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やきもち

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優side

 佐々木さんが帰ってから、数時間後。私はいつまで経っても先生の膝から降ろしてもらえずにいた。
 うーんうーん。もう、素直に言うしかない……。


  
「先生、あの、おトイレに行かせて欲しいのですが」
「……」
「手を離して頂かないと、おトイレに行けないのですがー」
「…………」

「膀胱炎になったら、お医者さん行かないと治りませんよ?」
「……それは良くないですね。膀胱炎は痛いと聞きましたし」
「ひゃっ」


 
 先生は私を抱き上げ、おトイレに連行していく。…私、このままじゃ歩けなくなっちゃいますよ?
 どこに行くにも、なかなか地に足をつけられない生活になってしまっている。特に先生がいるときは。

「運動はしてるじゃないですか、夜に」
「ついに心の声まで読むの、やめてもらっていいですか?夜は…運動と言えるんですかねアレは」
「立派な運動です」


 床に下ろされて、おトイレに入る。…まさか……ドアの前に居ないよね?
チラッとドアを開けると、腕を組んだ先生が…いた。

「先生…流石にトイレ待ちはちょっと」
「くっ……!」


 
 彼が大人しくリビングに戻るのを見送り、ようやく一人になった。
…寂しいという気持ちを忘れてしまいそうな程、ずっと一緒にいるなぁ…。
いいのかなぁ、これ。
 この生活は若干改善しなければならない気がする。いや、大幅にかも…?
 

「うーん、うーん…うーーん…」
 

 トイレの中で思い悩んでいると、ポケットの携帯が鳴る。…え?先生しか着信しないはずなのに…?

 
『便秘でしたらお薬があります』
「違いますからっ!!もぉっ!!」

 ━━━━━━

「先生、お話があります」
「はい」
「佐々木さんがきた時のアレは良くないです。私が佐々木さんに懸想するとか思ってます?」
「……違います」

 
 ダイニングテーブルに横並びに座り、先生は私の手を握ろうとして、引っ込める。私はその手を取って、手の甲を撫でた。
 大きい手。この手で、先生はどんな人生を歩んできたんだろう。どんな苦労をして、どんな生活をして…恋人とか、居たのかな。

 
「どうして私の顔を、社員の方にまで見せないんです?直接喋らせないのは何故ですか?」
「優さんが…可愛いからです」 


 呟くような、小さな声。先生も私も、お互い握った手をじっと見ている。


 
「生きとし生けるものは皆んな、優さんに惚れてしまう。僕はあなたを誰にも取られたくないんです」
「私は…先生と契約してますよ?」
「そう、ですけど」
 
「お仕事がいただけるんですから、ちゃんと役割を果たします。それに、私が外に出られないように画策しましたよね?お仕事とか、お家とか…」

「はい」
「じゃあ、何も不安に思うことはないでしょう?」
 
「……僕は、まぁまぁお金持ちですし、社会的地位もありますし、仕事もできますし、イケメンらしいです」
「んふっ、そうですね」

「でも、それが優さんの前では何も意味がない。あなたは、お金にも、社会的地位もイケメンと言うのも…それに惑わされる人じゃない」
「……先生…?」

  
 
 思わず顔を上げると、先生は眉を顰めて、繋いだ手をじっと見たまま。
 …泣きそうな顔してる。

「怖い…です。あなたを失ったらどうなるかわかりません。それなのに、僕は優しく出来ずに無茶ばかりしてる気がするし、エッチな事ばかりしてるし、あなたを監禁してますし、ヤンデレです…」
「…………」
 
「佐々木とエッチな単語を使った会話をするのが嫌でした。萩原ともです。
 優さんはイヤイヤ言いながら、僕がする事を全て受け入れてしまう。
僕は……元彼のような思いをさせているのではないでしょうか」


 目を瞑り、私の手をギュッと握った先生は、なんだか頼りなさげだ。大きな会社を回してる社長さんで、私を囲えるような財力を持っていて、それこそ惚れられることも多そうなイケメンなのに。
 私の事を信じられないと言うより、自分に自信がないのかな…?この前まで、自信満々のヤンデレだったのに…どうしたんだろう。
 
 ……でも、私の事だけでそうなってるんだ…そっか。

 

「せんせ…かわいいですね」
「……可愛くないです」
「ううん。可愛いですよ。
 それに、その…元彼みたいに私を蔑ろにしたり、傷つけたりしてません。
 抱っこされておトイレにいくのは嫌ですけど、他の事で本当に嫌だと思ったことはないです。
 先生がわたしを大切にしてくれて、疲れていた心が癒やされたんだと思います。お仕事をしたいな、とか…ご飯が美味しいのも久しぶりだったんですよ」


 
 しょんぼりした先生の頬を撫でる。伏せられたまつ毛が長く影を落として、先生の瞳を隠している。長めの前髪をかきあげて、おでこを出して…そこに唇で触れた。

 好きって、口に出して言えないのはもどかしい。彼にそう言えば安心するのかもしれないし、最初の頃は明確に聞かれていた。

 最近聞かれなくなったのは、私が口に出さないからだとは思う。
 すごく、胸が痛い。先生が欲しい言葉を言えば、先生と離れなきゃならなくなるかも知れない。……わたしは、まだその覚悟ができてないから、言えない。
 


「先生がする事を、本気で嫌がったりしてませんよ。わたしは、わたしの意思で先生に応えています。…心配しないでください。わたし…今、幸せですよ?」

 
 わたしに向かって伸ばされた先生の腕を迎えて、彼の体にすっぽり包まれる。
 ヤキモチなんて、初めて焼いてもらったから正直気分がいい。…わたし、性格悪いかも。
 
 監禁されてるのだって、エッチなことだって、嫌ならとっくに逃げてます。逃げられるかどうかはわからないけど。
いつまでもどこまでも甘やかされて、大切にされて…いつの間にか先生の事を好きになってしまっているし。

 ……こんな事、初めてですよ、先生。


  
「わがまま言っても、いいですか」
「ん…どうぞ」
「お布団に行きたいです、一緒に。」
「はい、そうしましょう」
 
「できれば、あなたを歩かせたくありません。…抱っこしたいです」
「むむ……お布団に行くのは、いいですよ」


 抱きしめられたままの体制で、上を向く。彼はまっすぐにわたしの事を見つめていた。
 今できる事をするしかなくて、手に入れたおもちゃのお仕事の関係は手放せない。先生がする事は、本当は何にも嫌じゃない…こうして抱きしめてくれるなら、なんでもいい。他のことなんてどうでもいいの。


 
「優さん…好きです」
「……はい」

 少しだけ寂しげな顔をしてわたしの返答を受け取り、先生がわたしの唇にキスを落とした。

 
 
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