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転生とは

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14 転生について
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 よいしょ。よいしょ。
 よし、これでいいだろう。

 巫女の長い髪の毛を着物みたいに折りたたんで纏める。
 真っ白の髪はツヤツヤしていて、光り輝くようだ。
 そういえば、時たま巫女がキラキラして見えるのは俺だけらしい。
 清白が嫌な顔して教えてくれた。恋の副産物だってさ。



 巫女は本当は名前文字が白なんだな。ブラックネームも消えて、元の名前になったから本当に真っ白だ。ギルド名だけ黒。称号は紀京の妻になってる。反映早くないか??
巫女が称号変えても誰も突っ込んでくれない。

 俺も変えよう。聖職者の称号よりステータスプラスがすごいんだが。
 もう数字は見ないことにする。
称号を見て、巫女がほほえんでくれる。
清白!嫌そうな顔しないで!!



「うーん、うーん」
 巫女の真っ白い髪を束ねて、美海さんが唸っている。

 なんと美海さん、リアルは美容師さんらしい。切れ味のいい刀を改造して専用のハサミを鍛冶師に作ってもらったんだってさ。
 巫女のながーい髪の毛カットを名乗り出てくれたんだ。巫女が乱暴にひっぱって、踏んで歩くから……。美海さんが悲鳴上げてた。



「童子切安綱が髪の毛を切るハサミとは」
「さぞ切れ味がいいでしょうね」
「ゾクっとしやがるぜ」

 童子切安綱は酒呑童子を倒すと出てくる刀で、源頼光の愛刀。結構レアなドロップ品だけどそれをハサミに……ううむ。

「バッサリお願いしまぁす」
「うぅっ。こんなに綺麗なのに。勿体ない!ここまで長い髪は見たことないッス」
「邪魔くさいだけだよぉ?長いとダンジョン潜れなくなるし、切って欲しいなぁ。
リアルは身動き出来ないようにって目的で、こうなってただけだし。ボクはもう前世的なものになっているからそういうものは断ち切りたいんだぁ」

「なるほど。それなら最初の一断ちは、紀京氏にお願いするッス」
「へあ?!」
「夫の役割かと思われるッス」
「は、はい」



 不穏な気配を持つハサミを受けとり、巫女の髪を握る。

「巫女、切るぞ」
「はぁい」
 前と同じ長さにしとこ。ツヤツヤの白髪をサクサクと切っていく。切れ味よすぎるっ。怖い!
 ……うむ。同じ長さだ。

「あ、それ薬の材料にするから取っといてね」
「おう」

 髪の毛を荷物の運搬に使ったダンボール箱にそっと入れる。
ツヤツヤした髪の毛…血とおなじ作用があるのかな。

「薬になるッスか??」
「うん、後で皆にもお薬渡すよぉ。もういいよね?紀京」
「そうだな」

「ダンジョンで無効化継続が苦じゃなかったのはそれか」
「そそ。巫女の薬は舐めただけでダンジョン一周半くらい効果を保ったな。
 体力、神力超回復、状態異常もすぐ治るし、俺が奥義を使ってジリジリ削れるくらい。
 丸々一本で反魂可能。
 ただ、切れた時の反動すごいぞ。俺の唇ズタズタになったからな。回復術の精神的浪費には影響なしだ」



「巫女の薬が怖いんだが」
 そうだろうな、うん。俺も怖い。
美海さんも頷きながら巫女の髪をサクサク切っていく。

「回復の術ってそんなに大変なんだね」
「んー、スキルランクが上の術使ったら死ぬこともあるからなぁ。精神的にだが」
「精神力の浪費もどうにかならないかなぁ。お薬改良しようかな」

「しなくていいぞ?」
「えっ?」
「巫女が居ればすぐ回復するから、問題ないよ。俺はね」
「そ、そうなの?」

 ほわほわとほっぺが赤くなる。あー。回復していく俺の精神。

「いちゃついてんじゃねぇ」
「清白氏、ついにストレートなツッコミッスね」
 カットが終わり、ふわふわウェーブの時の長さと寸分変わらない髪の毛になった。
 ストレートもかわいいな。
髪の毛の裾が綺麗に内巻きになってる!美容師さんすごい!!巫女がかわいい!!
 いや、元々可愛いけど。


「紀京氏、これ元の長さとミリ単位で同じッスね。さすがに怖いッス」
「そうかな?見てればわかるよ」
「ふつーわかんないッスよ。オイラみたいに仕事でやってる人でも、そうそう覚えてないッス」

「美海さんは覚えてるじゃないか」
「さっきまで見てたッスからね!愛が重いッス。巫女、姫カットにしてもいいッスか?」
「んぁ?姫ぇ?」

 顎のところにひと房短くするやつか。
いいなそれ。
巫女が目線をよこすので、思わず口が緩む。


 
「紀京がいいって」
「意思疎通を無言でしないでくださいッス」
「「「怖っ」」」
「失敬な。それこそ愛だろ?巫女は何しても可愛いよ」
「そ、そうかな?んふふ」

「カーッ!!!エン!酒持ってねーのか!酒!!シラフでやってられん!!!」
「残念だが持ってきてねぇ。そのうち持ってきてやる。耐えろ」
「私も持ってきますよ。暫くお邪魔しなくてはなりませんから」

「えっ、みんな泊まるのか?」
「ギルドに押しかけてる奴らが、家に来ないわけが無いだろ。巫女のことばっかりじゃなくて周りも見ろ。バカ」
「す、すみません」

 巫女に夢中すぎていつもよりぽやぽやしてるかもしれん……気をつけよう。



「出来たッスよ!」
 鏡を取りだした美海さんが、巫女に手渡す。
 顎のラインで揃えたひと房の髪と、眉上にもちょこっと前髪がある。
うわ、うわぁ。

「紀京!どぉ?かわいい?」
「ゔん゛!!がわ゛い゛い゛!!」
「あっはは!面白ぉ。前髪あるの初めてかも。こそばゆいねぇ」

「ロングヘアは前髪があると、凛々しくなるッスよ」
「ろんぐへあ?凛々しい!いいね!海ありがとう」
「はいはい。そいじゃ、この事態の話は出来そうッスか?」



 巫女がこくり、と頷き、俺の横の座布団に座り直す。
 美海さんが切った髪を手馴れた様子で綺麗にまとめて箱に入れてくれる。

「さて、では。んーと、事実として確定しているものを話すよぉ。ほとんどもう決まったから、理解できると思う。」
 みんなで頷き、巫女に注目する。



「まず、今リアルの世界では土地の崩壊が始まってる。
 ボクの守りの礎が無くなったことで各地に張った結界が消えて、それぞれの神社で一生懸命張り直してるけど、ボクみたいに長期間持たせることは不可能だねぇ。もう少し保つと思ったけど、無理だなぁ」
 獄炎さんと殺氷さんが目を瞑る。
 美海さんと清白は無表情になった。



「神社の力が強い西の方は、あと三日。アマテラス系の神社は近隣まで守れる。範囲は一里ちょい。えと、五きろめーとる圏内かな。
 東京は二日後には崩壊、北の方はもうほとんど地震による津波、地盤沈下や豪雨、竜巻でたくさん人が亡くなった。
 ボクが最後の力で身体を賭して作ったのが、転生の術。
 何らかの形でどこかに生まれ直すって術を日本に張りました。
 ボク自身はリアルの体と切り離して、ここに魂があるから、ここに転生した。
 ネットゲームや、他のもの…例えば海外に思い入れがある人はその地になるし、自分の所以があるところへ基本的には生まれ変わる。
生き残って崩壊した日本で暮らす人も出てくると思うよ。このゲームに思い入れがある人はここに転生することになる。選択は出来ないんだ。ごめんね」

「転生か」
「ねっ」
「うん、これはしっかり分かった」

 巫女はここに俺が転生してくるようにしてくれたって事か。
 死んでも消えないのか。そうか。
 俺は、めちゃくちゃ嬉しい。飛び上がってワルツを踊るくらいには。


 
 でも、リアルで生活があった人達はキツイな。
 親に会えなくなることは、もう俺には決まっていた事だ。何もかも、整理が済んでる。

 もちろん、日本がそんな風になったのは巫女のせいじゃない。
 そもそも巫女の犠牲の上に成り立つ平和なんか正直クソ喰らえだ。
 だが、それでもリアルにかけがえのないものを抱えている人たちもいる。
 みんなはきっとそうだろう。



「マジか!やった!俺すっからかんだしこっちの方がどう考えてもいいです!!問題なし!!!巫女マジでありがとう!!」

 清白のテンションたかっ!びっくりしたなぁ。俺のきっとそうだろうのセリフを秒で破壊された。

「だから仕事の問題が無くなるって言ってたんスね?それならこっちで美容室でも作ろうかな?天涯孤独でしたし、オイラも問題ないッスね。巫女、ありがとうございますッス」
 美海さんも嬉しい感じか?うーん。

 

「俺は嫁がいるが、しばらく会ってねぇな。俺たちは警察やってたんだ。ほとんど会えないような仕事だったんだが。…そうか。
 あいつらはゲームしてねぇし、離れ離れだな。」

「私は離婚したばかりなので!嬉しいです!!!巫女!!大変ありがとうございますっ!!!」


 おわー、獄炎さんと殺氷さんの温度差がやばたにえん。
大丈夫かな。殺氷さんはリアルで離婚してたのね。人生色々なんだなぁ。

「エンはお子さんと奥さんがいたねぇ?」
「おう。分かるんだな。嫁と子供二人だ。だが、どこかに転生するんだろ?」

「うん。そこまではボクがどうこうできる部分じゃなくて。ボクじゃなくて伊邪那美の姉様に頼んでやった事だから。どうにもならないんだぁ」

 

「伊邪那美が姉なのか?」
「うん、そんなようなもの。親類と言うか、なんというか。
 ちなみに日本の神様たちもここに来るよ。それぞれゲーム内で役割が割り振られているけど、そのシステム自体も大きく変わる。
 裁定者がゲームマスターに会える権利は、天照大神の、とと様にお会いすることになると思う。」

 聞いたか?!とと様だって。
 か、かわいい。
思わず手を握りしめる。
巫女が握り返してくるが、しょんぼり顔だ。

「とと様すごく怖いんだ。怒るワケじゃないけどこう、圧があるって言うのかな。
会わなきゃならなくなると思うけど。紀京、その時は手を握っててね」
「おう。任せろ!」

 とす、とおでこが腕にくっついてくる。
 そんなに怖いの?巫女を嫁に貰ったから俺も怖い目に遭いそうだな。覚悟しておくか。



「これから色々あるんだよな。俺も覚悟するさ。
 存在できるなら、それでいい。巫女、ありがとうな。俺も救われるぜ。
 すまねぇな、何もかもお前に頼りっきりで。本当に、すまねぇ」

「エン。あのね、いいことばっかりじゃないの。転生してくるから、見た目はリアルと同じになる。ボクみたいに。
 キャラメイクはリセットされると思う。凍結された人たちも復活する。新しいスキルや技も生まれると思うし、神様たちも引っ越してくるからかなりゲームの中の規律が崩れる。黎明期は世の中が混沌と化すのが普通だし」

「元マスター、皇も戻ってくるんだな」
「うん」
 そういう事になるな。波乱の予感だ。



「ひとつ聞きたいッス。このゲームに転生してくるとして、ゲーム内の死はどういう意味になるッスか?」
 そういえばそうだ。浮かれてる場合じゃなかった。

 
「ゲームとしての死の設定は、街外で三回までは自動回復、その後は時間経過で街に戻されるでしょ?
 プレイヤー同士の戦いは即死で自動回復。
 ここでの死も、リアルの死とおなじ意味を持つよ。恐らく、死の痛みも省かれない。
 自動回復は適応。時間経過後は本当の死になる。
 逆に、プレイヤー同士での敗戦による死は自動回復が無限だったけど、それがなくなる。時限があって、それが終わった時点で死亡になる。対戦申請も要らなくなる。元々隠密があれば切りつけられるけどね。
 そして、その後の生まれ変わりはボクが関与できない。死後の肉体はリアルと同じになると思う。
 そこは姉様の領分だから。冥界の取扱は伊邪那美の仕事だから手が出せない。
 今回はたまたま僕の体があったから出来たけど、そこから先は魂を賭けたとしてもだめだって」

「巫女…」
「紀京、ボクは魂を賭けない。ボクは紀京に出会ったから。もう、離れるなんて出来ないよ」
「ん…そうか……」
かなり焦った。巫女なら魂を賭けるまでやりかねん。

 

「なるほどッスね。了解しました!明日からのダンジョンは気をつけていきましょ!」
「ボクのお薬も、みんなに渡しておくから。お互い気をつけようね」

「ありがてぇな。とりあえず現実を受け止めるまでに時間はかかりそうだ。ある意味清白のおかげで、なんも考えずに戦えるのが救いだな」
 
「そんな簡単に言っていいのか?もし、反魂のタイムアウトが来たら死ぬ。
 街中で誰かに殺されて、反魂できる人がそばにいなかったらそれも死だ。
 しかも、紀京の店で刃物を取りだしたやつまでいたんだぞ。危ないのは変わりない」

「清白、それこそリアルと変わりませんよ。リアルだって人は簡単に死にますから。
 むしろ、巫女のお陰で生き長らえるんです。ラッキー、気をつけよう!くらいの気持ちで行かなければ。
 そうでなければ体を賭して守ってくれた巫女の恩に報いることはできません。
早く結婚式を見たいですよ。
 事実を知ったからこそ、あなた達の婚姻には意味がある。深い意味が。」

 殺氷さんが清白に真剣に伝えて、僅かに清白が微笑む。
 みんな、前を向いているように見える。でも、きっと……そう上手くは行かない。



 俺が余命宣告をされた時のように自分が生きてきた意味を、これから生きる意味を、もう一度見つめて考え、悩む事になる。
 結構きついぞ。
 心配だな。ワルツ踊ってる訳には行かないな。


 
「なぁ、もう遅いし取り敢えず寝よう。まずは目先の目標達成からだ。
 何を考えるのも、そこから先にしないか?
何はともあれ、生きていくんだからさ」

 無言で頷くみんなの顔に、色んなものが浮かんでいる。
 みんなの手助けができるだろうか?
 今度こそ、リアルな命として。
 俺が生きていく意味を巫女が見つけてくれたように。命そのものを助けてくれたように。

 巫女の手を握りしめ、お揃いのグレーの目を見つめる。



「紀京、一緒に寝たいな」
「ん、そうしようか」

「お前ら離れろ。マジで当てられる。あっち行け」
「な、なんだよ酷いな」
「二人はピュアだから大丈夫ッスよ」
「美海。そっちの方が辛い時もありますよ」
「あーあ。ったく!明朝六時半起床!寝ろっ!」


「「「「はーい」」」」
「おう。」

 みんなで返事して、布団をしく。
 川の字にならんで合宿ってやつみたいだな。やってみたかったんだ。ムフフ。

「紀京、もっとこっち来てよぉ」
「ちょ、ちょっとそこは無理かもしれないなぁ」
「なんでぇ?あ、こっちにすればいいねぇ」
「そ、そっちはもっと困るなぁ。」

「……オイ……夢枕に立たれたくなければ静かに寝ろ……」

「「ゴメンナサイ」」
 
くすくす笑うみんなの声をバックに、小さく呟いて目を閉じる。
 今日は沢山動いたな。明日も頑張らなきゃ。
 巫女の温かさが眠気を誘ってくる。
「おやすみ、巫女」
「おやすみ…あき力」


 寝ぼけた感じの可愛い声が聞こえて、思わず微笑みながら意識を手放した。
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