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第五十四話 魔法の言葉

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☆爪先からはじまる熱と恋 54







━━━━━━

 銀side

「準備完了だな。後はボス達の到着を待てばいい」
「土間さんが整備してくれたからでっかいバス動かせるようになったし、効率いいよねー」
「桃はバス嫌いだったろ」
「銀もね」
「チッ」

 俺たちはみんなで仲良しこよしが苦手だったからな。仕方ねぇだろ。
 組織の駐車場で集合時間前に幹部共とだべってるが、今までこんな事はなかったな。
 思えば全員集合で作戦に当たるなんて初めてかも知れん。


「本当ですわね。わたくしはお留守番ですが。キキと一緒にお待ちしておりますわ」

「ん…みんな気をつけてな」



「キキ…何かありましたか?」
 キキの沈んだ様子にスネークが眉を顰める。集合してから元気がねぇんだよな…。

「なんもないよ。こう言うのが久々で緊張してるだけ。タバコ吸ってくる。蒼がきたら吸えないからな」

 キキが歩く姿に違和感を覚える。
何も言わずについて行って、喫煙所に一緒に入る。
チラリともこちらを見ない。

 なんか具合が悪いんじゃねぇのか?どこかに痛みを抱えた動きだ。
 タバコに火をつけて吐き出したキキに倣って俺も火をつける。
 禁煙してたが、仕方ねぇ。



「お前、どうした?どこか痛めてるだろ」
「シルバーは勘が良すぎるな。問題ないよ、体はね」

 どう言う意味だ?何故か名前呼びを辞めてる。


「シルバー…東条の動きがおかしい。蒼の親はホテルに移してる。潜入にも気をつけてくれ」
「東条?あのヤブが何したんだ?」

「まだわからない。ボスにはそのうち話すが、何も掴めてないんだ。元からおかしいが、もっと…何かがおかしいんだよ」

 ふと、鼻につく匂い。
 肉、血、排泄物…死体の匂いと…男の匂いだ。

「キキ、お前…解体したな。それから…」
「辞めてくれ!」

 キキが目を閉じて、小さく叫ぶ。



「言うな。…鼻がいいんだったな…まだ話すな。何もわかってないんだからな」
「…なんなんだよ。まだってのはなんだ?お前密偵なんか向いてねぇだろ。ボスに相談して…桃か、慧に頼むべきじゃねぇのか?」

「だめだ。言えない…蒼に知られたくない。アタシがどんなに汚い奴なのか…どんなに……っ」



 こんな姿のキキは初めて見る。
 肩を震わせて、青い顔して…何があったのか見当もつかねぇ。
 東条…にやられたのか?ボスに言うなと言われても、どうしたらいいんだ。


「お願い、言わないで。必ず何か掴んで見せる。アタシだって、役に立つんだ。
 きれいになった組織の一員として置いてもらえるように…だから…」

「そこまで言うならなら…黙っててやるが、俺にも協力させろ。お前銃撃つの下手くそだろ。お前は蒼の子供を取り上げるって仕事がある。
 蒼の最期も、お前が面倒見るんだ。アイツはきっと、そう言う」



 タバコを押しつぶし、キキが澱んだ目で俺を見る。
 そんな目、してなかったじゃねーか。毎日毎日死体処理をしていた…あの頃の目に戻ったキキがここにいる。

「気をつけてくれよな、シルバー。蒼を…みんなを頼むよ」

 まるで死に際見てえな台詞を吐いて、キキが消えて行く。
 俺は何も言えず、引き止めもできず、その後ろ姿を見送った。


━━━━━━
 千尋side


 さくさく、と落ち葉の敷かれた森林の中を歩く。
 手入れされていない雑木林の中…バスを降りてみんなが揃って歩く。
 木立が途切れ、突然ひらけた空間になった。
 青空の下に灰色の建物郡が現れる。ファクトリーだ。


「おう、ようやくご到着か」

 タバコを消して、ニヤリと嗤う宗介さんが木を背にして佇んでいる。
 珍しいスーツ姿…。


「時間通りでしょ。意地悪言わないで。先生のスーツ久しぶりに見た」
「イケメンだろ?」
「自分で言うと価値が下がるよ…」

 蒼に呆れられて、舌打ちしてる。
 黒地にストライプのスーツ。筋肉質な体のラインが強調されているが、イケメンではない。イケオジだ。



 今日は服装がみんなバラバラ。
 侵入経路を探る桃、銀、ボスの居場所を探る相良、スネークは白衣姿。俺と蒼はスーツ。
 昴だけ真っ黒の密偵スタイルだ。
 朝から蒼が慧と昴を見て目をキラキラさせてたが、俺だけいつもの格好でキラキラしてもらえなかった。
 不満だが、蒼のスーツ姿はとてもいい…。グレーのスーツだから余計に。



「蒼のスーツもいいな?色っぺぇ」
「そう言うの良いから。研究者の人たちには根回しできたの?」
「半分信じてるが半分は疑ってるな。お前達の動向次第だろう。今日は組織の奴らがくる日じゃねぇから、のんびりやって問題はねぇ。
 全員地図は頭に入ってんのか?」

 肌色のインカムを宗介さんに手渡して頷く。
 外部構造を含めて全員頭に叩き込んでいる筈だ。



「ほー、こりゃ最新式か?ちいせぇな。どうやってつけるんだ?」
「つけてあげるからしゃがんで」
「おう」

 蒼がインカムをつけてやってる。つけられてる宗介さんはニコニコしてる。
 嬉しそうにされて、俺たちはなんとも言えない気持ちになる。



「回線が混戦するといけないから、私たちは使わないと思うけど。緊急時は3回叩いてね」
「了解。そんなことは起きねぇと思うがな。ボスの居場所は結局分からずじまいだ。高いところか、低いところかどちらか…と言うことしかわからん」

「駆けずり回るしかないな。俺は先にスパイウェアを潜り込ませてから探る。くれぐれも乱闘騒ぎを起こすなよ。特に相良」

 名指しされた相良は肩をすくめる。



「麻衣ちゃんそう言うキャラなの?」 
「そぉんな事ないぞ?手足が動くのが早いだけ」
「危ないな…気をつけてよね」
「蒼~!心配してくれるのかぁ~!」

 蒼に抱きついて頬擦りしてる相良をぺぃっ、と放り出して蒼と手を繋ぐ。



「昇龍、ひどい」
「コードネーム呼びにしてくれ。それから、俺は庭見になったからな。さ、行こう」

「えっ?慧の苗字じゃないかそれ」
「なんだそりゃ?なんで変わったんだ?」
「蒼は緑川だよね?」
「私はうちのボスの苗字になったよ?」
「…ますます何が起きたかわかりませんが」

「くっちゃべってんじゃねぇ。ちっとは緊張しろ。白衣のやつは入館証を下げろ。入り口で分かれるぞ」

 頷いた全員が真剣な顔になる。
 ピリッとした空気感。久々だな、こう言うの。



 宗介さんが灰色のコンクリートに囲まれた鉄の扉を開く。
 さて、潜入作戦開始だ。



 ━━━━━━

『スノーホワイト、パスコードは?』
『円周率ですわぁ』
『どこまでだ』
『全部ですわよぉ~』
『はぁ!?お前減給』
『いやーん!やめてくださいまし!わたくしのかわいこちゃんが展開するのに、時間がかかるんですもの。打ち込んでいる間に忍び込んでますからぁ』


 のんびりしたやりとりに呆れつつ、真っ白なファクトリー内を歩く。
 昴は既にメインコンピュータに辿り着いてスパイウェアを潜り込ませてるみたいだな。
 概ね進行は予想通り、特に問題なく館内を歩いている。

 たまに研究員とすれ違うものの、みんな無表情で見てくるだけだ。
 消毒液の匂いに包まれて病院のような建物の中をひたすら歩く。



『こちらスネーク、窓がある建物が一つもない。スナイプは不可能だ』

 …となると蒼をスナイパーとして配置するのは無理だ。
 壊滅作戦の時にどうやってメンバーから外すのか考え直さないとならない。



「今子供達は庭で光合成中だ」
「光合成っていうのやめなよ。日向ぼっこでしょ。お日様に当たらないとビタミンが不足するからねぇ」


 研究所の一番奥、ガラス張りのドアが現れる。
 中には日差しが燦々と降り注ぎ、木や花や…たくさんの植物に囲まれた庭がそこにある。



「さて、チビ達は何してるかな」

 カードキーをかざし、ロックが開いた。
 ガラス扉を開くと、暖かい空気と草木の匂いが流れてくる。



「変わらないね…ここは」
「変わりようがねえからな。…ん?」


 ドス、ドサッ、バキッ!と何かの音。
 なんだ?



 広い中庭の奥、大きな広場の中で真っ白な子ども達が輪を作ってじっと何かを見てる。

「なんだ…?」
 輪の中に二人の子供が居て、日差しの中にほこりが舞ってキラキラと輝いていた。

「チッ、喧嘩だ」


 真ん中で丸くなっている子供をぼかすか殴っている子。
 思わず駆け寄ろうとすると、蒼が手を伸ばして引き止める。


「…ブルー?」
「待って」


 短く言った蒼が周りを見渡す。
 輪を作った子供達が俺たちに目を向ける。
 白い髪、赤い目…蒼を小さくした顔がずらっと並んでいた。


「おい、止めていいか」
「待って。まだダメ」

 宗介さんも止めて、殴られている子と殴っている子をじっと見てる。どうしたんだ…蒼なら真っ先に止めそうなのに。


「ん、わかった」

 蒼が真っ直ぐ輪の中に向かって歩いて行く。



「お、おい!」
 宗介さんが慌てて追いかけるが、スッと輪が割れて、赤い目が蒼に向けられる。

「ありがとう。いい子ね」

 そばにいる子を撫でて、蒼が殴っている子の拳を手で片手で受け止め、強く握る。



 反対の手で蹲っている子を立たせて…拳を振り上げる子の手を握ったまま、そっと抱きしめる。
 そっち…なのか?



「なんでっ!とめないで!」
「怒ってるのはあなただけど、傷ついてるのもあなたでしょう?何があったの?教えてほしいな」


 顔を真っ赤にした子が、びっくりして動きを止める。
 …どう言う事だ?
 蒼が抱きしめた子が腕にボロボロのぬいぐるみを持ってる事に気付いた。原因はこれか?


「お友達かな?」
「…うん。」

 蒼が草の上に腰を下ろして、膝の上にその子を座らせて…両手で頬を包む。



「こんなに泣いたらおめめが腫れちゃうよ?」
「べつに、すぐなおる」
「でも痛いでしょ?お友達はどうして壊れてるの?」

 小さな体がぬいぐるみを抱きしめて、涙を溢す。

「2369が、こわしたの」
「そうなの?」


 蒼がボコボコにされて顔をパンパンにした子に尋ねる。

「だって、いつもそれかしてくれない」
「じぶんのあるでしょ!」
「そっちのほうがいいの」
「やだ!」


「2369はどうして壊したの?」
「2368が…ずっとあそんでくれないから」

 これは…ヤキモチかな…。蒼が2369と呼ばれた子の頭を撫でる。

「2368と遊びたかったんだね。でも、お友達を壊されたらどう思う?2369は2368が壊されたらどうする?」

「や、やだ!」
「ね?壊したら嫌でしょう?」
「うん…」

 ポロポロ涙をこぼしていた2368が蒼に抱きつく。2369がびっくりしてる。

「ねぇ、叩いたら痛いって…知ってるでしょう?叩いたあなたの手も痛いもんね」
「うん…いけないこと、した」



 宗介さんが腕を組んで唸ってる。

 蒼は訪ねて確認しているだけで、怒ったり、嗜めていない。
 子供がどう思っているのか、どうしてこんなことが起きたのか、善悪の判断を全て委ねて…答えを引き出している。

 大人の観点で喧嘩を止めて、殴られていた子を庇っていたら…本当の被害者が分からなくなるところだった。



「どうしようか?2369のお顔が腫れちゃった。すごく痛そう。」
「しょうどく、する」
「うん、そうだね。でも、体の傷はそれで治せるけど…他にも痛いところがない?二人ともだよ」

 喧嘩していた二人を向かい合わせて、目の前に座らせる。蒼が間に挟まって、子供達はじっと蒼を見つめてる。

「どうしたら、いいの?」
「どこが痛いのか、聞いてみて?」

 向かい合った子供がお互い目を合わせて、眉を下げる。


「どこがいたいの?」
「かお」
「ほかには?」
「…ここがいたい」

 指を刺したのは胸。殴った子が殴られた子の服を開いて、首をかしげる。



「けがしてない。そこはぶってないもん」
「なかがいたいの」
「こっせつしたの?」
「ほねはおれてない」
「じゃあどこ?けがはどこなの?」
「わかんない…」

蒼が微笑んで、二人の顔を順番に見る。


「ここに、心臓があるでしょう?臓器の他にも、人間には大切なものがあるの。2368がお友達を壊された時も、ここが痛くなかった?」
「いたかった。2369がわたしのおともだちをこわしたから。2369のこと、たいせつなのに…あたまがあつくなって、それで…」


「そうだね、大切な2369が2368の大事なお友達を壊したから胸が痛くなって、頭が熱くなったんだよね。2369は?どうしてここが痛いの?」
「わかんない」

「叩かれてないここはいつ、痛くなった?」
「わたしがおともだちをこわしたときに、2369がいたいかおしてたとき。
 なきそうなかおで、わたしをぶってたときも…ぶたれるより、ここがいたかった!」

 優しい顔で、蒼がうん、と呟く。
俺の胸の中できゅう、と音を立てて痛みが生まれる。
 子供達にはお互いを思い合う感情がある。理解していないだけだ。蒼がそれをはっきりと形にしてみせた。
 胸が、苦しいよ。



「大切な2369にお友達を壊されて、2368は胸が痛くなった。2369は叩かれた事よりも、2368の顔を見て胸が痛くなった」
「うん」
「そう!」


「お互いの顔を見て胸が痛いのは何故だと思う?」
「2368が、いたいかおしてたのがかわいそうだし…わたしもぶたれて…ほんとうは、なかよくしたかったのに…」
「うん…お友達を壊されて、痛い顔をしていた2368がどう思っているかわかる?」

「かなしい?」
「そうだね。2369を叩いて2368はどう思ったの?」
「かなしい」


「そっか。お互いがお互いの事を大切なのに、それが伝わらなくて、仲良くできなかったから悲しくなったんじゃないかな?
2369はお友達を壊して2368がかわいそうな思いをしてるのがわかって悲しくなった。2368は大切なはずの2369がお友達を壊して悲しかったし、自分が叩いて2369が痛い思いをしていたから悲しいんだよね?」

「「うん!!」」



「ここにはね、心があるの。体や脳とも繋がっている、形のないものがある。
 胸が痛い時は悲しい、怒ってる時は頭が熱い、嬉しい時は心臓がドキドキするの。感情って言うんだよ。心の作用で胸だけじゃなくて、体全部がそう言う風になるの。」
「…こころ?かなしいってかんじょうっていうの?かたちのないものなんて、あるの?」


「そうだよ。人はみんな心がある。たくさんの感情がここに詰まってる。脳の指令で体は動くけど、全部がそれに支配されているわけじゃない。心で感じて生まれて感情が、逆に脳を支配するの」
「わたしたちはこころがいたいの?けがしていなくても?」


「そう。肉体の傷じゃなくて…相手の感情や自分の感情が心に傷を与えるの。だから、心を治してあげないとずっとここが痛いままなんだよ」

「2369はこころがけがしたの?わたしもいたい」
「そうだね、痛いのは2368の心を傷つけてしまったから。2369は体と心を傷つけてしまったから二人ともここが痛いの」

 蒼が手のひらを子供達の胸に置く。
 子供がそれを両手で包んで、目を細める。


「あったかい」
「きもちいい」

「そうでしょう?心はここにあるのがわかった?」
「「うん!」」

「ここが痛くなくなる魔法の言葉、知りたくない?」
「「しりたい!」」



 周りを囲んでいた子供達が蒼に駆け寄って行く。
 ガラス張りの箱の中で真っ白な子供達に囲まれて、蒼が微笑んでいる。
 なんだこれ……蒼は本当に天使だったんじゃないか。翼が広がって、子供達を包み込んでいるようだ。


「『大好き』って、言ってみて」
「なあに?それ?」
「相手のことが大切だよ、かけがえのない人だと思ってるんだよって伝える言葉なの。他にもたくさんあるけど、まずはこの言葉から覚えてほしいな。」


 子供が見つめ合い、頬を赤く染める。
「だいすき」
「わたしも、だいすき」
 
 二人が真っ赤になって、涙ぐむ。
 その言葉を知らなくても、心が伝わって…言葉が形になっている。



「ねぇ、痛くないでしょ?」
「うん、でも、くるしい」
「わたしも…」
「そうなったら、こうするんだよ」


 二人を抱きしめて、頬を寄せる。
 抱きしめられた二人が目を閉じて蒼にしっかり抱きつく。
 周りで見つめていた、一番小さな子がおずおずと手を伸ばして…それに気づいた蒼が手を伸ばして、抱き寄せる。
 それを皮切りに子供達がみんな抱きついて、ぎゅうぎゅうにまとまる。


「ふふ、あったかいね」
「おねえさん、だいすき」
「わたしもだいすき」
「本当?嬉しいな…私も大好き。みんな、かわいいね…」

 ぐずぐずに泣き出した集団に釣られて、俺も涙が出てくる。
 宗介さんが目を押さえて、口を引き結んでいる。
 この人も泣くのか…。



「ねーえ?お歌でも歌おうか。知ってる?」
「なに?それ?」


 微笑んだ蒼がいつもの子守唄を歌い出す。
 子供達が涙をこぼして、目を瞑る。

 白い光の中で、蒼の歌が広がっていった。


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