【完結】星影の瞳に映る

只深

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高校生編

握られる手

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 ━━━━━━

 更夜side

「先生めちゃくちゃ怒ってたね?」
「お前がやったんだよ。なんで他人事なんだ」



 星くんは不機嫌そうにガリガリくんを齧ってる。
 僕そんなに早く食べられないんですけど…。
 ぺろぺろ舐めては溶けてくる端っこのかけらを口に入れる。
 食べるの遅いからもうめちゃくちゃ溶けてる。


「毎日あつくて体に堪えますなぁ」
「じーさんみたいなこと言うな。溶けてるぞ」

 星くんがポケットからティッシュを取り出して、拭いてくれる。
 手のひらに垂れた雫をペロンと舐めると、真っ赤な顔になった。
 …どしたの?


「舐めるな。ふけ。」
「はーい」

 口元を拭かれながら星くんの顔が近づいてきて、僕のアイスを齧る。


「あっ!あーー!!そんなに!」
「うるへぇ。食うのが遅い。溶けちゃうだろ」
「うーうー」


 ほとんど齧られて無くなってしまったアイスを口の中に放り込んで、残った棒をゴミ箱に捨てる。



「むー」
「ふっ、食ってやったぜ」
「もー。間接キスになっちゃうでしょ」
「か、かん……」

 あれ、また真っ赤になっちゃった。
 大丈夫なのかな。



「僕もう帰りたいんだけど、大丈夫?」
「だい…じょぶ」
「うーん」

 さっき弓道場で突然手を握られてびっくりしたけど、もしかして具合が悪くて心細いのかも。
 しからば。

 星くんの手を握って、歩き出す。


「は?は?」
「帰らないの?」
「か、かえる…」


 すっかり大人しくなった星くんを引っ張りつつ、朝来た道を歩いていく。



 夕方なのに、暑い。
 汗が首筋を伝って、シャツに染みていくのがわかる。
 絶対汗臭いよね、これ。

「あっ!朝のにゃんこ!」


 朝見かけたにゃんこが近寄ってくる。
 毛並みがふわふわだから飼い猫さんなのかと思ったけど、なんか足元がおぼつかない。


「にゃんこさん?」
「ニャー」

 ニャーニャー鳴きながらうろうろしてる。



「なんか、どこかに連れて行きたいんじゃないのか」
「そうなの?星くんわかるの?」
「いや、わかんないけど…なんとなく」


 そう言われるとそんな気もしてきた。
 立ち上がると、にゃんこがスタスタ歩いていく。

 二人で顔を見合わせて、振り返りつつ歩くにゃんこを追いかけていく。
 星くんがいった通り、どこかに連れて行きたいみたい。

 小さな橋を渡った先にある、鬱蒼とした森に囲まれた神社。
 にゃんこが鳥居をくぐる。
 星くんが鳥居の下でぺこりと頭を下げて、中に入っていく。

 ほー、そういうことするのね。
 真似して頭を下げて、僕も後を追う。



「…子猫だ…」

 にゃんこが座った横に、小さな段ボール。中を覗いた星くんが顔を顰めてる。

「えっ!?子猫?」
「うん…」


 段ボールの中に、二匹の子猫。
 もう、動いていない。

 硬くなった体をそっと持ち上げた星くんが子猫を抱きしめる。


「間に合わなかったんだ…今日…暑かったから」
「そ、っか…」

 僕も、もう一匹の子猫を抱きしめる。小さくて真っ白な体は、冷たく、硬く固まっている。


「ごめんな…」

 呟いた星君の声が震えてる。
 伏せた髪の真っ暗な隙間から、キラキラ光る雫が一つ、二つと子猫に降り注ぐ。



 真っ黒な子猫の毛皮に染みた涙の粒が、消えていく。
 それを見た僕は、なんだか勿体無いような、切ないような…子猫ちゃんが亡くなってしまった事含めて、色んなものが心に浮かんでくる。

「埋めてやろう」
「うん」



 涙を拭って、立ち上がった彼の手を握って、神主さんに許可をもらって。
 快く許可してくれた神主さんが、貸してくれたシャベルで土を掘る。
 子猫を埋める様子を側でじっと見ている…君はお母さんだったの?
 ごめんね、もっと早くに帰っていたら…。

 胸が締め付けられて、苦しくなる。
 ずっと泣いてる星くんの気持ちと一緒になっていくような感覚。
 彼の純粋な悲しみが、優しい心が沁みていく。

 埋め終わって、近くに生えていた小さな白い花を備えて、手を合わせる。
 何も浮かんでこなくなってしまった。
涙さえも。
僕は冷たいやつだったんだろうか。

 握ったままの手のひらが…火傷するような熱をはらんでいる。
 大きな木の根元に涼しい風が吹いてくる。

 サワサワと木立を揺らして、風が通り抜けていく。


 ふと、視線を感じた。目を真っ赤にして、真っ黒な瞳が僕を見つめてくる。


「泣かないんだな、お前」
「なんか、泣けない…悲しいとは思うんだけど。受け止めきれないというか…僕冷たいやつなのかも」

「そんなこと、ないだろ。俺の方が冷たいやつだよ」
「どうして?」

「さっきの子、名前すら知らないんだ。俺。告白してくれたってことは接点があったはずなのに」

「断ったの?」

「そう言っただろ。好きな人がいるんだ。今日、わかったばっかりだけど」

「そうなの?…初恋かな?」 
「そうだよ。…初めてだ、こんなの」

 呟きながら、じっと見つめてきた星くんが近づいてくる。



「ほんとに鈍いんだな…後から悲しくなるタイプだろ?」
「そうかも。みんなが泣いてるの見た後によく泣いてるかも」
「ふうん…」

 えっ?な、なに?



 近づいてきた星くんがさらに顔を近づけて、額をくっつける。


「俺だけ泣いて、恥ずかしいだろ。お前が泣くときは、俺がそばにいる時にしろ」
「はぇ…あの…」
「返事」
「は、はい…」


 ふっ、と笑って額から暖かさが離れていく。なんだか寂しい気持ちになりながら、そこを撫でる。


「帰ろう」
「う、うん…」


 差し出された手を握って、にゃんこに手を振りながら僕たちは帰路についた。

 ━━━━━━


 その日から毎日、僕たちはずっと一緒に過ごした。
 朝のお迎えから、夕方の夕練を終えて自宅まで僕を送り届けて…星くんは帰っていく。

 だんだんスキンシップが強くなっているような気もするし、同性同士だからこんなもののような気もするし…。
 悩みながら、ずっと一緒にいる。



 にゃんこのお墓を作ってピッタリ3日後に僕が突然泣き出したときは、保健室に連れて行ってくれて…ずっと抱きしめてくれた。

 日課になった二人の練習で星くんはめきめき腕を上げて、僕と同じく心臓にしか命中しなくなった。

 授業中も、盗み見ができなくなって…。
 だって星くんずっと僕のこと見てるんだ。
 目があっちゃうから、綺麗な顔が見たいのに見られない。



「帰るぞ」
「う、うん…」

 差し出された手に、たくさんのマメができてる。テーピングしてるけど…血が滲んでる。


「ねぇ、テーピング巻き直そう。保健室まだ先生いるよ」
「別にいいよ。遅くなっちゃうだろ?」

「男だし大丈夫でしょ?別々に帰れば…」
「いやだ。大会まで密着するって決めたんだ。いくならさっさといくぞ」
「うん…」


 手を握って、保健室のドアをノックする。

「はーい!どうしたの?」

 白衣を着た先生がドアを開けて首を傾げてる。



「あの、テーピングを直したいんです」
「いいわよ、どうぞ。先生ちょっと職員室行っかなきゃだから自分でできる?」

「はい」
「帰る時に声かけてねー」

 先生が軽快な様子でドアを閉めて、出ていく。



 星くんを座らせて、テーピングのテープと…消毒液と…あとコットンとガーゼかな?ガサゴソ棚の中を探りながら目的の物資を見つけて、僕も丸椅子に座る。
 差し出された手を握って、テーピングを剥がし始めた。


「わー!なんでコットン挟んでないの…皮が剥けちゃうよ?」
「めんどくさかった。別に平気だから早くしてくれ」

「もーおー。」


 ぶつくさいいながら、そーっとテープを剥がす。あーあ、もう。潰れた豆の皮が剥がれて…痛そう。


「ごめんね、痛いでしょ」
「なんでお前が謝るんだ?別に平気だ」
「痩せ我慢してー」

 ようやくテープを剥がし終えて、消毒液をスプレーすると体が跳ねる。


 ほら、痛いんじゃん…。
 ズレたメガネを掛け直し、丁寧に消毒して、ガーゼを包んだコットンに軟膏を塗ってマメを覆っていく。
 その上からテーピングのテープを優しく巻いて、ゆっくり固定していく。



「へー、そうやるのか…」
「なんで傷の手当てを知らないの?陸上部だってあしにマメ出来るんじゃない?」

「ほっとけば治る」
「そういうの良くない。星くんかっこいいんだから、もっとちゃんと自分を大切にしてよ」

「かっこいい…」



 思わずと言った様子で呟く彼が顔を赤くしていく。
 一緒にいるようになってわかったけど、星くんは僕が何か言うと高頻度で赤くなる。
 照れ屋さんなのかな。具合が悪いんじゃなければ、いいけど。


「かっこいいでしょ?顔も綺麗だし、弓も上手だし、背も高いし、足も速いし、勉強もできるし、優しいもん」

「そ、そうか…?俺の事かっこいいと思ってるのか?」
「うん、そうだよ。だからちゃんとしてね。よし、できた」


 テーピングした手を開いて閉じて、ふんわりした微笑みがうかぶ。


「ありがとう。影にしてもらったから…替えたくないな…」
「何いってるの。毎日ちゃんと変えなきゃ。」
「じゃあ、影が変えてくれよ。右手だし」
「別にいいけど…」


 なんかヘンテコな話になってるけどいいのかな。
 星くんは満開の笑顔で僕を見つめてる。
 うーん。なんか胸がモヤモヤする。
 なんだろう、これ。



「今度こそ帰ろう。アイス奢るよ」
「う、うん…」


 テーピングを巻いた白い手が差し伸べられる。僕はもう、何度この手を握っただろう。
 努力の証のような、自分に甘えを許さないこの手が愛おしいような気がしてくる。



「どした?」
「ううん、なんでもない」


 手を握って、微笑む彼に引っ張られる。
 胸がドキドキしてしまう。
 友達にもドキドキするものなのかな?

 首を傾げながら暖かい手を握り直した。



 ━━━━━━

「あっ!部長じゃん!」
「ん?あぁ…」


 バイクから降りてきた女の子と男の子。
 男の子は弓道部の柄の悪いあの子だ。
 …あれ?なんか見たことある女の子だな。

 ヘルメットをいつまでも外さない女の子を訝しんで、男の子がヘルメットをつつく。



「いつまでしてんだよ。肉まん買うんだろ」
「う、うん…」


 ヘルメットを外した女の子は、星くんに告白してきた子だ。
 …えっ、あれ。まだ告白からそんなに時間経ってないけど…。



「部長、俺の彼女。かわい~だろ?」
「ちょっと、やめて。早く行こ。」

 星くんと二人で呆然とそれを見送る。



「なんだ、そんなもんか…罪悪感持って損した」
「まだそんなに経ってないけど…恋ってそんな簡単に切り替えられるものなの?」

「振られたことないからわかんねー」
「えっ、それすごいね?」

「付き合ったことがそもそもないんだよ。影…もしかしてあるのか?」



「うーん?それっぽいことはあったかも。告白されて、よくわかんないままそう言う感じになって…いつの間にかフラれてたみたい」
「なんだそれ?自分の事なのに…」



 確かにねぇ。でも僕自身は好きとか嫌いとかそう言う感情がなかったから。
 星くんみたいに手を繋ぎすらしてなかったし。
 お友達でするのが普通なら恋人でもするよね、普通。



「戻ってくる前に行こうぜ。めんどくさい」
「そうだね」



 手を繋いで、歩き出す。
 僕たちのその後ろ姿を見た彼女は、傷ついたような顔をしていた。

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