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第六十七話 始動2

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━━━━━━
 慧side



「超長距離のスナイプは、地球の自転、サイトの光の入り方、温度、湿度、時間帯、銃弾の形と回転…スピンドリフトも計算に入れないと無理かな。
 ここから目標までの風も予測して、相手の動きも予測して…本当に難しい…」

「着弾は10秒後程でしょうか」
「そうだね。10秒の間にどのくらいの影響があるのか…予測して、撃っての繰り返しだね」
「了解」


 蒼とスネークが茜の部屋に設置されたライフルのスコープを覗き込んで唸ってる。
 茜の部屋は仕切りを作って、屋根まで囲われて…これはもうスナイピング専用の部屋だな。
 壁をぶち抜いて大きく作られたドアを開け放ち、防寒具を身につけてスナイプの練習中。
一晩でこれ、作れるの?凄いな。

 半分外にいるようなもんだから風が吹いて寒い。蒼は真っ黒なコート、中にセーターやヒートテックを着込んでモコモコしてる。




「蒼、寒くない?」
「平気。ロシア製の軍用コートだもん。暑いくらいだよ。セーター脱ぎたい」
「たしかに。しかもSVLK-14Sまで拝めるとは。ファクトリーはどこまで武器があるんですか」

「物資は宗介のツテでほとんどタダだからねぇ。戦争やってたから知り合いがたくさんいて、武器とかこういう服とか…激安で持ってくるんだよ」
「なるほど…」

 蒼がライフルの先端を動かして、引き金を引く。重い発射音が響き、薬莢が転がる。



「マズルブレーキがあるから反動少ないね…外したか…」
「ううん…わずかに…ですが。着弾まではやはり10秒かかります」
「弾がとんがってるからこれは当たったら痛いだろうなぁ…」
「理論上4kmまでは射程ですからね…」

 約10kgの重たい自重、長い銃口。
 そこから放たれる弾丸は射程が4km、厚さ三センチメートルの金属レールをも貫通するって言うんだから…痛いじゃ済まないよ。

 スネークが引き金を引いて、ため息を落とす。
「ちょい右だねぇ」
「ここまでズレるのは厳しいですね…」

「ちょっと集中するね」


 蒼がスコープを覗いたまま、完全に固まる。
 スネークはその様子を見て、沈黙してる。
 これは喋ったらだめなやつだな…。

 風が止まって、小鳥が数匹飛んでくる。
 蒼の頭と肩に止まって、羽繕いを始めた。
 ぴくりとも動かない蒼。すごい集中力だ。

 双眼鏡を覗いて、蒼の狙う的を見つけた。
 三重の輪の中に穴が二つ。蒼はほとんど真ん中じゃないか…。スネークも当たってるし。
 宗介のお眼鏡は正しかったみたいだ。


「当たったか?」
「っ!?そ、宗介…いつの間に」

 俺たちとお揃いのコートを着て、宗介が後ろに立ってる。
 足音も気配もないから…心臓に悪い。

「蒼はほとんど真ん中、スネークも的に当たってるよ」
「フン、静止的だからな。スネークは午前中にど真ん中に当てろ」
「くっ…はい」

 スネーク…がんばれ…。


 宗介が無言で蒼に触れる。
 鳥が羽ばたいて逃げていく羽音がやけに大きく聞こえる。
 肩を下げて、首を伸ばして…姿勢を直してるな。
 蒼は集中したままだ。


「重力のことは計算に入れるな。風とねじれだけでいい。撃つ瞬間に銃口をさげろ。コンマ2ミリだ」

「無茶な…」
「スネーク、無茶をやるんだよ。見てろ、当たるぞ」

 宗介が立ち上がって、双眼鏡を覗く。
 それに倣って俺たちももう一度的を見つめる。

 すー、ふー、と蒼が深呼吸して…ゆっくりと引き金を引く。
 発射してから10秒で着弾…。

 3...2...1...。
 大きな木に貼られた紙の的が震えて、ど真ん中に穴が開いた。
 …開いちゃったよ。



「…先生、風が読めないの」
「呼び方戻ってんぞ。当たったな」
「あっ、しまった。…あれ?宗介いつ来てたの?」
「さっきな。」

「アドバイスしてくれたの?ありがとう」
「フン。感覚は掴めたか」
「なんとなくね。あとは数打たないと体が覚えないからまだまだ。」

 宗介がニヤリと笑う。
 うーん、恐ろしい師弟だ。


「風なんぞ勘でどうにかするしかねぇな」
「そうだねぇ、木があるから渦を巻いてて…読みづらい」
「体が冷えるだろ、飯の時間だ」
「うん」


 蒼の手を握って、立ち上がらせてそのまま手を繋いで歩いていってしまう。
 わー!置いてかないで!

「宗介待って。慧はこっちね」

 振り向いた蒼が手を差し伸べてくる。
 胸がキュンとした。
 恋に落ちた。
 いやもう落ちてた。


 蒼の手を握って、ニコニコしてしまう。

「朝からお熱いこって」
「宗介に取られたくないんだよねー」
「チッ。おめー昨日当番だったろ」
「えぇ、まぁ。甘い夜でしたよ」
「チッ。チッ…」

「私も舌打ちしたい気分です」
「スネーク…ごめん」

 すっかり忘れていたスネークの顔を見て、思わず笑ってしまった。

━━━━━━


「土間さん、戦車どうでした?」

「駆動が厄介だが原理は理解した。ヘリも問題ねェ。レールガンが問題だ。ありゃ科学の話になる…最近じゃクルマも電気を使ってるが方向性が違うからマジで手探りだ」

「内部の劣化状態はどうなの?」

「桃、お前さんが言ってた通り劣化が激しい。発数は残り三十ってとこか?集団爆撃でもなけりゃいけるだろ。
 エネルギー収束性の向上と、変換率はいじれたが…発射時のダメージはどうにもならん。最終兵器として使うか、使わないようにしてもらうしかねぇな」

「でも日本が最初の開発者なの珍しいよね?アメリカは手を引いたんでしょ?」 

「極超音速兵器の方がオイシイんだよ。中国が開発したやつ」

「日本が開発してんのはオタク要素もあるだろ。職人の国というか…変態性というか。俺も立派なオタクだしな」
「土間さんがオタクなら蒼はどうなるの…」

「桃!?それじゃまるで私が変態のオタクみたいじゃない?」
「「変態オタクだろ…」」


 テーブルに土間さん、スネーク、桃と俺たち夫三人で朝食を食べてるけど、話に全くついていけない。



「蒼はなぜレールガンをご存知なのですか?」
「あっ、えーと、あのぉ…」

「アニメでしょ…蒼…」

 蒼の髪の毛を縛って、つぶやく。
 うん、俺の髪ゴム…つけちゃった。すごい満足感。お揃いの髪型なのもいい。
 ハーフアップかわいいな。

「慧もハマった?」
「いや、意外に面白くてさ。凄いよね…知識がどんどん増えてくよ」
「ふふ。架空のものも含むから気をつけないとだけど、調べる過程で正しい知識が増えるから、物知りになってる自覚はあるなぁ」

「蒼の好奇心はオールジャンルだからな…なんでも知らないと気がすまないし」
「確かにな。自宅の本もほとんど読み尽くしてるだろ」
「あー!家の話しないで!帰りたくなるじゃん…」

「本当だねぇ…野菜たちがどうなったかな…旦那様たちにもらった花束ドライフラワーにしたかったのに…」


「ほほう、ご夫婦全員で同居ですか」
「スネークは知らなかったよね。みんなで千尋の家に引っ越したんだ」
「ゴージャスマンション?」

「平屋の日本建築のお家だよ。瓦屋根がかわいいの。桃も遊びにきてね。」
「蒼の家には行きたいけど旦那さんたちがいるのはちょっと…てかセキュリティ大丈夫?」

 千尋がふん、と得意げな顔になる。
 


「俺が作った防犯システムを舐めるなよ。陸も空も手出しできんはずだ」
「千尋のシステムえぐかったな。高圧電流一撃で消し炭だぞ。猫や鳥は避けてるのがさらに怖い」
「ヤンデレの昴も真っ青だね?」
「蒼が中にいるのにヤンデレになる必要はないだろ?」

 桃とスネークが苦笑いしてる。監視カメラも交代の番だから日課の監視カメラを見てる昴は全員にヤンデレ認定されているようだ。


「防犯システムとお聞きしましたわぁ~!おはようございます」

 雪乃が蒼の背後からひょっこり現れた。
 内部でずっと働いてるからクマが出来てるなぁ…。



「おはよ、雪乃!どしたの?」
「蒼の助言が欲しいんですの。お食事は終わりまして?」
「うん、コンピュータールームに行く?」
「ええ、子どもたちの訓練には間に合うと思いますから少しだけよろしいかしら?」
「はーい。行ってくるね」

 蒼と二人で歩き出した雪乃が厳しい顔でUSBを千尋に渡す。
 そういう事か。


「慧と千尋、桃で確認だな。千尋の部屋でいいか?」
「あぁ」

 なーんか嫌な予感。碌でもないデータが入ってそう。

 ━━━━━━

「大量の武器流入、薬物取引、傭兵の雇用…」

 ミニパソコンを叩いてる千尋が厳しい顔で呟く。


 昴、俺と桃、宗介、相良もやってきて雪乃のまとめたデータを見てる。


「薬物の中に媚薬があるのはなんだ?あいつら乱交パーティーでもすんのか?」
「警察でこの薬物を蒼に使った奴がいたんだ。その伝手を使ったんだろうが…なんの目的かはわからんな」

「千尋はそれでいい思いしたくせに…」
「そういうのはよそう!な!思い出しちゃうだろ…」

 思い出してるだろ。顔真っ赤にしやがって…。



「ガス室作成?何のためだ?」
「わかんないねぇ…処刑でもするのかな」

「きな臭い割に全くアクションしてこないな。外に出て探ってきたが警察内部はもうダメだ。完全にあっちの組織の奴らが出入りしているし、総監はクロ確定。
 防衛庁にはコンタクトがなかった。私の同期と話をしているから何かあれば連絡が来る。各省庁にも手を回してきた」



「傭兵どもは戦争で見た奴が多い。だが…どいつもこいつもボンクラだ。ファクトリーの子供たちより弱っちいぞ」

「SATの隊員隊も内部で割れてるよ。総監が統率してるはずだったが、彼らは腐っても警察だからな。私に相談してきた者たちもいる。こちらに寄越してもいいか?」

「ほぉ…そりゃいいな。信頼できるのか?」
「血判状を作って上層部にカチコミしようとしていたのを止めたからな。あいつらを外に出しておくと勝手にクーデターを起こしかねない」

「相良の人柄に惚れた奴も多いからな。次期総監として注目も浴びていたし。下剋上だな?」 

「昴…妙なことを言うのはやめろ。事後処理が終わったらそうなる予定だし、そうしてやるが」
「ふ、それはいいな」

 相良がいい顔してる。蒼に言われてからかなり動きが良くなってるから…警察の一部もこちらに来ることになるなら、全面戦争確定かな。




「一度潜る?全体の把握と動きの予測が必要でしょ?」
「そうだな。慧と桃は必須だが…うーん。」
「もう一人外で待てる人が欲しいね」

「あ、そうだ!昨日夜中の練習で蒼の同期の子に密偵向きの人がいたよ」
「あ?誰だ?」

「103って言ってたかな」
「あいつか…確かに向いてるな。茜の組織で密偵をやっていたからそれも使える」
「決まりかな。いつ行く?」
「早いほうがいいだろう。今日か明日の夜中にでも…」

「私も連れていってくれ」
「相良…?」

 相良が昴の肩を掴んで…凄い顔してる。


「おそらく、千木良がいる。できれば助け出したい」
「確証は?」
「ない。だが…」

「お邪魔しますわよぉ~!」

 ロックを開けて雪乃が入ってくる。
 …なんで千尋の部屋の鍵を?



「私は全部屋フリーパスですの、慧」
「雪乃も頭の中覗くのやめて…フリーパスはどうなの…」
「ところで千木良さんですが、あちらの中にいますわ」

 タイミングが良すぎて怖い。盗聴でもしてるのか?ヤメテ。


「なんだと!?どこに!」
「相良さん、落ち着いてくださいまし…こちらです。」

 千尋と同じミニPCを取り出して、監視カメラの画像を映し出す。

「千木良だ、間違いない」

 千尋の顔が青くなる。千木良さんは見えるところ全てに打撲や切り傷がある。まさか拷問を受けてる?


「早くしないと…まずいなこれは」
「千木良をなぜ傷めつけるんだ?必要性があるのか?」
「昴…彼は千尋にも私にもコネクションがある。寝返れと言われていても不思議はない」

「今晩決行だな。慧、桃、相良、103と…俺も行くべきか…」
「ダメだよ。戻れなかった時のことを考えて。蒼と昴はファクトリーから出るべきじゃない」

 昴は俺の顔を見て、逡巡した後頷く。

「わかった。蒼にくれぐれもバレないようにしないとならないな」
「当番の千尋にかかってるからねぇ」
「ま、任せろ…」

 千尋の大仰な頷きにみんなで苦笑いになった。




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