【完結】爪先からはじまる熱と恋 ~イケメンを拾ったら囲われました~

只深

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第五十七話 心の線引き

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 千尋side

「ふぁー!気持ちいいー!お風呂上がりに芝生の上で寝っ転がれるなんて!」
「はは、確かにな。非日常すぎるな」

 蒼と風呂上がりに今日来たばかりのファクトリーの奥、草木に囲まれた中庭にゴロンと寝転がっている。

 天井もガラス張りで空に星が見える。ここは温室みたいだ。夜でも温かい空気が流れている。



 今日も一日しっちゃかめっちゃかだった。
 潜入したと思ったらまた戻ってきて、キキが大変な目に遭ってて、ファクトリーに籠城しにまた戻ってきて。
 キキは心配だが、相良や千木良達が傍にいてくれて…キキからも電話がきて、だいぶ体が楽になったみたいだった。
 このまま入院して…安静にしていれば回復するって言ってた。俺たちに蒼の体調を気遣うようにそりゃもうたくさんのお小言をもらってしまったが。
 …本当に良かった。ちゃんと、立ち直れそうだ。


 お風呂は子供たちと入ったみたいで、蒼がご機嫌だ。
 ファクトリーの中の人たちは大歓迎ムードだったし、研究者たちが食糧をちゃんと用意してた。
 持ち込んだものはファクトリーの中にある…ほとんど使われていない大きなキッチンに納めて。
 部屋も腐るほどあるから好きに使え、と皆んな方々に散っていってる。

 いつもと違うのは交代で見張りに立つこと。今日は蒼の同期たちが見張っていてくれてる。
 潜入で疲れたメンバーが休めるのはありがたい。

 蒼の同期は全員女の子らしい…。まだ会ってないけど…ここは蒼のそっくりさんだらけで心臓に悪い。
 他のメンバーよりも子供達が俺に懐いてくれてるのは…ちょっと嬉しかった。
 蒼のおかげだな。



「千尋、ここだと…できないね?」
「ん?なにが?」
「エッチなこと」
「ごふっ!!あ、蒼!誰かいたら…」

 キョロキョロ見回して確認。…多分、いない。


「千尋…前にそう言う話聞かれてもいいって言ってたじゃないの」
「それはそれ、これはこれ。今そう言う状況じゃないし蒼は妊婦さんだろ?」
「昨日は…したもん」
「なにっ!?」


 慧のやつ…いや、でも情報共有はしてる。
 挿入はダメだがペッティングは良いと言っていた。…激し目じゃなければ。
 いやでも、ファクトリー内で…それは無理だよ…。



「か、帰ってからにしような。ここは流石にちょっと」
「そうだよねぇ。でもキスはいいでしょう?」
「…たしかに」


 蒼が手を握って、芝生の上から俺の上に乗っかってくる。
 わああぁ!ダメダメ!!

「蒼!お腹が下になるのはダメだ!」
「ひゃっ!そうなの?」


 慌てて起き上がって、膝の上にのせる。

「ダメ。お腹を圧迫するのは禁止」
「そっか。私はまだまだ勉強が足りないようです」
「それはそうだ…本番もじっといて欲しいんだけどな…」

 蒼が上目遣いで見てくる。
 そ、そんな可愛い顔してもダメ!!!


「だめだぞ。」
「むう。やっぱり昴にハニトラ習えば良かった」
「ハニトラは誘惑するんだ。他の男になんか触らせたくもないから嫌だよ」
「おんなじこと言ってる…ふふ…」




 蒼の頬を撫でて、微笑む顔を眺める。
 月明かりで蒼を見つめるのが恒例になりつつあるな…。
 今日の月は半分くらいにかけた月だ。 


「千尋にならしてもいいでしょう?」
「い、いいよ…」


 くいくい、と胸元を引っ張られて、蒼が目を閉じる。
 ううっ、可愛い…ハニトラじゃなくておねだりじゃないか…。
 そっとキスを唇に落とすと、不満そうな顔。


「それだけ?」
「へ、部屋に戻ってからにしよう。ここはちょっと解放感ありすぎる」

「それもそうだね」
「お月見しなくていいのか?そういえばお団子買ったんだった」
「なんですって!?た、たべたい…」

 お夕飯食べたけど、まだ入るなら持ってくるか。

「持ってくる。待っててくれ」
「うん、わかった」




 蒼から離れて、そばにあるキッチンの冷蔵庫からお団子を取り出す。
 てくてく歩いて温室に戻ると、話し声。
 

 宗介さんか。
 温室の手前まで戻って、壁に背をつける。
 慧が言ってたな。
 宗介さんが蒼から距離を取ってるって。
 ちょっと真相を確かめよう。

「先生どしたの?こんな夜中に」
「見回りしてたんだよ。お前の組織のやつは緊張感足りなくねぇか?グースカ寝やがって」
「わたしの同期が見てるなら大丈夫だろって言ってたし、潜入で疲れたんだと思うよ」
「はー。しょうがねぇか…」

 二人に沈黙が落ちる。



「お前、俺に告白されてよく平気でいられるな。意識してねぇのか」
「…意識してないわけじゃないよ。先生は…昴や千尋や、慧とは違うの」


「はぁー。決定的に振るのか。この俺を」
「そうだねぇ。恋じゃなかったんだもん」
「あ?なんだそりゃ」

「わたしの初恋、先生かなって思ってたの。でも、ちょっと違う気がする。旦那様達とするようなエッチな事はできない」

「…ふん。だが初恋はわかんねぇだろ?今は好きな奴がいるからお前に入り込む隙がねぇが、最初に好きだと思っていた可能性はないわけじゃない」

「そう…かもね。でも、ファクトリーにいたらそれが叶うことはなかったでしょ」
「…そうだな。そりゃそうか…」


 重たい沈黙だ。俺は出て行くタイミングがわからないままでいる。



「なぁ、俺…必要ないんじゃないか?」
「先生…?どうしたの?」

「俺は…お前を助けたかった。助けを求めてくるのを待ってた。好きなのは…本当だ。だが、お前の傍には絆された奴が山ほどいる。ただの好意というならここにいる奴らみんなそうだろ?」
「それが…どうして先生が要らないって結論になるの?」

 か細くなった宗介さんの声とちょっと怒ってる蒼の声。
 またこのパターンか。
 腰を下ろしてお団子を眺める。
すまんな、当分待たなきゃならん。一緒に待ってくれ。



「お前を守ってやる事もできず、旦那から奪うこともできず、長年片思いしてたのに…初恋で、しかも両想いだったかもしれねぇし、お前は生い先短い。俺は頭の中がぐちゃぐちゃなんだよ。
 子供の教育だってそうだ。心がねぇと思っていたが、蒼がきたら一発でああだ。
 頭ごなしに叱るしかしてこなかった俺は…価値がねぇんじゃねぇのかと思ってんだ」

「ふーん?先生も人だったんだなぁ」



 蒼の冷たい声にびっくりする。
 宗介さんの自信なさそうな、傷心の声が胸にいたいんだが俺は。
 だが、どうも変だ。蒼はさっきから務めて冷たくしているように感じる。
 夫の勘だが…どうしてなんだろうな…。



「そんな言い方することねぇだろ…いくら好きじゃねぇからって」
「好きだよ、先生のこと。大切な人だもん。昔からずっと変わらない」

「「!?」」


 宗介さんと同時に驚いてしまう。
 ど、どういうこと?もしや夫が増えるのか??



「残念だけど、旦那さんの枠は売り切れです。…これ以上、その人の人生を貰うことは…できないよ」
「どういう…意味だ」

「わたしは先生が言った通り、老い先が短いの。わたしが死んだら愛し合った人は深い傷を負う。わたしが傷つけるから。
 旦那様達の人生を私が左右してしまう。
 …それでも、三人も選んでしまったの。私の我儘なのに、諦められなかったし受け入れられてしまった。好きなら突き放すべきだったとは思ってるけど……もう無理なの」


「地獄に引き摺り込むってか?俺も引き摺り込まれてぇんだが」
「ダメ。私が壊れちゃう。…先生は私が死んだら死ぬつもりでしょ」
「そうだが?」

「そうだが、じゃないんです!…先生には生きて、旦那様達を支えて欲しいの。私の子と、ファクトリーの子供達も見守って欲しい」


 宗介さんがばたん!と倒れる音。
 俺も倒れそう。



「ヒデェこと言ってる自覚あんのか?」

「うん……ある。私ができる先生への愛情表現がこれなの。私ががわがままで、自分勝手で、何もかもを押し付ける性格だから」
「ほう?」

「キスはできないし、セックスも無理だけど先生にはお父さんみたいな…わがままを際限なく聞いてくれるような、そう言う期待をしてる。私の言うこと、なんでも受け止めてくれるでしょ」

「そうだな…惚れた弱みだ」

「うん、だから…私が大切な人たちを、守って。わたしが好きな人たちには頼めないことなの。先生にしか…頼めない」

「……そうか」

「ごめんね……わがままばっかり。甘い言葉や優しい気持ちは…あげられない」
「ふ…それもいい。そう言うのは俺だけなんだろ?」
「うん。他の誰にも出来ない…先生だけ。迷惑かもしれないけどねぇ」


 宗介さんがため息をついて、衣擦れの音。
 夫としては大変複雑だ。

 蒼の気持ちは…お父さんに対してのものだけじゃない。宗介さんにも俺にもわかる。
 蒼が一線を引いたが、それは心の中に宗介さんが…いるからだ。
 彼が生き残るために…そう言ったんだ。



「これくらいは許してくれ」
「うん…。親子のふれあいなら…いいかな…」

「親子でもキスするよな?」
「右ストレートがお気に召したなら、そうするけど?」

「チッ。まぁまぁいてぇから嫌だ。お前に触りてぇのに、必要ない俺が触っていいかわからなくて、辛かったんだぞ」
「ちょっとの間だけでしょ。…寂しい時は、こうして抱っこするくらいならいいよ。私も先生にされるのは嫌じゃないから」

「ふん、そうかよ。手は繋いでもいいのか?」
「いいけど…」

「おでこにチューは?」
「うーん?うーん…」


「蒼が嫌がることはしない。…好きでいる事は許してくれるよな?」
「な、なによ。そんな健気なこといわれたら、胸が痛いんですけど。」

「そりゃいいな。揺さぶり続けりゃ死ぬ前にキスくらいできそうなもんだ」
「すぐそうやって調子に乗る」

 小さな笑いが二つ。通じ合ったばかりの恋人のようだ。



「なぁ…もう一回、俺のことを必要だって…ちゃんと言ってくれんか」

 切ない声が、俺の胸を締め付けて来る。
 勝ち気で自信いっぱいの、あの宗介さんが懇願してる。必死で、蒼の気持ちを欲しがってる。
 好きだから、どんな形でもいい。蒼に必要とされたい。

 昴に独占されていた頃と、蒼の返事を待っていた…俺の気持ちが重なる。
 切なくて、苦しくて、それでも蒼の顔を見れば…必要とされれば嬉しかった。
 すごく、わかる。


「先生…きっと辛いよ」
「言ってくれ。頼む。」



蒼が小さく息を吸う。
二人が見つめ合う近い距離が俺には見えた気がした。

「先生が…必要なの。大切な人だから。みんなを守って、長生きして。先生が死ぬ時は私がお迎えに行ってあげる」

 ふっ、と僅かに笑う声。



「あぁ…わかった。約束だからな。必ず来いよな。待つのは…得意なんだ」
「うん…うん」


 2人が離れる気配がする。
 2人とも…静かだ。
 心は通じているけれど、蒼はきちんと断っている。宗介さんはこの微妙な心の琴線に気づいただろうか。
 そもそも…蒼本人が気付いてるのかも怪しい気はするが。
 どちらにしても、俺はこの件で口出しはできなくなった。

 

 はぁ、とため息をついて宗介さんが立ち上がる。

「明日は朝から作戦会議だろ。あんまり激しいのはするなよ」
「し、しないよ!」
「おやすみ、蒼」
「うん、お休み先生」

「なぁ。名前で呼べ」
「えぇ…」
「お前の望みだけ聞いてやるのか?」
「…そ、宗介」


 胸がドキドキしてくる。宗介さんの気持ちが伝わってきて、泣きそうだ。


「ん…明日からそう呼べよな」
「はぁい…」



 温室のドアが開いて、閉まる。迷いなくスタスタこちらに歩いてくる。
 まぁ、そうだとは思っていた。


「お前とは縁があるな?千尋」
「名前、覚えてたんですか」
「お前も名前で呼べ。敬語はやめろ。…時間をくれた恩がある」
「気持ちはわかるよ、宗介。俺もそうだった」

 ふ、と笑った宗介が肩を叩いて、去って行く。広い背中に…切ない気持ちを抱えて。



━━━━━━

「千尋…?どしたの?」

 お団子を食べて、布団に入って…蒼の胸元で唸っている。
 だって、だってあんなの…。



「ははーん、千尋さっきの聞いてたでしょ」
「ギクっ」

 蒼が両手で頬を包んで、俺の額に唇で触れる。

「わたしがこうしてキスするのは旦那様達だけ。それは変わらないでしょ?」
「ん…」

 尺取り虫みたいににょきにょき下に動いて、蒼が胸の中に飛び込んでくる。
 そっと抱きしめて、その暖かさにホッとした。



「お、おほん。ち、千尋…愛してる」
「蒼…」

 顔が真っ赤になった蒼がさっきの俺と同じように胸元でぐりぐり顔を押し付けてくる。

「わ、わたしの…これはとっても貴重なんだからね!」
「ぷっ。たしかにそうだな…。もっと…欲しいな…」

 にゅっと顔に位置を合わせてきた蒼がじっと見つめてくる。
 瞬きで、サインを送ってる。
 なんだよ、それ。面白いことして。
 愛してるのサインか?歳がバレるだろ。


「口で言ってくれよ」
『はずかしいの』
「蒼の可愛い声で聞かせて欲しいんだが。あ、マッサージこの後するし…いいか」

「ど、どう言う意味?」

 …まさか、自覚ないのか??マッサージすると色っぽい声出すの。



「なるほど。よくわかった。これについては黙秘します」
「なんで??どうして?」

「愛してるって言わないから」
「だ、だって…あれはその…勇気がいるの。好きとはこう、ベクトル?レベルが違うし…」

 確かにそうだ。好きはいつでも言えるけど、愛してるはいつでも言えない。
 ここぞと言うときに、勝手に出て来る言葉だし。
 俺はもう愛おしい気持ちが溢れ出しそうだ。溢れてこぼれた気持ちが勝手に口から出てくる。今がその時だ。



「愛してる。愛してるよ、蒼…」
「うぁ…ちょ、待って…」

 髪の毛を梳きながら耳元で囁く。
 色んなことを考えて色んなことしてるけど、こうして腕の中にいる時はちゃんと俺だけをみてくれる。
 それが、嬉しいんだ。


「蒼は受け止めてくれるんだろ?俺の重い気持ちを。フらないんだよな?この世で一番愛してる。」
「や、やめて…本当に…気持ちがこもってるから…心臓が持たないよ…」
 


 そりゃそうだ。俺は適当には言わない。
 愛してるは特大の感情付きだ。 
 ずっしり重たいものを目一杯詰めて口が勝手につぶやく。

「蒼…愛してる」
「も、もう!!」
「ん…」

 蒼が強引に唇を重ねてくる。
 かわいい…顔が真っ赤だ。
 こんな顔は、宗介には見せられないな。

「愛してる…」
「むうぅ」


 唇が離れた隙に呟くと、蒼がさらに赤くなって、思わず笑ってしまった。



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