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おかえり、なさい
しおりを挟む「お前さ、飯食ってる時に話しかけるの何?ウザいんだけど」
「家族の団欒というか…これが美味しいね、とか今日は何があったよとか、そう言う話がしたかったんだけど、ダメ?」
「食ってる時に話すの無理。飯に集中したいから話しかけないで」
「そっか、わかった…」
………………
「ハァー…」
「えっ、どうしたの?嫌いなものあった?」
「別に。」
「でも、カップ麺…食べるの?今日はレバニラだしラーメンが欲しかったなら…」
「ちげーよ。お前の飯がまずいの。気を遣って他のもの食べようとしてるの。なんで察せないわけ?」
「ごめん…」
「あーあ、まともな飯食えないとか最悪。ポテチある?」
「うん…」
「俺の目の前で食われると気分悪いから、キッチンで食べてくんない?」
「わかった、ごめんね」
━━━━━━
「──優さん…」
「はっ…」
パチパチ瞼が動いて、意識が急速に覚醒する。目の前にあるのは先生の心配そうな顔だ。ちょっと息が荒い。
「かなりうなされていましたよ、どうしたんですか?」
「あ、あああのごめんなさい。ちょっと夢見が、悪くて…」
体が震えて力が入らない。口を開くと、情けないくらい声がひっくり返る。
不安、焦燥、胸の痛み…指先や爪先が冷えて少し痺れてるみたい。
長年の間毎日されていた会話が、私の記憶から掘り起こされたようだ。
久しぶりにおもちゃを使ったからなのか、一人でいたからなのかはわからないけど…胸が痛い。不安な気持ちと苦しさが溢れ出しそう…。
自分の肩を両手で掴んで、体を丸める。
「アイツの夢ですか?」
「…はい。ごめんなさい」
先生はスーツのジャケットを脱いで私の体を包む。そのままぎゅうっと抱きしめてきた。
「謝る必要はありません。一人で解決しなくていいんですよ。怖かったですね…もう大丈夫です。あなたを傷つける人はいませんよ」
先生の体温と匂いが移ったジャケットがとっても大きくてあったかい、大きな手が背中をさすってくれる。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられて、乾いた笑いが勝手に出てくる。
「あは、ちょっと痛いです」
「すみません…慌てました。いつもこんな風にしてましたね。悲しい時も、辛い時も…全部一人でどうにかしようとしていた」
「やっぱり知ってましたか。どうもその辺のコントロールが下手みたいで、大人なのに情けないです」
先生が体を離して、私の背中側に枕をに置いて両手を繋ぐ。外から帰って来てすぐに私の元へ来てくれたのだとわかる。その手はまだ、冷たい。
「情けなくないですよ。あなたの心に深い傷をつけたのは元彼です。そして、それを知っていたのに傍に居られなかった僕のせいでもある」
「な、何言って…」
「ごめんなさい、優さん。あなたを大切にすると言ったのに…辛い思いをさせました」
先生の掠れた声に驚いて、顔を上げる。いつも余裕で微笑んでいた顔が…眉間に皺がよって、眉毛がしょんぼり下がっている。先生、こんな顔するんですね…。
「先生が悪いんじゃないです。私が勝手に…あの、自分の失敗を思い出していただけですし。先生のおもちゃ…?のお仕事でしかお返しできないと思いますが、もうちょっと何とかします。
面倒くさい女ですみません…」
「……優さんはそう言う人でした。とりあえずどんな夢を見ていたのか、後でお伺いします。落ち着くまで傍に居ますから」
有無を言わさずもう一度抱きしめられて、それがあまりにも優しい仕草で。
大きな肩に顎を置いて、目を瞑る。
先生、体があっついし、心臓がすごくドキドキしてる。さっきまで冷たかった指先はあっという間に暖かくなって、私の背中をまた撫でる。
先生はいつも優しい。私に寂しい思いをさせないようにしてくれる。
もしかしたら監視カメラで私がうなされるのを見て、急いで帰ってきてくれたのかもしれない。
瞼の淵からせり上がった雫は、抑える暇もなく頬を伝う。
こんな風に抱きしめてくれる人が私の雇い主さんだなんて、私を思ってくれるなんて、幸せな気がする。
両手を恐る恐る背中に回して抱きしめ返すと、先生は腕の力を強めてその気持ちを返してくれた。
怖い夢を見て、それが自分のせいだったとしても先生は怒らないし、こうやって苦しい気持ちをわかろうとしてくれる。ストーカーはちょっとアレだけど、こんな風にしてくれる人に対して嫌悪感なんて持てるわけがなかった。
━━━━━━
「なるほど。本当にそれはあなたのせいじゃありません。ご飯を食べる時にお話ししたいのは…何とかします。傍にずっといられるように、頑張ってますから。もう少しだけ待っていて下さいね。」
「あの、そんな…子供みたいな…」
「どうして?僕は優さんとお話しできるならそうしたいです。子供っぽいなんて思いもしません。
あとは…流石にあなたの作ったご飯を食べたことはありませんが、もし作ってくださったらそれが泥団子だとしても食べます」
「……」
「炭だとしても、泥水だとしても食べます。喜びに打ち震えて涙を流していただきます」
「そ、それは体に良くないんじゃないですか?お口に合わないならやめた方がいいと思います」
「たとえ口に合わなくても、作ってくださった方の目の前でカップ麺を食べたりしませんよ、普通は。」
「うーん…」
「今度僕にも作ってください」
「雇い主さんがそう言うなら…ハイ」
私がひとしきり泣いて、落ち着いてからベッドからダイニングまで運び出された。
テーブルの上に白い湯気をホワホワ立てた紅茶が置かれる。真横の椅子に座った先生がお砂糖が入ったポットを差し出して、私がサインした契約書を手に取った。
「もう一つ、勘違いしているようなので説明します。…やはりきちんと説明してからこれをお渡しするべきでした。すみません」
「……勘違い?」
「はい。あなたに対して『おもちゃ』と言った言い訳をさせて下さい。あ、先にご飯を食べましょう。僕に動画を送った後寝ていたならまだですよね。」
「は…はひ…。」
「ふふ…そう言えば、ただいまの挨拶をしていませんでした。あなたにおかえりを言われる事が憧れだったので…お願いしても?」
「はい…」
先生の柔らかい笑顔に、頬が熱くなってくる。…撮影をした後、動画はあっという間に共有されていた。お部屋の片付けをして力尽きてしまったから、結局1日のほとんどは寝ていた事になる。
椅子を引いて優雅に立った先生は背後から顔を寄せてくる。耳たぶに優しくキスを落として囁いた。
「動画のあなたも可愛かったです。次は一緒にしましょうね。ただいま、優さん」
「…お、おおおかえり、なさい…うぅ…」
囁かれた言葉が熱になって耳に染み込み、鼻歌交じりでキッチンに向かう先生の姿を見ることもできず…私は椅子の上で縮こまった。
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