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優しい時間
しおりを挟む何も意識しないまま瞼を開ける。ほんのり暗くなった部屋の中、先生が優しい笑顔で私の頬を撫でていた。また…やっちゃったみたい。撮影部屋じゃなく、ここは寝室のようだ。
「…せんせ」
「うん…痛いところはありますか?」
「……」
ふるふる、首を振る。私が気絶したんだろうということは何となく理解してはいるけど、最後に聞いたのは自分の絶叫だった。恥ずかしくて先生と目を合わせられない。
真正面で横になった先生は、ずっと笑顔のまま。
「優さんが本当に感じてる時の声が、ようやく聞けました。カメラが引き金なのか、おもちゃなのか…何とも言えませんが」
「……」
私にもそんなこと、わかりません。汚い声を聞いたはずの先生が、何故か凄く満足そうで幸せそうにしていることも、よく分からない。
「とっても可愛い声でした。あなたの姿も声も、仕草も、心の中も、全部が可愛い。愛おしいです。もっとあの声が聞きたい…聞かせて下さいね」
「汚い…から…あんまり聞かせたくないです」
「汚くなんかありません。僕はなかなか興奮がおさまらなくて大変でしたよ」
先生に抱きしめられたわたしの体は、ふわふわパジャマに包まれている。先生が着替えさせてくれたようだ。あんなびしょびしょにしてしまったお部屋も片付けてくれたのかな…しかも先生は自分でその…処理したの?
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「ごめんなさい、私だけ」
「気にしなくていいです。本当に美しかった…」
筋肉質な足がからみ、先生の胸元に引き寄せられる。暖かい体温が伝わってきて瞼や額、頬にたくさんキスが降ってくる。くすぐったいのに凄く…気持ちいい。
「先生も、気持ちよくなりたいですよね」
「気にしないでいいと言ったでしょう?僕はあなたの乱れた姿を見ているだけで、満たされます」
「でも、私だけなのは何となくいやです。…一緒にいるのに。」
うまく言葉が出てこない。眠たいのもあるし、気持ち良すぎて何度も限界を超えた脳みそがモヤッとしたフィルターに覆われていて…言葉が出てこない。
「こんな風になったのははじめてです。おもちゃ…嫌いじゃないけど、終わった後は寂しくて仕方ありませんでした」
「そうですか…今は?」
「気持ちいいことしてる時も、今も、ずっと寂しくないです。あったかくて、先生が優しくて…しあわせです。」
「そうですか…ふふ。」
満足げに微笑んだ先生の口端が上がる。瞳の中の黒がとろけて、頬がわずかに赤みを帯びた。
私が幸せと言って、先生が嬉しそうにしてくれる。先生みたいな人が私を好きだと言ってくれたことは…ストーカーだったこととは別としても嬉しかった。
でも、心の奥底では信じられなかった。今でも疑問は消えていない。この先先生が私に飽きて、一緒にいてくれなくなったらと思うといい知れない恐怖が浮かんでくる。
あまりにひどい痴態を見せてしまって、嫌われたのではないかと言う考えがぽやん、と浮かんだ。
幸せそうに微笑む彼の前でそんなふうに思ってしまう自分が滑稽で、情けなくて。せめて一緒に居るなら、気持ち良くなって欲しいと思うのは専属のおもちゃとしてダメだろうか。
「一緒に気持ち良くなるには、どうしたら良いですか」
「む…そこまで言ってくださるなら少し考えます。口でするとか、簡単に考えればセックスが一番ですがもう少し慣らしたいところですね」
「でも…あの…最初の日は気絶して痛くなかったです。先生より小さい物でも痛かった事もありました。次の日立てなくなったことも…」
「それは…おもちゃもそうですが、主に元カレの話ですよね?」
「ハイ」
「彼は根本的な考えや知識が間違っている。僕の場合はマッサージを学ぶ傍らそう言う知識も手に入れていますが、筋肉は使わなければ固くなる。使い続けなければ気持ち良くなれませんよ。お互いにね」
「そうなんですか?だから中々入らなかったのかな…」
「そうですね、行為を避けていればいつかはそうなります。あの時は熱であなたの筋肉が緩んでいたので痛みはなかったと思いますが、甘い考えでした。僕のアレでほぐせば良いとも思っていましたが、気持ちいい経験を重ねなければダメだと思います。
だから、もう少し時間をかけたいんですよ。それこそ痛い思いをさせたくありません」
「………」
「僕は自分が気持ちよくなりたいのではなくて、優さんが気持ちよくなって欲しいんですよ。それが一番ですから。焦らなくていいんです」
「……はい…」
瞳を閉じて、先生の胸に耳を当てる。
緩やかで優しい心臓の音。
こう言う時間は、エッチなことの後に触れ合うのは、とっても大切なことなのかもしれない。こんな風に行為の後に触れ合って会話を交わすのはした事が無かった。
快感よりもずっとこの時間の方が好きだとしみじみ思う。
先生の気持ちが、いつまでもいつまでも心の中に温かいものを満たしてくれる。生理的なものじゃなく浮かんできた涙が先生のパジャマに染みて、大きな手のひらが私の頭を撫でてくれた。
自分の体の中から何もかもが満たされて、幸せで仕方ない。この時間がなくならなけらばいいのに。ずっと先生が私の事を好きでいてくれたらいいのに。
私、いつの間にこんなわがままで自分勝手な考えをするようになったのかな。
先生がくれる物全部が好き。何もかもが溶かされて、幸せで満ちて、他に何も要らなくなってしまう。
もっとそばにいたい、くっついていたい…触って欲しい。
先生のパジャマを掴むと、その上から手を握られる。私の指と先生の指が交差して、緩く握られた。
男の人らしい骨が太めの親指が私の手をそのままゆっくり撫でる。
なにそれ。可愛い…。
「優さん、疲れたでしょう?後でマッサージしてあげますから、寝て良いですよ」
「はい…」
「おやすみなさい、僕の優さん。」
「おや…すみ…なさ………」
体がだるい。疲労感もすごいし、腕が上がらない。でも、私は優しい声とキスの中で確かな幸せを感じて目を閉じた。
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