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面会3
しおりを挟む堂島夫人side
壁越しのパイプ椅子に座る小さな体の、華奢な彼女を見つめて思う。この子はこんなに強い意志を持った人だったのだろうか。私は彼女の事を、何も知らなかった。知ろうとしなかった。
面会の申し出があった時、龍一から絶縁を叩きつけられるのだと確信していたのに。被害者である彼女がここに来るなんて、思いもしなかったわ。
彼女は、苦しそうに私に向かって言葉を放っていた。普段、こんな事を話すような人ではないのだとわかる。龍一も彼女を心配そうに見ている。
優さんが『龍一に自信を与えて欲しい』と言ったのは本音なのだろう。私は口に出して『愛など意味のない物だ、それを持ったことなど一度もない』と公言してきた。
そうやって育ててきた龍一が…妊娠した優さんを、もう直ぐ生まれてくる我が子を悩まず愛せるようにしてくれと言いに来たのね。
「優さん、少し脈が早いです。体に負担をかけたくありません。もう、行きましょう?充分です」
「ダメですよ。お母様からお返事を聞いてません」
「僕はもう、大丈夫です。あなたの体の方が大切なんですから」
「嫌です!」
さっきまで気丈に私と渡り合っていた優さんは……突然顔を赤らめ、みるみるうちに涙を溜めて、ほろりと溢す。
「龍一さんが苦しむのは嫌なんです。子供のためとか、龍一さんのためとか言ったけど……私が嫌なの。大好きな人が苦しむ姿を見たくないんです」
「優さん……」
「龍一さんが言ってくれるように、私だって龍一さんがこの世で一番大切で、一番好きな人なんです。
きっと、赤ちゃんを一生懸命愛してくれる、一緒に幸せになってくれる。
でも……お母様の事を思い出して『本当に自分は家族を愛しているのか』って苦しむ日が来るかもしれないでしょう?そんなの、絶対嫌です」
「…………」
二人とも静かに抱きしめ合い、心配そうに見つめあっている。
横に座った佐々木は穏やかに微笑み、それを見つめていた。……そう、貴方は納得できたのね。
それなら、私は最後にやるべき事をしましょう。彼女の望み通りに……。いいえ。私が、私の意思で息子のためにできる事をしなければ。二人と、この目で見ることはない孫のために。
「は、話にならないわ!私が、愛を持っていたって?……そういう時もあったかもしれないわね。
でも、もうそんな下らない話、二度としないでちょうだい。不愉快だわ!面会も今後はしません、親子の縁を切ります!!こんな人と結婚した息子なんて……」
「お母様、そうじゃないです!……もう、何でそうなるんですか?分からず屋ですね……」
「……えっ?」
「私、傷ついて欲しいって言ったでしょう?
愛していた子を傷つけたんですから、その代償として自分も傷ついて、落ち込んで、その後私に慰められて絆されて下さい。
そしたら、私がちゃんとした夫婦とはどんな物なのかを教えます!」
「………………は……??」
涙を拭き、龍一の頭を撫でながら、優さんが微笑む。
「私はお母様に感謝しています。龍一さんを生んでくれたのは間違いなく貴方ですから。だから、ちゃんと罪に向き合って、償って……世の中に戻る時は、少しの恨みも残さずに出てきてください。
私と龍一さんの子におばあちゃんと、おじいちゃんが欲しいんです。私は家族がいませんから、ついでに私の母になって下さい」
「な、何を言ってるの?私はあなたを傷つけた犯人なのよ?」
「そうですね。私はまだ……すごーく怒っています。でも、龍一さんとこの子にはあなた達が必要かもしれません。
佐々木さんと龍一さんみたいに喧嘩をしてみたいんです。愛することに怯えて逃げた貴方に、平手打ちをお見舞いします!
生きてるんですから、まだ……やり直せます。私は諦めませんからね。」
沈黙の中で、佐々木だけがため息を落とす。小さい声で「優さんらしい」とつぶやいた。
正しい形の愛の結晶をその身に宿した優さんは、まっすぐに私を見つめてくる。
刑務官に「時間だ」と告げられ、私たちは部屋の中から連れ出された。
白い壁、廊下にはびっしりドアが並んでいる。私達は夫婦だけれど、別室で勾留されている。
夫の勾留部屋の前で佇み、鍵が開かれる。部屋の中に入ったその人は、格子の入った窓越しに私に告げた。久しぶりに、目を合わせて。
「私達も、きちんと話そう。……すまなかった」
「…………」
「行くぞ。部屋に戻るんだ」
「はい……」
頭の中が真っ白になって、私もまた、独房へ戻された。硬いベッドの上に腰を下ろし、パタパタと雫が溢れる。
あの人が、あんな事を言うなんて。
いまさら、それを言われるなんて。
こんな崖っぷちの状態なのに、夢にまで見た光景が私の目の前にある。
おばあちゃんになんてなれるかどうかはわからない。私の身の回りにいた、記憶の中では煌びやかだった夫人達がその姿をひどく醜いものに変えて消えて行く。
今まで築き上げてきたものの全てが崩れ去り、その中に残ったものは。
結婚式の日に、龍一をこの手で抱いた日に置き去りにした愛、それだけだった。
「私にも、これが……本当にあったのね……」
胸の中に生まれた確かな熱を抱き、私はただ、泣くしか無くなった。
━━━━━━
優side
「龍一さん、ちょっ……近いです」
「お腹が張っていませんか?腰の痛みは?手先が冷えてます。僕のお腹であっためましょうか?流石にカイロは持ってこなかったので……」
「い、いえ。大丈夫ですから。ちょっと離れて欲しいです」
「それは出来ない相談ですね。あとで、目元を冷やしましょう。赤くなってる」
佐々木さんが運転をかわってくれて、後部座席に龍一さんと二人で座り、くっついたままあちこちを探られてくすぐったい。
結局のところ、私はお母様たちにちゃんと言いたい事が伝えられたのか自信がない。
龍一さんと、赤ちゃんのために……世の中に戻ってきたあの人たちが悪い事をしないように、禍根を断ちたかった。
あわよくばおじいちゃんとおばあちゃん、お母さんとお父さんが欲しかっただけなの。
それだけの筈が、なぜかお説教をしてしまった。最後は泣いてしまって、決め台詞が言えなかった。
「……言いたいことは、全部言えましたか?」
「考えていた事の半分も言えませんでした。泣く予定もなかったし、決め台詞も言えなかったのでモヤモヤしてます」
「き、決め台詞……」
「優さんが決め台詞まで決めていたのは面白いですね。なんと言いたかったんです?」
含み笑いをした佐々木さんに聞かれて、私はふすー、と鼻息を吐いて口を開く。
「愛は確かに存在して、お金よりも価値があります。お金がなければ暮らすのは大変ですけど、お金を稼ぐ原動力はお金じゃありません。
私は龍一さんと赤ちゃんのために沢稼ぎますが、愛がなければできないお仕事をしてますからね!これからも幸せに暮らします!
だから、いっぱい反省して逆襲しないで下さい!じゃないと孫に会えませんよ!!と、言いたかったです」
「ぷふっ」
「……優さん……」
二人に微妙な反応をもらってしまったけど、仕方ない。……だって、私は私のわがままでここに来てるんだし。第一の目的は龍一さんの懸念を取り除く事、次は幸せな家族を増やすことだもの。
「優さんがそれを言わなくても、大打撃だったでしょうねぇ。堂島会長……いえ元会長の顔、見ましたか?」
「あっ、忘れてた……お母様の顔しか見てませんでした。」
「ククッ……そうでしょうね、俺は驚きましたよ。あの人があんな顔をしたのは初めてでした。
優さんはもしかしたら堂島夫人と同じように黒い部分をお持ちなのかと思いましたが。……驚きの白さでしたねぇ」
「何ですかその、洗濯洗剤みたいな売り文句。結局ちゃんと伝わったか自信がないです」
「ん゙っふ……俺を笑いのツボに押し込めるのはやめて下さい。
これで良かったんですよ。全部ちゃんと伝わってます。あとは、ご本人たちに任せましょう」
「でも、赤ちゃんと龍一さんが危険な目に遭うのはもう嫌です」
「優さん!それは僕のセリフですよ。貴方が危険な目に遭うのは二度とごめんですからね!」
「……別に、危険じゃなかったですよね?」
「危険です。貴方のメンタルに影響があるんです。本当に、二度と面会なんかさせませんから!」
「その方が効果的ですよ。そうしましょう」
むむ……二人に結託されてしまった。佐々木さんがそう言うなら、大丈夫なのかな。とりあえずはしばらく安穏な生活が望めそうだから、よしとしましょう。
「あっ、赤ちゃんが動きました!龍一さん、わかりました?」
「えっ!?ど、どこですか?どこを触れば……」
「ここです。赤ちゃんの足がこの辺だから、蹴ったのかな」
「む……僕の優さんを蹴るだなんて、息子だとしても許しませんよ」
お腹をぽこっと蹴られる感触がした場所を龍一さんに伝えたけど、何だか頬が膨れてしまった。自分の子にまでそんななの?
「元気な証なんですから、許して下さい。あっ、ほら、また」
「……!?わ……う、動いた。本当に中にいるんですね」
「それはそうですよ……」
うっとりした龍一さんが、赤ちゃんの動きを手で追って幸せそうに微笑む。
佐々木さんもニコニコしてくれてるし、私もようやく出産準備に専念できそうでホッとしている。
「優さん。僕は、貴方が奥さんで本当に幸せです。何も不安に思いません。
あなたを愛してるのは僕の意思ですから。母の影響があったとしても、そんなのメーター振り切ってる僕には勝てません」
「あー……確かにそうかもしれませんね……」
「でも、本当に嬉しかったです。貴方が僕を愛して居ると宣言したようなものですからね。お返しに僕がどれだけあなたを愛してるか、ホテルに戻ったら教えます。」
「それはその……あの」
「嫌じゃないでしょう?僕のために、ここまでしてくださったんですから。」
「……はい」
佐々木さんの大きなため息が聞こえる。私はその姿を見られないまま、私の頬を撫でた彼の唇を迎えて目を閉じた。
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