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第六十六話 人の心を動かすには

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 慧side


 草木の香り、静かな闇の中に三つの呼吸音が聞こえる。

 夫三人が集合して待機中。
蒼は宗介と一緒に茜と面会してるからそんなに時間はかからないだろう。

「何話してるのかな…蒼」
「説教してるんじゃないか」
「ありえるー」


 千尋の話だと桃が元気になったのは蒼のお陰だし、俺たちも説教かな。
 蒼はどうしてあんなに人の心を動かすのが上手なんだろう。
一人でやらせるわけにはいかないから俺も勉強しないと…。



「毎日忙しいけどなかなか先に進まないなぁ…」
「進まれても困るがな。あまりにも動かないなら探りを入れなきゃならん」

「桃と慧あたりで密偵か?」
「蒼にバレないようにしないとだね」

「「それはそう」」



 ガラス越しの星空を眺めながら草の上に寝転んで、まるで青春の一ページだ。
 恋人さんが不在で夫三人と言うのが謎のシチュエーションだけど。


「そう言えば昴、昨夜の報告がまだだぞ」
「そうだった。何したの」

「昨日は…スマタをした」
「なるほど。それはいい」
「体位に気をつけないと…蒼の反撃怖いよ」


「確かに。初めてだったみたいだぞ」
「クソっ…昴のバリエーションがすごすぎる…」
「スローセックスもそうだし。はじめて奪われすぎるのは嫌だな。
 て言うかあれはポリネシアンの方に近いんじゃない?」


「あぁ、そっちかもな…お前達は想像力が足らん。蒼が飽きたらどうするんだ」
「そりゃないだろ…でもそうだな。工夫はしないとならんか…」
「監視カメラ眺めてそう言うの考えてたの?ヤンデレ怖い」


「ふん。しかし、今日でこれだけのスケジュールをこなしてるから…しばらくは控えたほうがいいかもしれんな。疲れてると思うんだ」

「確かにねぇ…妊婦さんは疲れやすいってキキが言ってたし」
「蒼の体力があるから助かってるが、俺たちも気をつけないとな。我慢の日々も致し方ない」



 はぁ。そうだね。でも蒼が休める場所でありたいし、そんな事我慢するくらいはなんでもない事だけど。

 温室のロックが開く音。体を起こしてドアにふり向くと、蒼が手をひらひら振ってる。帰ってきたな。



「「「おかえり」」」
「ただいま!三人で青春?私も入れて」



 蒼が俺と昴の間に寝転んでくる。
 消毒液の匂いがしてる。茜の部屋の匂いかな。


「茜と何話してきたの?」
「お説教」

 やはりか。三人して苦笑いになって、再び寝転ぶ。

「あとは部屋の改装について話してきたの。夜中に突貫工事するから。明日はスナイピングの練習しないとね」

「3kmなんかあたるのか?」
「わかんないけどやってみる。」
「蒼ならできそうだが」
「そうだね~」

「プレッシャーなんですけど…」
 蒼はそう言いながらも楽しそうだ。



「桃がさっき来て、蒼の同期と射撃場に行ってるぞ」

 昴、説教の蓋を開けたな。蒼がハッとしてる。

「あっ!そうなの?そう言えば旦那さん達にも言いたいことあるんだけど、いい?」


「「「はい…」」」
 隣の蒼を見つめて、重たい気持ちで返事を返す。蒼は空を見つめたまま、口を開く。



「あのね、桃が今日落ち込んでたのはわかってるでしょ?今までもそうだけど、組織のトップスリーとしてはお仕事のうちだと思うの、メンタルのケアも。
 今までは必要なかったかもしれないけど、これからはそうして欲しい。
 それで、今日の話だけど、千尋は正面切って桃を励まそうとしてたよね」


「ハイ」

「あれはダメ。桃は口調は柔らかいけどコンプレックスを明確に持ってる。自分自身で努力を重ねても私たちの力を見て落ち込んでたの。銀の伸びもいいから余計そう。
 後は、意外にプライドが高いかな。努力を惜しまない人は自分の中にきちんとした基準を持ってるから『落ち込むな、頑張ってるだろ?』は逆効果だよ」

「そうか…」

「励まそうと言う心持ちはすごくいいと思う。    
 千尋が優しさでそうしてくれるのは分かってるし、今までしてこなかったことを自然にできるのはとてもいいことなの。
 でも、その人を励ますならそれぞれの個性に合わせて助言をする必要がある。
 自分のやり方じゃなくて、その人に合わせて心の中に響く言葉を伝える、相手に話をしてもらう。
 私もお店の子達を育てる時に、やり方を覚えたんだけど…みんなを同じように叱っても伸びない子もいるし、反発もある。
 私に対しては三人ともちゃんとできてるんだから、きっとできると思うな」



 蒼の手を握ると、蒼が振り向いてくれる。
 蒼の事が好きだから、ずっと見てるからそうできているかもしれないけど…そうか。
 その人自身を立たせるには相手をきちんと見なきゃだめなんだね。


「慧は特にメンタル方面の知識が深いし、二人よりもずっと相談しやすい人だと思うから。まずは慧が見本を見せてあげてね」
「ご期待に添えるよう努力します」
 


 ふふ、と笑った蒼。千尋が起き上がって、しょんぼりした顔で見てくる。


「蒼が桃にしたときは桃に対しての話じゃなくても通じただろ?あれはどう言う心理なんだ?」

「あれはネイリスト特有のやり方だよ。人の手を握って、相手の目を見ないで、遠くから呼びかける。
 手を握っただけで、心が勝手に開く深層心理を利用してるの。
 その人の話したいことを引き出して、それを見て、直接頑張れって言うんじゃなくて自分の体験を話して…桃に共感してますよ、私も体験しましたよ、って伝えて心の扉を開くの。
 その後に誰にでもわかる話をして、側面から手を添えてあげる。
 桃みたいな人は、ちょっと難しいけどあれが一番やりやすかったかな。
 あなたのことが好きです、って言うんじゃなくて、恋人達ってこうだよね、こんなふうにして付き合ってるよね、って話すの」


「なるほど…なるほどなぁ…」
 バタンと倒れ込んだ千尋がもじもじしてる。

「千尋は器用だからすぐできるよ。観察力があるし、状況判断も早いし。いい話相手になれる人だから」
「ご期待に添えるようガンバリマス」

 なんだこれ。新しいパターンだな。
 蒼に説教されながら励まされてるじゃん。



「俺は相談される事がこの先あるんだろうか。蒼のご期待に添えたいんだが」

「昴はね、逆に相談されちゃだめだよ。慧と千尋が拾い上げたものを最終判断して、それを落とし込む役目。二人の相談役なの。ボスの役割はそんな感じでしょ?
 昴はもうできてる。謎のネットワーク作ってるし。二人をちゃんと支えてあげてね」

 昴が起き上がって、蒼にキスを落とす。
 やい。抜け駆けするなし。

「蒼の事もそこに入れたい」
「そ、そうしてくれると嬉しい…です。」

 むー。なんだよ。



「俺は蒼に支えられたいし、蒼を一番に支えたいなぁー」
「俺だってそうだ」
「二人して言ってることが同じなのはなんだ。俺を支えてくれよ」

「「チッ」」

「もう、喧嘩しないの。仲がいいから喧嘩するのは分かってるけど…ん…?あ…イタタ…」

 三人して飛び起きる。



「痛い?お腹?」
「冷えたのか?」
「疲れたんじゃないのか?」


 苦笑いしながら俺がかけたジャケットを抱えてお腹をさすってる。


「我が息子ながら主張が強いね。仲間入りしたいんだよね」
「えっ!?ま、まだわからないだろ?」
「四ヶ月からでしょ?」

 びっくりした。突然どうしたんだろう?
 子供の性別はまだわからないはずだし、キキの検診もまだのはずだ。



「今日ねぇ、みんなもそう言ってたから間違い無いと思うの。私も何となくだけど。同期も子供達も男の子だって言ってたし」

「そ、そうなのか!?」
「待て昴、落ち着け。」

 昴…男の子がいいんだ。すごい反応してる。


「昴、くるくる抱っこはだめだよ。お腹痛いって言ってたでしょ」
「ふふ。大丈夫。ね、赤ちゃん…」

 お腹を撫でながら微笑む蒼が月明かりに照らされて、女神様みたいだ。
 天使?女神?どっちでもいいんだけどさ。すごく綺麗なんだ。
 陽の光の中でも、月明かりの中でも蒼は綺麗だ。



「蒼、お布団に行こ。冷えちゃうから」
「うん」

 二人のジト目を受けながら、手を握って蒼と微笑み合う。
 幸せだな…。

 ━━━━━━


「蒼…もう布団に入ったら?」
「ん、うーん、もう少しだけ…」


 早々にマッサージの日課を済ませて、蒼が謎のハードカバー三冊に何か書いて…鞭の手入れをして、辞書を抱えたままデスクでうとうとしてる。
 可愛いんだけど…どうしたもんかな。



 椅子の隙間から背中側に割り込んで、蒼を膝に抱えて座る。
 椅子がギシギシ言ってる。


「慧…だめだよぉ…椅子が壊れちゃうでしよぉ…ふぁあ…むにゃ」
「…語尾が溶けてるよ?」

「うぅん…溶けてる?チーズはちょっと…きびちぃなぁ…」


 蒼がうつらうつらしながら答えてるんだけど、何これ…かわいい!!
 眠たい時に喋るのそう言えばそんなに見たことないな…。


「蒼かわいい。かわいいっ…」
「慧もかぁいい…よぉ…。あした、すないぷの練習して、子供たちに…して…雪乃にかくにん…土間さんも…」

 うん、だめだこれは。かわいいけど可哀想。椅子から降りて、蒼を抱き上げる。



「お布団にお運びしましょう、お姫様」
「んぁ、だめ…ねちゃう…」

「いいの。もう寝よう。起きてても何もできないでしょ?疲れてるんだから。」

 

 胸元で服を掴んでくる蒼が潤んだ目で見上げてくる。
 布団に降ろして、腕枕で寝っ転がると蒼が胸に顔を寄せてきた。


「わたしの…だんなさんだから…あげないよぉ?」
「誰に言ってるのさ。」
「みんな…ねらって…わたしのなのにぃ…」

「そうなの?俺は蒼しか愛してない。蒼だけの旦那さんだから安心して欲しいな」
「うーん…ちゅーして、けい」


 なかなか寝ないぞ…しぶといな。
 唇にキスを落とすと、ふんわり微笑んだ蒼が目を閉じる。
 すうすうと穏やかな寝息を立てて、やっと眠りについてくれたみたいだ。




「心配することなんか、何もないのに…」

 蒼の閉じた瞼がピクピクしてる。すぐに深い眠りについたんだから、よっぽど疲れてたんだろうな…。

 明日はスナイピングの練習が早朝からあって、その後子供達の訓練、雪乃が集めた情報をもとに会議、土間さんの整備の具合をチェック。研究者達のラボにも行く予定があったはず。
 俺達夫組も蒼と一緒に回ったりする予定だけど、明日もほとんど離れ離れだ。



 早く終わらせたい。ずっとくっついてたい。
 蒼のそばにいて、キスして、抱きしめて…。   
 そうできない今は物凄く寂しい。こんな寂しさ知らなかった。

 本当の恋をしてしまうと、嬉しさと逆の感情の落差が本当に激しいものなんだな、と最近感じるようになった。


 蒼のことを手に入れていたって、蒼が自分を思っていてくれると分かっていたって…離れていると狂おしいほどの愛しさが、寂しさが込み上げてくる。



 夜中に鉄塔の上で冷たい風に吹かれていれば蒼が暖かい布団で寝ていることを思い、組織のメンバー達と会話していれば蒼は今誰と話してるのかなんて思ったりして。
 子供っぽいと思いながらも止められず、手の中に蒼がいなくて心が冷え切ってしまうんだ。



 腕の中にいる蒼を見つめる。
 ただ、ここに居るだけで心が満たされる。自分のそばで安心して眠っているのが嬉しい。

 眦から雫が溢れてきた。
 バカだな、俺。こんな風に泣いたりして。
 蒼が起きてたら心配するだろ。泣かないって決めてたのにさ。
 蒼の薬が完成したら、ずっと長生きしてもらって、この先の人生は全て蒼とともに生きていけるんだ。

 悲しい別れなんて、想像したくない。
 蒼が笑えるように…していたい。



「慧…泣いてるの?」
「っ!?蒼…起きて…」

 ぱかっと瞳を開いた蒼がじっと見つめてる。しまった。見られた。



「どしたの?どこか痛いの?」
「ちがう、よ。幸せすぎて…ごめん」
「どうして謝るの?慧…ぎゅーしよ?ね?」 


 蒼が胸元にぎゅうっと力一杯しがみついてくる。かわいい蒼が壊れないように、そっと手を回して、腕の中に閉じ込めた。


「慧…疲れちゃった?」
「蒼もでしょ?大丈夫。俺は蒼がいてくれれば平気」

 蒼がニョキっと胸元から上がってきて、じーっと顔を見てくる。
 心配そうな顔させてる…ごめんね。



「ねーえ、私慧の泣き顔、好き」
「えっ?」

「なんか色っぽい。髪の毛最近縛ってたから、下ろしてるのもギャップがあってすごくいいね。ハーフアップもかっこいいし。」

「そう?…蒼もする?」
「そうしようかな。お揃いにしよっか」
「お揃い…」


 蒼が緑色の髪ゴムを手渡してくる。
「慧のちょうだい。交換しよう?」
「わ…すごい、それいいね…」



 さっきまでの悲しい気持ちが、寂しさが溶けて消えていく。
 髪ゴムを交換して、手首に通す。
 蒼の持ち物が手元にあるって思うだけで、胸が暖かくなる。


「これで離れてても大丈夫。私が守ってあげるからね。寂しく、ないよ」

「蒼…」

 どうして?どうしていつも、俺の事わかってくれるの?
 蒼が愛おしくてたまらない。



「慧は一番年上だけど、一番寂しがり屋さんだから。かわいい旦那さんだね…」
「蒼の方が可愛い」


「ふふ。慧がかわいいって言うと、私も寂しくなくなるよ。怪我しないでね、無理しないで…寂しくなったらちゃんと言ってね?」
「うん…」



 心の中で何千回と唱えた愛してるの言葉がひっきりなしに浮かんでくる。
 愛してる。愛してるよ…。


「ん…ねむたい…」
「ちゃんと寝よ、蒼。おやすみ」
「おや…み…」

 口に出さなかった愛してるの言葉を載せて、蒼の唇に触れる。

 ほんのり口角が上がった蒼に顔をくっつけて、瞳を閉じた。


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