【完結】星影の瞳に映る

只深

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高校生編

男としてのけじめ

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━━━━━━

 光side

「では明日、校門前に7時に集合。くれぐれも遅刻するなよ。特に影」
「わっ、は、はい…」


 名指しされてしまって、星くんが横で笑ってる。
 ちゃんと朝起きて出発してるのにいつも遅刻ギリギリだもんね。なんでだろうね?



「明日も迎えにいくからな。遅刻したら困るし」
「えっ?大会当日だし…大丈夫なの?」
「だからだろ。」


 プイッとそっぽを向かれるけど、どう言う意味なの?そもそも毎日お迎えに来てくれるけど、僕から得られるものなんかあったんだろうか?
 他の子から聞いたけど…星くんのお家は僕と反対方向だから、一緒に帰るのも迎えにくるのもわざわざ余分に歩いてるようなものなんだけど…足腰鍛えてるとか?



 先生の話が終わって、道場に二人でポツンと残る。
 何故だかわからないけど、いつも恒例になったこの時間がいつの間にか僕のお気に入りの時間になっていた。



「星くんの密着生活もこれでおしまいだねぇ」
「ん…」



 道着を着たままの星くんは、正座のまま。
 そのまますっ、と頭を下げてくる。


「えっ?えっ?」
「ご指導いただき、ありがとうございました」



 ハッとして僕も座り直し、同じように礼を返す。
「こちらこそ。僕も勉強させていただきました。ありがとうございます」


 体をお互い起こして、微笑みあう。
 こんなに誰かと一緒にいられたのは初めてのことだった。
 過去にお付き合い?した彼女?さんともこんなに一緒にいたことはなかった。
 大会が終わったら…寂しくなっちゃうな。



「なぁ…大会が終わっても…一緒に居ていいか?」
「えっ?そ、それはその…僕といても楽しくなかったでしょう?毎日遅刻しそうになるし、寄り道するし。アイスはこぼすし」



 ふるりと首を振った彼は切なそうな顔をして微笑む。

「すごく、楽しかった。毎日毎日、そばにいられて幸せだったよ」
「そうまで…言われちゃうと、どうしたらいいのかわかんないんだけど…」




 両手を握られて、真剣な眼差しが僕の目にとびこんでくる。


「影の色んな魅力がわかった。ポワポワしたトコとか、歌が綺麗なところとか、物知りなところ、アイス食べるのが遅いところ、泣くのも遅いし、歩くのも遅い…」
「文句言いたい感じ?」

「ち、ちがうよ…でも、弓を引く影を見て、俺は入部したんだ。あのかっこよさは…心の内側からなんだとわかった。全部、影の心がお前のことをそう見せていたってわかったんだ」

「心の…内側…?」




 頷いた星くんの瞳に星が宿る。
 ずっと、ずっと見えていた僕だけの星。


「俺、大会で…影に勝つ。それで、その…伝えたいことがある。退会が終わったら聞いて欲しい」

 あまりにも真剣な表情に思わずたじろいでしまう。
 伝えたいことって、何?
 どうしてそんなに真剣な顔してるの?


「い、今じゃダメなの?」
「ダメだ。けじめをつけなきゃダメなんだよ」

「星くんが負けたら?」
「うっ…そ、それはその…いや、気持ちで負けてたらダメだ。だから、待っててくれ」

「うん…」



 渋々頷くと、星くんは笑顔になる。
 顔が真っ赤に染まって、鼻息が荒い。

 僕、なんとなくわかっちゃった。
 僕もきっと…同じ気持ちなんだ。



 僕だけが見えていたもの。星くんの中の輝く星が教えてくれる。
 僕の特別な、気持ち。



 じっと見つめあって、夕日の中で距離が縮まっていく。…どうして…?なんでこんなに近くに?

 瞬いた星くんがそっと唇に唇を重ねて、微笑んだ。




 ━━━━━━

「おし!全員揃ったか?」



 先生が鉢巻を渡してくる。ボクはそれをじっと見つめて、ホワホワした気持ちを抱えたままでいる。
 胸の中にたまに生まれてきたもやもやしたもが、星くんがしたキスで形を変えて、心の中があったかくなってる。



「あれ?星がいないぞ」
「えっ?!」


 キョロキョロ辺りを見渡すと…確かにいない。さっきまで微妙な距離をとってそこにいたのに。



「参ったな、もう始まるぞ…」
「ぼ、僕探してきます」

「そうだな、みんなで探そう。手分けして!三将線からだし、まだ時間はある。いそげ!」


 集まったスタメンたちではい、と返事を返して、走り出す。
 僕は二人分の鉢巻を持って大きな弓道場から飛び出した。



 ━━━━━━
 光side



「は?どう言う意味だ」
「だから、おまえ俺の女に手を出したって言ってんの」


 弓道場から呼び出されて、開館の裏で複数人に囲まれてる。
 バットを持ってるやつ、竹刀を持ってるやつ…。完全にチンピラだ。


 こいつ、去年俺が入った頃からスタメンを外されてたやつだったな…本当に素行が悪いやつだったんだ。
 裾が短い学ランに、赤いシャツをインナーに着てる。校則でダメだろ、それ。

 男の後ろから女の子が姿を現した。




「君か…」


 俺が影と一緒にいる時に告白の返事をした子だ。
 そのあとコンビニで連れ立っていたけど…まさかこんなことになるなんて。


「俺は告白されて断っただけだ」
「何言ってんだ?俺と付き合ってんの、一年からだぜ。おまえが告白してきたって言ってたけど?」

「はぁ?」


 なんだこいつ。
 大人しげにしていた子が眦を釣り上げて、叫ぶ。



「そうよ!私のこと好きって言ったくせに!あのモサい部長とも付き合ってるでしょ!!」
「は?まじかよ…いや、部長は別にモサくねーだろ?」


 いや、そこ否定するのか。
 曲がりなりにも影の次に長く弓を使ってきたからそう言う尊敬はしてるのか…わざわざ話しかけてきたりしてたしな。



「私より部長とかありえないでしょ!」
「いや、あんたの方がねーよ。アイツは本物だ。おまえと違って厚化粧したりする必要ないくらい肌が綺麗だし、唇プルプルだぞ?」

「確かに」
「あ、あんたもなんで同意してるのよ!?おかしいでしょ!男同士で!」


「いや、まだ付き合ってないが。俺は好きだけど」
「えっ、そうなの?おまえ見る目あんじゃん」

「だからなんでお前がフォローしてんだよ…」

 思わず突っ込んでしまう。



「と、とにかくだ!俺の女に手出ししてタダで済むと思うなよ!」
「わー、そうなるのか…」



 武器を振り翳してジリジリ近寄ってくる。
 流石にケンカまでは強くない。どうにか弓が打てる状態で逃げるには…どうしたらいい?

 振りかぶってきたチンピラたちをじっと見つめる。気配が強い。俺のことボコボコにするつもりなんだ。



 頭の中を空っぽにして、何も考えない。周りの空気を感じて、気配を感じて、一つになる。
 影の言葉が浮かんできて、頭が真っ白になる。

 周りにいる奴らの動きがわかる。
 一つ一つの動きを見る前に体が動いて、それを避けて…走り出す。

 走った先に、会館の入り口があるはずだ。あそこまで行けば。


 走り出した足が会館の入り口に到達する前にもつれる。
 くそ、こんな時に…。



 陸上部を辞めたのも、これのせいだ。
 俺はやけに転ぶんだ。大会の時や、大切な時に…。
 影に勝って、告白したいのに…。
 バットを振りかぶった男の顔。後ろからやってくる人たちの叫び声。
 ダメだ。

 頭を抱えて蹲る。


 目を瞑り、衝撃をまつ。腕だけは辞めてくれ…。



 ガキっ!と重たい音。…衝撃がない…。
 丸めた体を解いて、目の前で止まった金属バットが陽の光で鈍く光る。




「か、影?!」
「いった…先生!先生!!」

「何やってんだお前ら!!!」


 走ってきた数人の大人たち。逃げていくチンピラ…。
 目の前で影が崩れ落ちる。


「か、影?どうして!!」
「あははー。やっちゃった。」

 倒れ込んだ影の頭を抱えて、体を探る。



「どこ?どこぶたれた?!」
「ここ。痺れてる…骨は無事かな?」

 影が体を震わせながら、右腕を抱える。



「ば、バカっ!お前、腕を!?」
「ん、大丈夫。」


 困ったような顔で起き上がった影が腕を押さえながら、額に脂汗を浮かべている。

 道着の袖をまくると、真っ赤な色から真紫に変わっていく腕の色。手先が震えてる…。



「間に合ってよかった。さ、行こう」

 ふらふら歩き出す影を引き留めて、抱きしめる。


「何言ってんだよ!こんな怪我じゃ無理だ!!!」
「ダメだよ、最後の大会だし、トロフィー貰わなきゃだし、それに…」

 影が眉を下げて、ほのかに微笑む。


「僕と勝負するんでしょ?」
「なに…言ってんだ…」

 よりによってお前に怪我させてしまった。なんでそんな事言ってるんだよ。
 痛いだろ、絶対動かないだろ?



「男は勝負を受けたら、逃げちゃいけないんだよ…光」
「は、なに…」

 言葉が出てこない。微笑んだ顔から、ふわふわした色が消える。
 右手をぎゅっと握って、影の顔が歪む。



「やめろ…やめろ!!」
「ん、テーピングしなきゃ。行こう」

 左手で掴まれて、スタスタ歩いていく影をただ追うしかなくなった。



 ━━━━━━


「影!怪我をしたのか!ひどいな…」
「テープください、あとちょっと支えてもらえますか?」

「無理だろ、これは…影、諦めろ」
「諦めません。僕の最後の勝負です。お願いします。」

 影が先生の言葉を遮って、強い光を宿した目で見つめてる。



「痛み止めも効かないぞこんなの」
「大丈夫ですよ。圧迫すればマシになる。
 光…これ、鉢巻。巻いてあげたかったけど、無理だ。
 僕の、巻いてくれる?」

「どうしても……やるのか?」

 にこりと微笑んだ影が頷く。


 影の頭に鉢巻を巻いて、自分にも巻き付ける。長い鉢巻の裾を背中に垂らし、その先に口付けた。



「…先に行ってくる」
「うん、頑張って!集中すれば光は全部当たるから」
「うん」


 アナウンスが流れて、副将戦の案内が始まる。正直なことを言うと、……頭がぐるぐるして混乱がおさまっていない。

 影を怪我させた。俺のゴタゴタに巻き込んで、勝負するなんて言ったから痛い思いをしてまで俺との約束を守ろうとしてくれている。

 勝負なんて、どうでもいい。今すぐ影を連れ出して、医者に連れてって…。



「光!!ファイト!!!」

 テーピングを巻かれながら、影…更夜が叫ぶ。


「おう!!」

 返事を返して、的の前に立つ。


 遠くで顔を顰めながら更夜がテーピングをしてもらってる。
 周りを囲んだ誰もが青い顔をしてるのにあいつは一人、微笑んでる。


 負けるわけに、いかないんだ。
 心をくれたお前に応えるために。


 ━━━━━━
 更夜side


「ぐ…っ」
「もう少しキツく巻くぞ。息を吐いて。」
「はー、はー…」

 ぎゅうぎゅうに巻かれたテーピングで右腕が真っ白だ。関節を上手にサポートして巻いてくれたから、腕は自由に動く。
 圧迫してるから少しはマシになる痛み。

 的を射る音が響く。
 光の打った矢の音だ。
 うん、心臓に当たってる。



 口がにやけてくる。
 すごいなぁ。こんな状況なのに楽しくて仕方ない。
 僕、こんなふうに本気で戦うなんてこと今までなかったんだ。

 どこにこんな情熱的な気持ちがあったんだろう?僕自身も知らなかった感情が後から後から湧いてくる。



「どうだ?」
「ありがとうございます、大丈夫」
 先生が泣きそうな顔してる。

「お前、そんなに…そんなになってまで…いいんだぞ。痛いだろ?俺がトロフィーが欲しいなんて言ったから…」

「ごめん、先生。トロフィーのためもあるけど、そうじゃないんだ。僕、光と勝負しなきゃなんです」
「勝負?」

「そう。約束したんだ。だから、僕勝ちますよ。トロフィーもついでについてきます」
「なんだよ…それはぁ…」

泣き笑いになった先生の腕をぽん、と叩いて立ち上がる。



 ふー、と吐息を吐く。
 痛いなー。息をしても痛い。頭がガンガンしてきた。

 汗が止まらなくなって、頭に巻いてくれた鉢巻を通り越して冷や汗が顎に伝う。



「更夜!」

 光が戻ってきて、点数票を突き出してくる。真っ赤になって、涙目だ。


「満点だね。じゃあ僕もそうしなきゃだねぇ」
「俺が支える」

 立ち上がると、めまいがして目の前が一瞬真っ黒になる。歯を食いしばって、もう一度深呼吸。

 光が体を支えてくれて、的まで歩いていく。
 ざわざわしていた会場が静まり返って、僕たちのもとに視線が降り注ぐ。

 審判の方が走ってくる。 

「話は聞いたが…大丈夫なのかい?」
「はい。打ちたいんです。」

「わかった…君、ここに控えていてくれ。倒れたら怪我をしてしまうから」
「はいっ!!」


 光がそっと身体を離し、近くに座る。
 真正面に座って、じっと僕を見てる。まるで、いつもの練習の時みたいだ。


 アナウンスが流れ、順番に選手たちが矢をつがえて行く。僕が一番最後。



「◯◯高校、主将。影 更夜くん」

 姿勢を正し、審判の方へ向き直り、一礼。
 的の奥の神棚にも一礼して、足を開く。
 大会は、所作振る舞いもすべて点数に加算される。僕が長年やってきた弓の集大成だ。

 痛みが消えて、会場のすべての音が消える。
 いつものように弓をつがえて、指が離れるのを待つ。


 うん、大丈夫。
 揺らがない心の内に、光がいる。
 君はずっと、ここにいたんだね。
 僕の心の中に入り込んで、いろんな場所に熱をくれて。

 僕の矢が的からぶれたことなんて、今まで一度もなかったのに。
 心が揺らいで、光の中の星に惹きつけられて、僕はここに定まった。

 若さもあるんだろうな、なんて思うよ。僕たちはなんたって、思春期だ。
 僕の中に初めて生まれた、この感情は…きっと光の中にあるものと同じだ。

 だから、僕が勝って、僕が伝える。



 三本目の矢を持った瞬間に腕が硬直する。痙攣が起きてる。
 矢を戻して、手のひらを握りしめる。

「更夜!がんばれ!!」

 目の前の光の声だけが耳に届く。
 ありゃ、泣いちゃってる。
 光は泣き虫だし、顔がすぐ赤くなる。
 僕のことたまに可愛いって言うけど…光の方が可愛いよ。

 真っ黒な目から溢れる涙がキラキラしてる。
 流れ星みたいだ。



 もう一度矢を持ち、いつものように動作を進めて行く。
 痛みで勝手に顔がキツくなって行く。
 それでも、僕は打つんだ。

 つるを引き切って、時が来るのを待つ。

 光の呼吸音。心臓の音。
 僕の呼吸音。心臓の音。

 二つが重なって、時が満ちる。


 真っ白になった視界の中で、矢が離れて…腰に手を置いて、膝を落とす。
 その瞬間に…僕は意識を手放した。

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