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面会
しおりを挟む優side
クーラーの効いた車の中で、不機嫌そうな龍一さんが運転している。私は後部座席に座り、信号待ちで止まった瞬間に彼の肩を撫でた。助手席に乗りたかったんだけど……安全のためだそうで。
大きなため息と共に私の手を握り、彼がか細い声で問いかける。
「本当に、行くんですか」
「はい。そろそろ決着をつけないといけませんから」
「……今のあなたに何かしらのダメージを与えられたら、我慢できません。何をするかわかりませんよ」
信号が青になり、車が動き出す。彼の大きな手が離れても、私は肩に手を置いたまま語りかけた。
「今だからこそ、行くんですよ。私はずーっと面会の時にどう言うか、考えていたんですから。」
「それなら出産してからでもいいでしょう。安定期になったとは言え、優さんは一人の体じゃないんですよ?」
私は大きく膨らんだお腹を撫でて、笑みが浮かぶのを堪えられなくなる。
お腹には今、待望の赤ちゃんがいる。
あの事件からちょうど一年、ようやく安定期を迎えてお仕事も長期のお休みに入り、拠点として暮らしていた島から出てきて出産までは都内で過ごす予定だ。
島にはお医者さんも、大きな病院もないからこうなったんだけど。本島に戻ってすぐに、龍一さんにお願い事をした。
龍一さんのご両親に会いたい、と。
お二人は今逮捕・勾留されていて、起訴が決まり、裁判を待っている。警察の動作が遅いのではなく、捜査が大変だったみたいで時間がかかった。
元彼、義兄も逮捕されている。龍一さんの元許嫁も、結局同じ事件の扱いになった。
手出しできなかった三上財閥の黒い部分にテコ入れをして…恐らくは親族経営だったためほとんどが芋蔓式に逮捕される。
大財閥が抱えた会社は運営が難しくなり、龍一さんの会社が改めて傘下に入れようと動いているところ。
二番目の許嫁さんに『恩返しをしたい』と言われて、日本で一番権力のある柳澤財閥の後ろ盾を得た龍一さんは、元々の堂島グループも彼の傘下に収めた。
とんでもない大会社になってしまった会社の社長は今、佐々木さんが就任している。
私のお仕事は今はお休みだけど……時々VLOGという形で普通の生活を流すだけ。それでも応援してくださるファンの方に支えられて……今度は赤ちゃんのお洋服やおもちゃまで作る予定らしい。
東雲先生と萩原さんはラブトイの部門をメインとしてお仕事をしてくれて、佐々木さんと龍一さんの仕事を支えている。
絵に描いたような順風満帆っぷりだ。この先の人生は波乱が訪れることもなく、希望に満ちた毎日が訪れる。今更あの人たちに会うことに意味があるかどうかは私にもわからない。
……それでも、もう一度だけ龍一さんのご両親にどうしても会いたかった。
妊娠した今だからこそ、言えることがあるから。
「あの人たちは改心なんかしません。何を言っても無駄ですし、たとえ刑期が軽くても社会的に抹殺できる手段を得ています。
東雲先生が本島に優秀な人材を紹介して下さいましたから」
「そうですねぇ…さぎりさんの人脈には驚きましたけど、そうじゃなくて。
私は今後の生活に心配もしてませんし、改心してもらおうなんて思ってませんよ」
「…………では、どうしてですか?」
不安そうな彼の顔を一瞥して、あたたかな気持ちが溢れてくる。
いつまでも惜しみなく愛してくれる龍一さんは、相変わらずストーカー気質でやきもち焼きだ。私に対しては本当に細かなところまで気配りしてくれて、大切にしてくれる。心配症すぎることも多いけど。
この前も私が一人の時に、クレープを持ってやってきた佐々木さんと喧嘩して、頬に絆創膏を貼っている。
彼と龍一さんは子供みたいな喧嘩をするの。……二人は、すごく仲良しだからこそ本気で喧嘩をするんだと思う。まるで兄弟みたいで、ちょっと羨ましい。
「私だって怒ってるんですよ。いきなり誘拐されて、一方的に好き放題されたんですからね。
……それでも、龍一さんとの血の繋がりがなくなったわけじゃありません。私の親はもういませんが、この子がおじいちゃん、おばあちゃんには会う権利があるし、ご両親には孫がいると知る権利はあるでしょう?」
「…………そう、かも知れませんが」
「堂島夫人に言いたいことがあるんです。私が直接、自分の口から出る言葉であの人に伝えたいことが。それだけですよ」
「……はぁ…。こっそり会いに行かれるよりは良いですね。仕方ありません。
絶対にあの人達には、あなたを近づけませんからね」
「……ふふ、はい」
目前に迫る、拘置所。大きなマンションのような見た目だけれど、かっちりした制服を着た警備の方達がたくさん見える。
ここにいるのは、罪を犯した人たち。誰かを傷つけ、悲しみを生み出した罪人だ。
情けをかけようとも思わないし、罪を犯したのなら正しく裁かれてほしいとは思うけど……今後、私と龍一さんの子が生まれた後のことを考えると、最後のお仕事をしなければならないと私は考えている。
鬱憤を晴らしたいという気持ちが全くないと言ったら嘘になるけれど、それがいちばんの目的ではないから。
「あれ?佐々木さんがいる…」
「ボディーガードですよ。中に入ったら本職の方もついて下さいますから」
「……わぁ、はい……」
車を停めてドアを開けると、不満そうな顔をした佐々木さんが佇んでいる。
龍一さんとおんなじ顔だ……ふふ。
「…………お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
佐々木さんに差し出された手を握り、車を降りた。
高く聳えたつビルのような拘置所……初めて見たけど、何だか凄そうな雰囲気を醸し出している。
佐々木さんから龍一さんにエスコートをバトンタッチされ、二人に挟まれて入り口を潜り、案内の方について行く。
「沢山の人が収容されてるんですね」
「ええ、ここにいる人は面会時のみ外に出られます。刑務所と違って作業などもありませんから。……あの人たちも血縁者と会うのは久しぶりでしょう。本当に、気をつけて下さい」
「はい」
佐々木さんに笑顔で応え、面会室へ。
刑事ドラマで見たような真っ白なお部屋の真ん中に壁、その中央にガラスが嵌められている。
真ん中にある丸い穴には、お部屋の中にいる人たちが一生懸命板を貼り付けている真っ最中だった。
「穴、塞いじゃうんですか?」
「はい。手を出そうと思えば出せますから。飛び道具でも持っていたら困りますし」
「声が聞こえないのでは?」
「マイクとスピーカーがあります」
部屋の隅を指さされて、そこに置かれたスピーカーに気付いた。
……うぅん、厳戒態勢という事だろうか。
「これから容疑者が参りますが……体調は、大丈夫ですか?」
「赤ちゃんが第一ですから無理しないでくださいね?保険医も待機していますから」
「冷房はキツくありませんか?」
「だ、大丈夫です!すみません…ご心配をおかけしてしまって…」
「いえ。では、椅子にかけてお待ちください」
警棒を持った警備の方が六人もいる……皆さんに代わる代わる心配されてしまった。
ガラスからかなり距離をとった位置に椅子が三つ置かれ、そこに龍一さんがクッションを敷き、私を座らせてくれた。
膝の上にブランケットまでかけられて、警備の方達が温かい笑みを浮かべている。
とんとん、……とノックの音。
壁とガラスに隔てられた向こう側に、二人の男女が現れた。
恰幅のいい男性はスーツのシャツとスラックス姿でネクタイはしていない。
私が会った時、そのままのお洋服を着た堂島夫人と……初めて見た、龍一さんのお父さん。
お二人とも目の下にクマが浮かび、憔悴した姿だ。
二人が壁近くの椅子に座る。
両手は縄で繋がれ、その繋がれた縄の先を持った刑務官の方はとても厳しそうな顔をしていた。
「では、今から30分間の面会となります。椅子から立ち上がることは原則禁止、声を荒げる、または危険と判断した場合は容疑者を拘束します。ご了承下さい」
刑務官さんの言葉に背筋を伸ばして、頷きを返す。龍一さんが私の腰に手を添えて、くっついてきた。
「僕が無理だと思ったら連れ出しますからね」
「はい。……大丈夫です。きっと、そんな事にはなりませんよ」
「…………」
龍一さんの瞳は冷え切った温度を灯し、ご両親を睨みつける。彼から目線を逸らしたご両親に向かって……私は口を開いた。
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