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一人の夜

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「先生…今何してるかな」


 リビングのカーテンからすっかり暗くなった外の景色を眺めた。朝ごはんで『美味しい』を何十回も叫んだ先生は洗い物をして、ずっとくっついて居たけど…何度も振り返りながら『行きたくない』と言いつつお仕事に出掛けて行った。

 窓の外に見える街は空気の揺らぎを纏ってキラキラ瞬いている。
 あの中のどこに先生がいるのだろう。私を掬い上げて、囲ってただ可愛がってくれる先生の居場所がどこなのか見当もつかない。



 雪の中で死を受け入れたはずの日から、三日が過ぎた。私はぬくぬくとした先生の愛情をただ一身に受けて、安全で温かいお部屋の中で…ただ食べて、寝てを繰り返している。

 体も心も散々甘やかされて、すっかり先生に依存し切ってしまった気がする。
 彼に飽きられてしまったら元の生活に戻れるのだろうか。不安よりも自分の中に湧き上がってくる、子供みたいな気持ちに呆れてしまう。

 カーテンを閉めて、ダイニングテーブルの上に重なった紙束たちを眺めた。


『優さんにお仕事をお願いしたいです。使ったおもちゃのレポートを作ってください。内容は何でもいいですよ。
 僕がしたことの感想でも、次にして欲しい事の希望でも構いません』


 
 私が手持ち無沙汰にしてしまう事を案じて出してくれた仕事…宿題みたいなものかな。一応、おもちゃのモニターという体で感想を書いた。
 久々にペンを握ったから手首に程よい疲労感がある。お風呂に入れば消えて無くなってしまうような軽いものだけど。

 先生はおもちゃを『仕事の都合で手に入れた』と言っていた。大人のおもちゃ屋さんでも始めるのだろうか?それなら私の感想も役に立つかもしれない。

 想像するに、彼は経営側の人なのだと思う。それも相当大きな会社だろう。
ヤクザさんみたいな仕事かと思ったけれど、おそらくそうじゃないとは思う。繋がりがあってもおかしくはないけれど、どう考えても日本ではそこまで財をなしている集団はいない。
 海外マフィアとかならあり得るかな…。


 着ているスーツはオーダーメイドもの、身につけるもののほとんどはハイブランドで、私のような一般人が知り得ているのは名前ばかり。それが沢山クローゼットには並んでいる。
 洗濯物は毎日でているはずだけど、脱衣カゴに入って居た試しがない。その代わりに、毎晩クリーニングのタグがついたシャツや下着を持ち帰ってくる。

 パンツまでクリーニングに出せるなんて知らなかった。私のびしょびしょセクシーパンツはどこの人が洗ってくださっているのだろうか。申し訳なさすぎる…。


 
 私は……どうやってこの恩を返したら良いのだろう。全てを持っているだろう彼に、何が出来るのかな。
 そんなことを考えて居たら、時計の針はあっという間にシンデレラタイムだ。

 
 
「そう言えば先生がいない夜って、初めてだ…」

 呟いた言葉に返事は来ない。今日は忙しいようで、送られてくるメッセージの数も少なかった。
 ただお家にいる私に寂しいなんて思う資格はないと思いつつ、つい…先生が恋しくなってしまう。


 この感情は愛情と言える物なのか。それともただの依存なのか。私にはまだ判別がついていない。
 いろんな意味で『危険な状態』という事だけが、最初の日から変わりないのは確かだった。

 ━━━━━━


「はぁ……」

 お風呂に入ってパジャマに着替えて、大きなベッドに横になってみたものの…落ち着かない。
 ベッドが広すぎるからなのか、毎晩抱っこされていたからなのか。
両方かもしれない。

サイドボードに置かれた時計の針は二時を示している。
 先生…まだお仕事なのかな。大丈夫かな。ご飯、食べたかな。

 朝とお昼の後に炊いたご飯でおにぎりを作ったら彼は本気で泣いて喜んでいた。


 
『優さんが作ったお弁当…うっ、ありがたいです。可愛い優さんと離れてしまうなんて…仕事に行きたくない…』
なんて言われて、嬉しくなってしまった。

 あっ…私、家政婦をやればいいのでは?お部屋のお掃除に関しては、一定時間になるとお掃除ロボットさんが床を這い回っていたけど、他にもお掃除するべきところはある。
 埃が積もっていないという事は先生がしているはずだし。明日、聞いてみようかな。おもちゃのお仕事だけじゃなくて他にも何かあれば落ち着くと思う。


 静かなスマホをタップして、メッセージを眺める。インターネットもブラウザがないから、時間潰しにはならない。
 何度も見返した先生のメッセージだけが私の読み物だった。

 送った動画に関してのながーーーーい感想を読み返し、褒め言葉しかないそれを全部読み切って、体を起こす。
 うん、寝られない。無理だ。
 それならやることは、一つしかないでしょう!!


 
 ベッドから立ち上がり、私用に用意されたクローゼットを開ける。ふわもこパジャマとワンピース、エッチな下着しか入っていないその中を眺めて、スケスケの黒いワンピースを手に取った。
 着ていてもまるで意味のない洋服だ。シースルーに近いそれを羽織る。今履いている下着には珍しく布の面積があるけれど、やけにツルツルしていて…お尻がアレなことになっている。
それをなるべくきれいに整えて、部屋を後にした。

 撮影部屋の三脚にスマホをセットして、座り慣れたソファーに腰を下ろす。

「ビニールのカバー、つけたんだ」


 昨日の晩にびしょびしょにしてしまった革のソファーには柔らかいビニールのカバーがついていた。これなら濡らしても…多分平気。



 撮影し慣れてきてしまったなぁ…どうせ録画するなら、もうちょっと綺麗に撮れないだろうか。何か真新しい見せ方はないものか。


 三脚を横に倒して、ソファーをドアップで写す。フィルターとか、ないのかなぁ…。
 アプリの画面を色々いじってみて、スワイプしてみたら何となくホワホワした印象の画面になる。
 手のひらを写すと、お肌が綺麗に見えるフィルターがかかっているのだと理解した。
 録画ボタンが赤じゃなくて、ピンク色…フィルターを変えると、ここの色も変わるの?よくわからないけど、綺麗に映るならいいでしょう。

 私は迷うことなくそのボタンを押して、ソファーに寝そべる。
 多分、前よりもよく見えるようになっていると思う。見せてもらった動画はちょっと距離が遠くてよく見えていなかったから、今回からズームの設定をしている。
 
 何となく、天井からの灯りを数段落として間接照明の方が明るくなるようにしてみた。

 ソファーから立ち上がり、もう一度スマホの画面を覗く。
 ホワホワした雰囲気でちょっとムーディ!とてもいい感じだと思います。

 よしよし、と一人ごちでもう一度ソファーに寝そべる。…先生、喜んでくれるかな。


「こんばんは、先生。一人の夜が初めてなので…せっかくだから撮影することにしました。」


 スマホのレンズに向かって話しかけ、先生の顔が思い浮かんで顔が勝手に弛んでしまう。小さな声になってしまったのは…何となく悪い事をしているような気がしてるから。
 スケスケのワンピースを着て、先生が喜んでくれるならいいなって思っているのもあるけど、寂しくてとてもじゃないけど寝られない。

 おもちゃが入った箱からローションを取り出し、使ってみようと思っていたローターを取り出した。

「…き、きょうは…新しく挑戦してみたいと思います」


 私は覚悟を決めて、ワンピースの裾を捲り上げた。


 
 
 


 
 
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