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マーマレードの思い出
しおりを挟む佐々木side
「優さん、お夕飯食べられます?」
「……ちょっと…厳しいです……」
「ですよね……」
クレープは明らかに食べすぎてしまったが、三人で分け合って食べ、全員が満腹になった。
東雲先生をお送りして、社長宅へ一路車を走らせている。車内には自分と、優さんだけ。
助手席に移って来た彼女からは、社長と同じ香りが漂っている。シャンプーやボディーソープは優さんに合わせて居るらしいが、衣服からも匂いがすると言う事はわざわざ牽制のためにつけたのだろう。……正直憎たらしい。
「クレープって、あんなに生地が薄いのに、あまり中身もないのに…どうしてこんなにお腹が膨れるんでしょうか」
「数の問題ですよ。三人で八個でしたから。買いすぎましたね、すみません」
「でも、その…ほとんど佐々木さんに食べさせてしまいました。こちらこそすみません」
ぺこりと頭を下げた優さんの旋毛をみて、顔が緩みそうになる。
あんなにキラキラした目で見られたら、少しずつ全種を試して欲しかった。甘いものは正直そこまで好きでも嫌いでも無いが、共に食す人でこんなにも味が変わるものかと驚いた。
あんな風に美味しく感じたのは初めてだった。
「生クリームチョコバナナも美味しかったですし、バターシュガーも、ハムチーズもツナマヨコーンも美味しかったですね」
「何が一番お好きですか?」
「あの、あれが美味しかったです…ぬ、ぬ……」
「ヌテラですか?」
「あっ、そ、それです!!あれはチョコじゃ無いですよね?でも、他に表しようがなくて…ココアっぽいような気もします。油の成分がチョコのような…でも何か違うし……バター…は生地の味ですよね…」
クエスチョンマークを撒き散らしながら優さんが何度も何度も首を傾げ、だんだん声が小さくなる。
「あれはヘーゼルナッツのペーストにココアが入ったものですよ。普段使いには少しお高いかもしれませんね」
「あっ!ナッツ!はー、なるほど。ナッツなら高そうですね。ジャムのようなものですか?」
「えぇ、ペーストで二百グラム八百円くらいです」
「た、高いです…そんな高級品を使っていたんですか?クレープだからもっとするのでは!?大丈夫でしたか??」
「問題ありませんよ。接待交際費で落とします」
「あっ、じゃあよかったです。佐々木さんのポケットマネーを浪費してしまったのかと冷や汗が出ました。……経費は大丈夫です?」
「ふふ…そんなに高くありませんよ。ヌテラを食べたのは初めてですか?」
「はい、私はスーパーで百円くらいのジャムが好きです。安くて美味しいし、長持ちしますから」
「……マーマレードが好きでしたね」
しまった。口が滑った。
「はい!マーマレードはお料理にも使えますし…えっ?」
「……マーマレードを、水に溶かして凍らせたこともありました。シャーベットになるかも、と言っていましたが氷になってしまって。がっかりしていた」
「佐々木さん…どうしてそれを知ってるんですか?」
社長のマンションに到着し、エントランスに車を停める。びっくりした優さんの顔を見て…胸が苦しくなる。
勝手に言ってしまったものは…仕方ない。もう、腹を括れば良いだけのことだ。
「佐々木さん、もしかして私の事を元々知ってるんですか?そうじゃなければアイスの話は知りませんよね?」
「俺の、下の名前は総一郎です。ゆーちゃん」
あっ、と口を開いて呆然とした表情から、ゆるゆると笑顔になった優さん。
何度見ても昔と同じ笑い方だ。口を半開きにして、目が細くなって、涙袋がふっくらと膨らんでいる。
「そ、そーくん!?そーくんだ!!お隣のゴージャスハウスに住んでた、冬でもいつも半袖半ズボン着てた、そーくん!」
「はい。昔はやんちゃでしたからね」
「あぁ…なんで気づかなかったんだろう。眉毛の上のほくろとか、お顔だってそのままなのに…!懐かしい…私の事いつも匿ってくれたのに、忘れててごめんなさい…」
「あの頃は、何もできませんでした。ただ、家の中に匿うことしかできなかった。嫌な思いをして、記憶が消されたとしたら……俺が昔の話をして、傷つけたらと思うと言うべきではなかったのに。でも、言ってしまった」
胸の奥の、古い傷がずきりと軋む。
彼女は隣人の里子としてやって来た。里親に可愛がられていたものの、義兄は…幼い彼女に手を出そうとしていたんだ。
幼かった俺には何もできなかったし、助けられもしなかった。
里親のことを慮って何も言えなかった彼女。俺は両親に言えるはずもなく。言ったとしても、信じてもらえる自信はなかった。
「そんなの気にしなくて良いのに。そーくんのせいじゃないよ!あっ…ごめんなさい、昔仲が良かったからって」
「いいよ。ずっと、そうして欲しかった。…優さんが居なくなってから、方々探しましたが社長に負けました。……俺が、俺が先に見つけていたら……」
俺が、優さんを先に見つけていたら。
社長よりも早く彼女を攫えていたら……。社長の立場は俺のものだったかもしれない。
幼少期の思いを、ずっと忘れられなかったあなたを手に入れていたのかもしれない。
「そーくんには家を出るって言いたかったけど、もし知っていたらあの人に問い詰められたかもしれないでしょう?
父にも母にも何も言わなかったから。家出じゃないと置き手紙だけしたの。…ごめんね、びっくりしたでしょう?」
「……うん」
車内の景色があの日の公園、2人でいつまでも漕いだブランコに変わる。
自宅に帰ってこない父、いつも泣いて居る母。俺は一人っ子で、ずっとひとりぼっちだった。家にいても母の泣き声ばかりを聞いて鬱々とするから、学校帰りは日が暮れるまで公園にいた。
優さんも家にいる時間を極力少なくするためにと、公園にやって来たのはいつだったか。
俺たちはいつの間にか一緒にいて、一緒に遊んで。泣いて、笑って…喧嘩して…彼女はいつの間にか守ってあげたい人になっていた。
裕福だった俺の寂しさをわかってくれたのは優さんだけだった。
『恵まれて居るのに』『なんでも買ってもらえるのに』と言われ続けて、我慢しきれずに愚痴った時…彼女がくれた言葉は。
『そんなのいらないよね。ぎゅうってして欲しいよね』
俺のこころを、奥底から揺さぶるものだった。そうして抱きしめてくれたあの温もりが、ずっと忘れられなかったんだ。
「そーくん、すごいね!頑張ってお仕事してたんだね…。社長の補佐なんて、誰にでもできる仕事じゃ無いでしょ?
私なんかどうにもならなかったなぁ…ごめんね、こんな再会で」
「あなたのせいじゃ無い。…男運がないのは小さい頃からだったかも知れないけど」
「うん、そうかも。でも……今はお仕事ももらえて、美味しいものたくさん食べさせてもらって、幸せだから。」
「……そうか」
「そーくんは?彼女さん、いないの?」
「いないよ。忘れられない人がいるから」
「そうなの…?」
「うん。今日、その人にやっと俺の事を思い出してもらえたんだ。」
「あ……」
笑顔から一転して、眉を下げて困った顔になった優さん。俺は…やはり君を諦められそうにない。
それがたとえ、社長を裏切ることになっても。
「…そろそろ、お家に戻りましょう。社長がいつまでも監視カメラに映らない優さんを心配していますよ、きっと」
「……はい」
お互い敬語に戻って、マンションのエレベーターホールへ歩いていく。コンシェルジュに頭を下げ、エレベーターのボタンを押した。
「そー、くん…あの」
「……社長の前では、ダメですよ」
「うん……」
俯いたままの優さんの手を引き、抱きしめる。びっくりして固まったままの彼女の額に口付けて、到着したエレベーターの外へ逃がす。
このままだと、連れ去ってしまいかねない。
「……そーくん…」
「また明日、ミーティングで。」
呆然とした優さんを置き去りにしてエレベーターのボタンを押して、自分の唇を押さえた。
自分の中に、こんな醜い感情があっただなんて知らなかった。優さんの立場からして、俺に答えることなんかできるはずがない。
会長の言う通りに辞退事態を進めたとしても、彼女は苦しむ可能性があるのに。
…あの人が欲しい。何に変えても……欲しい。
「あの、降りないんですか?」
「すみません、降ります」
地上に到着したエレベーターに乗って来た女性に頭を下げて、足早に飛び出す。
自分の革靴の音を聞きながら、スマホの操作でエレベーターの監視カメラの画像を消した――。
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