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閑話
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第百話 【閑話】ピンキー
━━━━━━
103side
「本当にいいの?ボクは性欲もない、きちんと君に心も上げられない。何も満たしてあげられないのに…」
「うん、いいの。そばにいてくれるだけでいい」
「酷い事言って申し訳ないけど、そばに居るのは生きてる間だけだよ。死んだら蒼のところに行く。君を置き去りにするんだ」
「それでも、いい。私に生きている間そばにいる権利を、ください」
眉を下げて、悲しい顔で微笑む。
こうすると、桃さんは私に強く言えなくなる。
この顔は蒼がよくする顔だから。だから私はそれを真似ることに精力を注いで殆ど完全にマスターした。
桃さんはそれに負けて、私と結婚すると言ってくれた。
蒼の仕草はとても洗練されている。私みたいにサボる事なく、先生が教えた事を小さい時からずっとずっとコツコツ真面目にやってきた…蒼の完璧な動作はどうやっても完全コピーはできない。
そんな事はわかり切っていても、この人を生きている間だけでも繋ぐことができるならと私はそこに出来る全てを注ぎ込んだ。
食事の所作振る舞いから、視線の動かし方、表情筋の動かし方、瞼に力を入れない事と、言葉の喋り始めは力を抜くけど語尾にはしっかり余韻を残す事。
あの子は、全てにおいて私よりも優れている。えも言われぬ色気は私には無理。早々に諦めたことの一つだ。
戦闘能力、知識、そして心の深さ…それらは私達だけではなくて誰もきっと敵わない。
私たちはDNAをいじられて試験管に入るまでは同じ場所にいた同期だった。
生き残ったのは97~110までの10人。
蒼は九十九番目のクローン。
99と100に関しては能力値が最も近いけれど…それでも99の名を冠する蒼には劣る。
99は完成された数字の100でもなく99に至らない98でもなく、99だからこその意味を強く持つ数字。
達成する、新しいものに出会う、幕開けから始まり、奉仕の心や宇宙への繋がりといったスピリチュアルなものが多い。
全てに自立した強い意味がある。頑固とか、意固地って意味もあるんだよ。エンジェルナンバーと言われるもので偶然の産物だけど…本人のあの頑固さを見ているとあながち間違いではないと思う。
対して私の103は全てが予定調和の中にあり、忍耐、信じる、支配された運命とか全てが自立していない意味が多い。
私と蒼は数字の上でも、その命の価値としての意味も全く違う。
端からレースになどなり得ない。
現在の彼女の躍進を見ても思う。私は明らかな「出来損ない」である事を。
先生も言っていた。諦めではなく認知しろ、その上で努力をすることが生きるってことだ、って。
その言葉を胸に刻んで私は生きていて、この人が好きなの。
桃さんは体が小さいのに意志が強くて、コンプレックスを明確に持っているのに努力を止めることはない。
傷付いているからこそ立ち上がることが出来る、この人が出会った時から好きだった。
━━━━━━
「103は殆ど仕事が一緒だよね。ボクも密偵と情報屋だし」
「うん。…私ハンドガンの扱いが下手だから気配の生殺に特化したの。おかげで感情を操作するのも上手くなったかな」
「あぁ、なるほどな。そこも一緒だ。
蒼がスクラップになったのは感情のコントロールが原因だったね…」
「うん…」
黒い革手袋を外しながら悲しげに微笑む桃さん。ファクトリーのゴタゴタに巻き込まれ元々属していた組織を裏切って蒼側についた私。だって、嘘つきの人の味方はできないでしょう?
味方の一人を奪還する事、探りを入れるメンバーとして選ばれ、そして失敗した後…こうして夜中に訓練する事を私たちは日課としていた。
蒼のアドバイス通り、ガツガツしない、そっと手を添える程度のアピールで少しずつ仲良くなって、今では食事をしていても…遠くから見かけただけでも私を判別して話しかけてくれる。
初めに出会った時は可愛い人だな、としか思わなかった。
童顔でタレ目の優しい瞳。金髪で先端だけ消え掛かった桃色に染まった髪。
可愛お顔なのに目が鋭くて、動きが素早くて攻撃的な気配。
ギャップ萌えの塊みたいな人で、真摯で自分に厳しくて…そしてどこまでも正直で優しい。
鋭い目つきは、蒼を見るときだけは優しくまろい光を湛えていた。初めからずっと。
「はー、ハンドガンもやっとこまともに扱える様になったし。一人前とまではいかないけどさ。毎晩練習に付き合ってくれて本当にありがとう。」
「ううん。私もおかげ様で上達したし、こちらこそありがとう。先生とか同期以外と練習なんて初めてしたから…すごくお勉強になった。まだまだ知らないことだらけだけど」
射撃場のベンチに腰を下ろした私たちは手先に巻いたテーピングをシュルシュルと剥がしていく。
二人とも手が小さいからハンドガンを操作するのが苦手なんだよねぇ。
私はなぜか同期と比べても背が低い。
元々の成長幅は同じはずだけどみんな個性がある。
蒼はおっぱいが大きい、銀の事が好きな100は同期の中で一番背が高い。スネークが好きな102は同期の中で一番足が速い。
私は一番背が低くて体の動きは早いけれど、それでも全員のいいところを集めた様な蒼の熟練度には敵わない。
先生が教えた体の動きは、それを完成させるために教えていたんだと再会した時に気付いた。もう、手遅れだ。
私たちの体は成長を終えている。小さい時からコツコツやらなければ意味がない事だった。
「103は…名前、どうするの?」
「うーん。ゴタゴタが終わってからになるけど、戸籍や名前がもらえるって言われてもピンと来なくて」
「でも、ここから出るなら必要でしょ?普通に生きて、普通に生活するなら」
「その普通が、よくわからないから…一緒にいたい人はいるけどね」
匂わせ発言をすると、桃さんはわかりやすく頬を染める。まだ告白はしない。蒼が言った通り正面からぶつかれば正直なこの人はそこから逃げてしまうから。
彼は、プラトニックだけど蒼のことを愛してる。
3人も旦那さんがいて、先生にも組織のみんなにも男女問わず好かれている蒼を。
「…その、さ。ボクだって…いい加減わかってるよ。言わないでいてくれるのが君の配慮だって事も。…ボクも何も思っていないわけじゃない。そばにいて心地いい、可愛い子だなって…思う」
テーピングを剥がし終わった彼が自分の爪を眺めながら項垂れる。
飛び上がってしまいそうな心臓をしっかり抑えて、小さく頷く。
心の中で叫び出しそうな私自身を必死で閉じ込める。
私、あなたのことが本当に好きなの。
そばにいたいの。
手を繋いで見つめ合いたい。それだけでいい。蒼みたいになりたい。
「ボクは…ずるいと思う。蒼のことがずっと好きなんだ。蒼を手に入れるつもりも無いし、挑戦して玉砕するつもりも無い。元々そう言う欲求がなくて…したいと思ったことがない。体が小さいからかもしれないし、ボクサーで散々殴られて生きてきたから頭の中がおかしいのかもしれないし…わかんないけど」
「私は…優しさ、だと思う。桃さんは蒼の事が好きだからその幸せを見守ることに徹してる。
それもまた愛でしょう?
寂しいとか切ないとか、満たされない気持ちを抱えていても蒼の事を大切にしてる。そう言うところ、かっこいいって…思うの」
お互い顔が真っ赤になっているのはわかってる。もう成人なんかとっくの昔に迎えているのに、ティーンみたいな事言って。
でも、私は桃さんが蒼に恋しているから好きになった。それに関しては嫌だと思ったことはない。
ほんの少しだけでも私を見てくれたらいい。ほんの少しだけでも彼がそばにいてくれるだけで幸せ。
他の子達よりも多く私を呼んで、私の声を聞き分けてくれる。それが、幸せだから。
「…これからも練習、一緒にしよ。名前も一緒に考えてよければ…その…」
「うん、お願いします。嬉しい」
そんな言葉をもらえるなんて…お互い微笑みあう、この時間が何よりも大切な時間になった。
━━━━━━
肩をくっつけて、お互いお揃いの白いセーターとジーパン姿でソファーに座る。
いつまでもいつまでも結婚の言葉を出してくれない桃さんに縋ってようやく手に入れた約束を果たすために…今私達は名前を考えている。婚姻届に103って書くわけにはいかないからねぇ。
「依子、忍、とかどーお?」
「うーん?どうしてその名前?」
「私のエンジェルナンバーの意味がそんな感じだから。」
「そういえば言ってたね、そんな事… 」
「うん、そうー。難しいなぁ漢字って…一つの言葉にいろんな意味があるから…」
二人して唸りながら、漢字辞典を眺めてコーヒーを飲んで。
私はちょっとびっくりしてる。
本当に結婚してくれるだなんて思ってなかったんだもん。
桃さんは、私のために籍を入れて一緒に住んで、生きている間の命は私にくれるって言ってくれた。
こんな風にくっついたり、手を繋いだり、夜はお布団も一緒だし…時々キスまではしてくれる。
あとは…衝撃の事実が発覚した。桃さん…正しくは太郎だった。名前が。
桃・太郎なの。
正直ギャグかとも思ったけど…うん。
今更太郎とはいえないから桃さんって呼んでるけど。
だから私の苗字は桃になる。
可愛いよね、桃って。
「ねぇ、その…」
「ん?」
桃さんが横でもじもじして、紙とペンを取り出す。
103、とかいた紙に100=モモと書いて、10、と…3、み…と書き記していく。
「わぁぁ…すごいね、こんな考え方もあるんだ…」
「うん。やっぱりこう、生まれの意味って名前に含めたらいいと思うんだ。トミさんじゃあちょっと年齢がアレな感じだけどミト、ならいいんじゃないかなって。
ボクたちは元々共通の意味を持ってるし、『み』はそのまま数字の三、美、実とか『と』は…これとかどう?」
桃さんが可愛い文字で書いてくれたのは『朱』と言う文字。
「茜も、蒼も色の名前でしょ?ファミリー的な意味で色が入ったら可愛い気がするんだ。それに…ボクにとっては君のイメージの色だから」
「朱色が…そうなの?」
由来としてはすごくいいと思うし、素敵な漢字だとは思う。でも朱色かぁ…色のイメージまで中途半端なのかなぁ、わたし。
「その顔すると思った。あんまりいいイメージがないかもしれないけど、朱色はとっても高貴な色なんだよ。神社仏閣に塗られている色で魔除けにもなるし、朱鷺だって朱がつく。日本の象徴だよ?あとは、ボクがそうだなって思ったのは朱に染まる、って言う意味」
「…すごくいい色みたいな気がしてきた。朱に染まる…?」
あんまりいい意味じゃなかった気がするんだけど…。
「本来の意味は環境に影響されやすいって意味だけどさ。…ボクは君に染められたんだ。好きな人なんて出来るわけなかったのに…じわじわボクの中に染み込んで、優しさや暖かさをくれて…まっすぐな気持ちでボクを愛してくれる。
ボクは不誠実で最低な男なのに…それでもいいって許してくれて、こうして傍にいてくれる。
朱に染められたとでも言うか…その…ごめん、こう言うの苦手なんだ。上手くいえないしかっこよくいえないけど…とにかく、ボクはそんなふうに思ってるよって伝えたくて…。ファクトリーで出会った時に君の赤い目は優しい色だった。赤でも紅でもない、優しい朱色だなって」
わたしの目から、ポロッと涙が溢れ出す。
わたしのこと、そんなにちゃんと考えてくれたの?
出会った時?最初に見てちゃんと区別してくれてたの?
「えっ!?ちょ、なんで??ごめん、そんなに嫌だった?」
「違…うの。私たちの目の色、そんなに違わないでしょう?だからちょっと…びっくりして…嬉しくて…」
背中から手を回した彼がぎゅっとくっついてくる。
暖かい手がわたしの手を包み込む。
「そんなに喜んでくれるなんて思わなかった。みんなそれぞれ特徴があるよ。ボクの観察眼、まぁまぁだと思うけどなぁ。
目の色は同じ赤でも全然違う。みんな個性があるよ。でも最初に目についたのは君だった。…プロポーズしてくれた時…だからだったのか、って思ったよ」
「うん…」
「ごめんね」
「うん…」
桃さんは、好きって言う代わりにごめんね、と言う。蒼が一番だから、わたしには好きって言えないの。
貫く気持ちが潔いし、本人は最低だって言ってるけど…そもそもそこに惚れたんだもん。
彼のごめんが謝罪じゃない事をわかるのは私だけ。それが、ただただ幸せだと思える。
「名前、三朱にする。すごく素敵な名前…桃さんが考えてくれた名前だなんて、本当に幸せ…嬉しい」
「…ボクも幸せだよ。選んでくれて、ありがとう」
「うん。…ねぇ、ごめんじゃなくて…これからはありがとうって言うのはダメ?」
桃さんがキョトンとした顔でびっくりして…ふ、と微笑む。
あー、蒼を思い出してるなぁ。
確かに、こう言うのはあの子の専売特許だから仕方ないね。私達はそっくりだから。
「いいね、それ。じゃあそうする」
「うん…」
新しい紙を取り出し、三朱と私の名前を書いてくれる。
「ボクの苗字が悪いんだけどさ。どんな名前つけても微妙になっちゃうんだ。これは正しくごめんね」
「ふふ、いいの。桃さんは桃さんだし、私はミトって名前があればいいから…」
蒼を真似て、肩で切りそろえた髪の毛。
延命薬を飲み続けているあの子の髪はもう腰まで伸びた。
私たちが飲んでいる薬とは種類が違う。私たちは時を止めるもの、蒼が飲んでいるのは神経や細胞を増やすもの。
私の髪はこれ以上伸びない。
私の白い髪を耳にかけ、桃さんが唇に唇で触れてくる。
暖かい熱に目を閉じて、桃さんを抱きしめた。
私、本当に幸せなの。でも、生きてる間だけで済ませるつもりはない。
桃さんの後をついていって、魂になっても…ずっとそばにいるからね。
先生が名付け親として蒼のそばに居続けるように私もそうするって決めたから。
ずっと、ずっとそばにいる。
あなたの唯一になれなくても、ずっと。
桃さんが一緒に生活をするようになってようやくくれるようになった柔らかい眼差しを受けて、私はにこやかに微笑んだ。
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103side
「本当にいいの?ボクは性欲もない、きちんと君に心も上げられない。何も満たしてあげられないのに…」
「うん、いいの。そばにいてくれるだけでいい」
「酷い事言って申し訳ないけど、そばに居るのは生きてる間だけだよ。死んだら蒼のところに行く。君を置き去りにするんだ」
「それでも、いい。私に生きている間そばにいる権利を、ください」
眉を下げて、悲しい顔で微笑む。
こうすると、桃さんは私に強く言えなくなる。
この顔は蒼がよくする顔だから。だから私はそれを真似ることに精力を注いで殆ど完全にマスターした。
桃さんはそれに負けて、私と結婚すると言ってくれた。
蒼の仕草はとても洗練されている。私みたいにサボる事なく、先生が教えた事を小さい時からずっとずっとコツコツ真面目にやってきた…蒼の完璧な動作はどうやっても完全コピーはできない。
そんな事はわかり切っていても、この人を生きている間だけでも繋ぐことができるならと私はそこに出来る全てを注ぎ込んだ。
食事の所作振る舞いから、視線の動かし方、表情筋の動かし方、瞼に力を入れない事と、言葉の喋り始めは力を抜くけど語尾にはしっかり余韻を残す事。
あの子は、全てにおいて私よりも優れている。えも言われぬ色気は私には無理。早々に諦めたことの一つだ。
戦闘能力、知識、そして心の深さ…それらは私達だけではなくて誰もきっと敵わない。
私たちはDNAをいじられて試験管に入るまでは同じ場所にいた同期だった。
生き残ったのは97~110までの10人。
蒼は九十九番目のクローン。
99と100に関しては能力値が最も近いけれど…それでも99の名を冠する蒼には劣る。
99は完成された数字の100でもなく99に至らない98でもなく、99だからこその意味を強く持つ数字。
達成する、新しいものに出会う、幕開けから始まり、奉仕の心や宇宙への繋がりといったスピリチュアルなものが多い。
全てに自立した強い意味がある。頑固とか、意固地って意味もあるんだよ。エンジェルナンバーと言われるもので偶然の産物だけど…本人のあの頑固さを見ているとあながち間違いではないと思う。
対して私の103は全てが予定調和の中にあり、忍耐、信じる、支配された運命とか全てが自立していない意味が多い。
私と蒼は数字の上でも、その命の価値としての意味も全く違う。
端からレースになどなり得ない。
現在の彼女の躍進を見ても思う。私は明らかな「出来損ない」である事を。
先生も言っていた。諦めではなく認知しろ、その上で努力をすることが生きるってことだ、って。
その言葉を胸に刻んで私は生きていて、この人が好きなの。
桃さんは体が小さいのに意志が強くて、コンプレックスを明確に持っているのに努力を止めることはない。
傷付いているからこそ立ち上がることが出来る、この人が出会った時から好きだった。
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「103は殆ど仕事が一緒だよね。ボクも密偵と情報屋だし」
「うん。…私ハンドガンの扱いが下手だから気配の生殺に特化したの。おかげで感情を操作するのも上手くなったかな」
「あぁ、なるほどな。そこも一緒だ。
蒼がスクラップになったのは感情のコントロールが原因だったね…」
「うん…」
黒い革手袋を外しながら悲しげに微笑む桃さん。ファクトリーのゴタゴタに巻き込まれ元々属していた組織を裏切って蒼側についた私。だって、嘘つきの人の味方はできないでしょう?
味方の一人を奪還する事、探りを入れるメンバーとして選ばれ、そして失敗した後…こうして夜中に訓練する事を私たちは日課としていた。
蒼のアドバイス通り、ガツガツしない、そっと手を添える程度のアピールで少しずつ仲良くなって、今では食事をしていても…遠くから見かけただけでも私を判別して話しかけてくれる。
初めに出会った時は可愛い人だな、としか思わなかった。
童顔でタレ目の優しい瞳。金髪で先端だけ消え掛かった桃色に染まった髪。
可愛お顔なのに目が鋭くて、動きが素早くて攻撃的な気配。
ギャップ萌えの塊みたいな人で、真摯で自分に厳しくて…そしてどこまでも正直で優しい。
鋭い目つきは、蒼を見るときだけは優しくまろい光を湛えていた。初めからずっと。
「はー、ハンドガンもやっとこまともに扱える様になったし。一人前とまではいかないけどさ。毎晩練習に付き合ってくれて本当にありがとう。」
「ううん。私もおかげ様で上達したし、こちらこそありがとう。先生とか同期以外と練習なんて初めてしたから…すごくお勉強になった。まだまだ知らないことだらけだけど」
射撃場のベンチに腰を下ろした私たちは手先に巻いたテーピングをシュルシュルと剥がしていく。
二人とも手が小さいからハンドガンを操作するのが苦手なんだよねぇ。
私はなぜか同期と比べても背が低い。
元々の成長幅は同じはずだけどみんな個性がある。
蒼はおっぱいが大きい、銀の事が好きな100は同期の中で一番背が高い。スネークが好きな102は同期の中で一番足が速い。
私は一番背が低くて体の動きは早いけれど、それでも全員のいいところを集めた様な蒼の熟練度には敵わない。
先生が教えた体の動きは、それを完成させるために教えていたんだと再会した時に気付いた。もう、手遅れだ。
私たちの体は成長を終えている。小さい時からコツコツやらなければ意味がない事だった。
「103は…名前、どうするの?」
「うーん。ゴタゴタが終わってからになるけど、戸籍や名前がもらえるって言われてもピンと来なくて」
「でも、ここから出るなら必要でしょ?普通に生きて、普通に生活するなら」
「その普通が、よくわからないから…一緒にいたい人はいるけどね」
匂わせ発言をすると、桃さんはわかりやすく頬を染める。まだ告白はしない。蒼が言った通り正面からぶつかれば正直なこの人はそこから逃げてしまうから。
彼は、プラトニックだけど蒼のことを愛してる。
3人も旦那さんがいて、先生にも組織のみんなにも男女問わず好かれている蒼を。
「…その、さ。ボクだって…いい加減わかってるよ。言わないでいてくれるのが君の配慮だって事も。…ボクも何も思っていないわけじゃない。そばにいて心地いい、可愛い子だなって…思う」
テーピングを剥がし終わった彼が自分の爪を眺めながら項垂れる。
飛び上がってしまいそうな心臓をしっかり抑えて、小さく頷く。
心の中で叫び出しそうな私自身を必死で閉じ込める。
私、あなたのことが本当に好きなの。
そばにいたいの。
手を繋いで見つめ合いたい。それだけでいい。蒼みたいになりたい。
「ボクは…ずるいと思う。蒼のことがずっと好きなんだ。蒼を手に入れるつもりも無いし、挑戦して玉砕するつもりも無い。元々そう言う欲求がなくて…したいと思ったことがない。体が小さいからかもしれないし、ボクサーで散々殴られて生きてきたから頭の中がおかしいのかもしれないし…わかんないけど」
「私は…優しさ、だと思う。桃さんは蒼の事が好きだからその幸せを見守ることに徹してる。
それもまた愛でしょう?
寂しいとか切ないとか、満たされない気持ちを抱えていても蒼の事を大切にしてる。そう言うところ、かっこいいって…思うの」
お互い顔が真っ赤になっているのはわかってる。もう成人なんかとっくの昔に迎えているのに、ティーンみたいな事言って。
でも、私は桃さんが蒼に恋しているから好きになった。それに関しては嫌だと思ったことはない。
ほんの少しだけでも私を見てくれたらいい。ほんの少しだけでも彼がそばにいてくれるだけで幸せ。
他の子達よりも多く私を呼んで、私の声を聞き分けてくれる。それが、幸せだから。
「…これからも練習、一緒にしよ。名前も一緒に考えてよければ…その…」
「うん、お願いします。嬉しい」
そんな言葉をもらえるなんて…お互い微笑みあう、この時間が何よりも大切な時間になった。
━━━━━━
肩をくっつけて、お互いお揃いの白いセーターとジーパン姿でソファーに座る。
いつまでもいつまでも結婚の言葉を出してくれない桃さんに縋ってようやく手に入れた約束を果たすために…今私達は名前を考えている。婚姻届に103って書くわけにはいかないからねぇ。
「依子、忍、とかどーお?」
「うーん?どうしてその名前?」
「私のエンジェルナンバーの意味がそんな感じだから。」
「そういえば言ってたね、そんな事… 」
「うん、そうー。難しいなぁ漢字って…一つの言葉にいろんな意味があるから…」
二人して唸りながら、漢字辞典を眺めてコーヒーを飲んで。
私はちょっとびっくりしてる。
本当に結婚してくれるだなんて思ってなかったんだもん。
桃さんは、私のために籍を入れて一緒に住んで、生きている間の命は私にくれるって言ってくれた。
こんな風にくっついたり、手を繋いだり、夜はお布団も一緒だし…時々キスまではしてくれる。
あとは…衝撃の事実が発覚した。桃さん…正しくは太郎だった。名前が。
桃・太郎なの。
正直ギャグかとも思ったけど…うん。
今更太郎とはいえないから桃さんって呼んでるけど。
だから私の苗字は桃になる。
可愛いよね、桃って。
「ねぇ、その…」
「ん?」
桃さんが横でもじもじして、紙とペンを取り出す。
103、とかいた紙に100=モモと書いて、10、と…3、み…と書き記していく。
「わぁぁ…すごいね、こんな考え方もあるんだ…」
「うん。やっぱりこう、生まれの意味って名前に含めたらいいと思うんだ。トミさんじゃあちょっと年齢がアレな感じだけどミト、ならいいんじゃないかなって。
ボクたちは元々共通の意味を持ってるし、『み』はそのまま数字の三、美、実とか『と』は…これとかどう?」
桃さんが可愛い文字で書いてくれたのは『朱』と言う文字。
「茜も、蒼も色の名前でしょ?ファミリー的な意味で色が入ったら可愛い気がするんだ。それに…ボクにとっては君のイメージの色だから」
「朱色が…そうなの?」
由来としてはすごくいいと思うし、素敵な漢字だとは思う。でも朱色かぁ…色のイメージまで中途半端なのかなぁ、わたし。
「その顔すると思った。あんまりいいイメージがないかもしれないけど、朱色はとっても高貴な色なんだよ。神社仏閣に塗られている色で魔除けにもなるし、朱鷺だって朱がつく。日本の象徴だよ?あとは、ボクがそうだなって思ったのは朱に染まる、って言う意味」
「…すごくいい色みたいな気がしてきた。朱に染まる…?」
あんまりいい意味じゃなかった気がするんだけど…。
「本来の意味は環境に影響されやすいって意味だけどさ。…ボクは君に染められたんだ。好きな人なんて出来るわけなかったのに…じわじわボクの中に染み込んで、優しさや暖かさをくれて…まっすぐな気持ちでボクを愛してくれる。
ボクは不誠実で最低な男なのに…それでもいいって許してくれて、こうして傍にいてくれる。
朱に染められたとでも言うか…その…ごめん、こう言うの苦手なんだ。上手くいえないしかっこよくいえないけど…とにかく、ボクはそんなふうに思ってるよって伝えたくて…。ファクトリーで出会った時に君の赤い目は優しい色だった。赤でも紅でもない、優しい朱色だなって」
わたしの目から、ポロッと涙が溢れ出す。
わたしのこと、そんなにちゃんと考えてくれたの?
出会った時?最初に見てちゃんと区別してくれてたの?
「えっ!?ちょ、なんで??ごめん、そんなに嫌だった?」
「違…うの。私たちの目の色、そんなに違わないでしょう?だからちょっと…びっくりして…嬉しくて…」
背中から手を回した彼がぎゅっとくっついてくる。
暖かい手がわたしの手を包み込む。
「そんなに喜んでくれるなんて思わなかった。みんなそれぞれ特徴があるよ。ボクの観察眼、まぁまぁだと思うけどなぁ。
目の色は同じ赤でも全然違う。みんな個性があるよ。でも最初に目についたのは君だった。…プロポーズしてくれた時…だからだったのか、って思ったよ」
「うん…」
「ごめんね」
「うん…」
桃さんは、好きって言う代わりにごめんね、と言う。蒼が一番だから、わたしには好きって言えないの。
貫く気持ちが潔いし、本人は最低だって言ってるけど…そもそもそこに惚れたんだもん。
彼のごめんが謝罪じゃない事をわかるのは私だけ。それが、ただただ幸せだと思える。
「名前、三朱にする。すごく素敵な名前…桃さんが考えてくれた名前だなんて、本当に幸せ…嬉しい」
「…ボクも幸せだよ。選んでくれて、ありがとう」
「うん。…ねぇ、ごめんじゃなくて…これからはありがとうって言うのはダメ?」
桃さんがキョトンとした顔でびっくりして…ふ、と微笑む。
あー、蒼を思い出してるなぁ。
確かに、こう言うのはあの子の専売特許だから仕方ないね。私達はそっくりだから。
「いいね、それ。じゃあそうする」
「うん…」
新しい紙を取り出し、三朱と私の名前を書いてくれる。
「ボクの苗字が悪いんだけどさ。どんな名前つけても微妙になっちゃうんだ。これは正しくごめんね」
「ふふ、いいの。桃さんは桃さんだし、私はミトって名前があればいいから…」
蒼を真似て、肩で切りそろえた髪の毛。
延命薬を飲み続けているあの子の髪はもう腰まで伸びた。
私たちが飲んでいる薬とは種類が違う。私たちは時を止めるもの、蒼が飲んでいるのは神経や細胞を増やすもの。
私の髪はこれ以上伸びない。
私の白い髪を耳にかけ、桃さんが唇に唇で触れてくる。
暖かい熱に目を閉じて、桃さんを抱きしめた。
私、本当に幸せなの。でも、生きてる間だけで済ませるつもりはない。
桃さんの後をついていって、魂になっても…ずっとそばにいるからね。
先生が名付け親として蒼のそばに居続けるように私もそうするって決めたから。
ずっと、ずっとそばにいる。
あなたの唯一になれなくても、ずっと。
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