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番外編

本当のワールドエンド

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43 本当のワールドエンド

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 雲の上から、リアルの日本を見下ろす。
巫女が衛星から繋いで、世界の窓を開いてくれた。

「忘却術、上限に達したんでしょ」
「うん」
「ボクもだよ。一緒にしよっか」
「うん…」


 背後で、みんなが揃って俺たちを見守ってくれる。
少し、寂しい気持ちがある。

 これから、リアルの世界と俺たちの世界を完全に切り離す。
巫女のことも、アマテラスや古の神達のことも、全て地球の人たちの記憶から消すことに決めた。
 これで巫女が脅かされることもなくなるだろう。

 巫女と左手くっつけて、血だらけの手の中に少しずつ雫が溜まっていく。
俺たちの白と黒の結婚指輪が光を弾く。

 いっぱいになった雫を手のひらからこぼし、世界中に広げる。

 これで、俺たちの事はみんなが忘れる。
 ありがとうと言ってくれた人たちも、巫女を傷つけた人達も。全部、全部…。

 日本と言う国があったことも、それを作った神達が八百万もの神を抱いた日本の事を、全て消し去った。



「全部消えちゃったな」
「ううん。ちがうよ、紀京」

 巫女がキラキラした灰色の目を合わせてくる。

「ここにある。僕たちが生きてる、ここが日本だよ。これが本当のワールドエンドだねぇ…」

「そうか……」



 眼下に広がる大きな青い星。
 地球に抱かれた俺たちと日本が、いま最期を迎えた。


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 ──それから、数百年後



「これで全員かな。俺たちの記憶がある人は」

 リストアップした現世の人たちを一人一人眺めながら、データを消していく。
 俺たちの記憶を、ゲームだった現世からも全部消し終えた。
 ちょっとイレギュラーはあったけれど、これで目標は達成だ。
 感慨深いな。
いろんな思い出が浮かんでは消えていく。


 影が持ってきてくれたコーヒー豆をフィルターで丁寧に淹れて、清白がマグカップを目の前に置いてくれる。

 いい匂いだなぁー。
 コーヒーも最近じゃすっかり好きになったよ。
 初めは苦くて飲めなかったが。
 俺も大人になった。

「そうだな。
 しかし、思ったより長くなっちまったな。
ようやく天の御柱も立ったし、楽しみしかない老後だが」


 ちゃぶ台を囲むのは、いつものメンバー。
 アマテラス、ツクヨミ、サクヤ、清白、警察を随分前に引退した獄炎と殺氷、桃源郷を相変わらず動かしてくれる美海、ヒーロー組織を作り上げて警察から独立させて引退した影、そして巫女。

 みんな優しい微笑みをたたえてる。
 影だけ眉毛が下がってるけど。

「わ、私は嫌ですぞ!術をかけられても忘れませんからね!」

「何心配してんだよ。
 神様になった奴らは紀京の過激派なんだから、消さないって言っただろ?今度は神界に街をつくろうぜ。神様の数も散々増えたしなぁ」
 清白に言われて影がホッとため息をついている。

「やる事があるのはいいな。暇を持て余してたしな」

「紀京はこの前現世で小さい子に見られたばっかりでしょ。暇を持て余してなんかないくせに。相変わらずお忍び下手なんだからぁ」

「ごめんて」

 苦笑いを返すと、お忍びが一番上手な巫女が鼻をつんつんと突いてくる。

 


「獄炎たちは現世を行き来するんだろ?」

「あぁ。俺たちの子孫がいるからな。もう何代目かわからんが行く末は見守ってやりてぇし」
「紀京と巫女もそうなるでしょうから、私たちが先輩として教えて差し上げますよ」


「よろしくお願いします、先輩」
「よろしくお願いしまぁす!」


 二人でぺこりと頭を下げると、獄炎と殺氷がほのかに頬を染める。


「じじいが赤くなってんじゃねぇ」
「そう言う清白もじじいだろ」
「ツクヨミよりは若いだろ。神様としてはピチピチだ。舐めんな」

「ピチピチねぇ?それで言うと私たちはヨボヨボか?
 清白は皇も見送ってしまったし、本当に伴侶を作らないのか?」
「そうだな。独り身はお前と影だけだ。私が可愛がってやってもいいぞ?」

「イザナミに可愛がってもらう筋合いはない。イザナギはちゃんと手綱を握ってろ」
「清白殿、それは無理というものですぞ。そも我々独身貫き隊は推しを見守る使命がありますから。自分の事は関心がないのですよ。ねぇ?」

「その通り」



 清白と影がケラケラ笑ってコーヒーを口に含む。二人は相変わらず仲良しだ。

 皇も、名無しも、更生した後に現世に戻ってその生を静かに全うし、現世から去っていった。
 清白は皇を看取ったが、恋人として寄り添うことなく最期まで友人のままだった。

 名無しはなんだかんだ奥さんができて、子供は作らなかったけど幸せそうだったな。
 彼が作った農園のノウハウは今も桃源郷に引き継がれている。

 最後に、生まれ変わるなら俺の子に生まれたい、と言って亡くなった。
 そうしてくれると嬉しいが。

 たくさんの人たちが俺たちの元を去って、新しい命としてこの世界を巡っている。
寂しいようで、嬉しいようで。



 神様になった身の回りの人たちがずっと傍に居てくれるから…俺たちは幸せなまま、時が止まっている。



 現世に関わる仕事がもう、殆どない。
 これから先は新しく神界に街をつくる、ようやく覚悟が来まった自分達の子供を設ける。って言うのが新しい目標かな。

 全ては現世旅行が終わってからだけど。
 どうせまた事件が起きて、いく先々でそれに立ち向かっていくことになるだろう。
 色んな意味で楽しみだ。



「そういや、紀京の最初で最後の友人は記憶が消えなかったんだろ?」

「そうなんだよ。なんでだろうなぁ。何回やっても覚えてるんだ。段位まで取らんとダメかな?」
「うーん。よっぽど紀京の事、忘れたくないんだと思うよ?」

 釣り人の友人は、もう数100年の時を生き続けている。
 神様になってないのにかなりの長生き。
たまにこう言う人が現れる。
仙人的な感じ?野生の神様みたいな。


「あいつ浮世離れしてたし、釣りしかしてないからもう神様と同じだよな」
「でも、もうすっかりお爺さんだし。見た感じだと、もうすぐ…」

 巫女の言葉に胸に痛みが走る。
 あいつが俺たちの事を忘れないでいてくれるなら、そのままにしたいなんて…わがままかな。
もうすぐ寿命が燃え尽きるその一瞬まで、覚えていてほしいなんてさ。

 

「旅行前に、会いに行こうよ。紀京にきっと会いたがってるよぉ?」
「そうだな。ちょっと話してからにしようかな」

「うん、そうしよ!じゃあまずはどこから行く?」


 日本地図を広げて、みんなで覗き込む。



「北海道の海産物食べたい。ウニとかいくらとか。今年は帆立が余ってんだから消費してやらないと。マーケットの様子も見たいんだよな。俺が初めて手がけた施設だったし」

「そういえばそうだな。清白が北海道を立て直したようなもんだったしな」

 皇の出身地だから、そうしたんだ。
 口に出しては言わないけど。
 マーケット崩壊の時にいち早く駆けつけた清白の指導で立ち直ったんだよな。
 これは愛だと俺は思うんだけど。

「ふん。まあな」

 

 得意げな顔になる清白。
 大人びた風貌になったような気もするが、中身はそのままだ。

「俺は九州に行きてぇ。元々の生まれがそっちだし。炎華も故郷が同じだからな。九州のとんこつラーメンはマジで美味いぞ。」

「私は東北がいいです。櫻子が育ったところですから。牛タンが美味しいんですよ。」

「オイラは四国に行ってみたいっス。名無しが生まれたところで、生前にうどん屋さんめぐりの事聞いてやってみたかったんスよねぇ。」

 
「奥さんとか縁のあるところで、尚且つ食べ物希望ばっかりだな。巫女は?」

「うーん。ボクは前に行った山奥の宿に行きたいな。
 あそこのご夫婦も神様になったからまだ宿やってるし、あのお風呂はとっても良かったなぁ。紀京に初めて積極的に閨に誘われたところだしぃ」

「みっ、巫女!そう言うのは内緒にだな」

「えー、どうして?ボクはそこで赤ちゃん作りたいんだもん。初めて行ったときにそう決めてたの」

「そ、そうか…うぅ。」

「何百年経っても本当に変わらんなお前たちは。
 慎むな。はよ子供作れ。正式に追い立てられるようになったから、俺は毎日言ってやる。」

「清白ぉ…」

 

「待ちくたびれてんだよ。最初は名無しと皇辺りが来そうだな。双子か?みんなお前の子供に生まれたくて黄泉の国で蠢いてんだからな。さっさと整理してくれ」

「ぐぬぬ」
「順番待ちしてるの面白いけど、ボク何人産むのさぁ」

「巫女、一人でいいぞ。痛い思いをさせたくない」
「えっ?百人くらい産むのかと思ってた」

「み、巫女、それはやめよう。と言うか産むためにはそれだけするって事だぞ?そ、その、アレを」
「別にいいでしょ?どうせほとんど毎日してるし」

「巫女っ!!!しー!!しー!!」



 
「紀京殿は本当にタフですな」
「影、ボカさんでいい。こいつ絶倫だ」
「いやぁ、本物のジジイには刺激が強いですぞ!!わはは!!!」

 すっかりこの手の話題に慣れた影が清白と笑い合ってるし。
 よし、話をずらそう。そうしよう。



「もともと神様の四人はどこ行きたいんだ?」

「私たちはどこでもいいよ。クニツクリを成し遂げた紀京が各地を巡って、どんな顔するのかが見たい」
「そうですわね。わたくしもそう思います」

 ツクヨミとサクヤが手を取り合って、俺たちに笑いかける。
 なんで俺たちの顔見るのが目的なんだ。ちゃんと観光してくれ。

「私は閨に混じろうかな」
「イザナミ、それはやめなさい。私が混じる」

「清白、この二人を止めてくれ」
「みんなで協力して止めてやるから、安心しろ」

 ありがたいです。イザナミはもう本当にめんどくさい。何年狙われてるのかもう覚えてないんだが。



「影さんは?どこに行きたい?」
「むーん。私は紀京殿の故郷に行きたいですな」

「俺の故郷…?あー。生まれは淡路島なんだよ。東京の病院でしか病気を見てもらえなくて引っ越ししてきたから殆ど東京で暮らしてたけどね」

「「あっ!それでか」」

 ん???イザナミたちがなるほど、と頷いてる。
 なに?どした?なんでハモってるの?

「淡路島は私たちが初めて作った島がある。オノゴロ島とか絵島と言われてるのだが。」 

「あぁ、母さんたちがそこに行ってお参りしてから俺ができたらしいよ」 

「はー、それでだよ。紀京は最初から私たち側だ。」



「…えっ?」

「私たちが残した力のかけらがオノゴロ島には秘められている。稀にそれに選ばれて、神として生まれてくる人の子がいるんだ。紀京は私らの子でもあるようだな?」

「は!?えっ!?どう言うこと???」

「可能性的な話だよねぇ。でもそう言われると紀京は病気で亡くなりそうになってここに来て、ボクたちは導かれるように紀京の周りに集まったもんね?
 ボクが北原天満宮に行ったのも、どうしてか行かなきゃならない気がしてたんだ」

「それこそ運命ってやつじゃねーのか?ロマンチックだな。運命に引き寄せられて出会った二人か。」

「獄炎がそのように言うとは驚きですね」

「俺も紀京見習って素直にしてるからな。お陰で家庭円満だ」
「おや、私もそうですよ。櫻子がより愛おしい存在になりましたからね」

「私もだ。まぁ元々紀京と同じでスパダリだがな?」

「ツクヨミ、調子に乗らないでくださいまし」
「いてて」

 脇腹をつねられてるツクヨミ。
 俺と同じで脇腹弱いのか?



 はー。いよいよもってツクヨミの兄弟疑惑が強まったな。なんだか複雑な気持ちだ。

「では、まずそこから始めませんか?絵島から始めて、温泉宿に行き、ぐるっと現世を一周して。
 紀京殿と巫女殿は子作り旅行ですな」
「過激派公認の子作り旅行とは、ファンサがすごいな?」

「子作り旅行とかいわないでっ!でも、良いかも。自分のルーツを辿るなんて、したことなかったしな。じゃぁ準備して、行きますか!」

 みんなで頷き合い、初めての社員旅行の準備を始めた。

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「ぐすっ」
「紀京、大丈夫?」
「うん…」

 バスに揺られながら、別れを告げてきた友人のことを思う。

 真っ白な髪の毛、無精髭、しわしわの顔。
見た目は変わったけど、何一つ変わってなかった。
 
 手の中のハンカチを見つめる。

 魚の刺繍。あいつ刺繍なんかできるのか?
 手切れって事か。
 寂しいな……。もう、会えないのかな。



「お、ハンカチもらったのか?」

 清白が俺の席まで飲み物を持ってきてくれる。
 スポッと座席の横についたドリンクホルダーに置いてくれた。

「ありがとう。うん、さよならのハンカチだな」
「…ふ、紀京も知らないことがあるんだな?」

 不敵に微笑む清白は、久々に髪の毛を切って…最初に会ったときのようなショートカットになってる。

「えっ?他にも意味があるのか?」

 ニヤリ、と笑った清白が告げる。

 

「マーキングの意味もある。普段使うものに自分の印をつけるって意味だよ。わざわざ手縫いで刺繍をつけてんだ。
 そっちの意味が強いんじゃないのか?
やれやれ。愛され神様も困ったもんだなぁ」

 座席に戻っていく清白を見送って、ハンカチの刺繍を見る。

「なんだよ。そう言う意味なのか?気が向いたらって言ってたくせに」

 口を尖らせて、丁寧に刺繍された魚を撫でる。
 灰色の魚。
 俺、あいつに釣り上げられたか?

 巫女が微笑み、肩にくっついてくる。



「彼もお迎えしようね。子供は待ってる人たちの分は産みたいからぁ。紀京とボクならあっという間だよぉ」

「うむむ…む、無理しないでくれよな。俺は巫女が一番なんだから」
「ボクもだよぉ。紀京が一番。ずっと、ずっとね…」

 キスを落として、最愛の人と微笑みを交わす。

 きっと、可愛いだろうな。お母さんになった巫女も。
 きっと、もう直ぐだ。


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「はいー!ちょうど百人目の赤ちゃんだ。おめでとうさん」

「巫女!大丈夫か?直ぐ回復してやるからなっ!!」

「あはは。もうパターン化したねぇ。はぁー。これで最後の赤ちゃんかな?」
 
 慌てて扇をひらひらすると、汗びっしょりの巫女が最後の赤子を抱きながら、にこりと微笑んだ。




「お前ら産みすぎ。イザナギ達より産んでるんじゃないか?」

「スズはたくさん産めって言ったじゃんかぁ」

「痛みに強いとはいえ流石に全員こなすとは思ってなかった。順番待ちしていた魂は、これで最後だ。お前の最後の友人の釣り人で間違いないな」



 清白がマスクと帽子をとって、手術着のまま近寄ってくる。
 産後の処理も慣れたもので、すっかり医者になったな。巫女専属の産婦人科医だ。


「名前、もう決めたのか?」

「最後は紀京の名前をあげるって決めてたんだよね」

「うーん、こいつの性格だと現世に行く気がするけど俺の名前残していいのかな?」

「いいだろ別に。紀京の名前が残るのはいい事だ」


 清白までニコニコしてるし。まぁいいか。




 真っ黒な髪の毛、灰色の瞳、眦に二つのホクロ。
 俺が生まれたままの姿と、巫女を足したような見た目だな。


 小さな手を握り最後の子の名を呼ぶ。


「紀京、生まれて来てくれてありがとう」
「ふふ、自分に言ってるみたいだねぇ」
「俺は父親の紀京に、正しく生まれてくれてありがとうと言いたいがな」




 じぃ、と見つめる紀京を…みんなで覗き込み、優しく微笑み、祈る。


この子に待つ未来が幸せでありますように。
俺と同じく、な。




 ──end──

 
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