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本編第二部
120 真神陰陽寮認定 幸せの杉風事務所
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「なぁなぁ、サプライズするにしても予定大丈夫なんか?」
「そーですねー、この前の飲み会もパァになってますし」
「そりゃ主のせいじゃないだろ」
「そうですよ、あれは仕方ありません。隠り世で気に入られてしまったからです」
「アイツのせいであって、アイツのせいじゃねぇ。いい加減相棒の結界が効果を出して欲しいもんだが、本人があれじゃなぁ」
「「「「はぁ……」」」」
いつもの調子で、いつもの声が部屋の中から聞こえる。今日はフルメンバーではないようだ。
鈴村、アリス、鬼一、星野、そしてここのまとめ役である白石の声が廊下にまで響いている。
都内の雑居ビル、看板が一つもかかっていない古びたテナント。他に入居者がいないほどくたびれた様相で、間違ってもここに入ってくる人はいない。
古い階段を登った最上階、薄暗い廊下の突き当たりにある小さな事務所。
雑居ビルに不釣り合いな、立派な木のドアプレートにはこう書かれている。
『真神陰陽寮公認 幸せの杉風事務所』
胡散臭いにも程がある名前だとは思うけど、民間の超常対策事務所としてはここが一番確実で一番仕事が早い。
しかし、何で杉風?ゴーグル検索の答えは大体松尾芭蕉の一番弟子である杉山杉風を結果として出してくるけど…なぜ芭蕉?
この事務所に依頼するには覚悟が要る。仲介業者である私達がピンハネしすぎると、後から細目の怖い事務員――伏見という――が夢枕に立つ恐ろしい事務所だ。
金儲けを主とした私達には、どうやっても誤魔化しの効かない厄介な下請けである。
しかし、他ではできない案件を確実に処理してくれる唯一の存在であり、今回はここを避けては通れない。
覚悟を決めてやってきたはずの私は、ドアの前で足が止まった。
私は20歳で超常現象対策をメインとしている会社に就職し、陰陽師になった。
毎日くたびれたスーツを身に纏い、馬車馬のように働いている。この仕事を選んだのは間違いだったかもしれないと思いつつ、もう六年も続けていた。
キャリア的には中堅なはずの私が、ここにくる時だけは無為な時間を過ごすことが癖になっている……。要するに、杉風事務所に行きたくない。
(優しい神様達に倣って、裏公務員の皆さんがみーーんな優しければいいのに!!特に白石さん!!あの人怖すぎるんですよ……)
頭の中で言い訳を唱えて、ドア横にあるお札に気付いた。ここの事務所は定期的に玄関の結界が変更されるんだけど、筆文字には『ヒトガミ様』と書いてあるような。
……まさかね。ナイナイ。
――その昔、この国には突然稀有な神様が現れた。その名は人神。正式名称もそのままで覚えやすい……短すぎるような気もしてますけど。
その方は見目麗しく、慈愛に満ちた方だと伝えられている。
国津神として生まれたが、後に天津神に召し上げられたという。
国が乱れている最中に国護結界を復活させて、八百万の神様達を従えてお仕事をされていたらしい。
日本各地で天変地異が起こり、神様が荒神に堕ちたり妖怪が暴れ回ったりして、それはもう酷い様相だったらしいけど。そこから三百年以上経ち、現在ではもうその面影はない。
神様、妖怪、英霊、怨霊も当たり前にいる・見える・共生している現代の申し子である私は、昔々こんな風じゃなかったと言われてもピンとこない。お仕事の選択肢として普通に『陰陽師』があるんだもの。
現代では当たり前として存在する『超常現象』の対策者は通称として『陰陽師』と呼ばれる。
陰陽師になるには資格試験はいらない。しかし、私のように生業として会社に勤めたり、国の仕事をしたり……大っぴらにCMしたり、会社を大きくするならばさらにプラスしてとある資格を得なければならない。
ただの陰陽師だと仕事が胡散臭いものしかもらえないのが現実だ。
陰陽師社会人として必須の資格名称は【裏公務員】。
ヒトガミ様が現役で働かれていたのは、その裏公務員が国家公務員だった頃の話である。
日常に紛れる超常の対策には、厳格な法律が制定されている。スピリチュアル系の怪しい人たちや、詐欺師が介入できないように厳格化された界隈だ。
『自然破壊の禁止、神社仏閣の保護、超常現象に対して関わる人間の認定資格化、報酬の算定方法、下請けへの依頼期間』などなどさまざまに規律があり、少しでも違反すると界隈のトップ機関である『真神陰陽寮』が資格を剥奪したり、厳罰を課してくる。
社会から消される……なんて噂もあったりなかったり。ちょっと怖い機関だけれど、真神陰陽寮は警察や自衛隊と同じく国の省庁の一つとして作られたものだ。
現在では怨霊による影響、都市伝説の具現化、神様や妖怪による人智を超えた何かを抱えているから、人間では対処できない事件も起こる。
それを『超常』と呼び、『陰陽師』や『裏公務員』真神陰陽寮の『神継』が対処する。
そんな風にして日本はおおむね平和な国となっている。
陰陽師よりも裏公務員の方がお手当は沢山いただけるし、食いっぱぐれる事はない。
国の付属品として優遇を受けている裏公務員達は一人では基本的に動かない。グループを作って事務所を立ち上げ、仕事を分配して。
アイドル事務所のようなのかも知れない。指名仕事もあるし。
そして、さらに裏公務員のグループで特別な位置にいるのは『真神陰陽寮公式認定』を受けた事務所。これらは全て民間業者だが、国家公務員である真神陰陽寮とほとんど同じ仕事をしている。
公認事務所に所属しているとはいえ、民間企業である以上所属メンバーは公務員ではなく裏公務員だ。……名称に惑わされそうだがれっきとしたサラリーマンのはずなんだけど。
それでも、公認事務所の裏公務員は真神陰陽寮の『神継』――と呼ばれる戦士達からも手厚く保護され、敬われていた。
国の公式依頼から民間人の「呪われた!」まで大小さまざまな不思議ぱわー(何故か公式の表示がひらがな)による困りごとを引き受け、陰陽師と言うよりは祈祷師や神職のような仕事をしてくれる。
要するにお祓いやら、超常現象の原因を突き止めて人々を救う仕事をしている人達。公務員じゃないのになぜ公務員とついているのか……昔の慣習のまま、ってことかな。
私が勤める会社は『真神陰陽寮公認』は受けていない。野良事務所だから、社員の中には裏公務員資格を持つ人はとても少ないのだ。
それ故にこういった認定事務所に下請けとして仕事をおろして、対応不可能となった面倒な仕事をしてもらう……そういった流れがウチでも他でも出来上がっている。
「うー、やだなー、行きたくない……」
現実逃避が終わってしまった……。
杉風事務所は、本当に素晴らしい裏公務員が所属している。
先ほど和やかな会話をしていたメンバー達は全員ここの所属だが、裏公務員名簿のランキング上位者ばかりだ。
鈴村は大勢を指揮することに長け、知略家でもあり、嘘をすぐ見抜いてしまう。
アリスは妖狐の力を使うから武闘派でもあり、術師としても優秀な戦闘員。
鬼一は忍びを稼業としていて情報収集がうまく、裏稼業にも通じている。噂では忍者の軍隊を持っているとか。
星野は法律に通じていて経理兼外交担当、人当たりが良くてお祓いが得意。彼がいる日は仕事がしやすい当たり日だけど、この人はあまり事務所にいない。
伏見は事務だと思うけど正体不明。
そして……事務室長の白石。
これらの人員は、噂によると神継と同じく神をその身に宿しているとか。全員が実務をこなすスーパーエリート集団である。
国家安寧の大本であるヒトガミ様が開いた事務所を受け継ぎ、今の世を輔けているらしい。
……て事はあの名前、ヒトガミ様がつけたのかな。ネーミングセンスには突っ込みたい。
幸せの杉風事務所は三百年以上続いているはずだが、私が知ったのは会社に勤めてからだ。
会社の上層部はこの事務所の内情について何も知らない。CMも打たないのに仕事依頼は溢れきっている。
胡散臭すぎるし面倒だが、公認である以上信頼するしかない……のだけど。
気が重い。ここに持ってこなければならない案件が発生する事自体がヤバい。一歩踏み出すきっかけが欲しい。
そう言えば……ここの『主』として存在している彼は、今日戻ってくるのかな。主さんは、世にも美しい男性なんですよ!!
それこそ、その昔『黒曜石の瞳・星空色の髪・迦陵頻伽の声・団地妻顔』と言われていた、国護結界を成したヒトガミ様の絵姿にそっくりなんです!
公式な絵姿はだいぶ昔に失われてしまったけれど、各神社で密かに受け継がれている。私自身も一度しか盗み見たことはないけど。
ヒトガミ様の総本宮は秘匿され、どこにあるのかすらわからない。
だが、日本全国の神社仏閣には必ずといっていいほどその名を冠した社が建立されている。
何故か太古の昔の歌人である『松尾芭蕉』の句碑と共に祀られていることが多い。杉風事務所といい、ヒトガミ様にはどうも松尾芭蕉がちらつく。
伝説に名高い神様が、こんな風に人と簡単に接触するはずもないのだけれど。他人の空似に他ならないだろう。
主である彼は仕事の腕が確かだ。そしてものすごく優しい。
あの人を嫌う者を見たことはない。正直に言うと、みんなが好意の矢印を向けている超絶人タラシである。
私ももちろん好きだけど……ここの所属員は全員、あの人に対してのセコム要員だ。
普段から一言交わすのにすら苦労させられるから、ほとんどの人はコンタクトを取れずにいる。
もう一人、最後のメンバーであるトップセコムはいつも彼と共にあるから同じく滅多にお目にかかれない。
ただ『お顔を見たい』と思っても全っ然会えた試しがない。本当に困った時だけに現れる神様のような人なのだ。
団地妻顔の救世主はどうかと思うけれど。いつもほんのり困っているような表情と、甘い顔つき、危うい色気がその言葉を納得させる。ヒトガミ様の生まれ変わりとか……?ありえるかも知れない。
「おい。いつまで突っ立ってんだよ。さっさと入れ」
「ひっ!?」
心臓がひっくり返りそうになりましたけど!?……わずかに開かれたドアの隙間から白石氏がいつのまにか顔を覗かせていた。
いつもの黒い着流しに身を包み、ここの事務所のトレードマークである家紋を胸に刺繍した白い羽織を肩にかけている。芭蕉紋って言ったかな。その真ん中に木瓜紋がある変わった紋だけど……これはヒトガミ様の神紋なんですよねー。さすが直系の事務所といったところ。
白石さんって、顔はいいのにいつも怖い顔してるから……性格も見たまま、かなりキツめで語調も荒くてついビクビクしてしまう。
ヒトガミ様の慈愛は引き継がなかっただろう、私が事務所に入りたくない理由ナンバーワンに出迎えられてしまった。
「んで、今日は何?」
「は、はい!……あの、芦屋さんは今日いらっしゃらないんですか?」
ドアの内側に招かれ、室内に恐る恐る入る。事務所の中はどう見ても古びたビルの中とは思えない雰囲気だ。
木目調の壁、磨き抜かれた床、穏やかな空間に一揃いの柔らかな高級ソファー、ガラスのローテーブルだけが並んだシンプルな作り。
先ほどまでいた裏公務員たちはいつの間にかどこかに消えている。
空間転移ができるとかどう考えてもおかしいんですけど。やってることだけ見たら、まるで神様のようだ。
「お前、一言目に主の名を口にするのやめてくんね?軽々しく呼ぶな。仲介業者で名前を知られてるのは、本人から聞いたお前だけだ。……いい加減消すぞ」
「すみません、二度と言いません!!」
いつもの調子で怒られて、ソファーに腰掛け、ビジネスバッグの中から分厚い冊子を取り出してテーブルに置く。
冊子の題名には、山口県のとある村の名前と共にこう記載されていた。
『迷い家救出作戦』
「……うわ、めんどくせぇ」
「そう言わないでください!!ここがダメなら真神陰陽寮に上げるしかなくなるんですよ!?そうなったらウチの会社は調査の経費さえ落とせなくなります!」
「知らねーよ。お前んちの陰陽師はまともな奴がいねぇのか?依頼数も多すぎるし、持ってくる案件が全部めんどくさい」
「めんどくさい案件だから持ってくるんですけどぉ」
「……チッ」
舌打ちを落としつつ、向かいのソファーに座った白石さんがペラペラと資料をめくる。
目線が下に向いて、陰陽師のトレードマークである黒長髪が肩に流れる。真剣な目がものすごい早さで資料の文字を追って、あっという間に読み終わる。
そして、スマートフォンで調べ物が始まった。
冷や汗をぬぐい、第一関門を突破したことに密かにため息をつく。
この人は怖いだけじゃなく、我々仲介業者からは『地獄の門番』と言われている。
調べ上げた情報を正確にまとめ、的確に伝える文章を成した提案書を持ってこなければ、やり直しを永遠に求められる。
地獄の門番から「ヨシ」と言われなければ、仕事の内容すら裏公務員達に把握してもらえない。
神様!この国を守ったとされるヒトガミ様!どうか私にお慈悲を!!
「ヒトガミを引き合いに出すな。マジでガチで消すぞ?」
「……すみません」
彼は優秀な術師だから、考えていることは筒抜けになる。だからさん付けにしないとね。
特にヒトガミ様と主である芦屋さんに対して不遜な心を抱くと、会社ごと消された人もいるくらいの恐ろしい人だから。
「ここの地域は元乃隅神社が管轄だろ。神主は何て言ってる?」
「……あの、神主さんも行方不明です」
「はぁ!?マジかよ。んで、最後の人が取り込まれたのはいつだ」
「先月の三日です」
「……」
「すみません」
「謝れば許されるとでも?バカなのか?迷い家に取り込まれ始めた年月からして、この世に戻ったとしても生きてねぇ。お前の会社で引き継いだのは?」
「今月の朔日です」
「はあああぁーーーー…………」
白石さんが怖い顔して深ああぁい溜め息をつく。
ソウデスヨネー、一番最初の被害が起こったのはもう一年以上前。最後の人が取り込まれてから1ヶ月。
この案件が無事解決したとしても、その人達の生死は殆ど諦められている状態だ。
お電話をかけ始めた白石さんは、結構怒っている。
彼の怒りの矛先が私じゃないだけ、マシだと思うしかない。
「伏見、山口の迷い家案件。d-13687号、最後の業者以外ペナルティを申請してくれ。盥回しの罰則で一番キツいやつだ。」
「……」
「あぁ、いや。ウチに持ち込んだのはいつものとこ。清音が来てる」
唐突に名前を呼ばれて、心臓が跳ね上がる。この人は名字で私を呼ばないんですよねぇ。お仲間はみんな名字呼びだと思うんですけど。妙齢の女子としてはドキドキしてしまう。
「清音の会社が受けたのは今月朔日。三日で情報を集めてるから問題ない。
……いや、主には黙っていてくれ。おそらく大量の死者が出る」
「……」
電話の向こうでは伏見さんが話しているようだ。若干声色が硬い。
でも、多分だけど、今回は芦屋さんが出張らないと解決はしないだろう。
それほどひどい状態の案件なのだから。
「あぁ。ギリまで沈黙だ。俺が怒られるからいいよ。星野も借りていいか」
「……」
「うん、了解。誤魔化し頼むな」
ぴっ、とスマホの通話を切って、手のひらが目の前に差し出された。
くっ、ワキワキしないでください…。
「契約書よこせ。知ってるだろうが、支払いは現金前払いで全額だ。後で追加の支払いが発生すると思え」
「デ、デスヨネー」
「今回は値引きできん。生死が関わるし、おそらく主が出なきゃならん。ウチの大切な総長を使うつもりで来てるんなら、出し渋りなんかしねぇよな?ん?」
手のひらから伝わる圧力。指先まで霊力を巡らせた白石さんが睨みつけてくる。
それでも……鳶色の瞳には、わずかに哀愁が浮かんでいた。
それは被害者に向けてなのか、悲しい思いをされるであろう主人に向けてなのか。
何もかもを頷きで打ち殺し、私はカバンの中から契約書と札束を取り出した。
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