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第三話 お布団に篭城して下着を手に入れた

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 重たい瞼。意識が浮上するものの、全身の筋肉がギシギシと音を立てて動かない。
ようやくうっすらと目を開け、薄暗い室内が見えてくる。



 頭の下にはまだ凍っている感触の冷感枕。
 枕を並べて寝ていたのか、私の横に誰かが寝ていた跡がある。
そうなると、枕を変えないとこんなに冷えていないはず。
 覚えてないから、寝ている間に代えてくれたみたい。




 頭を上げ、後頭部を触る。冷えきった髪と皮膚がふれるも、痛みはすっかり治まっていた。
 ベッドサイドの時計を見ると、午前九時の表示。

 私、予約のお客様にこんなことになったって連絡していない。
 きっと困ってる…こんな不誠実なことしたくなかった。



 自分の体を探る。昨日お風呂上がりに着た彼の大きいシャツがサラサラとした質感を与えてくる。
 ちゃんと着せてくれたんだ。しかもシワシワじゃないから、新しいシャツをわざわざ出してくれてる。
 一つ一つの小さいことが、あの人の人柄を教えてくる。 

 こう言う人なんだ。



 でも、これからどうしたらいいんだろう。
 ずっとこの先、こんなふうに監禁されるの?
 腕を掴んで顔をベッドに埋める。

 シーツから柔軟剤のいい香りがする。
 これもキレイに変えてくれてる。
 乱暴だったけど、痛くはなかった。むしろ…

 そこまで考えて、みだらな思考を振り切るようにシーツに顔をうずめる。
 自分が信じられない。あんなことされて…



  
「あのー、起きてるー?」

 突然の声に思わず掛布団に潜り込み、そっと声が聞こえたドアを覗く。

 誰!?彼じゃない。




「あ、開いてる。生きてる?ぶはっ!何そのカッコ!!ウケる!!!」

 つり目、ピアス。昨日の人だ。
 彼の仲間?
 布団に潜り込んだ私を指さして笑ってる。




「ちょ、ねぇ、マジか。おもしろ…はぁ。あのさ、服買ってきたんだけど」



 笑いすぎて涙が出たのか、目尻を擦りながら紙袋がずい、と近づいた。


「起きてるでしょ?下着、履いてないんだろ?着替えた方がいいよ。俺も一応男だし」


 下着は欲しい。
 そろそろと紙袋を掴むために手を伸ばすと、手首をふんわりと掴まれる。
 優しく握ってるのに外れない。
 むう。



「ほーら、布団から出て」
「いやです」
「布団の防御力高いと思ってる?もしかして」
「…思ってません」

「ほら、出ておいでよ。ご飯も買ってきた、一緒に食おう」




 掴まれた手首が引っ張られる。
 うわ、力が強い。
 引っ張られるまま、胸元に引き寄せられる。
 柑橘系のスッキリした香り。
 彼とは違う、香水の匂い。

 とすっ、と胸元に勢いよく近づいてしまって、お互いびっくりしてしまう。
 …私はいいけどこの人はなんでこんなにびっくりしてるの?
 はてなマークを浮かべていると、ハッとした様子で口端が上がる。

「あらー、いい格好してるね。色っぽいな」



 抱き寄せられたまま、間近ににこにこした笑顔が私の目に映る。

「は、はなして」



 紙袋をベッドに置いて、ぺろんとシャツの襟元を捲られる。

「ほぉ、お手つきになったか。なるほどな」
「見ないでください…」



 顔を逸らして呟く。
 体に力が入らなくて、抵抗しようがなかった。

「ふ、まぁいいか。早く着替えてね。俺が我慢出来るうちにな」



 頭をぽん、と押えて彼が部屋を出ていった。
 野獣だらけなんだろうか、ここは。

 ━━━━━━

 トントン。
 ドアがノックされる。
「あ、はい」
「終わったー?飯食お…」



 紙袋に入っていた黒いワンピースに着替えて、ちゃんとした下着も入ってたから、それも履いて。
 ほっとした。安心感が凄くある。下着は大事。

 ワンピースはコットンでできたパフスリーブのミモレ丈で、胸元から膝下までボタンが並んでる。こんな可愛いの、誰がお店で買ってきたの?

 サイズがぴったりなのは、あんまり考えたくない。
 ところで、いつまで見てるの…?さっきも驚いてたけどこの人はそう言う感じなのかな?



「あの?」
「いや、ごめん、似合うな。かわいくてびっくりした」



 耳のピアスをいじりながら、ほんのり頬を染めて笑う。
 素直に可愛いって言われると、なんだか照れる。彼は、笑顔になると幼い印象に見えた。

「えと、ありがとうございます。なんて呼べばいいですか」

「おれは庭見 慧にわみ けい。ケイでいいよ」

「ケイ…さん、お洋服ありがとうございます」
「ケイでいいって。服はボスが買ってきたんだ。今日の夜また買ってくるって言ってたよ」

「そうですか」
「飯食おうよ。あ、もしかして、立てない?」

 頬に熱が集まる。

「はい。ごめんなさい」
「いや、聞いてはいた。歩けないとは思ってなかったけど。そんじゃお連れしますよ、お姫様」



 スタスタと近づいて、昨日の晩と同じく横抱きで抱えられる。

「わっ、お、重いから!あの」
「重くなんかないよ、大人しくしてて」



 間近になった顔に、ドキマギしてしまう。
 昨日見た三人とも、種類が違うけれど整った顔だった。
 ケイは優しげでワイルドな印象。
 腕から伝わってくる筋肉は、細めだけどしっかりしてる。



「あーあ、ボスだけ羨ましいなぁ。こんな可愛い子連れ込んでさぁ」
 ニカッとわらって、ウィンクが飛んでくる。
 何も言えず、顔を覆うと、彼が鼻歌を歌いながら私を運び出した。

 ━━━━━━


「すごい量!」
 リビングのテーブルの上に山と積まれたお弁当の数々。こんなに食べれるの?


「好きなの食べて。あとは組に持ってくから」

 組?やっぱりヤクザ?拳銃持ってたし。
 さっき抱き上げられた時、脇に硬い感触があった。
 多分、この人も持ってる。
 じっと見つめていると、ケイが苦笑いになる。



「色々食べながら説明するよ、その辺も任せられたから」

 私は頷き、お弁当の山の中からナポリタンを見つけて手を伸ばした。



 ━━━━━━

「正確に言えばヤクザじゃない。シンジケート。デカい企業の顔した悪いことする団体って感じ。
 ボスはそこの組織のアタマだよ。
 昨日あったグレーの猫目がその補佐。あいつはチヒロって名前。
 俺がその次。他は烏合の衆だな。
 幹部は居るけどうちは自由主義だから。ボスの力によって支配されてる。元々の小さい組織から始まったばかりの犯罪組織ベンチャー?
 そんな感じかな。」

「シンジケート」 

 頭を抱える。シンジケートって要するに企業みたいに管理されてる犯罪組織って事?マフィア的なものだった気がする。
 ヤクザとは規模が違う。あの服装にも納得した。



 私が着てる服もバナナリパブリック。下着はビクトリアシークレット。一着数万円するものだったはず。
 ベンチャー企業の言葉がここまで微妙になるのを見た事がない。ベンチャー犯罪組織って。



「そういや、キミ名前なんて言うの?いくつ?」

「えっ、あ……緑川 蒼みどりかわ あおいです。蒼穹の蒼で、あおい。二十五歳です」
「げっ、若いな!その歳で店持ってたの凄いね?」



 持ってたって言わないで。余計に頭が痛くなる。


「ネイリストになったのが20だから、独立するのはみんな若いうちですよ。歳とったら難しい仕事なので」
「ほーん、なるほどね。お店はちょっと今後どうなるかはわかんないな。ごめん」

 バツが悪そうな顔でお茶を口にしてる。
 昨日の様子もそうだったけど、人好きのする感触。


 でも、シンジケートのナンバースリーと考えると…多分怖い人なんだろうと思う。
 意図してそう感じさせないのかもしれない。

 いじめっ子の先輩がそう思わせなかったように。そして、本当はいい人なのに厳しかったほかの先輩のことを思い出し、更に自分の仕事に思い至る。





「そういえば今日の予約のお客様に連絡してなくて」
「あぁ、そこは手を回してある。チヒロがやってたから、お客さんには害は及ばないし、予約ダメになった人の差配までしてあるから。蒼の苦労を水の泡にして悪いな」

 ホントにね。私のこれまでの生活が、努力が全て水の泡と消えた。
 それでも、何故か腹が立たない。
 昨日からよく分からない感情に支配されて、モヤモヤしてる。




「昨日の人達は?」
「うちは規模がでかいからさ。下っ端がヘマして逆恨みされてて、ボスはかなり気をつけてたんだけど、見つかっちまった」

「どう、なったんですか?」

 目の前で人が撃たれたのを見たけれど、まだ実感はなかった。




 ケイがじ、と真っ黒な瞳で見つめてくる。

「アイツらがどうなったかは、気にしなくていい。しない方がいい。
 それよりさ、蒼ちゃん。昨日チヒロが言ってたけどキミ本当に一般人なんだよね?あまりにも肝が座りすぎてる。」




 手の中にお茶の入ったグラスを握り込む。グラスの中に、私の茶色い瞳が映り込んでいた。


「私、二十歳から前の記憶が無いんです。どうやって暮らしてきたか、どうやって生きてきたか、何も覚えてなくて。
 ただ、両親とはあまり仲が良くないです。
 チェーン店に勤めて、都内に転勤になって、独立して。そこから会ってないので。
 自分自身、感情の起伏が未だによく分かりません。何かがぽっかり抜けていて、反応が薄いってよく言われる。自分ではそれなりに感じてるはずだけど、怒ったりするのが苦手です」




 なるほどね、と呟き、漆黒の瞳が瞬く。
 綺麗だな、ボスもチヒロさんもケイも、犯罪組織の人なのに。どうしてこんなにも澄んだ瞳なのかな。
 ケイがサラサラストレートの長い髪をかきあげ、椅子に背を預ける。




「世の中ままならないね。チヒロが調べてるからそこも分かるかもしれない…」

 何か分かったら、と考えるとじわじわと胸が痛くなる。
 私が抱えているものなんか何も無いけど、過去を知るのは何故かいつも怖くて、寂しい気持ちになる。

 知りたいけど、知りたくない。
 何故かは、本当に分からないけれど。




「知りたくなったら教えるよ。あんま深く考えなくていいんじゃない?
 それより、これから先のことだけど」

 薄暗い顔になった私を見て、ケイがほんのり笑う。
 怖い人のはずだけど、何故か優しい人だな、と思った。



「蒼にはしばらくボスの家で過ごしてもらう。昨日の奴らの巣を消すことになってるから、それが終わらないと何されるか分かんないし。
 それが終わっても、ボスの女って事で裏の世界に顔が知れ渡ってるから元の生活には戻れない。
 いきなり叩き込まれて苦労すると思うけど、それ見てたら、大丈夫なんじゃないかなとは思うよ」




 それ、と指を刺されたのは首から胸元に広がるキスマーク。
 忘れてた。昨日…ボスに付けられたんだった。

「ボスは家に女連れ込まないし、仕事や遊びで引っ掛けてもキスマークなんか残さないよ。自分の痕跡を残さないんだ。
 蒼のサロンに通ってたの、俺たちの中で知ってたのは専属の運転手だけだった。あいつも消されたけどな。」



「消された?」
「情報源が運転手の可能性があるだろ?そういうのは対処しないと今後も危うくなる。そういう仕事だから。…怖くなった?」




 怖い、のだろうか。
 消された、と言われてもあまり感情が動かない。知らない人だし、もしかしてスパイだったかもしれない。
 人の命だとは思うけれど、記憶がある頃から私はなかなか冷たい人だとは思う。
 大切な人以外、案外どうでも良かった。



「分かりません」
「怖い感情も薄いのかな?昨日の淡々とした感じの原因がわかってスッキリしたよ。
 君は組織の人間じゃない。一般社会にいる、かわい子ちゃんだ」 

「かわい子ちゃん、っておじさんぽい」

「えっ、ちょっと!酷いよ。俺まだ三十一だからっ!お兄さんにしておいてよ」
「六歳上ならおじさんでもいい気がしますけど」

「タメ語でいいよ、丁寧なの俺苦手だから。おじさんはやめて。マジでやめて。」




 お互い変なこと言ってる自覚があるから、笑ってしまう。
 ひとしきり笑ったあと、ケイが真面目な顔で手を伸ばしてくる。
 頬を包まれ、じわりと体温が伝わってくる。



「……?」
 どうしたんだろう?


「…………よく、わかった。今日来てよかったよ。また来るから、なんか必要ならこれでメッセージして」

 ことん、とスマートフォンが置かれる。
 私が使っていたのとおなじ機種だ。手に取ってしげしげと眺める。
 雲をかたどった可愛いシリコンカバーがついて、綺麗に保護シートが貼ってある。



「一応伝えておくけど、常に同期されてて何してるか筒抜けだからね。警察は勘弁して。
 緊急時の時は俺か、チヒロに電話すればいい。ボスはあんまスマホ見てないから」



 手の中のスマートフォンを見つめる。
 連絡先は、ボス、チヒロさん、ケイの3人だけが登録されていた。

 アプリは見たことの無いメッセージアプリ。
 これも同じ連絡先が登録されてる。
 インターネットブラウザと、電話マーク、何故かsnsが一式。



「インターネットも一応寄規制がかけてあるよ。
 あとは、毎日外に出られなくて暇でしょ?
 snsで位置情報さえ付けなければ遊んでていいから。俺のとチヒロのフォローしてあるよ。ボスは無いけど」
「ありがとう」
 チヒロさんもしてるの??意外。




 耳のピアスをシャラシャラといじる音がする。
 ケイの癖なのかな?照れてる時にするみたい。
「本当は、お礼言われるような立場じゃないけど。うん、そういうとこ、いいよね蒼って」

 照れながら、ほんのり笑う。



 やっぱり、ケイって優しいひとだ。
 ひとりで勝手に納得して、スマートフォンを握りしめた。
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