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助けてなんて、言わない
しおりを挟む龍一side
「IPはいくつかのサーバーを経由して隠している…場所の特定は時間がかかるかもしれないねー」
「東雲先生…アンタマジで何者なんっスか?怖いんですけど」
「気にすんなし。……犯人が動いたぞ」
東雲先生と萩原がIP割り出しに勤しんでいるタイミングで、アングラサイトにアップされた動画が動きを見せた。
『おい、気絶してんのか?』
『してねーよ。優!お前なんなんだよ!声くらい出せや』
『…………』
『チッ。相変わらず役に立たねー女だな。』
口汚く罵る男は、顔を隠しているものの…明らかにアイツだ。優さんを捨て、ウチからの手切金を受け取ったにも関わらず、データを残して彼女の動画を金に変えようとアップロードし続けた…元彼氏。薄汚い人モドキが画面に近寄り、顔を隠していたマスクを取って口を開く。
『あー、これは…フェイクではありませーん。この動画を見てる、心当たりのある人。一億円を身代金として要求しまーす。連絡先、知ってる奴から聞いてね』
『てか見つかんのか?この動画。あんなサイトにアップして見る奴なんかいないだろ』
『知らねーよ。どこに繋いでもすぐアカウントが消されるんだ。ここにしかアップできねーの。
どっちにしても金がもらえなきゃ売り飛ばすんだし、それまでの時間稼ぎだ。投げ銭でもありゃ儲けもんだろ?イッツショウタイムってヤツ。』
『成程?頭いいなお前。やー、楽しませてもらおっ!マスク邪魔だな…外してもわかんねーよな、どうせ』
『ズームしても画像が荒いから無理だろ。俺は別に顔出ししてもいいしー。海外にトンズラするからな』
『お前ほんとやべー奴だな。仮にも彼女だった女を売るのかよ』
『別に女なんて腐るほどいるだろ』
『確かにな』
「あーあ…マスクとってるし。顔バレしてもいいっての?バカしかいないじゃん。投げ銭の振込先で足がつくし、普通にこれ犯罪だろ。」
「東雲先生、IPはわかりそうですか?」
「時間かかるよこれ。無駄に経由してるからすぐには無理。……ねー、これそのままアップロードしていい?うちのサイトで流せば、素人のフリしてる玄人が手伝ってくれるでしょ。そっちのが早い」
いいと言う前にダミーのサーバーをいくつか経由して、東雲先生が動画のリンクを生成する。
萩原先生のが横に持ってきたPCでそのリンクを打ち込み、優さんのプロジェクトで作ったアダルトグッズの通販、動画の販売ホームページのトップに貼り付けた。
「求・情報提供。弊社のアイドルを探しています。※警察とは連携済み、通報はお控えください、と。こんなモンっスか?」
「フェイク入れなくていいの?」
「このサイトもどうせ消しますから。一刻も早く情報が欲しいんだから、フェイクを入れても意味がないっス。
犯人の顔や景色は解像度を上げて…優さんの顔は絶対見せないよう処理しておくっス。都度調整するんで、俺が張り付きます。
ネットの奴らが動画をコピーするだろうし、ダウンロードするだろうし、再アップロードをするでしょうからデジタルタトゥーになるでしょう。
金をばら撒いても、電子の世界では通用しませんよ。どこまででも追い詰めてやる」
「私IP割りだし苦手なんですけどー。龍一氏、友達に頼んでいい?」
パソコンを叩き続ける2人は怒りのあまり眉毛が跳ね上がっている。萩原はわかるが、東雲先生は何なんだ…得体の知れないネットワークがありすぎる。
「お願いします。萩原、情報提供の精緻な物には賞金を出すと掲げろ」
「はい、おいくらでー?」
「一件につき1000万。特定に至ったら一億で行こう」
「了解ッス」
「東雲先生のお友達にも同じように伝えてください」
「わー、うわー…分かりました」
2人がパソコンに齧り付く中で、ドアのノックの音が聞こえた。
返事を返す間もなく、佐々木が慌てた様子で入ってくる。
「優さんが見つかったんですか!?」
「……あぁ、どこかの倉庫か、廃ビルか。お前のGPSは追えていないんだろう?」
「はい。草達を放ちましたが、未だ情報は入っていません。」
「……そうか」
佐々木は僕の隣に立ち並び、優さんの写った画面を熱心に見ているが、外の情報が何もない。
一体、どこにいるんだ。早く取り戻したいが、確たるものを得ずに動けばただの無駄足になる。
はやる足を押さえ、ぬい止めるだけの行為がここまでストレスのあるものだとは思わなかったな。
「アクセス数が上がってきましたねー。お、情報提供来まし…え…なっ」
「うあおおあお!?な、何これちょ、待って…多すぎ!多すぎるから!!!」
うちのホームページにアップロードされた、生中継の動画に次々と場所の情報やリンクが貼られて行く。
誰だ、いちいち投げ銭をしているのは。
リンクを拾って僕と、佐々木で確認を始めた。……情報提供者の中から『このURLはスパムだ』と言う人まで現れ出した。犯人側の動画には閲覧者が急激に増えたものの、コメントが一切入らない。
「あのコンビニから北方面に行ったはず……はっ!動画から救急車の音が!」
「…………」
「はーい、ここが今一番報告件数が多い場所だな。他にも有力候補が絞り切れるといいんだけど」
「先生、AIソフト使ってください。似たような景色抽出できるんで」
「はいよー!」
萩原と東雲先生のやりとりの最中も、犯人側の動画には閲覧者が増えている。しかし、相変わらずコメントがない。ホームページ側の動画に『救急車の目撃情報、出動のリンク』が貼られ出した。
『おい!なんか一言くらい言えって!』
『そーそー、助けてください、とか言ってみな?誰か助けてくれるかもしれないだろ?』
「…………」
画面の中では、優さんが小突かれて目隠しを外される。萩原が一瞬で何十にもモザイクをかけて……彼女の顔は完全に隠された。
『……ないでください』
『声が小さいだろ!ちゃんと言え!!』
後ろ手に縛られたまま、優さんが顔を上げて、口端をあげた。
モザイクで隠された向こうからでも見える、凛とした眼差し。
『誰も来ないでください。私は、大丈夫です』
一拍の間の後、優さんの頬に平手を打ち、彼女が倒れ込む。
コメント欄が暴走し出して、目で追える速さではなくなった。
コメントに貼られたリンクを追えなくなり、会社のメールに大量のメッセージが届き出す。
「東雲先生!そのメール!……この倉庫じゃありませんか!?」
「佐々木さん目がいいな。ビンゴ!!地図情報送るから、行って!!」
「追加情報も随時送るっス!!ちゃんとチェックしてくださいよ!!」
スマートフォンと、上着を持って部屋を飛び出した。ノートパソコンを抱えた佐々木が追いかけてきて、2人でエレベーターに飛び乗る。
「僕は、まだお前を殴り足りないんだが」
「優さんを取り戻してからにしてください。俺も黙って殴られませんからね」
「そう来なくちゃな。殴られてるだけよりもギタギタにやり返せる」
「…………そうでしょうとも」
地下一階に到着して、運転席に飛び乗りエンジンをかけた。ナビに住所を打ち込んだ佐々木が小さく呟く。
「本当は、わかってた。龍一があの人を迎えた部屋を見て、どうにもならない事は理解してたんだ。
お前が愛した人は、同じようにお前を愛してる。あの部屋の中で暮らすって言うのは……そういう事だ」
「……そうか」
「殺してくれてもいい。俺のせいでこうなったんだから。
俺が……ほとぼりが覚めてから、お前たちを引き合わせるつもりだったと言ったら……信じるか?」
「…………」
沈黙の中でパソコンのキーを叩く音、随時ナビの情報を修正して行く佐々木の動きを見て、堪えきれない思いが胸のうちから溢れてくる。
佐々木に対する憎しみや恨み、自分に対する怒り、優さんへんの愛おしさと…今彼女が受けているだろう苦痛がどんな物なのか、考えるだけでも息ができなくなる。
「お前は一生許さない。僕から優さんを奪ったのは母でもなく、父でもなく、お前だ」
「……一生……」
「そうだ。僕が優さんに出会って、会社を継ぐために働き出して……何もかもわからない、知らないままがむしゃらにやっていたら、身動きができなくなった。
そんな中で、ただのボンボンだった俺に……手を差し伸べてくれた貴重な奴がいた事を思い出した。父の差金だったとしても、僕はそれに救われた。
……お前は、俺の恩人でもあり、一生の恨みを抱える相手なんだよ。どこにも行かせないからな」
沈黙に支配された車内で、たつ、と涙の滴が落ちる音が聞こえた。
そうだ、僕は一生許さない。その命が終えるまで僕たちのそばにいて、幸せになるのを見守って……支えてもらうのはお前なんだから。
「……急いでください。奴らが手を出し始めました。東雲先生からもIPアドレスの解析結果が来ました!この場所で間違いありません!」
「あぁ、…事故らないよう神にでも祈っておけ」
「龍一さんは事故りませんよ。優さんを取り戻すまでは」
「……ふ」
佐々木がスマートフォンを手に取り、警察への連携を指示し始めた。草の者たちを集め、一箇所に集合をかける。
海沿いの空倉庫…そこに、優さんがいる。
アクセルを思い切り踏み締めて、武者震いで顔が勝手に笑顔を作り上げる。
――辛い時ほど笑って見せろ、支配者たるものの資格はそこにある。
そう、幼い僕に言い放ったのは…憎しみの中で縁を切った、哀れで愚かな父。その人の言葉は、皮肉な事に僕の中に確かに息づいていた。
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