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優しい夢
しおりを挟む「…はぁー。甘い物が飲みたい。
あったかいミルクに、チョコを溶かして、蜂蜜追加しちゃおうかなー。美味しいだろうなー」
悴んで真っ赤になった手を擦り合わせ、何度目かの吐息をかける。
もう、息までもすっかり冷たくなってしまった。体の奥底まで染み込んだ冷気が私自身の体も心も、ガチガチに硬くして…動けない。
彼氏との待ち合わせは19:00。腕時計の針は、0時を回っている。
今日は私の誕生日だった。
生まれてきた日に「おめでとう」を貰えなくなって、どのくらいたったかな。
駅前の待ち合わせ場所は、初めて出会ったベンチ。かわいい猫足のアイアンチェアは二人定員の大きさ。
私の横は、いつからかずっと空いたままだ。
街中の雑踏はもう随分前になくなって、今はただ白い雪が全てを隠して、凍りつかせる。音も、温度も、私の心も。
久しぶりに優しく微笑んでくれたあの人は「来週誕生日だろ?映画のチケット貰ったから行こう。いつもごめんな」と、今までの全てが報われるような言葉をくれた。
今、その彼との連絡が取れる携帯はぴくりともしない。
自宅の解錠をアプリで感知してるから、一度帰宅している筈。
そして、ついさっき友人から来たメッセージには、彼氏が写りこんでいた。
私に告白した日に着ていた、勝負服のスーツ姿で。
合コン…だって。みんなかわいい服装で、美味しそうなおつまみやお酒に囲まれて楽しそうだったな。
私は……待っていても無駄だってわかってるのに、動けなくなってしまった。
久しぶりのデートだから、かわいいブーツを買って、ちょっと寒いとは思ったけど彼が好きなワンピースとふわふわのコートを着て、ヘアメイクなんて初めてやって貰った。
細かい編み込み、髪の毛をリボン型にしてくれて…ダイエットも頑張ったし、お肌のケアもしっかりして。いつもよりずっと…我ながら可愛く仕上がったはずだった。
傘をさしているからそれがずっしり重たくなって行って、友人のメッセージが来てからは手に持てなくなってしまった。差すのをやめた傘は、ベンチの横で寂しそうにしている。
頭の上や肩に降り注いだ雪が溶けて、冷たい雫が染み込んで、ふわふわのコートも、可愛くセットした髪も、時間をかけてお化粧した顔も、台無しになってると思う。
オレンジ色の街灯の下で降り続く雪を眺めて、ふと思いついた。
このまま、凍死とか出来るんじゃないだろうか。
私、何もしなかったわけじゃないと思う。お仕事も結構辛くて、帰ったらへとへとだけどご飯も頑張って作ってたし。
お掃除も毎日コツコツしてたし。
お花でも飾ったら喜ぶかな、って思って買ったけど、繊細だからあっという間に枯れてしまった。
見向きもされず、触れもせず、しわしわになったお花は私のようだと思った。
手をつなげなくなって、キスも嫌がられて、愛情表現の全てがなくなってしまった。私の熱は行き場を失って、自身のなかで寂しさに変わり…心の中がいつもそれでいっぱいだった。
きっと、いつかまた愛してくれる。
昔みたいに優しく笑って、あったかい手で私の手を握って、頬を撫でて、キスしてくれるって…ずっと、ずっと…信じてた。
寂しくても、辛くても、背中を向けたままの彼が好きだった。
本当に、大好きだったの。
ついに体を支え切れず、足から力が抜けて雪の上に体が横たわる。私の背が小さいから、足がぴょこんと跳ね上がった。
鉄のベンチが雪ふかふかしてる…もう、冷たさは感じない。
雪って、どんな音も消してしまうんだ。私が倒れた音を聞いた人は居ない。
誰も見ていない、誰も気づかない、私は一人ぼっちなんだなと改めて実感する。
都会で凍死する人なんてきっと珍しい。
私を見つけてしまう人には申し訳ないけど、もう体が動かなくなっちゃったから…許してほしい。
私も彼もラーメンが好きで、お休みの日には必ずラーメンを食べに行っていた。
あそこの味噌ラーメン、もう一度食べたかったな。
お掃除するたびに彼が描いた小さなメモを見つけたりして…楽しかった。ねこちゃんがいつも書いてあって、すごく可愛いかったなぁ。大切にとってあるけど、私が死んだらきっと捨てられてしまうだろう。
具合が悪くなればバナナとポカリを買ってきて、熱を測って、マスク越しにキスしてくれたのが嬉しかった。
もう、それもしてもらえなくなる。
ううん…そんな事、ずっと前からしてなかったじゃない。
いつだろう、全部を失ったのは。
いつからだろう、笑えなくなったのは。
何もかも待つしかできなくなったのは、何もかもが怖くなってしまったのは。
随分前から私は諦めたかった筈なのに、気づいた時にはもう何もできなかった。
大好きだったその人が変わってしまった事を認められず、離れられず、しがみついていた。
でも、やっと終わる。
全部、全部。
「もう、いいよね?頑張ったでしょ…私」
白い雪の中で、最後の吐息を吐いて、目を閉じる。
眦から溢れた涙が頬を焼いて、静かに消えた。
━━━━━━
「──さん…」
優しい、声が聞こえる。あたたかい温度に包まれて瞼が動く。
「優さん!目が覚めたんですか?僕を見て!何か喋ってください!!」
「……せん…せ?」
目の前いっぱいに、いつも通っていた先生の顔が映る。
私が勝手に癒しを求めて、彼が手を差し伸べたのを知らんぷりしてもずっと優しくしてくれた男の人だ。
あぁ、きっと夢なんだな。
マッチ売りの少女もこんなふうに最後に幻覚を見て、亡くなった。
神様がくれる、私の最後の幸せは、この人だったんだ。
「…視線が定まりませんね…体温がまだ低い。もう少し、温めますから」
「……」
彼が私を抱きしめて、冷えた体をさする。熱いくらいの手のひらから、体から体温が染みてくる。
「雪に埋もれたあなたを見つけて、心臓が止まるかと思いました。
もうここから出しません。彼氏とは別れてもらいます。会社も辞めてください。今までの生活全てを捨ててもらいますからね」
「……」
「僕はあんな思いを二度とさせません。二度と…」
囁くように耳元から声が聞こえる。
小さな声は震えて、私の肩に熱がこもった雫が降り注ぐ。
すごい。そんな…今流行りの漫画みたいな展開なんだ。これって私の願望なの?
こんなふうに裸で抱き合って、甘やかされて、もう辛い思いをしなくていいなんて。
誰かに必要とされたい、って思ってたのはそうだから…夢でもすごく嬉しい。
「……いいですよね。僕のそばにいると約束してください。お願いします」
「はい…」
夢の中くらい、いいよね。死ぬ前の夢は、私を再び微睡の中に沈めて…大切なもののように、優しく、あたたかく体を包み込んでくれた。
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