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夢じゃなかった2

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「卵のお粥と、経口補水液、サプリメントと風邪薬です。りんごをすりおろしてありますからデザートに食べましょう。食べる直前まで冷やして置きますから」
「……」
 
「僕が食べさせてあげますね」
「……」

「ふーふー、はい、あーん」
「……」
 
 陶器のスプーンを掲げられて、思わず口を開ける。
 お水から炊いたお米、ふわふわの卵、優しい出汁の味が口に広がった。
 

 
「おいし…」
「そうでしょう。あなたは塩味えんみが強い食べ物と、鉄の食器が苦手ですからね。お出汁にこだわりました」
「なんで知ってるんですか…」

 お粥を掬い、適度に冷ましながら私にせっせと陶器のスプーンを差し出す先生はものすごい笑顔。
 私のおでこには冷えピタ。体にはふわふわした高そうなパジャマ、首にはミントの香りがするスカーフを巻かれている。


 
「ストーキングの成果です。はい、最後の一口ですよ」
「……」

 最後まで手ずから食べさせてもらうと、吸い飲みが差し出される。重病人の扱いなんだけど…。
 吸い飲みの先に口をつけ、ちゅうちゅう吸う。ポカリよりも優しい甘さと酸っぱさ、少しのしょっぱい液体が、喉を潤してくれる。


 
「ポカリはスポーツ時は優秀ですが、水分補給には向きません。風邪の時は特に。
 バナナは優さんが嫌いな食べ物だったでしょう?元彼は本当にわかってませんね」

 完璧にわかられている。
 いつもマッサージのお部屋で悠々としていた先生が、まるで花を花を振りまくような顔で『私が伝えてない情報』ばかりを喋ってくる。
 頭の中がいつまで経っても落ち着かない。本当にストーカーしてたの…?


 

「りんごは好きでしょう?まだお粥を食べますか?」
「あの…りんごください」
「かしこまりました」

 私の口を柔らかいティッシュで拭い、手の中に吸い飲みを置いて先生が部屋から出ていく。


 何が起きているのか未だにわかりません。熱が出るから頭がぼーっとする。
 
 私、生きてるんだ。昨日雪の中で死んだと思ったのに、先生に助けてもらって生きてる。それだけは理解できた。
 
 先生はどうして私があそこに居るってわかったの?というか、昨日の夜も今朝もかなり不穏なことを言っていた気がする。


 
 『もうここから出しません。彼氏とは別れてもらいます。会社も辞めてください。今までの生活全てを捨ててもらいますからね』
 
『あなたはもう、僕のものです。ちゃんと了承を得ましたから。どこにも出さないし、誰にも見せないし、誰にも触れさせない』

 って。…先生が言ったその言葉に、あたたかさを感じている。
今までずっと空っぽだった何かが、甘い雫を受けているようなむず痒さがある。
 私……おかしくなっちゃったのかな。

 

「お待たせしました。りんごに蜂蜜を入れてます。すりおろしと、うさぎさんがありますよ」
「わぁ…かわいい」

 赤い耳がついたりんごと、ガラスの器に入ったすりおろしりんご。皮ごとすりおろしてるのか、ピンク色になってる。

「あたたかいミルクとチョコレート、蜂蜜を入れたのはおやつに持ってきますからね」

 …何故、それを知ってるんですか??
 私がもう無理って思った時に飲む、爆弾カロリー甘々スペシャルを……。

 
 
「……先生、あの」

龍一りゅういちです」

 すりおろしりんごを掬い、またもや口の前に掲げられてそれを含む。
甘酸っぱくて、いい匂い。私の好きなクローバーのはちみつの味がする。
 龍一…先生の本名?お店のホームページもないし、名前自体初めて聞いた。


 
「僕は堂島 龍一どうじま りゅういち。23歳、あなたと同年齢ですよ。
 職業はまだ秘密ですが、昨日言った通り目的を達したのでマッサージ店はたたみます。収入は心配しなくてもいい。
あなたの職場にはすでに連絡して、辞めてもらいました。 
 住民票も移します。貴重品は没収、携帯は新しいものを用意しますので今日は我慢してください」
 

 りんごを咀嚼しながら、レモンの味に気づいた。色の変化がないようにしてるのかな。クエン酸も取れるし風邪にはピッタリですね!

 

「あなたのお洋服は全て処分して、新しく買い直します。僕はあなたにマッサージで触っていますから、サイズ把握は完璧です。
 あなたが好きなブランドもわかってます。まぁ、外には出ませんから室内着のみですけど」

 うん、現実逃避はやめた方が良さそう。

「あのー…」
「なんですか?」

 恐る恐る手を挙げて、先生を見つめる。首を傾げてにっこり微笑む先生は、若干得意げだ。


 
「私をここに…置くのは本気ですか?」
「ええ、とっても大切にしてあげますよ」
 
「はぁ…それで、監禁するのは?」
「勿論します。あなたはここから出したら元カレの下へ戻ってしまいますから。
 辛い目に遭っても挫けないのは美徳ですが、あなたの場合命に関わると判断しましたので」

 
「ええと、私の気持ちとかそう言うのは…」
「あなたは僕のことを少なからず好ましく思っている。そうでなければ告白してきた男のマッサージ店になんか来ませんよね?」

「うっ…」
 
「それに昨日、いいって言いましたよ?嬉しそうにしてました」
 
「や、あのそれは…死ぬ前の優しい幻覚かと思っていまして」
 
「なるほど、でももう返事はもらいましたから。口約束でも契約ですし、法律上は有効です。
 あなたは職も住まいもなく、行くあてがありません。僕の計画通り監禁されてください」

「うぅ、返す言葉がない…どうしたら…」

 

 ふわふわの布団を握り締め、訳のわからない思考を散らすように頭を振る。
 おかしい。こんなこと言われて、嬉しくなってる。
 
 愛され展開のTL漫画みたいな展開なのに!私がそんなことになる訳ないのに!!


 

「優さん、あなたは自分の魅力がわかっていないんですよ。僕がこれからたくさん教えてあげますからね。
 はい、りんごを食べてしまいましょう。あーん」
「はむ…」

 私は何も考えないように全てを放り出して、美味しいりんごをただ飲み込んだ。




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