【完結】ストーカーに拾われて、心も体も満たされる──『ラブトイ』動画配信で下剋上を果たします!

只深

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面会2

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龍一side

「今日は、お二人にご報告したい事があって面会を申し込みました。お母様、お久しぶりです。お父様は初めましてですね。」
「……あぁ……」



 背筋を伸ばしやや緊張した面持ちで、父は優さんに気まずそうな様子で応え、母は俯いたまま。……二人とも、少し痩せたようだった。
 


「優と申します。こんな形でご挨拶になるとは思いませんでしたが…龍一さんと夫婦になりました」
「……そう、みたいだな」
 
「見てお分かりになると思いますが、第一子を妊娠しています。生まれるのは来年の春頃です。……男の子ですよ」


 優さんがお腹を撫でて、僕の顔を見つめてくる。男の子……だって?僕も初めて性別を知ったんだが。佐々木もびっくりしてる。
事前に病院に寄ったから、その時に聞いたのだろう。今の状況では喜んでいいのかもわからず、優さんには笑みを返した。
うまく笑えたかどうか、自信はない。


 
 僕は、この世に存在する何よりも大切な彼女が傷つけられるのは嫌なのに、元凶の両親の元へ連れてきてしまった。佐々木や東雲先生、萩原にまで面会を反対されたが、優さんは意見を変えなかった。
 
 僕の奥さんは、頑固なんだ。突っ走って思いもよらぬ方へ行ってしまうよりも、まだマシな事態だとは思うが……正直、気が気じゃない。


 優さんの口から、今現在の生活が語られている。人里離れた海の上にあるお家で暮らしている事、出産のために本島に戻ってきた事、佐々木が社長になり、会長になった僕と共に幸せに暮らしている事。
 しっかりした口調で語られる言葉には棘もなく、含みもない。
ただ、淡々と語られる僕たちの現状報告を聞いて両親の顔色はだんだん曇って行く。



「……身重の身でここまで来て、結局何がおっしゃりたいの」

 ずっと俯いたままの母が顔をあげ、虚な目で優さんへ視線を投げた。
 優さんの目を塞ぎたい衝動に駆られるが、僕の手を握る動作の方が早く、手出しができない。


「何を言ってほしいですか?」
「私達に恨み言を言いにきたのではないの?あなたを傷つけたのは私達なのよ。だから、」

「恨み言を言って欲しいですか?あなたに言われたように、夫の気持ちを慮って動くのが妻の仕事だから……龍一さんを『あなた達の呪縛から解き放って下さい』とでも言いましょうか?
 でも、これは私自身の願望です。身勝手なわがままです。大好きな旦那様が苦しむのを、見たくないだけ」
「…………優さん……」

 優さんは僕の手を握り、優しく撫でる。左手に嵌めた指輪が電気の下でもキラキラ輝いて、柔らかな肌から優しい体温が伝わってくる。この人は婚約指輪についた大きな石を傷つけたくない、と結婚指輪しかつけてくれないんだ。
僕に対しても、指輪に対しても、いつまでも大切に想ってくれている。

 いつか見た母の指にはたくさんの宝石が光っていたが、優さんが嵌めた指輪の方が美しく見えた。



「龍一さんは間違いなく、あなた達のお子さんでした。幼少期の傷跡が心に残っています。時々悪夢にうなされる事があるんです。
 あなた達と縁を切っても、それはきっとなくならない。あなた達との血の繋がりは切れないでしょうから」

「……何なのよ……今が幸せで仕方がないと、惨めな私に言いたいんでしょう!偉そうに説教した癖に、全てをなくしてざまあみろとなじればいいじゃない!!」
 
「…はぁ…ダサいですねぇ」 
「……な、んですって……?」

 声を荒げる母に、優さんが初めて小さな棘を見せた。彼女がこんな風に言うのを初めての事だ。
 刑務官達がびっくりして振り返り、母を抑えようと立ち上がった人までもが固まる。

 

「ダサい、と言いました。あなたの行動の原理は何ですか?旦那様が全てなんですか?旦那様がいないと何も出来なくて、私みたいな被害者になじられないとご自身のやった事を認められないんですか?
 あなたの行動はあなたの意思によってなされる。私を誘拐して元彼や義兄まで呼び出したのはお母様です。あなたは立派な大人なんですから、ちゃんと御自覚なさって下さい」
  
「…………」
 
「同じ女として情けないです。あなたは『愛など意味がない、そんなものでは暮らしていけない』と仰いました。
 それなら、最後までその意思を貫いて下さい。私に何を言われるか怯えて発言したんじゃないでしょう。旦那様に何を言われるか、不安になっているんです」

「それは……そうよ。夫の意思を汲むのが私の仕事だもの。今までそうしてきたんだもの。これしか私には出来ないのよ!」
 
「それはあなたの気持ちじゃないですか。仕事と言いますが、勾留されて先行きが不安な今、あなたが発言して旦那さんを守る事は〝必要な仕事〟とは思えません。」

「何が言いたいのかわからないわ。謝れば気が済むの?」
「いいえ、私は謝罪して欲しいなんて思いません。……あなたにも、愛があったと言う事を認めて欲しいんです」



 面会室に訪れた沈黙、刑務官達が姿勢を直して……母は口をぽかんと開けて、呆然としている。
 
 
「お母様は愛が意味のないものだと言いながら、あなたの中には確かに愛が存在しています。
 結婚して何人も子供を身ごもり、旦那さんの意思だと言いながら、旦那さんのためを思って自分の意思で動く。そこには愛があるはずです」
 
「そ、そんなモノあるわけないでしょう!?私は、打算でこの人の思う通りにしていただけよ!自分のためだけに動いていたの!」

「現状で何の打算があるんですか?お父様のやった悪行は龍一さんによって全て暴かれ、世の人に明かされました。
 起訴が決まり、罪状が多いあなた達には執行猶予がつく希望はない。どんな手段を使ってもあなた達が自由になるのにどれだけの時間がかかるか分からない。
 あなたが妻として旦那様を庇う事に何の利益があるんですか?」

 

 呆然とした様子の母、父は困った顔をしている。なるほど……予定外の窮地に立たされると、女性の方が強いと言うのはこんな時でも適応になるらしい。
 少し恥ずかしい話が出てくるだろう事を覚悟して、優さんの体に寄り添う。
僕の大好きな人が、僕の中の何かに区切りをつけようとしてくれている。

 それが嬉しくもあり、情けなくもあり……優さんの初めて見る凛々しい姿に胸が高鳴ってしまう。


 
「私が龍一さんに初めて会った時も、彼は綺麗なハンカチを持っていました。綺麗にアイロンされたシャツを着て、汚れひとつない鞄を持って。
 私はアイロンがけなんかしてもらった事はありません。やり方も知りませんでした。カバンが洗える物だってことさえ知らなかったから、いつもボロボロで汚れてました。」
 
「…………」
 
「龍一さんがうなされる時に必ず言うのは、お母様の事です。
 あなたは、確かに愛を持って龍一さんを育てていた。旦那様を思って支えていた。そこにはあなたの意思があった。私は、そう思っています。」



 目を逸らした母はわずかに逡巡し、ため息を落とす。優さんがしたかった事が、何となく僕にも分かった。
 
 
「…龍一は何を……言っていたの?」
 
「母の日に何をあげたらいいのかわからずに慣れない家事をして、真っ黒になったフライパンをお手伝いさんと内緒で捨てた事。それがお母様のお気に入りのフライパンで、泣かせてしまった時のお話……テストで悪い点を取って、どれだけ怒られるか怖がって帰るのが遅くなり、結局怒られずに心配だけされた事。遠足の日、お母様が珍しくてずから作ったお弁当が豪華すぎて狼狽している、と言うのが寝言によく出てきます」
 
「……そう」

「疑問に思っていました。龍一さんは一人暮らしをした期間は短い。でも、私よりも家事が上手です。洗濯物以外はですけど。クリーニングをいつも使われていたそうですね」
「………………えぇ。」

 
「お手伝いさんがいた筈なのに、お掃除も、お料理も、龍一さんは完璧なんです。
 お風呂の排水溝に髪の毛が詰まっていた事もないし、生ごみを腐らせたりしないし、細々した気の使い方は………少なくとも、私が知っている男性でここまでの人なんて居なかった。
 彼の気質や私への気持ちがそうさせるとしても、こんなに完璧にこなせるなんて違和感があります。誰かのやった事を見ていた、知っていたとしか思えません」

「………………」



「龍一さんは、あなたの不器用な愛を受け取ったからこそ私を愛してくれる基盤があるんです。愛を知らずに育った子は、人を愛せません。私の元彼みたいになるでしょうね」
「…………」
 
「元彼は、龍一さんが言うようにモラハラ気質でした。私のやる事を全て貶してモチベーションを下げ、手を取り合って幸せになれる未来なんか築ける力はありませんでした。自分がいつでも一番で、自分より大切な人が作れなかったからです。人を愛するのがどんな事なのかを、知らなかったんですよ」

 
 優さんが僕の手を握った手に力を込める。わずかに汗ばみ、しっとりとしている。僕のために、優さんが普段言わない強い言葉を発している。
 優さんの目にともる意志の光は、とても優しい色をしていた。
 

「私は、あなたに傷ついて欲しい。愛なんて意味がないと言っていた、あなたこそ愛を持って縋っていた。歪んだ愛を受け取った龍一さんは、それでも私を一生懸命愛してくれる。
 あなたにも愛があったと、認めてください。私の何よりも大切な人に愛を持って育てたんだから『子供を間違いなく愛せる人なんだ』と、伝えて下さい。
――これは、私にはできない事なんです」
 

 
 優さんが握った手を緩め、僕の顔を覗き見る。こう言う時、どんな顔をしたらいいのかわからない。こんな風に言ってくれる人なんて居なかったから、何を言えばいいのかわからないんだ。

 この人が、僕の奥さんなんだ。僕の初めての子を産んでくれる人なんだ……。
胸の中から迫り上がってくるいろんな感情を受け止めながら、優さんをじっと見つめ返す。

 
 
 彼女の穏やかな目の中にいる僕は、詰襟の学生服を着たまま。
 幼く、傷ついたままの何かを抱えて優さんに縋る……子供の顔をしていた。
  
 
 
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