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1人の朝
しおりを挟む「…?」
鳥の囀る声、朝日に照らされた部屋…。暖かいお布団に包まれて、私は目を覚ます。
昨日のは…やはり夢?そ、そうだよね…先生があんなふうに私を求めるとかありえない……。
いや、おかしい。体がぎしぎし音を立ててるし、ふと胸元に目をやると、夥しい数の鬱血の跡がある。
「キスマークって、こんなにつけるものなの???」
『そこじゃないでしょう』と言う先生のツッコミが入りそうなものだけど、部屋の中はただ静かで…誰の気配もない。
そろそろと体を起こすと、太ももの内側、お腹の左右、二の腕腕の筋肉が悲鳴を上げる。うん、確実に夢じゃない。これは日頃使われなかった部分の筋肉が使われた証だと思う。
体を起こしてすぐ目に入るサイドボードには小さなメモが一つ。
『おはようございます。仕事に行きます。起きたらメッセージをください』
少しクセのあるカクカクした文字。先生の文字だ。
私が通っていたマッサージ店の会員証に書かれていた文字そのまま…やはり私は先生に監禁されている模様である。
メモの横に置いてあるスマートフォンはやや大きい。人気のあるアイポンという機種の、一番大きな物のように見える。
スマホをタップすると顔認証が立ち上がり、難なくロックが解除された。
びっくりして取り落とし、ふと背面が気になる。私が…前に使っていたものと同じカバーの柄!
朝からいい調子で怖いが重なりました。
気を取り直してスマホを拾い上げる。
画面の中にはメッセージアプリと謎のハート幕が横並びに並んでいるだけで、他に何もない…設定画面も、電話も、メールも。これって表示を消せるものなの??
画面を左右にスワイプしてみても本当に何もない…。メッセージアプリに通知が一件だけ、入っていた。
「……こうなったら見るしかないということですね」
小さく呟き、アプリを開く。友人の欄には『堂島 龍一』ただ一人の名前が表示された。
設定画面や着せ替えをタップしても反応がない…本日の怖いその2。
『お身体の加減はいかがですか?無理をさせてしまったので心配です。
朝食はテーブルの上、昼食は冷蔵庫の中。もし足りなければ予備が冷凍庫に用意してあります。キッチンは自由に使って構いません。
デザートにリンゴを切ってあります。刃物類は隠しましたので使えませんよ』
「……刃物でどうにかできるとは思わないですけどー…」
メッセージに既読がつき、追加が送られてくる。
『優さん起きました?』
『痛いところはありませんか?』
『喉が渇いたらウォーターサーバーがあります。サーバーの上にお茶類がありますから』
『甘いものを飲みたいならお砂糖が冷蔵庫の横、りんごかオレンジのジュースがいいなら冷蔵庫の中です』
「う、打つのが早い!返事できないっ!?」
『昨日は素敵でしたよ。最後までできなくて残念です』
『起き上がれるようでしたらリビングへ。僕からのお願いがそこにあります』
「お願い…?」
首を傾げつつベッドから降りて、スマートフォンを片手に持ちながら寝室の扉を開く。太ももの筋肉がキシキシ言っているが、歩幅を狭めてよちよち歩き、廊下の先にある玄関が目に入った。…外に出られたり、する?
『玄関のドアは残念ながら僕しか開けられません』
「…見えてるんですか!?」
『はい』
なっ!?なんですって!!!!!!
キョロキョロ辺りを見渡しても、白い壁と床しか見えない。…どこにカメラが?
『盗撮のプロが隠したのに見つかるわけないでしょう?諦めてリビングへどうぞ』
「か、会話が…メッセージ送らなくても会話がなされている…」
怖いその3。…私は常に監視されていると思った方がいいらしい。
『あなたから見て左側がリビングです。反対側は僕の秘密の部屋なので、入れません』
チラッと左右のドアを眺め、ため息をつきながらリビングの扉を開ける。
扉を開けた瞬間、サーっと音がして自動でカーテンが開いていく。
「自動カーテン!……あっ!?な、なんて高さなんですか!!ここ何階なの?」
窓の下に広がる街は見たこともないほど小さい。東京タワー…?そこまではいかないものの、かなりの高さ。
視界は空がほとんどを占めていて人が住んでいいところなのか悩むような景観だ。遠くには富士山が姿を見せている。
『高いところは好きでしょう?64階です。屋上には庭園がありますよ。そのうち連れて行ってあげます。』
「庭園…この高さで木が生えるんですか??というかここお家賃いくらなの…?」
『家賃はありません。買ってますから。そもそもビルの所有者は僕ですよ』
「………………しょゆうしゃ」
独り言の返事がだいぶ重たい。ここは街の様子からしてどう見ても都内だし、64階って…そんな高いビルを建ててる人ってどれだけなんですか???
先生は電話の応対で反社的なお仕事かと思っていたけど、どうもおかしい。ここまでの財産を持つなら難しい範囲と言える。
……先生、何者なの??
『景色はいつでも見られますから、水分補給と朝食をどうぞ。僕は仕事して来ますので、しばらく音信不通です。ちょくちょく監視カメラ見てますから、安心してください』
「安心とは。物議を醸したいです…」
朝食の置かれたダイニングテーブルもまた大きい。ガラス製なのか、天板が透明でメタリックな足がついている。
椅子は二つだけ。しかも横並び。
テーブルの上に並ぶ小鉢の多さにため息をつき、私は観念してご飯を食べることにした。
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