【完結】爪先からはじまる熱と恋 ~イケメンを拾ったら囲われました~

只深

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第五十六話 妙な展開

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━━━━━━
 慧side

 救急車を見送って、全員でため息をつく。

「キキ…大丈夫かな」
「体は時が経てば回復するだろうが…心の方は蒼が凄い勢いでキキの尻を叩き回したからな。そっちは心配ない」
「もう!なんて事言うの!尻とか言わないで!」

 昴の言い方はどうかと思うけど事実だしね。蒼が昴をポカスカ叩いてる。
 キキの性格じゃ優しくしたってダメだろうし、あれは正しいやり方だとは思う。

 言葉が余りにも重たくて…俺たちにもダメージがあるけど、同時に救われもした。
 あそこにいた全員が人を殺してるんだから。
 蒼の言葉が胸に響いたのは俺だけじゃないはずだ。



「蒼、ありがとう。キキの為に…」
「慧がお礼言うの?でも違うの。私のためだから」

 蒼がニコッと微笑む。
 自分のため?


「私は私を大切にするって決めたから。私の事を大切にするって言うことは、私の好きな人をもっともっと大切にするって事でしょう?だからキキに言ったの」
「そっか…」


 はぁー、なるほど。…結局の意味は変わらないけどさ…そう言う考え方になったのは進歩と言えるかな。とってもいい返事に思わず微笑んでしまう。
 蒼のいいところの一つだよね、これ。
 一緒に泣いて慰めるような事、絶対しないんだ。
 その人の事を見て、昴じゃないけど叱咤激励して、横に立たせてくれる。
 どこまでも対等で、憐れむこともせず…常識にも囚われない。俺の時もそうだった。


「あーあ、ますます惚れ直しちゃうな」
「俺も惚れ直した。蒼はかっこいい」
「蒼だってクサいセリフ言ってたじゃないか。俺も惚れ直したよ」

「むーむー。」



「お前ら緊張感ねぇな?」
「きゃっ!?先生?いつの間に…」

 蒼の背後に宗介さんが現れる。
 ピンキーのバイクを持っていったから登場が早いな。相変わらず足音がない。バイクのエンジンは手前で切ってきたのか…基本的にこの人の動きは手だれの裏稼業玄人仕様だ。



「このバイクいいな。よく整備されてる」
「そうでしょう、そうでしょう。土間さんが見てるんだもの」
「はーん。なるほどな。さてな、さっさと作戦会議しようぜ。あんまり余裕がねぇ」

 宗介さんがヘルメットをバイクにかけて、スタスタ歩って行く。
 アレ?蒼に触らないぞ…。



「ちょっと待ってよー」
「さっさと来い」

 うーん?何か…距離が生まれてる。
 俺と同じく首を傾げた昴と千尋で追いかけて、エレベーターに乗った。

━━━━━━


「さて、サクサクやるぞ。この後ファクトリーに移動せにゃならん」
「えっ!?ファクトリーに?」
「なんだそりゃ?どう言う事だ?」

 蒼と銀に聞かれて、宗介さんが厳しい顔になる。



「東条がファクトリー側組織の後継者に名乗りを上げた。ボスが危篤状態だってのを、集会開いて発表しやがったんだ。
 ボスを閉じ込めて、殺そうとしてるファクトリーを潰せってな流れになってんだ」

「はぁ?何でそうなる?」
「蒼のご両親はどちらに?」

「何故かはわかんねーな。アイツらは監禁されてるらしいが…特に痛めつけてるわけじゃねぇようだ。
 生かして使う予定があるからな。
 東条の目的はボスになり変わる事。ボスの病気の原因を研究者たちのせいにして、ファクトリーを潰す事。俺は顔を見られてなかったからな。直接聞いてきた。あの、ほら、小さい医者がいただろ?」

「本人に直接きいたの?…キキの事を何か言ってたの?」

「そうだ。アレと付き合ってんだってな?んで、延命薬の研究はキキと蒼を連れ出した研究者にやらせて金儲け、裏稼業でも死体処理のエキスパートとしてボロ儲けしたいんだとよ。
 表向きはボスを薬漬けにしたファクトリーを潰して、ボスのために立ち上がった義士って図式にするらしい。めんどくせぇやり方だ。カタギじゃねえ奴がすることかよ。
 そんで、キキは東条のイチモツの虜らしいな?
 なんでも言う事を聞くし、子供も作ってる?らしいし、便利な女だと吹聴して回ってたぞ。オメーもそうする予定らしいぜ」



「……殺そう、あの人」
「「「賛成」」」
 蒼とスネーク、桃と俺で頷く。

「俺もそうしてやりてぇが、問題はファクトリーだ。アイツ全員殺すってよ」

「こ、子供達までって事?」
「そうだ。ファクトリー内でボスが亡くなって、それを皮切りに攻め入って口封じするつもりだ。真実を残したらマズイんだろう。なぜか俺は残されるらしいが…有能な幹部がいねぇんだ。スカウトが間に合うわけねぇし戦闘要員だろう」


 全員が沈黙する。考えることがエグいな。
 キキの…あの涙を…クソッタレだ。
 蒼まで手にかけようとするなら容赦はできねぇな。ボコボコにしてやるぜ。それで済むかはわからんが。



「ボスの容態は?」
「安定してるよ。ファクトリーは内部からいじって警戒レベルを上げて籠城の構えだ。外に流れてた蒼の同期も戻ってきて俺の留守を見てる」

 蒼の同期!?千尋があんなに調べたのに見つからなかったファクトリー産出の子たち…。
 当の千尋も驚いてる。ファクトリーはどうやら情報を隠すのが上手いみたいだ。宗介さんが秘密にしていたって情報が漏れてもおかしくなさそうな物なのに。



「蒼の同期がいるんですか?」
「いるぜ?外に出てるのが3、組織にいるのが6。ほとんど戻ってんぞ。アイツらはファクトリーが故郷だし東条の嘘を見抜いてる。蒼と同じで頭がいいからな」

「そ、そんなに?」
「元々は蒼と同年齢は100人いたが残ったのはたった10人。その中でも大変優秀だったのがこいつだってワケ」
「…ここは照れるところ?」

「ふん、好きにしろ。見てたのは俺一人だから間違いねぇよ。蒼よりは劣るが、兵隊としては優秀だ。誰かさんと違って怪我しねぇしな」
「むぅ」

 蒼の頭をポンポンしようとして、宗介さんの手が引っ込む。
 やっぱりなんかおかしい。潜入で何かあったみたいだけど…。



「というわけで籠城戦と洒落込まなきゃならん。兵力的には対人間ならオーバーキルだ。うちの方が上」
「そうなるよねぇ?東条は知らないの?」

 あっ、蒼が奴のことを呼び捨てにしてる。東条の名前を口にするときにすごく嫌そうな顔になってるし。



「知らないというか知らせてねぇんだよ。俺が内情を知ってる唯一の組織人員でな?残ってる子供は使い物にならんと言ってある」
「先生…もしかして計画通り?」

「そんなワケねぇだろ…言葉通りお前を待つ為にそうしてただけだ。引っ掻き回されたくなかったんだよ」
「そ、そうなの…ふぅん…」


 はいはい、ちょっと変な空気にしないで。


「ボス、どうする?」
「ちょっと待て、こっちも新しい情報があるんだ」

 銀が慌てて立ち上がる。

「あのぉ、東条のデータを探っていて…お金の流れを見たのですけれど…宗介さんの組織って、宗教団体ではありませんの?」

 えっ?なんで?と言うか何故お金の流れを見たんだ?

「何故金の流れを見た?どう言う根拠でそうなったんだ?」
「ボスが仰ったので東条の履歴を調べたのですが、データがありませんの。
 紛れているのかと思って組織メンバーを探っていたら、上は90、下は赤ちゃんから組織の人員ですのよ。おかしいでしょう?桃がお年寄りの方も給料もらってるのかと聞いてきて、調べたら逆に納めていて、そこから辿りましたわ」

「宗教団体って、何を祀ってるの?」
「相手方のボスです。彼女を神様のように崇めているそうじゃありませんか」

「…なるほど」

 蒼にそっくりのボスが、神様のように崇められている宗教団体…。

「ここと同じじゃねえか?」
「ちょ、銀は何言い出すの?!」

「あんまり変わらない気もしますわねぇ。わたくしたちも蒼を崇め奉りたいですわぁ」
「それいいね?」 

「雪乃も桃も何言ってるの…もう」

 蒼が額を抑えてプルプル首を振ってるけど、うん、俺も何にも言えない。
 狂信者なもので…。



「そういうこった。あっちはそれで金を集めて、デカい組織になって、悪いことして金儲けしてた。俺はそこで働いてるやつに拾われて裏稼業をしてたんだよな。
 宗教に興味はねぇが……わからなくもねぇな?」

「先生までやめてっ!もう。それなら宗教組織の長たるボスと話をしなきゃ。彼女に止めてもらうのが一番でしょう?東条の企みを伝えて、ボスが教祖ならやめなさいって言えばいいじゃない」

「まあ、それが最善だろうな。本人が起きれるかどうかは怪しいが。とりあえず武装してファクトリーに戻った方がいいと思うぜ。いつポックリ行くかわからんぞ。それが戦の始まりだからな。今度は俺が聞いてやる。どうする?ボス」

 みんなで昴を見つめる。



「妙な展開で頭が痛い。千尋、千木良に連絡して警察と連携、ファクトリーを攻められる前に関わらせないとならん。全員戦闘準備の上30分後に集合。…蒼はご飯を食べよう」

「おい、間の抜けた指示はよせ。途中までは良かったのに…」
「展開がおかしいんだから仕方ないだろ。さっさと準備してこい。」



 微妙な顔をした幹部たちが部屋を出て行く。
 千尋が冷蔵庫からお弁当箱を出して、レンジに入れながら電話をかけはじめた。

「あぁ、すまんが…いや、こっちだってよくわからん。相良はまだ病院だろ?総監は?休みか。呼び戻して対策本部でも立ててくれ。また連絡する」

 レンジアップしたお弁当箱がいくつも机に並ぶ。昴も微妙な顔をしながらソファーに座る。



「わぁ!こんなに沢山?」
「蒼の二人分と、俺たちも一緒にお弁当にしようとしてたんだ。
 …宗介さん、ファクトリーって食べ物あります?」

「すげーな、このまま進むのか?食糧はオートミールなら腐るほどあるぞ」
「他には?」
「ねぇ。俺は自分の食糧が山ほどあるが、プロテインが主食だ」

「途中で買い物しよう」
「そうだな」
「冷蔵庫くらいあるよね?」

「そ、そんな遠足みたいなノリでいいの?わたしオートミールでもいいのに」



「「「ダメ」」」
「むむぅ…」
 3人で声を揃えて蒼にダメ出し。
 妊婦さんなんだから絶対ダメ。ちゃんと食糧買っていこう。
 なるべく今までと同じように生活していかないと。

「千尋、マッサージのクリームは?」
「持ってきてるぞ」

「なんで持ってるの?!」
「今日は俺の当番だから」

「と、当番も続行なの!?」
「当然だろ。俺は蒼の独占権を手放す気はない」
「えぇ…???」



 うーん。流石だね。千尋はクッキーも持ってきてたからなぁ…。それも持っていこう。

「蒼、お弁当冷めちゃうよ?」
「なんか…どうしてこうなったの??」
「「「わからん」」」

 分からんけど、今までもそう言う感じだったしね。これから先もきっとこうだろう。
 神様の差配ってやつかな。



「うまそうだな…」
「先生も食べていい?」
「沢山あるからみんなで食べよう」
「すごい目がギラギラしてるけど…」

 宗介さんが涎を垂らしそうな顔してる。
 ファクトリーはオートミールをやめた方が良さそうだ。

 みんなで手を合わせて、いただきますとつぶやく。
 宗介さんもしてるのがちょっと面白い。



「召し上がれ」

 千尋が笑顔で言うと、蒼と宗介さんが卵焼きに手を伸ばす。


「うまい!うまい!」
「先生!卵焼きばっかり食べないで!」
「あんだよ、いいだろ?シャバの食い物はうまい」

「シャバじゃなくて千尋の手作りなの!」
「なんだと!?…お前…こんな美味いもん作れんのか?」

 宗介さんは箸が止まらない。危ない。自分の分避けとこ。



「はぁ、まぁ…昴もできますよ。慧は鍋ならできるよな?」

「俺は簡単なのしかできないよ」
「慧のおうどんおいしかったよー。出汁の味がまた上品で…千尋のお出汁ともまた違うし」

「出汁なんか粉でやるんだろ?同じじゃねぇのか?」
「違うの。千尋のおだしは昆布が多い、慧はカツオが強め。昴は海鮮系が上手だったなぁ」

「お前ばっかうめぇもん食いやがって…唐揚げよこせ!」
「ちょっ、まだあるのに!なんで食べかけ持ってくの!もう。」


 妙な展開だし急に進んでいくし。
 ファクトリー壊滅目標が籠城戦になるし。
 一体何が起きてるんだろうね。
 微笑み合う食卓は、戦前とは思えぬ暖かい空間になった。
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