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大学生編
おかえり
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光side
「…ひ、ひさしぶり」
「うん」
不機嫌そうな更夜の向かいに座る。
観客席に招待して、来てくれたからめちゃくちゃ嬉しかったけど。
俺の視線を受けた更夜は凄い顔してた。
…本当に嫌いになっちゃったのか。
「怪我、大丈夫なの?痛み止めは?」
「さっき飲んだよ。大した怪我じゃない。痛みが強いだけだから」
ピーターにお願いして、俺の控室で二人きりにしてもらった。
すぐそばに更夜がいる。
お互いしていたメールが途切れてから、もう数年経つ。
その事実が、怪我の痛みよりもずっと痛い。心の傷がズキズキと脈を打つのがわかる。
こんな痛みももう忘れかけてたけど…更夜の顔を見てしまうと、また思い出されてその傷の形を見せて来る。
「で、早くして欲しいんですけど」
「え?な、何を?」
更夜の瞳が赤い。泣いたのか?
「僕のこと振るつもりで来たんでしょ?怪我してまで見せつけなくたって、駿くんとこのあとフラれたもの同士で飲みにいくんだ。早くしてよ」
「えっ?フラれ…?メールをよこさなくなったのは更夜だろ?駿って誰?
訝しげな顔になった更夜が目を合わせてくる。
綺麗な目が翳ってる。
大人になった更夜は、悲しさに包まれていて前よりずっと綺麗になった。
俺は本当に高校生ぶりに再会したんだ。
いつも写真を持ち歩いてるから、チームのみんなが更夜の顔を知っていて、何度か大会を見に来てくれているのは聞いていた。
一度も会えなかったけど。
「最後のメールは僕でしょ?その後メールが来なくなってから四年経ってる」
「ち、違うよ。俺が最後だ。喧嘩して、その後…期間は開いたけどごめんって送っただろ?」
今度はポカンとした顔になってる。
あー、これは。ポヤポヤしてるのは相変わらずなのか。
もしかして、メール見てないのか?
「電話もしたし、メールもしてる。俺は返事が来なくてもずっと送ってたんだけど。
電話は喧嘩の後しばらくして通じなくなったし…」
「えっ?電話…あっ!僕水没させたあと…スマホ変えて…メールが来なくなってから見てないし、スマホも番号変わったの教えてない…」
呆然と二人で見つめ合う。
嘘だろ?こんな事ってある?
俺、今日お前に告白し直して、もう一度やり直そうって言いに来たんだけど。
「…光が…僕にもう来るなって言うために呼んだんじゃないの?」
「そんなこと言う訳ないだろ。俺はずっと更夜が好きだ。怪我しちゃって危うかったけど、日本に来られるのは今後しばらくなくなるし、更夜を取り戻したくて必死で来たんだぞ」
「な、何それ?えっ…どう言うこと?」
「はぁー……マジか…いや、うん。もっと早く来るべきだった。お前が嫌いになったなら、行くべきじゃないって…思ってて…」
「はぁ?僕が嫌いになる訳ないでしょ?あんなに好きって言ったじゃん」
「俺だって言ってただろ。キスもたくさんしたし」
二人して俯いて、ため息をつく。
なんだよ。ここ数年なんだったんだ。バカだな、俺。こう言うやつだってわかってたのに。
「そ、それ…どう…僕…フラれてないの?」
声が震えてる。くそっ。体が動かない。
数年の寂しい年月が体を固めて動かしてくれない。
「振ってない」
「…まだ、好き?」
顔を上げて、更夜の目をじっと見つめる。
ゆらゆら揺れて、涙が溢れそうだ。
アドレナリンが抜けて、脱力してるから拭ってやる気力すらない。
「好きだ。ずっと好きだよ。更夜が抜けてるやつだってこと、忘れてた。ごめん」
「あ、謝らないで!…僕のせいじゃん。メール見てないし…電話も教えてないし…も、やだぁ…馬鹿みたい…」
涙をこぼした更夜が机にうずくまる。
あーっ!動け!俺の手!!!
お前更夜にテーピングしてもらった恩があるだろ。
両手を必死に動かして、更夜に触れる。
体力残しておけばよかった。でも、怪我してるから…あの時の、更夜みたいに。
だから、どうしても走りたかった。
見てほしかった。取り戻したかったから。
大好きな更夜を。
手を握ると、涙に濡れた顔が上がる。
「ごめん、疲れて体がうまく動かない。あんまり泣くなよ。拭いてやれない」
「う…っう…」
涙が止まらない更夜が添えた手をギュッと握りしめて来る。
「ごめんな、寂しい思いさせて。彼氏失格だな」
「ちが…う。僕が…僕…」
「やり直す…って言うのもおかしいけど。俺は更夜の彼氏でいたい。更夜が卒業したら一緒に暮らそう。」
「…僕の、せいで…寂しい思いしたのに?」
「うん、それはそう。でも、俺も会いに行けばよかっただけだ。ピーターが言うように。
更夜が俺のこと忘れたいなら、会うべきじゃないと思ってた。
忘れられるはずなんかないのにさ。」
「僕も、そう。同じ気持ちだったんだね。僕も忘れられなかった…」
立ち上がった更夜がそっと触れて、抱きしめて来る。
お互い体の力が抜けて、心がほぐれていくのがわかる。
あったかい。やっと…こうする事ができた。
「光、好き」
「俺も。好きだよ」
座ったままだから、更夜のお腹が目の前にある。
それに必死でしがみついて、溢れて来る涙を染み込ませる。
「おかえり、光」
言葉が胸の中にストンと落ちて来る。
そう言って欲しかった。誰よりも先に。
俺のだ。更夜は、俺の。
もう誰にも渡さない。絶対に手放さない。
二人で泣いて、抱きしめあって、静かな沈黙を迎える。
「光…どこに泊まってるの?」
「ホテル。…一緒に居たいんだけど、こっちくるか?」
「んん…うーん。その、うち来たら?ご飯作ってあげる。」
「一人暮らししてるのか?」
「うん。小さい部屋だけど、僕だけだよ」
「行きたい」
「うん…」
体が離れていく。なんだか不安になって、もう一度腕を回して抱きしめる。
耳元でお腹がキュルル、と可愛い音を立てた。
「うっ…恥ずかしい…」
「ご飯食べてないのか?」
「ん…食べられなかったんだ。光にフラれるつもりでいたから」
「そうか…じゃ、早く帰ろう。」
腕を離して、更夜に手を差しだす。
二人でずっとそうしてきたように。祈りを込めて、震える手を伸ばした。
ふわり、と微笑んだ更夜が迷いなくそれを握って引っ張り上げてくれる。
「懐かしい。ずっとこうしてたもんね」
「うん…」
二人で手を握りしめて、微笑みあった。
━━━━━━
「駿くんってあいつか…」
「そうだよー。光と離れてる間ずっと一緒にいてくれたんだ」
小さな部屋の小さなテーブル。座椅子が一つ。それに座らせてくれて、光がご飯を作ってる。
トントン、と何かを切る音が耳に心地いい。
高校生の時とは違う姿をじっと眺めてる。
ピーターも、駿も、手を繋いで控え室を出たら微妙な顔で肩を叩いてきた。
俺も何を言えばいいのかさっぱりわからなかったけど、最後は笑顔で送り出してくれた。
喧嘩の時も更夜の悪口言わなかったもんな、あいつ。
「そう言えば、お酒飲むのか?」
「んー?うーん。別に好きな訳じゃないけど飲めるよ」
「好きじゃないのに飲むのか?」
キッチンの棚には強めのお酒が並んでる。
ウィスキーに、ウォッカ…日本酒。
更夜も弓道をやっているはずだからあまり飲んでないと思ってたけど。
「寂しい時に…飲めば寝られるし」
「そ、そうか」
いかん、俺は墓穴を掘った。
キョロキョロ辺りを見渡すと、綺麗に片付けられた部屋のそこかしこにトロフィーや賞状が飾られてる。
お、段も取ったのか。免状…あれっ!?師範の資格取ってるじゃないか。
「連盟の師範資格取ったのか?!」
「そう。卒業したら連盟の仕事するつもりでいた」
「えぇ…あ、そうか。お前大会の時に覚えられてたもんな」
「うん、そうだよ。怪我の功名かな。光のおかげだねぇ…」
でも待てよ…。そうなると更夜と一緒に住めなくなる…。弓の連盟は日本だけだし、更夜は世界大会にエントリーしていたはずだ。
功績を残せばかなり上の人になるはずだし。
ますます俺が動かなかった事が今後に影響を及ぼしてる。
俺自身も日本にはなかなか来られない…大会やオリンピックでもない限り無理だ。
「光は日本にいるのは難しいでしょう?
僕、国際弓道連盟の方に打診するつもり。日本の中でしか今のままだと動けないし」
「でも、資格まで取って…大変だっただろ?」
背を向けたままの更夜が動きを止める。
「そんなの、何にも大変じゃない。僕は今までやってきたことを形にしただけ」
そんなこと、ないだろ?一般的な知識としては連盟加入は簡単だけど、段をとったり審判や教える立場になるには高校生の時とは違う次限の努力になる。
ボランティアをしたり、連盟の系譜を覚えたり…自分の腕を磨きながらやるんだ。
さっき握った手は、前に触った時よりもマメが増えてゴツゴツしてた。
「光は僕のこと考えそう言うこと考えてるんだと思うけど。僕無理だよ。
四年の間に染み付いた寂しさがいつまで経っても消えない。
ちょっと離れてるだけで寂しくて寂しくて…死んじゃいそう」
足を励まして、引きずりながら更夜を抱きしめる。震える体を抱きしめて、首に唇で触れる。
「足、痛いでしょ…」
「いい。そんなの。俺だって離れていたくない。」
「ん…」
やっと震えが止まった体を抱えたまま、人参を切ってる様子を眺める。
「何作るんだ?料理できるんだな」
「簡単なものしか作れないけどね…白和と、作ってあった豚汁と…お漬物とご飯くらい」
「すごいな、フルコースじゃないか」
「光のこと考えるとお肉か魚も欲しいけど…ごめん。僕貧乏なもので」
「そうなのか?バイトする暇ないもんな…」
「うん。連盟のお仕事ももらってるけど、お給料安いからねぇ」
「そっか、わかった。たくさん稼ぐ」
「なあにそれ。旦那さんのつもり?」
…それいいな。
「アメリカなら結婚できるよ」
「な、なに…言い出すの?だって光は、付き合ってる人いるんじゃないの?」
「い、いないよ!なんで更夜が好きなのに他の奴と付き合うんだ?」
更夜がそろり、と指を指す。
ベッドの脇にあるデスクに週刊誌が乗っかってる。
「あれは違う!あっちが勝手にそう言ってるだけ!」
「そうなのぉ?」
「そうだよ。俺は更夜だけだ。ピーターに証明してもらってもいい」
ふーん、と呟く声が背中から伝わってくる。
くっそ…相手にもしてない女優のせいで…。
「うん、やっぱ結婚しよう。そしたら安心するだろ?明日オフだから指輪買いに行こう」
「ダメ。怪我してるんだから休まないと。それに離れてた期間があるから、今の僕を好きでいてくれるかわからないでしょ」
「むーうー…」
頑固者め…俺が知ってるより頑なになってる。
「焦らなくてもいいと思う。卒業したらずっと一緒にいて、離れないからね。光が嫌だって言ってもくっついてやる。僕は今までの分を取り戻すんだから」
「うん…そうだな…」
豆腐を潰し始めた更夜が笑ってる。
相変わらず話コロコロ変わる表情。かわいいな。
「光はモテモテだけど、付き合ってなかったの?」
「うん。無理だよ。更夜みたいに好きになれなかった。」
抱きしめた更夜が腕の中で向きを変えて、胸元にキスして来る。
「なな、なん…」
「ぼくも。光だけ。ずっと、ずっと光だけが好き」
俺の背が伸びたから、頭一個更夜が下にいる。
キスしたいんだけど、どうしたらいいんだ?
胸に手が置かれて、更夜が背伸びして近づいて来る。
わ…そうするのか…。
腰に手を回して、体に引き寄せる。
唇が柔らかく触れて、離れて行く。
「続きはあとでね?」
「は、はい…」
顔が真っ赤になってるな、俺。
くすくす笑いながら作業に戻る恋人にしがみつきながら、その声を受け止めて。
俺も微笑んだ。
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