【完結】ストーカーに拾われて、心も体も満たされる──『ラブトイ』動画配信で下剋上を果たします!

只深

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記憶の底にあるもの

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佐々木side

「あっ!リーダー!お帰りなさい!」
「ただいま戻りました。」


 見慣れたデスクの海の中、新企画の島に辿り着く。灰色のカラー群の中でそこだけがパーテーションに区切られ、中に貼られたカラフルなおもちゃの写真が異様な光景となっている。
 不動産管理の部長を兼任しているため、仕事内容の差に目が痛みを覚えた。


「工場はどうでしたか!?」
「あぁ、幾つかサンプルをもらったから社長宅に送っておいた。」
「はぁっ!そ、そうですか…。色んな意味で楽しみですね…!!」

 目の前で瞳を輝かせているのは萩原。どうやら優さんの元ファンらしい。彼女がうちの所属確定前に数字貢献したうちの一人。なお最近の昼食はパン一つだ。



「君がウェブ担当で大丈夫なのか心配だな…優さんの意見をそのまま反映しそうだ」
「仕事っすからちゃんとしますよ!でも、彼女の意見的を得てません?ターゲットが女性なんですから、それでもいいと思ってます。こっちを気遣ってくれるし、頭いいし…サイコーっすよ!!」
「それは…そうだな」



 羽田優 二十三歳…いや、先日誕生日を迎えて24か。同年齢の社長よりも少し早く歳を取っている。
 突然現れた彼女が、単独でいきなり叩き出した未曾有の売り上げ。社内企画を通すのに是非を問う必要もなかった。

 社長が出勤しなくなり、文句は出たが…動画の再生数は伸び続けている。新規部門、年間売り上げ目標の半分は…立ち上げて数日で達成していた。


「てか、俺より社長ですよ、公私混同大丈夫なんですか?まさかユウちゃんを手籠にしてたとは。動画で見たスーツに見覚えがあると思ったんですよ…はぁ」
 
「まぁ…今の所は。優さんにも本性を表していないし、本人の優秀さで仕事をカバーしている。…後継争いには優位になったとは言えるか微妙なところだ」

「お金持ちは大変っすね~…それぞれの会社の売上で後継者を決めるんでしたっけ?俺達パンピーにはわかんない世界ですよねー」
「そうだな……」


 
 萩原と二人、無言でパソコンを叩く。
 公私混同…か。それは、社長だけじゃなく萩原もそうだろう。彼は長年携わって来た企画が認められて、自主的に残業までして仕事をしていた。
 しかし、今回の企画に声をかけられて呆気なくそれを手放した。
今も続けていれば課長位にはなれただろうに。優さんの名前だけで頷いたらしい。

 そして、自分自身もだ。社長にすら明かしていない俺の過去に優さんの存在がある。両親が亡くなり、天涯孤独になった彼女はいつの間にか姿を消して…大人になって探しても見つからなかった。
 そう…ずっと、俺は彼女を探していたんだ。


 
「はい!こちら新企画課の萩原です!えっ…か、会長!?は、はい、戻ってます!!」
「すぐに行くと伝えてくれ」

 驚いた顔で内線を受ける萩原の肩を叩き、用意していた書類を持って立ち上がる。
 気が重いし、胃が痛い。


「忘れられない人の、さらに親友である社長の敵になろうとは…思っていなかったな…」


 誰にも聞こえないように呟き、デスクの海に再び漕ぎ出した。

 ━━━━━━


「それで、スパイの線はナシ、と」
 
「はい、勤めていた会社も、交友関係も洗いましたが何も出て来ません。
 幼少期に親を亡くし、親戚筋に預けられてから平凡な人生です」
「アダルト動画のアイドルが〝平凡〟というのはいささか気になるところだが」

「そうですね。それも元彼氏とやらの意図によるものです」
「……手切れ金は受け取ったんだろう?」
「はい。喜んでいました」 


 
 地上97階、当社のビル最上階に位置する特別会議室の中…この会社を含む、すべての堂島グループを統べる会長と向き合う。
 自分は、彼専用の『草』だ。会社に不都合なことや昏い仕事を請け負う人間…スパイや忍者のようなもの。
 
 今回会長から指示されたのは『羽田優』の素性調査だった。


 
「高卒で実家の財産も地位もなく、誰かの手つきでもない。…龍一の結婚相手には不足しているな」
「会長が仰るなら、そうでしょう」
 
「僕も独自で調べさせてもらったよ。彼女の素性と、君の過去も。幼馴染だそうだね?最近まで熱心に彼女を探していた、と聞いた」
「…………はい」


 白眼視とも言える目線を受け取り、目を逸らす。
 この事態が予想できなかったわけではない。現会長は世襲ではなく、俺がしているような仕事でのしあがった人だ。前会長が亡くなった後に、その座を貰っただけの人。
 ……それが計画的なのか、そうでないのかは定かではないが。

 

「さて、佐々木君。君はそろそろ結婚適齢期だろう?そこに現れた過去の想い人。まさしく運命と言わざるを得ない」
「彼女は、社長が囲っています」
 
「だからだよ。うちの息子には相応しくないが、長年僕の草として勤めてくれた者への褒美にはなるだろう。息子もそろそろ次の段階に進まなければならない。
 仕事は申し分ないが、そこだけが心配でね」
「はい」


「共犯になってくれるかな。報酬は十分に取らせるし、君には生涯の伴侶ができる。未来の座も安泰だ。…息子のサポートは続けられないかもしれんがな。
 その場合は、君と奥さんが安全に暮らせる地方で会社を立ち上げよう。既存の社が欲しければそれを望んでもいいどれでも好きに選ばせよう。」
 
「はい」

「では、引き続き頼む。期待しているよ」


 ニヤリ、と笑んだ百戦錬磨の会長からの提案は…喉から手が出るほどの破格条件だった。
 静かに一礼して、部屋を後にする。
スマホをタップして、草の部下に通話を繋いだ。


「龍一の許嫁…三上物産のご令嬢とコンタクトを取れ。…近々動く」


 
 返事を待たずに終話し、早足で歩く。いつもの癖で、胸ポケットに入れた小さな輪を手のひらで抑えて、ホッと息を吐いた。

 キーホルダーの繋ぎ部分の輪。なんて事のない、他の人が見たら捨ててしまうような物であるそれは、彼女から唯一もらったものだった。
 あの頃二人でやり方も知らずに入れた紅茶は…すごく渋かった。覚悟を決めて口にした今日のお茶は本当に美味しかったな。
 ……大人の女性に、成長、していた。


『たつひこくんが、だんなさんね!』

 舌足らずだった頃のあの声色は、今も変わらない。甘い響きで、俺の名をまた読んで欲しいと願ってしまうほどに―― 
 
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