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第八十六話 夢の随に
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慧side
「やぁ!はじめましてかな。話は聞いているし君の成績も知ってるから、初めてとは思えないね」
「はははは…はじめまして!」
「あはは!緊張してるの?」
「土間さん!土間さん助けて!無理!無理です!キャパを越えました!」
「あぁ?うちのドライバーはしっかりしろ。今季最後のレースなんだからな。」
「だってよ?蒼ちゃん。レース、楽しみにしてるぜ?後で飲みにでも行こうな」
「はああぁーー!光栄です!光栄です!!」
話し相手の手をぶんぶんして蒼が泣いてる。気持ちはわかる。うん。
颯爽とさっていくあの人。俺はちゃっかりサインを貰った。
「あぶぶぅー!」
「な、あの気持ちわかるよな、成茜」
「わかるわけないだろ…はぁー。まさか海外を飛び回る羽目になるとは思わなかったよ。F4のほうがまだ大人しいかも知れんな」
「F4は国内だもんな…うちの奥さんがまさかこうなると思ってなかった」
真っ青な青空の下、沢山の車の咆哮が聞こえる。俺たち三人夫はガッチガチに防寒してます。寒いんだもん。
ロシア製の軍用ダウンを着込んで、アルパカのマフラーで頭と首を括って、重装備だ。
俺のコートの中で、息子の成茜があったまってる。赤ちゃんは体温が高い。おかげで俺はポカポカしてるけど。
現在、俺たちはスウェーデンにいる。
スウェーデンは北欧という名の通り、めちゃくちゃ寒い国です。足元は雪。周りも雪。雪雪雪…雪だらけだ。
なんでそこに居るかって?蒼のレースを見に来てるんだ。
蒼が初めての赤ちゃんを産んで約一年ちょっと。
たった一ヶ月で体を回復させて、蒼はレーシングチームで活動してる。
宗介の組織壊滅時を彷彿とさせる復活具合で、夫三人震え上がったのはいい思い出だ。
産休、育休中にドライバーをやると言われて正直びっくりはしなかった。
まさかこんなに早く復帰するとは思ってなかったけど。
F4…国内のレースを始めるのかと思いきや、土間さんと二人で話した結果…サーキットではなく、やはり公道を走りたいとなりまして。
公道って言うのは一般道のことね。そう言うレースが存在することを俺は初めて知った。
WRCって言うんだ。世界ラリー選手権っていうんだけど。
もう、本当にすごいからね。
世界中飛び回って、各国の公道を貸し切って専用の車で走り抜けるんだけど、参加するために取得したライセンスが10個以上。パスポートも必要だし、遠征費用に車の維持に、消耗品のタイヤにお金がバンバンかかるわ、メカニックも三十人はいるし、コ・ドライバーっていう専属の助手席サポートのメンバーもいるし。
ウチの会社だけで賄うのは厳しくて、土間さんが以前から集めていたスポンサーが山ほどついて、うちは円滑に回ってるけど…。チームも結局会社の所属にして、今後も土間さんはうちの社員でレースをやっていく予定だし…今後蒼は妊娠したらチーム監督する気でいるし、ドライバーをもう一人抱えてるからもう。もう。
筆舌に尽くしがたい。
事務員になった雪乃が毎月請求書に目を回してる。獲得した賞金にも、ね。
参戦前に全部の資格を取って、レーサーとしての形を整えるまでに二ヶ月、一個も試験を落ちなかったのはさすがと言いたいけど…公式レースに参加してなかった蒼がどうなったと思う?
俺たちの格好が格好だから成金のお遊びだと思われてたけど、今や蒼の名を知らない人はレース業界で誰もいない。
雑誌にも引っ張りだこだし、テレビにも散々出たし、日本でも業界内では時の人だ。
女性ドライバーだし、大きな会社の社長だし、レーサーとしての初参戦でこれだからもう。
独占欲の塊になってしまった俺は、頭が痛い。
車を置いてあるブースで、蒼は興奮冷めやらぬまま土間さんに抱きついてる。
身につけたレーシングスーツには沢山のスポンサーが印字されていて、車ももう…すごい数の文字がまるで模様みたいになってる。ちなみに日本警察の文字も見えるんだけど。いいのかこれは。
すっかり伸びた髪をポニーテールにまとめて、蒼が跳ねるたびにぴょんぴょん揺れてる。…相変わらず可愛い。
「蒼!落ち着け!ほら、セカンドドライバーが来たぞ」
「はっ。おはよう、向葵ちゃん」
「蒼さん!おはようございます!!昨日のシュミレーションタイム、すごかったです!!」
「ありがとう、向葵ちゃんも今日頑張ってね」
「はい!!!」
真っ赤な顔で蒼にニコニコ話しかけてるのは、チームドライバーの向葵ちゃん。
土間さんがスカウトした子で、なんと高校生だ。彼女は蒼と違って三歳から業界に身を置いている生粋のレーサー。
蒼よりも経歴が長い。
「向葵の前だとちゃんとオーナーだし、トップドライバーの顔してるよな」
「だって、そうしなきゃでしょ?私がこんな性格だって知らないもん。私の後でトップを張るんだから、今のうちにこう、かっこいいところ見せたいの」
「ふん、まぁな。アイツ才能はあるんだが蒼みたいな突き抜ける思想がねぇんだよな。一つ所におさまっちまってるというかなんというか」
「そうねぇ…難しい所だけど…私の走りで何か掴めるといいけど」
「何か掴めるどころか置いてきぼりだ。チャンプ」
「えへへ…」
土間さんとのタメ語もすっかり慣れた蒼。
そう、もうすでに蒼は優勝を決めている。
初っ端のレースに惨敗した後、その後からトップに君臨し続けた。
蒼がガチおこなの、久しぶりに見た。
俺のピアスを外した時以来かな?あ、キキの時も怒ってたな。誰かのためにだけ怒る蒼がはじめて自分のために怒ったのは…凄く良かった。アレ以来一度も見てないけどね。
「おーい!来たぜぇ!」
「蒼!優勝おめでとう!」
「おめでとうございますですわ!」
「寒い…おめでとうございます…」
「蛇は寒いの苦手だったな?蒼!おひさー!」
チーム内のメンバーがざわついてる。
銀、桃、雪乃、スネークと…最近ノーベル賞を受賞したキキ。
延命薬の公開に踏み切って、そしたらあれよあれよという間にそうなった。
キキも時の人だ。
蒼の研究が世間に出て、ファクトリー関連の全ても明らかにされて。
相良と俺たちで繋がって世界中にその薬を届けていく予定だからね。
相良が言ってたな。そのうち国民栄誉賞でももらうんじゃないか?って。
怖い。やめて欲しい。
限界を知らない蒼とその周りの人たちはどこまでも突き抜けていく。
「キキ!!みんなも!来てくれたのー!?」
キキに抱きついて、やってきたみんなに抱きしめられる蒼は頬も鼻も赤くなってる。
雪だらけだからなぁ…ここは。
「相良が来れなくてや泣いてたぞ」
「仕方ないよね…流石に総監が海外に来れないもんね」
「そうだなぁ。アタシも危なかったけど、成茜にも会いたかったし、授賞式が近くであってさぁ。日本でインタビューするって連れてかれそうだったから、蒼の顔見ないで帰れるかってんでキレて逃げてきた」
「あらら…でもキキもおめでとう!すごいよ!ノーベル賞を取れる人なんてそうそういないんだよ?」
「それもこれも蒼のせいだし、お陰だろ?茜もきっと、喜んでくれてるよ」
「…うん…」
二人がギュッともう一度抱きしめ合う。
「蒼、ちょっとチェックしてくれ。サスの設定だが…」
「はーい!」
土間さんに呼ばれて、キャップを被った蒼と土間さんが二人して車の下に潜る。
周りのメカニックたちが必死でメモ取ってるし。
うーん。オーナーってなんだっけ?
「慧!千尋も昴も…疲れた顔してんな?」
キキが俺たちの元に歩いてくる。
キキもモコモコの格好してる。こういう妖精さん、絵本で見た気がする…。
「時差ぼけがひどくて…」
「キキ、ノーベル賞おめでとう」
「うちの専属医はすごいな?」
「あんたらに言われると素直に喜べないよ。研究費用をくれたのは蒼の会社だからな。どうもありがとう。成茜はどこだ?」
ダウンのジッパーを下ろして、成茜の顔を出す。ニットキャップを深く被せて、キキがその顔を覗き込む。
「ここにいたのか。元気だったか?アタシのこと覚えてるか?お前を取り上げたんだぞ」
「ぷぁ?ぶぶぅ…」
「その顔は忘れてんな…くそっ、来年からはべったりくっついてやる。こんにゃろ。ほっぺ柔らかいな。…本当に二人にそっくりだな…」
「そうだねえ。色は蒼そのまんまだからね。顔の作りは昴だけど」
「どっちの遺伝子も継いでるなら将来が不安だな」
「「本当に」」
「失礼な奴らだな。俺の息子なんだから優秀な子になるに決まってるだろ」
ヤンデレと蒼の性格を引き継いだらとんでもない子になっちゃうよ。俺と千尋でちゃんと育ててあげるからな。
「成茜は二人みたいにならないでね。」
「ふっ、面白い。宗介はどうした?」
キキが辺りを見渡してる。銀たちは車を囲んで蒼と土間さんの話を聞いてるみたいだ。
「もう直ぐ来るよ、ほら、噂をすれば」
「あ?なんかうるせーと思ったらお前らか」
「宗介!どこ行ってたの?相談したかったのに」
蒼が車の下から出てきて、宗介に怒ってる。
宗介は海外の言葉をほとんど喋れるし、いつのまにか勉強していてコドラとして蒼にべったりついて回ってる。
俺たちが来れない時も24時間365日一緒なんだよ。一生そばに居るって言ったから、なんて本当に実践すると思ってなかったけど。
「うっせーな。コドラ同士でコースの情報共有してきたんだよ。アイスバーンが出来てるみてぇだし、リタイヤが続出してんだ」
「そうなの?ごめん。ありがとう。うちのコドラは優秀だねぇ」
「ふん。キスしてくれてもいいぞ」
「しません。今日は旦那さんたちが揃い踏みなんだから発言には気をつけて下さ~い」
「あぁ、いるな。チッ。よく来たな」
「「「心がこもってない」」」
宗介が近づいてきて、服の中の成茜を撫でる。
「おう、息子。元気か?風邪引くなよ」
「流石に冷えるね」
「そりゃな。オーロラも出るくらいだ。明日にでも見に行こうぜ。こいつにも見せてぇ」
「成茜はすごいな。こんな小さい時から飛び回って世界中を知ってる」
「ふっ、蒼みてぇに覚えてるといいな」
うーん、そこはどうだろう。まだ一才を迎えたばかりだし。
「宗介!そろそろ出るよ!みんな、行ってきます!!」
「おう!」
「蒼を頼むよ」
「任しとけ!」
蒼と宗介、二人がヘルメットを被り、手袋をつけて車に乗り込む。
温められていたタイヤからカバーが外される。
車庫の外にいる記者たちが沢山のフラッシュを焚いて、蒼たちを撮影してる。
すごい人気だ。
『ザザッ──this is Aoi 』
「感度良好、現在リタイアは10、半数だな。路面凍結が宗介が言ってたようにかなり多い。気をつけろ」
『Right!』
蒼の流暢な英語が無線から流れ、エンジンが点火される。
数回の空ぶかしの後、ゆっくりと車庫から出ていく。排気音がすっごい。バリバリ言ってる。
スウェーデンのWRCコースは全部が雪の路面。その上をかっ飛ばすんだからもう、今回は流石に怖い。カメラアイがあるって言っても…公道の路面は常に状況が変わる。宗介の目が頼りだ。
無線機の周りに集まり、車載カメラの画像を見る。
蒼と宗介が並んで座る車内の二人の様子が画面に映ってるんだ。
これもあとで提出するんだよねー。WRCは色々決まりが多い。
優勝を決めている蒼は最後尾スタート。
すでに走り終えたチームのドライバーたちも中に入ってくる。
蒼のチームはフルオープンで誰でも中に入れるんだ。
普通は隠すものだけど、蒼はアドバイスまでするもんだから他のチームでもファンだらけ。
「あっ、旦那さんたちじゃないですか?」
「あ、どうも、お久しぶりです」
ヘルメットを抱えて、外人さんたちと中に入ってきた数人の日本人。彼らもプロレーサーだ。
成金と言われていた蒼を最初から注目して、敬意を払ってくれていた彼らは、すっかり蒼の虜。そして普通に三人夫を受け入れてる。
「今日のコースは本当に難しいですよ。完走出来れば御の字です」
「蒼大丈夫かな…」
「蒼さんならベストタイムでも出そうですよ。ワールドレコード塗り替えちゃったりして」
「やめてぇ…怖いですそれ」
車庫の前の広いスペースに大きなビジョンがあって、そこにも観客席がある。
ビジョンに蒼の車が映し出されると、大声援が起こる。人数が多いから地鳴りのような音だ。
「すごい人気ですよね。沿道のギャラリーたちも蒼さんのフラッグだらけでしたよ。彼女はもはやスーパースターだ。」
「あはは…はぁ。そうなりましたね…」
『Start control set.』
にこやかな彼の顔が蒼の声で引き締まる。じっと、ドライバーたちがその画像を見つめてる。もうすぐレーススタートだ。
どんどん観客が増えてきたな…。
『30sec....20.19.18.17...』
宗介のカウントが始まる。
胸がドキドキしてきた。この瞬間、蒼の目が鋭くなるこの時。俺たちは蒼に毎回惚れ直してしまう。
命をかけて走る蒼の横顔。ここまでの鋭さは…ファクトリーでの戦争以来だ。
冴えざえとしたその瞳に、何度でも恋をしてしまう。本当に綺麗だ…。
『Start! R4long.long...6L.4R.don'tcut!』
『すごい凍結』
「気をつけろ!」
『yes sir!』
宗介のナビゲーションが聞こえる。
あの単語でカーブの角度、何メートルまでまっすぐな道、障害物、右左まで指示してる。
ラリーが怖いのは何度もその道を練習できない所かな。一度テストで走ったコースをメモとコドラのナビだけで走り切る。
よくアクセルを踏み抜けるよ。俺たちは見てるだけで縮み上がりそうだ。
『1st SS done』
『タイムは?』
「トップだ!蒼の目標タイムまで-1.2」
『よし!レコード更新しちゃうぞ~』
『オメーは気をつけろよ。次のセクション凍結だらけだぞ』
のんびり話してるけど…そうか。狙ってるのか。コンディションの悪い路面で。そうか。
「いまレコード更新するって言ってました?」
「言ってましたね」
「現在リタイアは7割。次のセクションで待ち時間が発生してるからな」
『はーい』
「7割リタイヤ…更新するって、言いましたよね?俺もリタイヤです…ちなみに」
「うう…」
成茜の目を見て、思わずつぶやく。
「茜…蒼を守って…」
「だぁ!」
成茜がキャッキャして喜んでる。
茜の名前を言うとよろこぶんだよなぁ。お腹の中で聞いてたのかな。
「あぁーこえぇー!!!たのむ、無事に帰ってきてくれ…」
「銀は肝っ玉が小さいな。金玉でかいんだからしゃんとしろ」
「キキ!やめろ!あらぬ誤解を生むだろ!蒼にだけは聞かれたくねぇ!」
「定期検診しただけだろ、蒼だって知ってるよ」
「えっ?俺の金玉をか?」
「ちがう!診察の話だ!バカ!」
「なんだよ、びっくりしたじゃねぇか」
「んもう、レディーの前でおやめくださいまし。」
「雪乃はそんなタマじゃないだろ?」
「ふふ、ええ、わたしの肝っ玉は大きいですわよ!蒼の走りを見ているとワクワクしてしまいます!」
「だよな!アタシもだ!」
「女はコエェな…」
『Start15sec.14.13...』
再びカウントが始まる。
WRCは複数のタイム計測ゾーン以外は一般道を走る。
沿道にギャラリー、観覧車たちが鈴なりだ。みーんなAOIの旗を掲げてる。
大人気です、うちの奥さんが。
━━━━━━
「最後のSSだ!レコードまで-2.2。慎重に行けよ」
『うーん。どうする?宗介』
『あ?知らん。好きに走れ』
『もー!コドラでしょ!ちゃんと意見してよ』
『んー、俺はワールドレコードが変わる瞬間が見てぇな』
『宗介がそう言うなら全開で行きまーす』
「はぁ、もう、マジで気をつけてくれ…頼む…」
『土間さん、わたしのこと信じて欲しいな。わたしのチームリーダーでしょ?』
「ぐぬ…」
『土間さん?』
「わーった。俺も蒼が、レコードを変えるところが見てえ!頼むぞ!」
『whoooo!まかせといて!』
「「「……」」」
「おたくの奥さん、どうなってますか?」
「俺にもわかりません」
聞かないで。ほんとに。俺達にも全然わからないから。
宗介のナビが続き、SSの後半に差し掛かる。
『あ…向葵ちゃん…リタイアか』
『しゃーねーな。5RlongS...5L4Rスグ3L』
セカンドドライバーの向葵ちゃんが沿道の脇に車を停めてる。完全に脱輪してるな。
『蒼さん!ガンバ!』
『ありがとう』
蒼の無線に向葵ちゃんが声をかけてくる。
あの子素直なんだよなぁ…いい子だからリタイアは残念だ。
『はー、気分がノってきたなぁ』
『お、じゃあ一曲行くか』
『いいの?』
『後もう少しだからな、先にナビするから好きにしろ』
全員無線ににじりよる。
蒼は究極に集中すると、歌い出す。
クラシックがメインで、悲しげな曲が多いけど…みんなこれを聴きたいのもあって、こうしてたくさん人が来るんだ。
普通鼻歌なんか出る余裕ないんだよ?
メインの大きな画面に映し出される蒼の車。すでに優勝確定しているからか、今までの走りの動画が流れてる。
フランス、ドイツ、イギリス、日本も。世界を股にかけてきた蒼の勇姿にみんなが夢中だ。
初っ端の惨敗も流れてるな…。蒼の悔しそうな顔、懐かしい。
『~♪』
宗介のナビが終わり、蒼が歌い出した。
今日は茜を送り出した、あのレクイエムだ。静謐で、穏やかで、ちょっとだけ怖い音階が無線から流れてくる。
服の中で成茜が暴れてる。
「お?お?どした?」
「なんだ?ダウンがすごいことになってるぞ」
「成茜…もしかして覚えてるのか?」
「そうみたい…」
服から顔だけ出して、蒼の走っている画像を見せる。
青い瞳に蒼が走る姿が映し出され、蒼の歌を一生懸命聴いてる。
瞳がキラキラしてる…。蒼の羽を、成茜ももらってるのかな。
『…この勝利を、茜に捧げます』
歌い終わった蒼が、静かにつぶやく。
SSのゴールをくぐり、大歓声が辺りを包んだ。
━━━━━━
「優勝おめでとうございます!蒼さん!」
「ありがとうございます」
表彰台に立った蒼がトロフィーを受け取って、カメラのフラッシュを浴びながらインタビューに答えてる。
日本の記者のインタビューなら俺たちもわかりやすいから…助かる。
「来年もまたWRCを走られるんですよね!?」
「あー、あのー、すみません。来年は一年休みます。えぇと、まだ旦那さんたちにも伝えてないんですけど…」
「えっ!?休まれる?お体の具合が悪いんですか?」
「ふっ…旦那たち、ちゃんと聴いておけ」
「「「嫌な予感がする」」」
キキがニヤニヤしてるし。
宗介は苦ーい顔してる。あいつ、知ってるな。
「どうしてですか?はっ!F1からのオーダーも来てましたよね?そちらに移行する、とか?」
「ううん、そうじゃなくて。あの…うちの旦那さん達も聞いてる感じですか?」
「は?あ、聞いてると思いますよ。会場全体に流れてますから」
「あ、じゃあいいか。あの、産休に入りますのでよろしくお願いします」
ピシャーン!!って雷が落ちたような音が耳の中にしてる。
いま、なんて、言った??
えぇー!?と会場全体で大きな声が上がる。
みんなして俺たち三人を見つめてくる。
「なるほど…俺は避妊してるからな。どっちかな?」
「キキ!いま何週!?」
「1.2.3...いや、どっちでもおかしくない…キキ!どっちだ!?」
「あーあー、うっさいな。慧の子だよ。おめっとさん」
「は、あ…」
「がっくし…俺は最後か…」
千尋が項垂れる。
俺の子?俺の子って言った!?
「キ、キキ…もう一回言って!」
「蒼に言ってもらえ。さっさと日本に帰って首輪でもつけて閉じ込めておきな」
「はいっ!?えっ!!なんで知って…」
首輪の話なんで知ってるの!?蒼から聞いたの!??俺のSM趣味が知れ渡ってるのはなぜ!?
「ただいまー」
蒼が帰ってきた!!
「ちょ!昴!成茜頼んだ!」
「あぁ。控えめにしろよ。気持ちはわかる。」
「俺はまだわからん。しょんぼり…」
二人に言われながら、成茜を昴に預けてダウンを脱いで蒼に巻きつける。
「あっ、キキに聞いた?」
「はい…」
「慧の子だよ。予定日はなんと七月です」
「お、俺と同じなの!?」
「うん。そうだよ。慧もパパだね?」
「わぁ…わぁぁ…」
コートごと蒼を抱きしめて、唇を重ねる。
俺の子が…蒼の中にいる。
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「蒼…蒼…」
「ふふ、嬉しい?」
「うん。嬉しい…すっごく…」
微笑む蒼を抱きしめ、ため息を落とす。
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蒼がただ、愛おしい。
キキが足元で、ポンポン、と叩いてくる。
「良かったな。私も嬉しい」
「キキ…ありがとう。ありがとう…」
微笑む蒼の顔が、ふわりと笑う。
かわいい、愛おしい蒼が、いつまでも微笑んでいた。
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