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第八十四話 またね
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茜side
「はっ!わ、私どうしてた!?壁画は!?」
蒼が見てる。あ、体が動かない…困ったな、あとちょっとで出来上がるはずだったのに。
ぱちぱち、瞬くと蒼がそっと手のひらを頬に置いてくれる。
「大丈夫。茜が昨日、クリスマスローズを描いたのが最後。ちゃんと全部書き終わったよ…」
「そうなの…?蒼…その格好…」
蒼が髪の毛を編み込みにして、お化粧してる。目元と唇がキラキラして、ほんのり頬に紅をさして…かわいい…。
白いドレスに包まれて、髪の毛からふんわりとベールが広がっている。
「茜は全部成し遂げた。私の式に参加してくれるでしょう?」
「わぁ…もちろんよ!綺麗ね!!よく見せて…」
蒼が少し離れたところでドレスを翻してくるりと回る。
耳元に真っ白なバラを刺して、耳元でパールが揺れてる。
キスマークはレースのハイネックで上手に隠して、襟元に紐のリボンが結ばれてる。
上半身はシフォン生地、手首までのパフスリーブで首の周りと襟の周りにレースがあしらってある。
腰から下がふんわり広がった長い裾のふわふわした生地がキラキラ輝いてる。
後ろに回ると、後頭部を囲むように青と黄色のバラが見える。
「素敵!なんてかわいいの…本当に綺麗…女神様みたい」
「ありがとう。茜はいつも通り、真っ白でかわいいね…」
「えっ?」
私もいつものワンピースに、ふわふわの真っ白なボレロをかぶってる。
でもこれって花嫁さんの衣装でしょ?
「今日のドレスコードは白なの。茜の真っ白な色。みんな赤いバラを刺してる。茜に見てもらうための結婚式なの」
「でも…でも蒼のなのに」
「いいの。そうしたいんだもん。さぁ、行こう。みんな待ってる」
入り口で待っていてくれた宗介が私の車椅子を押してくれる。
彼も真っ白なタキシードに胸に赤いバラを刺してる。本当に私の色だ…。
蒼がそうしてくれたことに、涙が出てくる。
「泣くと化粧が落ちるぞ」
「お化粧もしてくれたの?」
「雪乃が上手なの。とってもかわいいよ、茜」
ふわふわ微笑む蒼が横でゆっくり歩いてくれる。
「はー。蒼はやべーな。白着てもいろっペー」
「ちょっと。そう言うのはなし。スネークが神様連れてきてくれてるんだから!」
「チッ」
「まぁ、そうなの?」
「そう。今日は神前式だからね。ごちゃ混ぜでごめんね。」
「良いじゃない。ここは日本だし、蒼らしい」
「茜までそう言うの?」
「ふふ…」
エレベーター前に、キキと雪乃が待ってる。2人とも真っ白なワンピースをきて、耳に赤いバラを刺してる。
「わぁ…2人ともかわいい…」
「茜もお綺麗ですわ!とってもかわいいです」
「目の色が見えると綺麗だな。アタシはこんな格好初めてだからスースーして落ち着かないよ」
2人に囲まれて、エレベーターを登る。
エレベーターが到着すると、私の車椅子を雪乃が押して、宗介と蒼が腕を組んで目の前に立つ。
真っ赤な絨毯、完成した式場の花達が会場を取り囲み、おじいちゃんやおばあちゃん、研究者逹、蒼の同期の子達、子供達、蒼の会社の人たち、蒼のご両親、麻衣ちゃんと千木良さんが座って、こちらに振り返る。
壁にはたくさんの電飾が光って…空には青空。絨毯の先に三人の旦那様と、スネーク。
旦那様達は裾の長いモーニングを着て、お揃いの格好に髪の毛はみんなオールバックなのね。蒼が好きだって言ってた。
慧だけ髪の毛を緑のゴムで縛ってる。それぞれ胸元に蒼と同じ薔薇。青と、白と、黄色のそれが彩りを添えている。そういう事なのね。それぞれにカラーがあるんだ。
優しいオルゴールの音が、ドームの中に広がって優しい空気が満たされてる。
宗介が薔薇の花束を手渡して、蒼が握る。
「見ててね…茜」
「うん、いってらっしゃい」
蒼と宗介が腕を組んだままぺこりとお辞儀をする。
パチパチみんなが拍手してる。
その音に誘われるように蒼達が歩き出した。
一歩進むごとに両脇からおめでとうと声が上がる。
その声を受けながら蒼達が微笑んで、進んでいく。
私の心臓は蒼が遠ざかるにつれて、ゆっくり速度を落としていく。
もうちょっと…頑張って、私の心臓さん。
二人が旦那様のところに到達すると、組んだ腕を昴に手渡し、宗介が神父様役のスネークの横に並ぶ。
蒼と三人の旦那さんがくすくす、笑ってる。
スネークさんは真っ白の着物を着てる。
あれ、陰陽師さんが着る服じゃなかったかな。かっこいい着物を着て、緊張した面持ち。
旦那様達は蒼のドレス姿に夢中で、口々に綺麗だ、かわいい、天使みたいだって褒めちぎっていて、蒼の顔がどんどん赤くなる。
スネークが流石にそろそろ落ち着いてくださいって宥めてるわ。ふふふ。
右側から昴、蒼、千尋、慧が背中を向けて立ってる。
素敵な風景ね…。
「これより、蒼、昴、千尋、慧の結婚式を執り行います。全員…茜以外は起立」
みんなが立ち上がり、蒼逹が首を垂れる。
先っぽにたくさん紙の束がついた白いふさふさを振りながら、スネークが難しい言葉を喋ってる。
歌を歌っているみたいな珍しい音の重なり…空気が清浄になっていく。
わぁ…お祓いかしら。すごい。本当に効果があるのね…。
「ご着席ください。続きまして、結婚奉告」
蒼逹が目線を交わして、四人が口を開く。
「「「「私どもは今日の善き日にイザナミノミコトの大前で結婚式を擧げました。今後は信頼と愛情を以て輔け合い、励まし合って良い家庭を築いて行きます。幾久しく私どもをお守りください」」」」
わぁ…すごいわ。神前式ってこう言うものなのね。声がぴったり揃ってる。四人の心が一つなのが伝わってきて、胸が震える。
「誓盃の儀」
銀が木のお盆に大、中、小の盃を乗せて昴の元へ。麻衣ちゃんが反対側にお盆だけ持って佇む。
…麻衣ちゃんはなぜタキシードなの?
二人とも緊張しすぎて動きがガクガクしてる…。
「大丈夫?すごいガクガクしてる…」
「大丈夫だ。早くやってくれ」
「そ、そうだ。早く…」
「急かされるほど緊張してるの…」
昴が小さな盃を三度口にして、蒼に渡す。
蒼も同じようにして、千尋に渡す。最後に慧が口にして、麻衣ちゃんのお盆に戻す。
三つの盃を口にしてお盆に戻し、ガクガクした動きでまた二人がはけていく。ハラハラするわ…。
「指輪の交換です」
桃がクッションに乗せられた指輪を持って、現れた。
かわいい。ちょこちょこ歩く姿がみんなを微笑ませてる。
四人が振り向き、旦那様逹が指輪を手に取る。桃が花束を受け取り、昴から順番に蒼の左手に指輪をはめて、蒼が指輪をはめてあげてる。
みんなお揃いのシルバーリング。蒼は両手に三本ずつ指輪をはめてる。婚約指輪も結婚指輪も、三つずつなの…すごいわ。
桃が花束を蒼に戻して、はけていく。
「はい、では皆さんお待ちかね誓いのキスですよ!!!」
「スネーク…もう。」
「皆さん早く見たいですよね?」
会場にいる全員が頷く。
面白すぎる。
眉を下げた蒼の顎を持ち上げて、昴がキスを落とす。腰を抱いて、首を傾げて深く重ねてる。
まぁ、激しいキスね。
瞬間、私の胸に痛みが走る。
あぁ…もうその時が来てしまったの?
胸をポコポコ叩いて蒼が昴から離れて、お小言を言ってるわ。
もう、音が聞こえない。
だんだん視界の周りから黒い影が近寄ってくる。
「……」
キキが何か言ってる。私の状態に気付いたのね。
「大丈夫。最後まで見たいの」
「……」
キキの手をしっかり握って、気持ちを奮い立たせる。最後のその瞬間まで…目を開いていたい。蒼を目に焼き付けたい。
蒼が私をじっと見る。心配してる…。
大丈夫よ、と瞬きで返事する。
頷いた蒼が旦那様に向き直る。
千尋が両手で頬を包んで、同じように深く重ねる。…長いわねぇ。
後ろから慧が引っ張って、不満げに千尋が離れる。
慧は蒼の後頭部を抱えて、腰を引き寄せられて…二人よりも深い口付けを落とす。
まぁまあ。蒼は大変ねぇ。三人ともキスの仕方に性格がでてる。
「………」
「……!!」
真っ赤になった蒼が怒って、慧がしょんぼりしてるわ。
みんな…かわいい。
瞬くと、視界が真ん中だけ残って、闇がじわじわと染みていく。
蒼が花束を持って駆け寄ってくる。
子供逹、蒼の同期の子達、宗介、旦那様達、みんなが私を取り囲む。
「蒼…結婚おめでとう…」
自分の声が頭の中に響いてる。
体が動かないわ。あなたに触れたかったのに。
眉を顰めて、私の手を取り、花束を胸元に置いてくれる。
ゆっくり瞬いて、蒼と最後の言葉を交わす。
体の感覚がなくなって、小さい頃からずっと一緒だった痛みも消えていく。
「茜、大好き」
『私も大好き。蒼に出会えてよかった』
「私も。茜がいたから私が産まれたの。産まれてきてくれて、ありがとう」
ふ、と口の端が上がる。
蒼は涙をこぼして、じっと見つめてくる。
『笑って、蒼。あなたの笑顔で送って』
蒼が眉を下げたまま微笑み、私と額を重ねる。
蒼の涙が私の瞳に降り注ぎ、私の眦から溢れて行く。真っ暗な闇が私を包んで来た。
蒼…あなたに会えてよかった。
私の大好きな妹。
生まれ変わったらまたあなたに会いたいな。
『またね、蒼…』
体の力が抜けて、真っ白な光の中に包まれていく。
私は全てのものを手放して、光の中にその身を任せた。
━━━━━━
蒼side
「茜…またね」
茜の最後の瞬きに返事して、その体を抱きしめる。
暖かい体から、徐々に失われていく体温。
手を繋いだキキが、手首の脈を測っている。
「最期の言葉がまたね、とはな。茜らしい。旅立ったよ」
キキに頷いて、茜から離れる。
静かに…お別れが始まった。
私が渡したブーケを抱えた茜。青と、白と、黄色と淡い緑の薔薇の花束。
私が選んだ緑のバラは、《新たな気持ち、希望を持ち得る》という花言葉があるの。
ぴったりでしょう?茜…。
一人ずつ順番に、みんなが抱きしめて、お別れを告げる。
死後の30分は、声が届くと言われてる。みんなが話して、茜が聞いてくれていると思う。
涙が止まらないの。
背後から慧が私の体を支えて、左右から昴と千尋が抱きしめてくれる。
「間に合ったな」
「うん」
「茜、笑ってる」
「うん…」
「最期までずっと蒼のことを見てたね」
「…っ…うん…」
昴がハンカチで私の涙を拭って、昴の青い瞳からもぽろん、と涙が溢れた。
「俺も入れろ」
宗介が私の前に座って、私の手で自分の顔を挟ませてる。
「ふふ、へんなかっこ」
「ここしか空いてねぇんだよ」
「仕方ないなぁ」
宗介の顔を撫でると、瞳をつぶって…宗介も涙をこぼす。
千尋も、慧も鼻を啜ってる。
「茜の希望だ。葬式はしない。このまま火葬してほしいって言ってた。誰も悲しまないで欲しい、悼まないでほしい、いつも通り、普段通りに過ごして欲しいと願っていた。
墓は、ファクトリーの内部に造られた墓地に埋められる。一番乗りだね。
それから、蒼…。お前のレクイエムで送ってほしいってさ」
キキが真っ赤な瞳で、私を見つめてる。
うん、わかった。
茜の横に銀が椅子を持ってきてくれる。
スネークがそっと額に手を置いて、反対の手を口の前に祈るように掲げる。
スネークも送ってくれるのね。
和洋折衷だからそうなるか。
椅子に座って、旦那様逹がドレスの裾を綺麗にしてくれる。オルゴールの音を、誰かが止めてくれた。
しんと静まった空間の中、私は茜の白い髪を撫でて、瞳を閉じて微笑む茜を見つめる。
レクイエムは、あなたをここにとどまらせないの。空の上にその魂を連れて行ってしまうんだよ。良いの?
茜とかわした会話の数々が耳の奥に再生される。
パタパタ…オールドフィルムの回る音。
『蒼、大好き』
『蒼…怒ってるの?』
『蒼!私も食べたい!』
『蒼!すごいわねぇ』
『…世界は優しさでできてる』
『蒼が来てくれて、あなたが生まれてくれて本当によかった。何も知らないまま、死んでしまうところだった…。私…楽しい。嬉しい。幸せだよ』
『蒼…またね』
目を瞑り、レクイエムを紡ぐ。
私の歌がドームに響き渡る。
お腹の赤ちゃんに手を当てる。
二人で茜を送るために歌うからね。
目を開く。
涙を止めて、しっかり声を張る。
最期まで自分のために、と絵を描いて戦ったあなたを送るのに涙は相応しくない。
茜の冷たい手を握り、じっと見つめながら歌う。
もう、どこも痛くない?
もう、どこも苦しくない?
きっと、…その足で走って、どこまでも行けるね。
見たことないものを見て、食べたことのないものをたくさん食べて。たくさんの人たちを見てきてね。たくさんの綺麗なものを…見てきてね。
私が死ぬときは、茜がお迎えにきてほしいな…。待ってるからね。
歌い終わって、静寂が広がる。
みんなが泣き崩れる中、私の瞳は乾いている。
涙も茜が持って行ってしまったのかな。
「茜…またね。」
もう一度口に出して、茜の最後の言葉に応える。
心の中で、茜が微笑んでいる。
『うん!』
と元気な声が聞こえたような気がした。
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