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第六十四話 置き忘れられたもの

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 千尋side

 寝ずの晩を過ごして、シパシパする目をこすりながら朝食のテーブルについている。
徹夜に慣れているとは言え、しばらく規則正しい生活をしてきたから…ちょっと堪えたな。

 同じように目をこすりながらスープを口にしてる慧が眉間を揉んでる。
 昨晩の事件の話と蒼の延命についての重要事項の説明を受けながらだからな。眠気のある頭には本当にキツい。




「朝から重い話題をどうもありがとう…」
「一晩の進展が凄過ぎて言葉にならんな」


 蒼はすっきりした顔で微笑んでるし、昴が…すっごい笑顔なんだが。

 蒼と夜を過ごしたのもあるし、話を聞いた上では蒼の心の整理が出来たのが自分で嬉しいんだろう。
 俺は悔しい。蒼が元気にしてるなら、嬉しいけど。


「腹立たしい顔しやがって。ボス、いや、昴…あーめんどくせぇ。もううちの組織はいいよな、名前呼びで。ボスだの何だの被りが多くてめんどくせぇ。茜も茜でいいだろ」

「そうしよう。俺もいい加減名前で呼ばれたいし、コードネームはもう必要ないだろう」


「私は…困ります」

 スネークが後ろで小さく呟く。
 スネークは生まれが寺だから大仰な名前だし呼びにくいからと自分で言っているんだが…すまん、正直なんて呼べば良いかわからずにいる。 



宇迦耶蛇身うがやだしんって、すごい名前だよねぇ」
「慧…やめて下さい」


「そう言うけど、本当にすごい名前なんだよ?
 仏教用語で宇迦耶うがやは財施を意味するし、宇迦之御魂神うかのみたまに通じているでしょう?神々しくて素敵な名前だよ」
「そう、言われるといいような気になりますね。よく知ってますね、蒼は…」

 蒼は辞書を引いたのか?最近よく見てるもんな。
 つわりもあるみたいだし…無理してほしくはないけど、目的が目的だからあまり強く言えなくなってしまった。俺も今日から夜は辞書と睨めっこだ。



「スナイパーですから、スネークでいいんです」
「スネークはそのままでいいだろ。桃太郎は太郎を抜くのか?」

「銀だってそうでしょ!銀聖かねまさ!」
「やめろ…文字が気にくわねぇんだよ…」


「どうして?銀の弾丸は聖なる力を持っているんだものピッタリじゃない。シルバーバレットになればもっと凄い意味だし」
「そ、そうなのか?どんな意味なんだ?」

 銀が蒼の横でスプーン握って顔を赤くしてる。お前いつも蒼の横にいないか?

「シルバーバレットは『解決が難しい問題を一撃で解決する万能策』っていうの。ヒーローが一撃打破して銀の弾使いなんて言われるでしょう?かっこいいなぁ」

「フン…そうか。ならいい。好きに呼べ」
「どっちがいいの?」
「どっちでもかまわん。蒼以外は銀にしろ」

「あーはいはい。わかりましたよ。じゃあボクも桃にして。蒼は太郎つけてもいいよ」
「私は普通に雪乃でいいですわぁ…蒼には…何かあだ名でももらおうかしら…?」

「めんどくさいこと言うなよ…名前で統一してくれ。銀聖は銀、桃太郎は桃、スネークと雪乃はそのままでいいんだろ。宗介は?」

「あん?蒼とおめーと慧、昴以外は先生にしておけ。俺が認めなきゃ名前は呼ばせねーよ。昴と慧も敬語をやめろ。お前らとは対等だ」
「だってよ、お二人さん」

 昴は笑顔のまま頷いてる。慧も微妙な顔で頷く。

「じゃあ…役割分担する?みんな眠たくない?」

「分担聞いてから寝たいな…」
「当番適用にならないから、オレは寝なくてもいいけど」
「ダメだよ、慧。ちゃんと休んで。そうじゃないと体力持たないでしょ?」

 蒼が真面目な顔で言ってるけど、それ俺たちには違う意味で伝わるぞ。


「当番の俺は蒼の期待に応えるために寝ます。昴、早くして下さい」
「えっ?…はっ!?そ、そう言うあれじゃなくてあの…うぅ」
「「クソっ」」

 あわあわする蒼はかわいいが、慧は憎たらしい。ほっといて先進めるからな。


「各配備については宗介の判断を仰ぎたいんだが」
「んー。まだ何とも言えねぇな。戦車や飛行機には蒼の同期を充てるしかねぇが。
 野戦は蒼が危ねぇし…あ、そうだ。お前女のアレコレ教えておけよ。みんな知らねぇだろ?」

 宗介が蒼に言って、頷いてるが…何それ?


「戦争中は女は大変だからな」
「あっ、それ嫌な予感がするんだけど…」


 蒼がそばにいる研究者の女性を呼ぶ。
 蒼の同期は現在見張り中だけど、この様子なら知ってそうだな。雪乃と相良もやってきた。相良は朝から土間さんと連絡取ってたから疲れた顔してる。

 女の子達は蒼とすぐそばのテーブルに座って話し始める。
 そこで話すのか…。

「あのね、生理の話をしておかないとなの。女の子達にはみんなも伝えてくれる?有事中は物資が不足するでしょう?ナプキンがなくなった場合は脱脂綿もいいんだけど、何もない時は膣の筋肉を…」

 理解した。これはまずい話題だ。慧の言った通りだ。


「よ、よーし!こっちはこっちで別の話をしようか!な!」

 冷や汗が止まらないんだが。早く誰か繋いでくれ!

「蒼の謎が一つ解けた気がするな」
「昴!やめろ!!そう言う繋ぎは期待してない!」
「そ、そうだねぇ!その話題は良くないなぁ!」

 頼りになるのは慧だけだ!蒼がアレでコレなのはそう言うことか。
 よく分かった。夫としては身に覚えのある話だから気まずい。


「なんでそこで照れてんのか分かんねぇな。分担が決まってんのは雪乃とスネークだけだろ?舞台ってほどでもねぇが…SATだったお前らは急襲、野戦が得意なんだよな?密偵も可能、と」
「「そうだ」」

「慧も戦闘員としては火力が高いし、桃は近接ならまぁまぁ使える。銀もなかなか良い。蒼の同期らと組み合わせて編成するとして、研究者にも銃を持たせなきゃならんし…俺がもう一人いりゃいいんだが」
「教える人が必要ってことか」
「それなら…適任がいるだろ」

 銀が蒼を見てる。
 そう、なるよなぁ…。


「ファクトリーの入り口は表だけだ。裏は崖っぷちだしサイドは入り口より壁が高い。正面突破の方がどう考えても得策だ。相手は人数も多いから回り込みはしねぇだろ?
 もし分隊するならスナイパーが撃てばいいしな」

「それはそうだが、どこから撃つんだ?見張の鉄塔?入り口側の壁?」
「いや、茜の部屋の隠し窓を取っ払えばいい。どうせそこを目指してくる。直線距離にして3キロ程度…3000ヤードちょいだ」
「そ、それを……やれと?」


 スネークが青くなってる。
 俺も何言ってるのかわからん。
 3kmなんて超長距離スナイプじゃないか。
 競技でもないのにそれをやれと…。しかも相手は生きてる人間だ。静止的じゃない。


「蒼はできるぞ、多分な。侵入してきた奴を撃てりゃいいし、同期のやつらにも持たせるから最後の砦ってやつだな。蒼に教わればいい」

「蒼に教われるのならやりましょう」
「おめぇも手のひらくるくるだな、オイ」

 銀が苦い顔、代わりにスネークが笑顔になる。そりゃみんな蒼と一緒がいいよな。


「てことは蒼もスナイパーか」
「そりゃそうだ。スナイパー兼司令塔。あいつを陸戦に導入して見ろ。敵だけじゃなく味方も大混乱だぞ。あいつは乱戦向きで戦争向きじゃねぇ。あいつのサポートなんか俺だって難しいんだからな。3個隊に分けるくらいだが、蒼のカンをもう一つ取り戻しておきてえ。寝る前にやるのは全員のテストだ」


 またかぁ。宗介がとん、とタバコをテーブルに置く。
 …タバコ吸ってる奴らばっかりだったはずだが、最近みんな禁煙してるからな…。
 複雑な気持ちだ。


「もう一つとは?」
「部隊が撃破されて茜の部屋に侵入された場合、蒼にも近接戦闘をしてもらわなきゃならん。鞭だよ。拳よりつええし距離が取れる。」
「鞭で人が殺せるのか?」

 ニヤリと笑った宗介が取り出したのは銀色に光る長鞭。先端に刃物がついてて鎖鎌みたいだ。
 金属かー。そうかー。痛そうだなー。


「練習用の鞭をお前らには掻い潜って、蒼に触れる感じでフィニッシュってなどうだ?この後でかい機械類も動かすからな、さっさと済ませてぇ」



「あっ!私の鞭!久しぶりだぁ」
 話を終えた蒼が戻ってくる。女の子達みんな顔が赤い…。



「手入れがめんどくせぇんだから今日から自分でやれよ?後でスナイプの練習もあるからな。戦車で遊んでらんねーぞ」

 蒼が鞭を丸めて微笑んでいたが、戦車の話でショックを受ける。


「うそぉ!空冷ディーゼル…動かしたいのに…」
「ダメだ。お前一番忙しくなるんだから。それに戦車の指示は蹴っ飛ばすだろ、ますますダメだ」
「むぅ」

「け、蹴っ飛ばす?どこを?」
「桃は知らない?戦車の運転席は下にあるから視界用の窓が狭いでしょう?弾丸の中を走る時は土煙が上がるし、音もすごいから目も耳も使えなくなるの。
 砲手も運転手も、頭を出して上から見てる人が肩を蹴飛ばして指示するんだよ」

「それは良くねぇ」
「うん、ダメだね」
「や、野蛮ですわね…」

 銀達が口々にダメ出しするが、そもそも戦車なんかに乗せてたまるか!


「どちらにしても土間さんの到着は午後になる。それまでやることを済ませておこう」
「うん!じゃあ早速…野戦場かな?」

「子供達も傍で動かすからそうなるな。徹夜組は気合い入れろ。怪我したくなきゃな」
「させないよ。と言うか何するの?」

 はてなマークを浮かべた蒼の肩を叩き、宗介がニヤリと笑った。


 ━━━━━━

「あ゛ーっ!どうしろってんだよ!」
「近づけすらしないんですけど」
「私も鈍ったかな…」


 蒼が鞭とモデルガンを両手に装備して、手持ち無沙汰にしてる。いつものように瞳からは光が消えて…タバコの煙で何かを思い出したあと、暫くはこのままなんだ。

 子供達は違うフィールドで野戦想定の戦争中。
 今はお互いに和平協定を結ぼうとして、決裂してしまったようだ…そこまでやるのか?



 俺は腕と足に1発ずつ、昴は腹に一発、慧は両肩に一発ずつ弾をもらいはしたが、蒼に触って合格をもらってる。
鞭はすごい当たってるけどな。
 アレが本物の蒼の鞭なら死んでる。ヒリヒリしてる首を撫でるしかない。昴も慧も急所をやられてるから全員死亡だ。
 蒼は長、中、近距離全て完璧なんだな。
 ちなみに宗介も何故か参加して、無傷で瞬殺してた。あいつもおかしい。


「まーだでーすかー」

 蒼が鞭をしならせてベチベチ地面を叩き出した。
 手首と腕で動かしてるんだが、鞭の先端までしっかり操作できていて、それはもう…めんどくさかった。こんな敵と出会ったら即死だよ。
 味方で本当に良かった。怖い。



 三人が遮蔽物から一斉に飛び出してくる。鞭を受けながら強引に迫ってくる相良は脳天に一発もらって斃れた。
 桃は器用に避けて蒼に辿り着いたが、鞭の柄で拳をいなされて、地面に倒れ、心臓に一発。
 銀が弾と鞭を避け切って蒼の手を握る。



「おし、そこまで。相良と桃は後で説教。銀は運が良かったのもあるが、合格にしてやろう」

「はぁ、はぁ…よし、やったぜ…」
「銀すごいね?銃も上手になってるし、動きも良くなった」 
「宗介に扱かれてるからな…はぁ…」


「んじゃ次はでかい武器の確認か。子供達はこのあと座学だな。評価の後引継ぎしてくるからちっと待ってろ」

 宗介が走って模擬戦争が終戦した子供達の元へ走っていく。
 俺たちを見ながら子供達の動向も見てたし…視野が広いんだよな。感心するしかない。
 宗介も味方で良かったとしか言えん。


「桃はね、武器の動きを見るときに先端を見てるでしょう?そうじゃなくて手元を見るの。
 先端が追えるのは動体視力がいいからなんだけど…手元を見て動きを予測しなければ避けられないよ。
 でも、拳の重さはすごく良かったね。私も危なかった」
「はい…」

「麻衣ちゃんは動きがいいのに、相手が私だから迷っていたでしょう。実力があるんだからダメだよ。エネミーは倒さないと」
「うぅ、だって…蒼に触れないし、ろくに喋れないし、寂しいんだよ…やっと一緒だったのにこんなのは嫌だ…ぐすっ」

「もー。しょうがないな…」
 銀の手を握ったまま相良の手も握る。
 銀はいつまで握ってるんだ…。


「寂しいならくっつけばいいの。遠くから眺めてしょんぼりしてるなんて、しなくていいから」
「そうなのか?」
「麻衣ちゃんはそう言うのしてくる子だと思ってたのにどうしたの?」


 相良がしょんぼりしたまま、蒼の手を握りしめる。
「私…ちっとも役に立ててないし…私なんか…」



 相良が愚痴をこぼすなんて珍しい。
 後ろで桃も俯く。
 あー、これはフォローが必要かな…。


「あのね、適材適所って言うでしょう。今真衣ちゃんが活躍できる場面じゃないの。あなたは全てが終わった後に馬車馬の如く働いてボロボロになる予定なの。
 総監がいなくなった後、誰が引き継ぐの?ファクトリーのことも、私たち組織のことも、東条の始末も、全部麻衣ちゃんは関わらなきゃいけないんだよ?」
「うん…」

 相良のキャラが掴めない…いつも飄々としていた彼女が蒼の前だとファクトリーの子供みたいになってる。
 いつの間にこうなってたんだ??

「ね、だから焦らなくていいの。役割なんてなくたって、こうしてキキを連れてきてくれて、だから新しい道が見えたの。
 麻衣ちゃんが直接していなくても、やっていることだってある。みんながみんな元気で居てくれるだけで私は嬉しいし、寂しければ甘えていいの」

「蒼~!!」

 銀が手を離して、蒼が相良を抱きしめる。
 相良が足をジタバタさせて抱きついてるし…女の子のノリなのかなこれ。

「ふふ、かわいい。麻衣ちゃんも見張に立ってくれるんでしょう?私の同期とも仲良くしてね」
「わかった。色々とまかせろ!」
「うん」


「終わったかー?相良のしみったれは」
「しみったれとか言わないの。徹夜組のみんなは睡眠の時間かな?」

「私は土間さんを迎えてくるよ、しからば!」
 元気になった相良が走っていく。

「あいつ…場所知ってんのか?」
「大丈夫かな…」

「俺は寝る。蒼も無理すんなよ」
「うん」

 銀はさっさと去っていく。
 欠伸してるから眠たいんだな。


「ボク、もう少し居てもいい?」

 桃がしょんぼりしつつ蒼を見てる。
 珍しいな、こう言うのは。


「桃は寝なくて平気なの?」
「運動したからちょっと目が覚めてるんだ。眠くなったら寝る」
「そぉ?じゃあ戦車の蘊蓄を語ってあげるね!まずはエンジンなんだけど…」

 蒼が微妙な顔をした桃の手を握って、先をいく宗介さんを追いかける。
 蒼もなんとなく桃の凹み具合を把握してるみたいだ。


「さてな、どうするかな…」
「隠密活動がないから桃は活躍が難しいよね」
「ボスとしての役割を放棄していたツケが回ってきてるな。蒼に拾わせてばかりで不甲斐ない…」

 そうだな…俺たちは潜入捜査官のままで中途半端に組織をやっていたから。
 銀の腕の上がり具合からしてもそうだし、スネークに長距離スナイプを求めてるってのは宗介の性格からして根拠がないわけないし。
 成長途中の人員を放棄して来てしまったことをここで全て拾い上げているのは蒼だ。
 事務員さんもそうだし、キキだってそうだ。

「本当にどうしようかな…」

 蒼の瞳を一生懸命見つめる桃を見て、三人して唸るしかなかった。



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