


 
 
 優しさに満ちた柔らかい声。
 今はもう失われた幸せな時間。
 暖かいものが心の奥底から溢れてくる。
 
 
 蒼は確かに生きて、こうして幸せをくれていた。
 今はもう聴くことのできない声が、匂いが蘇ってくる。

 綺麗な声だな…蒼の口端が緩やかに上がって、微笑みを浮かべる。
 昴の顔を撫でて、成茜を抱いて、日差しを背負ってその姿が光っているようだ。

 暗闇の中でも、光の中でも蒼は輝いていた。命そのものが輝いて、かけがえのない人だった。
 
 何もかも俺達は失ったんだ。
 
 蒼を、全てを。二度と取り戻せない幸せを。


「はい、昴。上手にできるかな?」
「よし…今度こそ…」

 蒼から成茜を受け取った昴が背中を叩いて噯気おくびを促す。
 全然でねぇな?

 

「うーん、うーん…わっ!?あぁーーー!!」
「わー、シャワーだねぇ…」
 
 マーライオンみてぇに成茜がミルクを吐き出す。下手くそな時代もあったんだな?

 慌てた蒼がカメラに近寄ってくる。すぐそばにある鼻セレブを抱え、カメラにウインクしてソファーに戻って行く。

 画像が途切れ、暗くなった。


 
「…完全に気づいてんじゃねぇか」
「そう言っただろう?蒼はちゃんと知ってた」
「「こえぇ…」」

 銀と土間がハモる。そうだな、こええな。
 

「…雪乃、これ試作品だよな?いつ出来上がる?」
「えっ?千尋が予算を下されば来月にでも出来ますわ」
 
「よし、予算導入しよう。慧、決裁明日出してくれ」
「ほい。最優先にします」
 
「うーんこの…面白おかしく言っていいのかわかりませんが、ウチの会社は全部が全部こうなのはいかがなのでしょう」

 真剣な千尋と慧の顔を見て雪乃が呆れてる。みんな涙を浮かべてはいるが、少し…ほんの少し顔色が良くなった。


 
「雪乃、ここにいる奴らには優先してやってくれ。ちっとはマシになるだろ。アタシの仕事を減らしてくれ。マジで頼む」
「あらあらぁ~では後でお配りしますわ。試作品は皆さんの分、ありますから」

「マジ!?雪乃天才!」
「慧ったら…もっと褒めてくださいまし!!」

 ほのかに笑いが落ちて、全員が目を閉じる。このやり取りも、蒼が良くしていたものだ。
 いつでもどこでも、何をしていても蒼がそばにいる。
 貰ったばかりの香水瓶を握り締め、俺も目を閉じた。


 
 蒼、俺たちは生きてるぜ。
 みんな死にかけてるが何とかやってる。見守っていてくれ。そして、ちゃんと迎えに来いよ。



 目を開き、右腕の袖を捲り上げる。
 
 右腕にはまったダイヤモンドが月明かりを反射して、眩いその白い光が…返事をくれたような気がした。
 
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