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第五十話 プロポーズ

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☆爪先からはじまる熱と恋 50

━━━━━━
 蒼side


「麻衣ちゃん、送ってくれてありがとう」
「ああ。…引っ越し終わったみたいだな」


 みんなを麻衣ちゃんが組織に送り届けてくれて、私も千尋のお家に到着。
 玄関前に引っ越し会社の段ボールがたくさん置いてある。

「あんなに荷物があったのに、もう終わったの…?」
「蒼、私たちの仕事だと引越し前提で住まいを決めるんだよ。手慣れているんだ。ここが新居か…いい家だな」

 麻衣ちゃんが言った通り、千尋のお家はとっても素敵なお家。
 古くからあるお家で、中に入れば畳や木の匂い、お香の香り、そして千尋のご家族が暮らして来た生活の匂いがする…とっても優しい家。
 私がここで暮らせるのが凄く嬉しい。




「うん。落ち着いたら遊びにきてね」
「あぁ。蒼…伝えてなかったが…赤ちゃん、本当におめでとう」
「ありがとう!ごめんね…ちゃんと言えてなくて」

 麻衣ちゃんは苦笑いでしゅんとしてる。



「警察での事はこちらが悪い。総監の思惑を読み取れていなかったから。私は蒼のやりたいことを邪魔させない。…本当に蒼の味方だからな。明星や昇龍のように警察に籍を置かなくたって良いと思っている。それだけは覚えていてくれ」


 麻衣ちゃんは思い詰めたような顔をしてる。そんな顔しなくたってちゃんと信じてるよ。 
 辞めちゃったら今までの麻衣ちゃんの努力も無駄になってしまうでしょ?

「ダメだよ、麻衣ちゃん。麻衣ちゃんは警視総監になって、昴達を守ってもらなわないと。私がいなくなった後も…ね」


 少し寂しそうな顔になってしまうけど…こう言う風に言わないと、優しいからこちら側に来てしまう。麻衣ちゃんは責任感のある人だからこの言い方がベストなの。
 あなたがいるべき場所にいて欲しい。



「蒼が…そう望むなら残るよ。明日はゆっくり休んで、明後日は潜入本番だ。また会おう」
「うん、またね。気をつけて帰ってね」

 にこりと微笑む麻衣ちゃんに手を振って、車を見送る。



 さて、三人の気配はあるけど…出てこないところを見ると何かある気がする。
 玄関のドア前にある指紋認証ロックに手を乗せて、鍵が開く。
 ドアを開けると…。


「わ…ぁ…すごい…」

 長い廊下の1番奥にリビングがあるんだけど…そこまで小さな電球が廊下の端に沿ってびっしり敷き詰められて、お花がいろんなところに飾られてる。

 玄関の小上がりに小さなメモ。
 二つ折りのそれを開く。

『足元に気をつけて、ゆっくり歩ってリビングまで来てね。後二つメモがあるよ。
 愛してます。 K』

 慧のメモ!はじめてもらえた。
 筆圧が弱めででこぼこが小さい。細い線の文字が柔らかく文字を形作っている。
繊細な慧らしいかわいい文字。



 三つ並んだ革靴の端っこにブーツを脱いで揃えておく。
 ゆっくり歩いて行くと、真ん中にもう一つのメモ。
 


『蒼がうちを選んでくれて嬉しい。俺の両親にも報告しておいたよ。俺たちの家にようこそ。大好きだ。 C』

 角ばった筆圧の強い文字。千尋らしいしっかりした字。千尋のメモもはじめてだぁ…。
 前に名前をかいてくれたタイムカードは持ち運べないから、すごく嬉しい。



 突き当たりのドアまで行くと、ドアの前に三つ目のメモ。
達筆で綺麗な文字。昴のメモ。
はじめて私にメモをくれた…昴の心の形。

『おかえり、蒼。これから先も、ずっと一緒にいよう。明星の名は蒼の物だ。生まれ変わっても愛している。 S』

「ふふ…」

 ヤンデレ発揮してるの面白い。婚姻届は昴の名前になるのかな?日本だと一枚だけだもんね。



 3枚のメモをまとめて胸に抱く。
 私の大好きな旦那様達の心の形が貰えて、本当に嬉しい…。
 慧が買ってくれたお財布にそれをそっとしまい、ドアを開く。



 お部屋の中には花びらが散らされている。
 キッチンカウンターやテーブルの上にたくさん蝋燭の火が灯っていて、とっても綺麗。
 ソファーに座ればいいのかな?…また新しいの買ったんだ…もぉ。

 私がうるさいから地味なのを買ったつもりだろうけど、私は見たものを忘れないの。
 茶色い皮に包まれたソファーと木目調のテーブルが並んでる。事務所のソファーより高級品なアレだ…あとでお説教だなぁ…。
 ソファーに腰掛けて、バッグを横に置く。

 座ってぼんやりしていると、ドアがノックされる。
 ほのかな灯りの中でトントン、と響いた音。私の心のドアをノックする音だ。


「はーい」
「お帰り、蒼」



 スーツ姿で現れた慧はとんでもなく大きなバラの花束を抱えている。

「…それどうしたの…」

 
長い髪を後ろで纏めて、前髪をサイドに流してる。
おでこが出てるんだけど、すごく大人っぽい…優しい目が緩んで黒い瞳が濡れたように蝋燭の光をその目に映している。
しっとりした大人の色気を纏ったかっこいい慧がニコニコ微笑みながら、ひざをついて薔薇を渡してくる。
 そーっと受け取ると、すごく重い…。
 黄色いバラが綺麗に束ねられているけど、一体何本あるの?!




「蒼、大好きだよ…。俺の全てをあなたに捧げます。結婚してください」

 慧の顔にもほんのり赤い色が見える。
 優しい笑顔に胸がきゅっと音を立てて、心拍数が早くなっていく。



「うぁ…そ、そう言う事なの…?」

「うん、そうだよ。順番めちゃくちゃだけど、俺たちらしくて良いでしょ?返事の仕方、知ってるよね」


 知ってます!憧れてたんだもの。
 千尋が話したのかな?パーティーの時を思い出してしまう。



 頬に熱が集まってくる。こんなふうにプロポーズしてくれるなんて…びっくりした。
 深呼吸して、薔薇の花束から一輪抜いて…慧のスーツのフラワーホールに差し込む。
本番だから、手が震えてしまう…。


「ありがとう…。ね、指輪してもいい?」
 慧がソファーに座って、右手を握ってくる。


「はっ!石が大きいのじゃないよね?」
「昴じゃあるまいしそんなの買わないよ。ちゃんと可愛いのにしたから」

 あれ、慧がボスって言ってない…。


「昴のこと、名前呼びにしたの?」
「うん。もう夫として平等だからそうしろって」
「そっか…」



 ポケットから取り出した指輪は細身のリング。シルバーに輝くシンプルなそれは、小さめな黄色い石を載せている。…デジャブ…。でもすごくかわいい。綺麗な色…。

 ゆっくりとそれを薬指にはめて、リングごと指にキスしてくれる。
 うぅっ…心臓が止まっちゃうよ…。




「右って事は、結婚指輪と別にしたの?」

「流石に別だよ。蒼は一つにしろって言ったらしいけど、これは男としてのケジメだから。受け取って欲しいな。」
「うん…ありがとう…」


 ほおに手を添えられて、唇が触れる。
 わずかな体温を移して、慧が離れて行く。


 重たい花束を慧が持ってくれる。
 うぅ…心臓がもたない…何これぇ……。




 再びノックの音。千尋がゆっくりトン、トンと叩いてる。ノックまで個性があるのがもう……。言葉にならない。


「うう…はぁ…どうぞ」


 ドアを開けてまたもや山盛りのバラの花束を抱えた千尋が現れた。
 若干緊張した面持ち。千尋もパーティーの時と同じオールバックで髪の毛を上げてる。私は理解した。この髪型が好きだと。
あげた前髪から少しだけ細く髪が引き出されていて、前よりもずっとカッコいい。
 おでこが出て、男の色気が凄い……。
息を吸うたびに千尋の甘い匂いとバラの香り、色気に酔ってしまいそうになる。
はぁ、すごい…。



「…もぉ、薔薇だらけになっちゃうよ…」
 ソファーのそばにやって来た千尋がこほん、と咳払いした。

「プロポーズは108本って決まってるんだから観念してくれ。」
「100…そんなにあるの?うわぁ…」

 苦笑いしながら薔薇を手渡して来て、右手を握る。
 千尋は真っ白の薔薇。白い薔薇にも千尋の甘い香りが重なっている。
 この重みって、私への愛情の重さなのかもしれない。みんな重たい愛情をいつも惜しげもなくくれるんだもの。

 花束の重みが愛おしい。




「蒼、俺の天使さん。翼と心を分けてくれたあなたと結婚したいです。蒼のこの先の人生を俺にください」

「うっ…」


 千尋は言葉のチョイスが本当に…ドキドキが倍増してくる。綺麗な灰色の目がキラキラしていて、目が合うと息が止まりそう。



「くっっっさ…」
「慧、うるさい。邪魔すんな」
「だって…はぁ…」


 そばに立ってる慧まで真っ赤になってる。
 そうでしょう?そうなるよね??眩暈がしてくる。


「返事をくれよ…蒼」
「ふぁ、はい…」

 プルプル震える手を励ましながら、真っ白な薔薇を一輪抜き取ってフラワーホールに刺す。



「ありがとう……指輪していいか?」
「うん…」

 慧と同じデザインのリングを取り出して、右手の同じ指にはめてくる。クリアの石がキラキラ蝋燭のゆらめきに光を反射してる。


 ソファに座って来た千尋が肩に手を置いて、唇を重ねてくる。
 何度か優しい触れ合いの後、深く重なって来た。

「ん…」
「へーい。ちょっと。まだ後が使えてんだから」
「むむ…仕方ない」

 慧に言われて唇を離した千尋が、花束を抱えて不満そうに席を立つ。



 もう無理…私の心臓が臨界点を突破しそう。
 容赦なくトントントン、と連打されるノックの音。
 返事をする前に昴が真っ青な薔薇の花束を持って入ってくる。心の準備させて…。



「長い!」
「一言目がそれか?」
「千尋のせいだよ、昴」
「全く…」


 スタスタとやって来た昴がソファーに座って、花束を渡してくる。昴らしい。色々すっ飛ばしてる。
 昴のオールバックは久しぶりに見た。
私が初めて抱かれた時の髪型。だから好きなのかも。濡羽色の黒い髪が優しく纏められていて、半分だけ髪が下がってる。
うん、やっぱりこの髪型が好き。みんな本当によく似合ってる。



「俺が大トリだ、蒼。俺は今世も来世もその次も…魂がある限り、そばに居て何度でも蒼と一緒になる。嫌だと言っても許してくれるまで逃さないからな。
 一度目の求婚だ。結婚してくれるだろう?」

「ぷはっ、あはは!!」

「昴が怖い」
「怖いよ…プロポーズなのに…脅迫じゃん」  

「なんだよ。笑うことないだろ?」
「ごめん、あまりにも昴らしくて…」

 思わず笑ってしまって、拗ねた顔の昴に薔薇を刺す。


「ん、よろしい」
「ぷふふ…」

 笑ってる私の顎を掴んで、深く重なる唇。

「む!んー!」
 腰を引き寄せられて密着して、ソファに倒れ込む。


「おい…そこまでにしろ昴」
「ダメでしょ。妊婦さんってこと忘れてない?」
「むう。」

「ぷぁ…はぁ…もぉ…なんて事してるのみんなして…」



 顔を覆って、衝撃を抑え込む。
 胸が苦しい。三人が喧嘩しながら指輪を選んでくれる情景が浮かんでくる。

 まだ見てないけど、昴の指輪にはきっと青い石がついてる。
 黄色と、透明と、青…みんなの色。
 私の髪と目を夕焼けの色だと言ってくれた慧、透明でまっすぐな心をくれる千尋。目の色と同じく青い炎のように激しい熱の思いをくれる昴。


 昴が右手に指輪を勝手にはめてくる。
 はめた後に指にキスをして、私の顔にそっと戻してくれる。手と顔の間に昴のハンカチが挟まってる。


 ばか。そう言うところでしょ!
 お腹の奥から、抑えきれない衝動が喉まで上がって行く。
 口が勝手に震えて、そこで生まれた熱と震えが頬まで上がって、目の奥が熱くなってくる。
 泣いちゃダメ…ダメなのに…。




「う…っふ…うぅ…」

 肩が震えて、目で生まれた熱が溢れる。勝手に溢れて、止まらなくなる。
 近い将来、こんな風に私を大切にしてくれるみんなを置き去りにしなければならない。

 自分で選んだとはいえ、選択肢なんて他になかった。
だから、選びたくなくても選ぶしかなかった。


 後悔なんてしたくない。私がやるべき事は泣くことなんかじゃないのに。

 大きな手が脇に差し込まれて、抱え起こされ、顔を覆った手に別々の唇が触れてくる。
 いつものポジションでみんながくっついてきた。




「蒼は泣いてほしい。俺たちの為に。それが俺たちへの救いになるから」

 昴の優しい言葉に堪えきれない嗚咽が喉から吐き出される。



 死にたくない。離れたくないよ。

 こんなに好きなのに、好きで居てくれるのに…やっと巡り会えた、大切な大切なひとたちに私は大きな傷を遺してしまう。
 私の涙が救いだなんて、そんなこと言わせてしまった。


 私が居なくなった後、遺した傷が…死ぬまでその心を痛めつけるだろう。

 何年も、何年も…そしてその傷を私は癒してあげられない。
 どうして?こんな酷い事してるのに…どうしてこんなに優しくしてくれるの?
 手足の先まで痛い。心の痛みが全身に広がって神経を蝕んでいく。



「蒼に出会えて幸せだよ。俺たちは蒼に出会えた奇跡を後悔したりしない。人をここまで好きになれるなんて、思っても見なかった。
 空っぽだった心の中に、蒼が愛を注ぎ込んでいっぱいにしてくれたんだ。すごく幸せだよ」




 千尋の言葉が痛みを優しく甘く変えていく。千尋の匂いみたいに、とろけるような甘さになって指の先から体の中心まで戻ってくる。



「俺たちに出会ってくれてありがとう。三人とも選んでくれて、本当はホッとしたんだ。誰も恨まなくていい、選ばれなかった誰かを哀しく思うこともしなくていい。蒼は凄いね。みんな掬い上げて、幸せにしちゃうんだ。好きになったのが蒼で本当に良かった」



 甘く変わった痛みが慧の言葉で胸にストンと落ちて来て、暖かく広がっていく。
 ずっと気になっていた、三人を選んでしまった罪悪感をかけらも残さず飲み込んで心が包み込まれていく。

 あったかい。…あったかいな…。


 涙が止まって、両手でくしくしと雫を拭き取る。




「あぁ、もう。蒼は何でそう男らしいんだ。擦れると痛くなるぞ。ハンカチ使ってくれよ…」

 昴が手を掴んで、ティッシュで拭いてくれる。なんか凄く柔らかいティッシュ…。


 テーブルの上には鼻セレブ。
 また無駄遣いして。


「はなせれぶたかいからだめ」

 私が鼻声で伝えると、みんなが吹き出す。



「蒼は節約思考が強すぎるよ。欲しいもの聞いても何にもないんだから、こう言うのは黙認して欲しいな」

慧が苦笑いしてる。


「そふぁー、たかいやつでしょ」

「やっぱり知ってたのか。毎回ソファー見てぶつぶつ言ってるもんな。俺たちの浅知恵は通じないな?」

千尋も苦笑い。

「ぐすっ。わたしはみんながいるから、ほかになにもいらないの。
 わたしのためにおかねなんか、つかわなくていいのに…」

 三人とも顔を覗き込んで、微笑んでくる。
まつ毛がほんの少しだけ濡れてる。
 私のことを思って色々してくれたのはわかってるし、私も文句が言いたいだけなのも分かってる。
大切にされて喜んでるって、ちゃんと伝わってるの。


「みんながなかないっていったのに、わたしないちゃった」


 千尋が鼻水を拭いてくれる。

「そうして欲しいって言ったろ?蒼が泣けば俺たちは癒されるんだ。天使の涙だからな。ほら、鼻かんで」


 言われるままにはなをかむ。
 上手に拭ってくれて、すっきりした。



「…ふぅ。千尋はクサすぎるのにかっこいいのはどう言うことなの?※イケメンに限るが遺憾無く発揮されちゃうでしょ」

「なんだそりゃ。そんなにクサイか?蒼がイケメンだと思ってくれるなら嬉しいけど」


「クサイよ。俺は共感性羞恥で死ぬかと思った」
「共感性羞恥…慧、何て言ったんだ?千尋は」
「内緒に決まってるだろ」


「ふ、俺だけ普通のプロポーズだったな…」
「普通も何もないでしょ。私はみんなのプロポーズで頭がパンクしちゃったんだから。明日の朝は起きてすぐ動けそう」



 3人してピン!ときた顔になる。

「なるほど、毎日泣かせばいいのか?」
「ドキドキさせればいいんじゃないの?」

「毎日泣いたら目が腫れるだろ。俺が渡したクリームでマッサージしながら、蒼をドキドキさせるので行けるんじゃないか?」

「「それだ」」

「それは…ちょっとされてみたいかも…」

 よし、じゃあそうしよう。と3人が揃って頷き、微笑んだ。




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