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第七十一話 鬨の声

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☆爪先からはじまる熱と恋 71




━━━━━━

 蒼side


「あらあら、チョコレートが好きなの?」
「ちょこ?これあまくておいしいね!」

「なんて可愛いんでしょう!お煎餅もあるわよぉ」

「ちょっと、トメさんだめよ!子供がしょっぱいの食べたら…こんなに小さい子がいるって知ってたらちゃんと買ってきたのにねぇ」


 おじいちゃん、おばあちゃんたちと子供たちがそれぞれテーブルに分かれて座ってる。のどかな雰囲気、お菓子の匂いとお茶の香りが漂ってくる。
 みんないかつい装備を身につけているから、すごい違和感だけど…。
 お年寄りの方って、どうしてお菓子をあんなに持ち歩いてるんだろう…?
ファミリーパックと書いてある袋がたくさん並んでる。



「…おかしいですわねぇ」
「本当だねぇ」

 雪乃と二人、それを眺めて苦笑い。

 慧を奪還して、東条をボコボコにして帰還した後、戦車や迎撃ミサイル、戦闘配備についたみんなと話して…慧は骨折が数箇所あったけど、すでに配置についてる。


「俺も茶がのみてぇ。足が痛え、腹も痛ぇ、背中も痛ぇ」
「宗介…大丈夫?」

「千尋に筋肉の使い方教えたのお前だろ。アイツのパンチが威力を増してんだよ。」
「あー。ごめんね…でもなんでニヤニヤしてるの?」
「フッ。俺は久々にスッキリしたんだ。深くは聞くな」
「うん、なんとなく聞きたくない」

 帰ってきた宗介を引っ張って行った千尋が宗介とやり合ったみたい…。本人は夜練だ、って言い張ってたけど。
 二人とも見えるところに傷がないのが怖い。
宗介がニヤニヤしてるのも怖い。なんで笑ってるの?
後、なんだかツヤツヤしてる気がする…。何かしたのかな?



『定時報告!前衛、異常なし。なぁ…今日くるよな?』
 インカムから噂をしていた千尋が定時の連絡を伝えてくる。


「あれで動かないわけないよね。どうしてまだ来ないんだろう」
『だよなぁ…』



 そう、この状態になってからもう半日経ってしまった。
 キキは約束通り覚醒できる薬を完成させて、茜の組織の人たちを集めて、もう話が済んでしまって。今の状態になってる。

 あっちに残ってるのはSATの二百五十人程度と傭兵、私の両親、東条と田宮。
 それに対して私たちは昴の組織のメンバー、私の同期十人、子供達が三十人。SATの人達が五十六人。
 そして茜の組織の約三百人の一般の方達。老若男女が茜を守る肉壁となってくれるって言ってる。
本当はやめさせたい。でも、なかなか納得してはくれなくて…。仕方なく現状維持になってる。


 でも、東条がやって来ない。
 どうして…?



 こちらの配置は、前衛として戦車を2台、千尋、慧、桃がいる。
 SATの人たちは前衛と中衛の中間に麻衣ちゃんと待機。麻衣ちゃんは常に省庁の繋がりの人たちに連絡して、何か画策してるけど…まだ何も教えてくれない。

 中衛として銀、後衛が昴と宗介、私、スネーク、雪乃。私とスネークは北の塔からスナイパーを務めるし、雪乃は中にいる。エレファントは大きいから、屋上に待機してる。子供達が動かしてくれる予定なの。昴が中衛と後衛を行き来してくれてる。



 私の同期がそれぞれ別れて配置についたけど…みーんなお目当ての人がいるところにバラけてる。
 私の旦那さんにもついてるのが本当に嫌だけど。



 103は桃と何となくいい感じになってるし、銀の事を好きなのは100。私の直ぐ下の子なの。
 甘えん坊だから、あの銀が強く突っぱねられないのが…見ていてもどかしい。可愛い恋心が見えて、心の中がくすぐったくなる。



「ここは任せていい?私、スネークとスナイプの練習しておきたいの」

「かしこまりましたわ」
「俺も雪乃と見ててやるよ」




 宗介と雪乃に手を振って、スネークと一緒にエレベーターに乗る。
 ガラス張りのエレベーターから、みんなが配置についてるのが見えた。


 こっちに気付いた人たちの視線が集まって来る。手を振ると、みんながニコッと笑ってくれた。

 外は空気が冷たい。日差しが強いからまだ暖かいけど…。
 真っ黒な人たちで守られているファクトリーの様子が一望できる。



「蒼、各所に的を用意してもらって撃ってみたほうがいいかもしれません。
 弾の貫通がどの程度か私にも把握できていませんから」

「そうしよっか。もしもーし、みんなちょっとスナイプの練習付き合って欲しいです。いいかな」


『日光浴しかする事がないんだ。好きに指示してくれ』
「ありがとう、昴。近距離から撃ってみようか」

『ああ、そうだ…的が置きっぱなしになってるから出してやってくれ』

 宗介の指示によってみんながバラバラに動き出す。
 空が茜色に染まってきた。



 暗視スコープを首に下げて、ライフルの弾を装填。
 しっかり用意しておこう。夜とともに相手がやって来そうな気がしてる。
 手袋をはめて、マフラーをして、頭にキャップをかぶる。


 お尻の下にはホットカーペット、私は体がモコモコで一切寒さを感じない。
 こんなに高待遇のスナイパーなんて…聞いた事ないよ。
 真面目な顔して、千尋と昴がカーペットをここに敷いてくれたのかと思うと…言葉が出てこない。
 フリーリコイルにしてもらって、ライフルレストにしっかり固定されて命中率も上がってるし。
サポートしてくれたみんなを思うと、胸の中も体もポカポカしてくる。



「蒼はそうしていると少年のようですね。目つきが凛々しい。戦争にもいましたよ、あなたのように綺麗な子が。みんな勇猛果敢でした。」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、マフラーで口元隠れてて目しか見えないでしょう?」
 

 ニコニコしながらスネークがスコープを調整してる。


「隠しきれない美しさと言うものです。あなたの瞳はこの世で一等美しい。心の鏡である瞳ですからね」
「も、もう…スネークまでそう言う事言い出すのやめてよ…」


 警戒体制に入ってから、みんな顔を見るたびにクサいことばっかり言うから…直ぐ赤くなっちゃう。

「死ぬ可能性がある時は、悔いのないよう喋るんですよ、蒼」
「そう…確かにそうだね…」



 旦那さん達とはしっかり抱きしめあって、キスをしてから離れたけど、何かあってもここからは直ぐに傍には行けない。
 大切な人が戦う様を見て、もし怪我をしても…私はここから動けない。

 ライフルのスコープを覗き、深く息を吐く。風がほとんどない。
 ここの地形は…昼から夕方にかけてはほとんど無風になり、夜になって冷えると追い風になる。
 追い風の時は風が読みやすいから…もし夜襲を仕掛けられても、外す事はない。
そう言う練習ができる時間があったことだけは、東条達に感謝しても…いいかな。



 レンズの調整で、ゆっくりみんなを見てみる。
宗介…はプロテイン飲んでる。

「…100、銀なら16時方向に隠れてるよ」
『えっ!ほんと!?見つけた!!』
『おい!蒼テメェ!』

「103、あんまりしつこいと桃本気で怒るよ」
『むーむー。』
『ちょっ!覗き見やめてっ!…アリガト』

「097…的になりたいの?」
『きゃーこわっ!逃げろー!』
『蒼がやきもち焼いてくれた…』

『『焼かせるなよ』』

 本当にね!もう!昴は後ろから抱きつかれて、目を瞑って耐えてたけど。ちょっと本気でやきもち焼いた。
離れてて近くに行けないからかな…。


「かわいいですね、蒼」
「す、スネーク…今日ちょっと変じゃない?」
スネークはニコニコしてるけど、なんでインカム入れて今の発言をしたの…?


「そうでしょうか?今まで機会がなかっただけですよ」
「そう…なの?」

『思わぬ伏兵なんですけどー…』 
『スネーク、やめとけ。命がいくつあっても足りねーぞ』
『銀、スネークはそう言うんじゃないだろ?』
『そうだ。スネークだぞ』
『だよね?』

「フッ…」

 スネークの意味深な笑い。外のみんなから一斉に視線を感じるんだけど…。


「さ、さーてそろそろ練習しようかなぁー!」 
「蒼、冗談ですよ。私も命は惜しいので」
「スネークの冗談怖い」

『おい、さっさとやれ。日が暮れるぞ』

 宗介がスネークを睨んでる。ピースで自分の目を指さして、こっちに向けてくる。
見てるぞ、のサインだ。

「怖いですね」

「ふふ…私とスネークで一発ずつ。後衛から。跳弾に気をつけて」
「yes Sir」

 サーと言われて、思わず微笑む。スネークは私のことを認めてくれてる。
 そう。私はお姫様じゃないの。みんなを守る、ナイトになりたい。もう一度、深く息を吸い、深く、深く吐く。引き金に指を乗せる。



「Going hot」

 呟き、引き金を引く。

「hit 次、中衛…hit、前衛………hit」

 うん、スネークも全部当たってる。
 スコープの調整も正確だし、これならあちこち撃てそう。
 的周りに集まって来たみんなが穴を眺めて、びっくりしてる。



「方向を間違えなければ跳ねないね。ただ…撃てば即死かな」
「ショックが大きいですね。特に後衛は」

「距離が近ければ、そうなるね…。ハンドガンの範囲なら不殺に出来るけど…」
「殺すことは覚悟しなければなりません」

「うん、そうだね。となれば、もう即死の場所をしっかり狙って撃つしかない。半端にずらして悪戯に苦しませるより…ね」

「はい…」



 スネークは苦い顔をしてるけど、ごめんね。私はもとよりそのつもりでいる。
 仲間を殺されたくない。大切なものをたくさん抱えてしまった今だからこそ、冷徹になれる。


 大切な人を害するなら、わたしはその人を殺す。

 そもそもこの銃を渡して来た時点で宗介はそれを覚悟しろと言っているようなものだった。

 わたしの目の前で、自分を傷つけてまで守ってくれた宗介。
 泣きながらそれを任せた慧。
 みんながみんな生き残るには、厳しい戦いだから。


 ライフルで前衛のずっと先、森の中を眺める。4キロ範囲までは2人とも必中になってるからあそこから狙う予定。

 ん…?森が妙な雰囲気…。言葉にできない違和感が頭を擡げる。



「…なんか…嫌な感じがする」
「蒼?」


 夕陽が落ちて、忍び寄って来る闇。
 暗視スコープに切り替える。
 やっぱり…何かおかしい。

「宗介、森が…変な気がする」
「あ?……フン、生き物がいねぇな。警報を鳴らせ!!」



 宗介が指示して、警報が鳴らされる。
唸りを上げる警報がファクトリーに響き渡る。
 全員が配置について、静かにその時を待つ。


いた。木立の中に複数の人影。
…本当に来てしまったんだ…。
息を吸い、吐いて…覚悟を決めた。




「敵影確認、各位戦闘配置!12時の方向に一群。3時、9時の方向に小隊。数は見えない。
 私達が指揮官を撃つまで動かないで。4kmギリギリで撃つ」


『前衛、同じく正面に敵影確認』
『後衛、民間人を展開済み。全員できるだけの装備をしておりますわ』

『中衛からも確認した。蒼、俺たちの命を…あなたに預ける』



 昴の言葉に了解の音を返す。


「戦車両台11度方向に傾けろ!パンター右45度、ティーガー左20度に砲身を構え、待機。
エレファントは正面方向に砲身を固定!
 スネークは12時から3時まで、他は私が撃つ。射撃以降は発射を任せる」
「了解」

そろそろと木立から顔を出し、伺う人たち。SATが先頭だ。

「4km敵影確認…スナイプようい……撃て!」


 引き金を引く指先に、冷たい血が通い始める。

 戦いの開始の自分の鬨の声が…まるで知らない人のような無機質な音に聞こえていた。




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