上 下
16 / 44

えっ?転生してたの?知らなかったな~

しおりを挟む
15 えっ?転生してたの?知らなかったな~
━━━━━━

「マジで寝てるッスね」
「紀京は坊主か?ホントに男だよな?」
「オイラなら寝れないッス。穢れた大人なんで」



 ポソポソ呟く声に、瞼をあげる。
 やっぱりな。二人は寝られないだろうと思ってた。
ふたりが連れ立って、トストス歩く音がする。
 カラカラと背中側で中庭の引き戸を開けて、縁側に腰掛けたみたいだ。
 月明かりが二人の影を俺たちの布団まで黒く伸ばす。

 離れたところにいる清白と殺氷はしっかり寝てるな。
 腕のなかの巫女を眺める。
 すやすやと、良く寝てる。
 こんな可愛い嫁が居て、普通に寝れる俺は変なのか?なぜかはよく分からん。
 幸せで、安心して眠くなってしまったからなぁ。



「美海は受け止められたか?巫女の話」

「いや、無理ッス。オイラは考えるのをやめたッス。あまりにも世界が違いすぎる。
オイラは凡人ッスから。
 紀京氏のように強靭な精神力はないッス。
元々の運命が紀京氏も巫女もめちゃくちゃ辛いッスから、本人達の救いになってるのは嬉しいッス」

「俺も凡人だよ。病に悩まされることもねぇ、平和に生きてきて、嫁をもらって、子供ができて。仕事は忙しいが、幸せではあったな」
「獄炎氏は十分凡人じゃないでしょう?警察ッスよね?公僕として心身を投げ打って平和を守ってくれる、ヒーローじゃないッスか。尊敬するっス」

「…そうかな。ヒーローになったつもりではいたさ。ここでも、現実でも。
 だが、手の届かないものはある。
 巫女の命も、紀京の病も、清白の恋愛も…なんも手が届かねぇ。殺氷は知らん」

「殺氷さん除け者でウケる。背負い過ぎじゃないッスか?人のことばっかり考えて。オイラの身の回りはそんな人しか居ないッスね。
 時々自分が恥ずかしいッスよ。オイラは自分で手一杯ッス」

「そうか?美海だって良い奴だろ。お前は助けを断らねぇ、どんな時でも駆けつける。それこそヒーローじゃねぇか。何も恥じることなんてねぇよ」

「ブーメランッスよ?分かってます?」
「…そうだといいなとは、思ってる」

「お子さん何歳ッスか?」
「来年から小学校に上がる長男と、産まれたばかりの次女だ。あんまり家に帰れねぇから、父親とは認識されてねぇな」
「それは切ないッスね」

「あぁ。だが、嫁はちゃんと理解してくれていたな。俺の仕事を心から応援して、支えてくれた。このゲームも犯罪者を追っかけてたのが始まりだったんだ。潜入捜査ってヤツ」

「あぁ、だから自警団を?」
「まぁな。組織化しておいてよかったな、こうなると。最期に一目だけでも、会いたかったな。
 ……いい歳した大人が…クソっ」

 ポツポツ、雫の落ちる音。
 獄炎さんが…泣いてる。

 
「誰も見てないッス。オイラはそんな風に泣けるほどの未練がないッス。獄炎さんが羨ましいと言ったら腹立つッスか?」

「……別に、腹なんか立たねぇ」
「オイラは命をかけるまでの仕事じゃなかったし、小さい頃に両親をなくしてリアルにはなんもなかった。
 でも、仕事は好きでした。
 毎日毎日同じ事の繰り返しでも、お客さんとの時間は、会話は毎日変わる。
 些細な話題で笑ったり、怒ったり、泣いたりして。オイラの技術で喜んでくれる人がいて、それは確かに生きていく糧だったッスね」

「ここでもやるんだろ?散髪が必要になるんだろうな、多分」
「リアルと同じになるならそうでしょう。必要なくてもヘッドスパとか、ブライダルのヘアメイクとか、いくらでもやれるッス。
巫女と紀京氏の結婚式もやりたいッスねぇ。
 ただ、一度失われた命を巫女の体を…犠牲にしてまで取り戻してもらう必要があったのか。それはわかんないッス。紀京氏の精神が揺らぐのは巫女の話の時だけッスね。巫女に何か起きないかが心配ッス。」

「美海さんは優しいな」

「……びっ……くりしたぁ…紀京氏起きてたんスか!?」
「おん。二人はどうせ寝れないと思って眠りを浅くしてたんだ」

 美海さんがひっくり返りそうになってる。
 獄炎さんは涙をふきふきしてる。別にいいのに。泣きたい時は泣くのが一番だ。



「え、何スかそれ?スキル?」
「そうだよ。看病のスキル。お医者さん系もあるんだ。こういうのはどうなるんだろうな?」

「スキル……消えるんスかね?それならそれで巫女に色々教わらないと。ここでは死と隣り合わせッスから」
「そうだなぁ。巫女はそのままだが、人と神が違うのかはわかんないな。
 ますます巫女の力が知れ渡った事の意味が悪い方に転がった。俺が守り切れるようにならんと」

「紀京なら行けるだろ?お前はお前自身が思っているより強ぇよ」
「刀は握れませんよ?」
「そこはほら、分担制ッス。オイラ達で最強になればいいッスよ」
「たしかに、示し合わせたかのように役割が揃ってるな」

 美海さんがふと、真面目な顔になる。



「紀京氏はリアルで自分が死ぬって、いつ知ったんスか?」
「病気がわかったのは五歳。そこで余命が分かったよ。俺は明後日二十歳になる」

「お前成人してなかったのか!?」
「そうですよ。しかもその日が命日になるってんだから。デステニーとはげに恐ろしきかな」

「そういう発言のせいでもっと年上かと思ってたッス。よく受け入れられましたね」
「受け入れるしか無かったしなぁ。親が毎日泣くもんだから、励ますしかなくてさぁ。俺自身は結構きつかった。
 毎日息するだけで痛いんだ。巫女じゃないけど痛みには慣れてるよ」

「そんなに痛えのか」

「筋肉が萎縮するんで、呼吸が苦しいんです。生きてるだけで毎日痛いし、目は見えなくなるし、痛みのせいで白髪だらけだし。俺にとってはここが救いだった。巫女に出会えて、本当に幸せだから二人の気持ちは分かってあげられない。
 ごめんな。
でもそういう悩みとか、話は聞かせてくれよ。
口にするだけでも楽になるだろ?仲間の役に立ちたい」

「紀京氏はそういう所ッスよね……巫女もそうだけど、なんで人の心を優先できるんッスか?」

「うーん?なんでだろう?そんなつもりがそもそもないが。
 ただ、単純に身の回りの人が苦しいなら助けたいし、悩んでるなら話を聞きたいし、何か出来るならしたいだけだよ。
 結果としては大したことは出来てないけどな」

「んなこたぁねぇ。お前に助けられたことなんざ、数えきれねぇよ。」
「そうですね。紀京氏は存在してるだけで誰かを助けてるッス。野良パーティーで紀京氏の名前を出されるのは、殆ど毎回ッスから」

「そーかぁ?ヒーラーしかできんが」
「それが凄いんッス。精神が乱れないヒーラーなんか、紀京氏以外居ないんッスよ」
「俺が毎回スカウトしてる意味わかってねーな」


 ううむ、過剰評価じゃないのか?
 おれはまぁまぁのランカーで昔からヒーラーやってるから有名なだけだろ。
 それに、ヒーラーやってたのは自分のためだ。

「俺は生きていた証明が欲しかったんだ」
「生きていた……証明?」

「そそ。小さい時から家計を圧迫して、両親に恩も返さず、たくさんの人に迷惑だけかけてさ。死のうと思ったこともあったが、毎回悲しんでくれるんだ。
 だから死ねなかった。痛いけど、生きるしかなくてさ。
 ここに居ると、色んな人がいるだろ?目まぐるしく変わる環境の中で懸命に生きている人の心に触れて。
 何か、できるんじゃないか。
 何者かになれるんじゃないかと思ってさ。
 死ぬ前に、自分が生きた証を残すつもりだった。相談所を開いてリアルの悩みも聞いてたのはその為だ」

「……そうか」

「でも生きていいって、巫女が言ってくれたような気がしてさ。
証を残すんじゃなく、今は生きていく証明が欲しいと思ってる。
 巫女を守れる力を持って、ヒーラーとして。
スキルがなくても相談所やってたし、カウンセラーとかかな?現実を受け止められない人達が増えるだろうし。
 そういう人たちを助けて行ければいいなと思ってるよ」

「生きていく証明か」
「カッコイイッスね。ホントに」

「言葉はかっこいいけど、簡単に言えば生きてていいのかな?俺なんもしてないんだけど、マヂ不安…承認要求モンスターになるぽよって感じだぞ?」
「……ぷっ……」
「紀京氏、そういうとこッスよ。悩むの馬鹿らしくなった」

 ふん、二人ともやっと笑ったな。
 今日はこんなところかな?

 

「紀京氏は、もう転生してるッスね」
「お?余命は明後日だぞ?」
「いや、美海が言ってんのはそうじゃねぇ。このゲームを始めた時からもう、生まれ変わってたんだ。
 転生一番乗りだ。そういう意味だよ」
「えっ?俺転生してたの?知らなかったなぁ~……」

「コレだよ。俺達も紀京を見習って、生きていくしかねぇな」
「そッスね。…ふぁー。スッキリしたら眠くなってきた。もう寝るッス」
「俺も寝るぜ。明日寝坊すんなよ」
「おん。二人ともおやすみ」



 布団に入る二人を見送って、巫女を起こさないようにそっと布団に潜り込む。
 あー暖かい。お布団が暖かいなんて、しかも俺が好きな人がいるなんて幸せだなぁ。

 

「あきちか」
「ごめん、起こしたか」
「ん……。だっこ」
「うん」
 腕に頭を乗せて、巫女を抱きしめる。
 巫女は大丈夫かな。
 サラサラの白い髪をかきあげて、顔を覗く。

 閉じられた扉の窓から零れる月明かりが、優しく俺たちに降り注ぐ。
ふんわりとした桃の香りが広がって、包み込んでくる。
 巫女の匂いなんだ。これは。
巫女のふくふくとした指がそっと頬をさする。

「紀京、生きて。ボクと一緒に」
「聞いてたのか?大丈夫。巫女とずっと一緒にいるよ」
「ボクが紀京の生きていく証明になる」

 真剣な巫女の目がゆらゆら揺れて、流れ星のようにキラキラの雫をこぼす。
 ごめん、また泣かせたか。
唇で雫を受け取り、瞼にキスを落とす。

「巫女が俺の証明なら、俺が巫女の生きる証明になれるか?」
「…もう、なってる」
「そうか」


 二人して、笑ってしまう。
 なんでこんな臭いセリフばかりになってしまうんだろう。
全部がひとつの言葉になるのに。

「だいすき。紀京」
「俺も大好きだよ、巫女」



 そっと唇に触れて、体をくっつける。
 キスの先なんか必要なんだろうか?
こんなに満たされて幸せな今が、この時が愛おしい。

 もう一度瞳を閉じて、巫女の温かさに沈みこんでいく。



「もうすぐ会えるね、本当の紀京に」
 そうだな……もう少しだ……。





 
しおりを挟む

処理中です...