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誘拐
しおりを挟む優side
「荷物が何もないけれど、本当にいいの?」
「……はい」
「そう…出してちょうだい」
佐々木さんに抱えられて龍一さんのマンションを出て、私は雪の日に拾われた服装で車に乗っている。
後部座席に座って、隣には堂島夫人が並んでいた。…車内の空気は重たくて冷たい。
お金の入った封筒は、そのままお家に残してきた。龍一さんの何かの助けになるかもしれないし。受け取らなければならないと佐々木さんに言われて、ソファーのクッションの中に隠してきたの。
車窓に流れる景色を見ていても、何も浮かんでこない。私の顔色を見て佐々木さんが暖房を強くしてくれているけれど……体はずっと冷たいままだ。
街の景色って、こんな色だったかな。何もかもが色褪せて見える。
この間まで雪が降るような季節だったけれど、街路樹の木々には緑の葉が少しずつ生えてきていた。
これからきっと緑でいっぱいになる。お花が咲いて、暖かい風が吹いて……。春がやって来る。
私の手元にはお金も、お洋服も、何もない。彼がくれたもの全てを手放して、自分の全部をあの部屋に置き去りにしてきた。私は、感傷的な気持ちに浸っている。
元彼を待って、雪の中で見ていた景色が思い浮かぶ。白と、黒と街灯のオレンジ色に染められたあの日。あまり変わらない色素の薄い世界が今目の前にある。
龍一さんは私がいなくなって、悲しんでくれるとは思う。でも、私と同じで大切な人たちの周囲が傷つくことを知ったら、納得はしてくれるかも知れない。
いつか私のことを忘れて……好きな人ができて、赤ちゃんができて…それから…それから……。
「佐々木、そこのコンビニに寄って」
しばらく走ったところで佐々木さんに呼びかけた声は、やや緊張感があった。
……妙な違和感を覚えて、夫人を見つめる。何か、焦っているような感じがする。
「いや、しかし…少々危険ではありませんか?駐車場の空きが暗い場所しかありません。他の……」
「だめよ。…少し、話がしたいの。
優さんの顔色が良くないから、暖かい飲み物を買ってきてください。車に鍵をかければいいのよ。私達は外に出ませんから」
「……わかりました」
渋々といった様子で車を止めて、夫人にキーを渡し佐々木さんがコンビニに入っていく。街灯の光が届かない暗闇の中で、彼女は私を見つめて微笑む。
「優さん。あなた、生理は来てるかしら」
「…………」
「そうよね、おトイレにあった生理用品は未開封のものばかりだったもの」
「………………」
「ねぇ、わかるでしょう?私はあなたの処理を任されているの。夫が求める通りに、動くのが仕事なのよ。言葉にされなくても、そうしなければならないの」
小さな声で呟き、車のキーを運転席側に放り投げて夫人が車の外に出る。
闇に紛れて、いつの間にか取り囲んでいた黒い服の男たちが車内に乗り込み、私を押さえつけて車を急発進した。
コンビニから出てきた佐々木さんは、驚いたのも束の間、私が乗った車を追いかけて…街道沿いを必死で走る。
やがてそれが見えなくなって、知っている人はどこにもいなくなってしまった。
そうか…最初からこうするつもりだったんだ。確かに龍一さんが身動きできない様にするなら、これしか方法はないだろう。
遠くへ逃げても、彼はきっと私を見つけるだろう。
側にいて、妾…なんてものになっていたらそれこそ連れ出して上手に逃げてくれる。
何を犠牲にしても、私が居ればいいなんて言ってたもの。誰かが犠牲になって…苦しんでも目の前では笑って、そして私の知らないところで泣くのかもしれない。
私が幸せになれば、悲しむ人がいる。私一人がいなくなる事でそうならないのなら、確かにこれで良かったのかもしれない。迷う事なんて何もなかったし、これは最初の計画通りの出来事ではある。
……こんな風に誘拐されて、自分の命がどうなるかはわからない事態になるとは思わなかったけど。
龍一さんに応えた分だけの罰なのだろうか。幸せを貪ってしまったから、こうなったのかも知れない。
「あんた、やけに静かだが……状況はわかってるのか?」
「はい」
「……俺たちはその道のプロだぜ?逃げようったってうまくいかねぇよ?」
「走って逃げても無駄だとわかってます。……私、どうなるんですか?」
車に乗り込んできた屈強な男たちは律儀にシートベルトを閉めて、運転手までもがチラッと私の顔を覗いてくる。
お顔が怖いのに、何も反応しない私に怖がっているように見えた。
「……一応、死ぬような目には遭わねえと思うが。あんたの知り合いに渡すんだ」
「とっても、嫌な予感がしますね」
「まぁ…否定は出来ねぇな。悪いが世間の目には、二度と触れることは出来ねぇと思うぜ」
「……そうですか。」
体の力を抜いて、座席の背もたれに背を預けて目を閉じた。
黒い色に囲まれた、ふわふわシフォンのお洋服はとても場違いでおかしい気がした。外の景色も、もう見れなくなると言われたら興味がなくなった。
私は、私の心の中にあるものだけを見て生きていくから。
殺されるとしても、その瞬間までは人としての何かは保てる様に頑張ろう。
もしかしたら、何かの形に残るかも知れないもの。
龍一さんは、愛を確かに持っていた。
『愛なんて一円にもならないのよ』なんて台詞を吐く人から生まれても尚、自分の信念や温かい心を持っていた。
堂島夫人、あなたは………お金にならないものが無価値だなんて思って生きてきたんですね。すごく可哀想な人だ。
私にとっては、愛が生きる価値そのものなのに。お金なんて無くなって仕舞えばそれまでで、愛は無くなりはしない。
裏切られたとしてもその人を愛した心は無くならないし、こんな風にして引き離されたとしても…二度と会えないとしても、彼がくれた愛情は私の中に確かに息づいている。
どんな事になっても、それを私は無くしたりしない。
あの人が信じるもの…お金って、永遠に残るものじゃなくて、いつまでも増やし続けなければならないなんて……辛い人生ではないのだろうか。
少なくとも、私からは幸せな人に見えなかった。今の状況からしても、そう確信できる。
ガタゴト車に揺られているうちにいつの間にか眠っていたようだ。不快な匂いが鼻をつく。
甘くてしつこい匂いの香水…これが、好きだった事もあった。懐かしい匂いだ。
「おう!久しぶりだな、優」
「…………」
「無視か?その服、前に着てたやつじゃねぇか……何も持ってきてねぇのかよ。チッ、金になるものが何もねぇな。夫人に貰った金は?」
「置いてきました」
「……は?どこに?」
「…………」
聞き慣れた声にうんざりしながら瞼を開くと、昨日の晩にテレビで映されたあの人が目の前にいた。
すこし痩せて、無精髭が生えてる。着ているものもヨレヨレだし。逃亡生活でもしてるのかな。
「とりあえず降りろ。懐かしい話でもしようぜ?元彼の俺と、な」
乱暴に腕を引っ張られつつ車を降りて、昔と変わらない香りに抱きしめられた。
骨ばった腕に抱えられて、ボロボロのトタン、張り巡らされている錆びた鉄骨……倉庫みたいな場所に連れ込まれた。
廃材の山の影から複数人の男性がわらわらと集まって、こちらをじっと眺めている。
……ここが、私の死場所なのかもしれない。これからされるであろうことを想像して足元から震えが立ち上がってくる。凄く怖い。叫び出しそうだ。
それでも、私は最後まであの人を好きでいたい。その資格を持っていたいから、みっともなく叫んだり、命乞いしたり絶対しない。
手足にしっかり力を入れて、私は自分の足で地面を踏み締めた。
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