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幸せな微睡
しおりを挟む優side
「優さん、背中のガーゼを代えますからね。佐々木、ちゃんと手袋したか?」
「したよ。龍一こそちゃんと消毒したのか?」
「当たり前だろ。もう少し肩を持ち上げて…よし」
……優しい声が二つ、聞こえる。
すごく、眠たいの。頭がぼーっとしていて…背中と、腕と、いろんなところがズキズキと痛みを訴えてくる。
「よし、下ろしていいぞ…。消毒液とコットンをくれ。」
「はい」
「優さん、少し沁みますよ。背中の傷は全部綺麗に治してあげますからね…」
「膿んでないか?まだ、痛そうだな…」
「痛いに決まってるだろ。点滴のパックが終わりそうだ。次に看護師が来るのは何時だったか…」
「後30分後。龍一、ずっと抱きっぱなしで腰がやられないか?喜んで謹んで代わりたい…代わってもいいぞ」
「僕の腰が死んでも絶対にお前には代わらん。」
「チッ。そうだ、肌がかぶれないようにテープを変えてもらったんだ。包帯だと交換の時にいちいち持ち上げなきゃならんし、もし痛かったらかわいそうだろう?今回からガーゼにしよう」
「あぁ、そうだな。……そろそろ目が覚めてくれればご飯を食べさせてあげられるのに。もう、一週間か……」
「そうだな。ますます痩せてしまったな……」
私は背中を上にしたまま、うつ伏せの姿勢でベッドにいる。体の下に…多分、感触からして龍一さんだと思うけど……彼が私を抱きしめる様にして下に寝っ転がって、傷の手当てをしてくれてる。補助しているのは、佐々木さんだと思う。
規則的な機械の音、二人の会話がきこえる。私の視界の中にあるものは白いものばかりで、床に落ちた包帯だけに赤が滲んでいる様に見えた。
病院にいる筈なのに、どうして二人が私の手当をしているんだろう?
お腹に力を入れて、何度か声にならない吐息が漏れる。私ったら声の出し方を忘れちゃったのかな……。
「……りゅ……」
「はっ!?ゆ、優さん!!目が覚めたんですか?」
「優さん!痛いところは?」
「あるに決まってるだろ!?ナースコール!!」
「わ、わかった!!」
私がたった一言発しただけで、佐々木さんと龍一さんがワタワタし初めた。
龍一さんは私が動かないように、痛みのない箇所へ力を入れて抱き止め、頬に唇が触れた。
「優さん…やっと目を覚ましてくれましたね。痛いところだらけでしょう?今、痛み止めをいただきますから」
「ん…ん゙ん…声が…」
「しばらく喋っていなかったんですから。無理しないでください。喉を潤してからにしましょう」
「そうですよ。お医者さんにOKをいただいたら飲み物が飲めますから。龍一、先に売店で飲み物を買ってくる」
「あぁ、頼む」
「…………」
パタパタと駆け出し、部屋を出て行く佐々木さん、途中で『走らないでください!』と誰かに怒られてる……。
二人が一緒にいる、と言うことは仲直りしたの?敬語で喋ってないし、仲が良さそう…。
「失礼しますー。羽田さん、目が覚めましたか?」
「診察させてくださいねー」
「声が出せないと思うので、指差しのボード持ってきました。」
看護師さんと、白衣のお医者さんがやってきて私の体を触りつつ、『はい・いいえ』のボードを掲げて色んな事を確認してくる。
あの……龍一さんに抱えられたままなんだけど、誰一人として疑問にも思わず、ツッコミがないのはどうして……?
「……クイクイ」
「うわ、かわいい…」
龍一さんのワイシャツの襟を引っ張って『どうなってますか、これは』と聞いても、頬を赤らめてニコニコしてるだけ。
……もう、喜んでないで教えてください!
「羽田さん、あなたがここにきてからちょうど一週間です。一応、現状把握をしていただきますね」
「……はっ!コクコク」
お医者さんがベッド横の椅子に腰掛け、電子カルテのパッドを眺めながら話しかけてくれる。ポヤポヤしてる龍一さんを放って必死で頷き、先を促した。
「私たちからはお体の具合だけ、お伝えします。
羽田さんは背中の擦過傷、切り傷がひどく背中を下にして眠れないので……うつ伏せで寝ていただいてました。
その、専用のクッションがあるんですがね、旦那さんが『どうしても』とおっしゃるので人間クッションをされています」
「………………」
「ずっとうつ伏せだと腰が痛くなりますし、優さんが寝ている間に動いて背中を下にしてしまう可能性がありますから。クッションよりも人間の筋肉の方が優秀な布団になりますが……」
「僕としては特に問題ありませんので、このままでも構いません。いいですよね、優さん」
「………………」
頭がズキズキしてきたんですが。一週間寝たきりだった私の下に…まさかその期間ずっと下敷きになっていたんですか??
「ええと、取り敢えず先に進めますよ。それから、右腕の肩が外れていましたので戻してあるのですが、骨折が一部ありまして、ギブスで固めています。
また、内臓にも損傷がありまして…クッションでは確かに負担があるので、旦那様の筋肉の方がお身体にはいいと思います。」
「ドクター、その辺でいいですよ。あとは僕が伝えます」
「かしこまりました。では、また後ほど。もう少しで食事ですが、飲み物は水、お茶、経口補水液は構いませんので摂取してください。食事の際にお持ちしますが、すぐ欲しければ買ってきてくださいね」
「わかりました。ありがとうございます」
では、と頭をぺこりと下げてお医者さんたちが退室して行く。
お腹の中も傷ついたと言うことは、あの人にのしかかられた時に体重でやられてしまったのだろうか。
――背筋に悪寒が走り、体が震える。それを察知した龍一さんが両頬を優しく包み込んでくれた。
「優さん、嫌なことは思い出す必要はありません。あなたはゆっくり休んで、回復する事だけに集中して下さい」
「……で、も……」
「お話はいくらでも後からできます。あなたが歩けるようになるまで、僕はずっとそばにいますから。絶対離れませんよ」
「…………」
私は聞かなければいけないことが沢山ある。
私は結局、どうなるのか。龍一さんは私を助けたことで何もかもを不利にしていないのか。東雲先生や、萩原さんはどうしているのか。
あの時堂島夫人に言われたことは、どうなったのか。……それから、お腹にもし…命が宿っていたなら、わかっていてもおかしくはない。
「優さん。僕も、あなたも、何も失っていません。全て手放さず、ここに居ます。誰も脅かされず、失わず……心配することなんか何もありませんよ」
「本当、に?」
「はい。包み隠さず今後は伝えますから。本当に、大丈夫です」
「――失礼します。水分を買ってきました!」
「そこに吸い飲みがあるから…中身を入れてくれ」
「はい」
佐々木さんが戻ってきて、買ってきてくれたボトルをベッドサイドの机に並べ出した。棚の脇にかかった袋から、吸い飲みが出されて……懐かしいその姿に胸がキュウっと締め付けられる。
「優さん…?痛みますか?」
「違い…ます。それ、久しぶり……」
「あぁ…自宅で初めて飲み物を飲んだ時に使いましたね。よく覚えてましたねぇ」
「…………」
龍一さんの体の上で、コロンと横向きに体を動かしてもらい、龍一さんの手から吸い飲みが差し向けられた。
先端に口をつけ、チュルッと吸うと経口補水液の味が口の中に染みて行く。
本当に、懐かしい。あの日に飲んだ時と同じくらい美味しく感じる。しょっぱくて、甘酸っぱい味。
「これを飲んだら、もう少し眠って休みましょう。痛み止めは点滴になりますからね。」
「……は、い」
「始まりをやり直しているような気持ちです。あなたを連れてきて、初めて看病させてもらったあの日を思い出します」
龍一さんの優しい声に目を閉じ、私の眦からポロポロ滴がこぼれる。
あの時も、今も、心の中は同じ。優しさに包まれて…ただただ甘やかされて、幸せな気持ちでいっぱいになる。
何も心配いらないのなら、もう少しだけ休みたい。とっても、疲れたの……。
龍一さんの腕の中に包まれて、安心してしまって眠気に勝てず私はそのまま目を閉じる。
「おやすみなさい、優さん」
「……み……なさ、い」
毎晩交わしていた挨拶が、ちゃんとできているかわからないまま私は眠りについた。
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