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陰陽師学校 教師の仕事

95 教師のお仕事

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「…じゃあ初めから順番におさらいだな。
 鎮めとは対照のを得るために行う仕事だ。
 なぜ荒神になったのかの原因究明、それを解消する対処法の選定、効果的な言葉を選び、対象に最も有効な喋り方をする事。
 そして、一番重要なのは嘘をつかないこと。これを踏まえて、一例を出そう」


 
 暗幕のカーテンを閉め切り、スクリーンにパワポで作った資料を投影している。

 現時刻10:30。真神陰陽寮研修学校の授業中。俺の担当である『特別授業』の時間です。
 何の担当をするか迷ったけど、毎回題材を変えてその時に必要なものを学んでもらう担当になりました。臨時講師みたいなものだし、ぴったりだと思うんだ。

 
 生徒たちは戸惑いながらも俺が指し示す資料を必死でメモしてる。ものすごくガリガリ音がしてるんだけど。
 その原因は最前列に陣取った真神陰陽寮、現役の神継たちだ。

 生徒を差し置いて最前列取ってんじゃないよ!倉橋くんと、久しぶりの加茂さんまでいるとか聞いてない。
 元気そうでよかったけどさ。


 
「これは、妖怪鎮めのトークスクリプト。俺がこれを作ったのは対象Tに接触し、必要な情報が集まった時点だ。
 パターンはABCからなり、A-1.2.3、B-1.2、C-1.2.3.4まで枝分かれする。
 また、会話内で得られた情報によりこの枝分かれは無数に増えて、当時考えていた枝葉の数はこんな感じ。全部で103パターンだ。
 あ、全部メモしなくていいよ。これは俺が考えた事だから。相手に合わせてトークスクリプトを用意しなければ意味がないからね」

 一覧表に出したスクリプトの中で、俺が選んだ選択肢を赤文字に変える。
みんなしょんぼりしながら見てるな。
 
 これは営業の基本なんだぞ?これ以外に誘導失敗した時のパターンも倍以上考えなきゃなんだけど、多分見せたら戦意喪失するだろうからやめといた。
 この反応を見ると正解だったな。


 
「会話のたびに枝分かれしていく選択肢の中で、最も有効なものを選ぶには、経験・事前情報・観察力・そして覚悟が必要になる。
 他者を掬い上げるなら、その後の一生に責任を持つ気でやってくれ。中途半端にやるならただの無責任な偽善だ。やらない方がマシ。」

 資料に使わせてもらってるのは、トメさんとの会話。
頭の中でこのくらいは常に考えてるけど、最終的に脳が喋るから毎回の疲労はない。
 
 相手を真に思って喋るなら、自然に言霊になるし心のこもった会話になる。
それだけの事なんだが、わかってもらえるかちょっと不安ではある。

 神継のみんなには参考になるかすら怪しいんだけど。今回の授業はやり方を学ばせる目的ではないからなぁ。

 

「対象Tの場合、年齢、性格、俺がやった事に対しての反応から選択肢を決定している。特徴的なのは相手がおばあちゃんであるからこその選択肢。
 大して会話をしていないのに俺はいきなり距離を詰めて、肌に触れ、馴れ馴れしく名前を呼んで『要求』をしている。
 この要求とは、対象Tが自分の作るお酒に対して『美味しい』と主張した事、事前情報で『孤独を感じたまま亡くなった』という二つの観点から、一気に心の中に潜り込むためにやった事だ」

 
 
 鬼一さん、苦笑いしないでー。
 俺は元々腹黒いって言っただろ?
 
 仲間内でこんな事は考えないけど、仕事としてやるなら、自分の感情抜きでやらないといけない事もあるんだよっ。

 
 
「対象が心を許すきっかけの一つである、俺が『要求=甘える』と言う行為に対して返って来た反応は
『なんだこいつ、かわいいな。自分が作る酒がそんなに飲みたいのか。しょうがないやつだ、確かに自分の酒は美味いからな』と言うもの。」
 
「このやり取りの目的は対象の自己満足度を高めて俯瞰ができるように導き、心を開いてくれる余裕を作る事。
 そしてその結果…俺が甘えると言う行動で、と認識させている。
 これに対義して俺が成したことは、対象Tに事。
 神鎮めはお互いの認識から始めるのが定石だ」

 スライドを消して、電気をつけてもらう。生徒達はなんとも言えない顔してるなぁー。まぁ、陰陽師なんだからさ、頭の回転は早い方がいいぞ?
  
 あとは練習と勉強しておけば本番では本能が動くようになるし。やり方の一例が分かればいいだろう。
今日はこんなもんかな。


 
「クロージングに関しては、宿題にします。次の授業までに提出してね。細かい質問があったらメモを倉橋くんに渡してください。倉橋くん、お願いします」
 
「はいっ!!!かしこまりました!!!」
 
 倉橋君の元気な声に神継たちが苦笑いになり、生徒が本気でびっくりしてる。
喜んでくれるのは嬉しいけど、ちょっとは関係性を隠す努力して……。

 
「今日はここまでとしますが、何か質問は?時間いっぱいまで答えるよ」

 生徒たちを見渡すと、眉間に皺を寄せて唸ってる子たちが多い。
 地下鉄で震えて立ち上がれなくなった三人の子たちがビシッと手を上げる。
かわいいな。あの子たちはいつでも一生懸命だ。

 

「はい、じゃあ桜庭さん」
「えっ?私の名前知ってるんですか!?」
 
「生徒の名前を覚えない先生なんか普通いないだろ?質問どうぞ」

 ポニーテールに結んだ髪の毛を揺らしながら桜庭さんが立ち上がる。
顔が真っ赤だけど……どしたの?

 

「あ、あの、対象Tはその後先生とは交流されているのですか?」
「うん、してるよ。こないだもお酒もらって来た」
「この会話の先で鎮められたと言う事は、対象と仲良くなれるんですか?」

「いい質問だな、ありがとう桜庭さん」

 ニコッと微笑みを返すと、桜庭さんがヘナヘナ力を抜いて座る。
 大丈夫かあれ。もしやあの三人、認識阻害術が効いてないのでは?
残り二人も俺のピアスじっと見てるし……才能あり、かな?

 

「対象Tについてもそうだけど、鎮めた相手は自分に対しての信頼をくれる。
 『この人ならまた自分を助けてくれるだろう、困ったら頼ればいい』と思ってくれたら素晴らしい成果だ。
 今後何か問題が起きた時真っ先に相談が来れば早期対処できるし、対象によっては仲間を紹介してくれたり、話を広めて『こいついいやつだぞ、覚えておけ』と信頼の下地を作ってくれるから。こんな感じかな、大丈夫?」
 
「ありがとうございます!!!」

 ふふ、そんなにぺこぺこしなくていいのに。桜庭さんの次に隣に座ったツインテールの荒木さんを指名する。

 

「あの!対象とは今どんな関係性なのか、詳しくお聞きしたいです!」
「あっ!私もそれ聞こうと思ったのに!!」
 
 残り二人がわちゃわちゃしてる。おもしろ。んー、それなら直に見せればいいかな。
 
 伏見さんをちらっと見ると、頷きが返ってくる。指を弾き、勾玉からトメさんに通信を繋いだ。


『ん?なんじゃー真幸!もう酒を飲んでしもうたのか』
「トメさんこんにちは。まだ飲みきってないよ。毎日美味しくいただいてるよ、ありがとな。
 今日そっちは雨らしいけど膝の痛みは大丈夫?ちゃんとご飯食べたか?」

 神ゴムからしわがれたトメさんの声が聞こえる。……寝起きだなこりゃ。

 

『まだメシは食うとらんわい。雨で膝が痛くて寝ていた』
「こないだあげた湿布は?まだあるはずだけど」
 
『真幸がくれたもんを使って、のうなったら嫌じゃ……寂しいじゃろ』
 
「なくなったらまた届けるよ。痛いならちゃんと使わなきゃダメだろ?まだ暑いんだから体の具合が悪くなりやすいし、そんなに酷いならそっち行こうか?」

 トメさんは妖怪とは言え、おばあちゃんだからな……天気が悪いと節々が痛むんだ。魚彦に習って薬草の湿布を作ってあげたんけど、心配だな。

 

『ええ、ええ。ババが元気な時に来なけりゃ美味いもんを食わしてやれないだろ?今学校で教えとるんじゃな』
 
「うん、そうだよ。みんなに聞いてもらってる。見えてるだろ?」
『あぁ、幼子だらけじゃな。みんなで遠足にでも来りゃいい。今年は梅酒もつけるんじゃ』

「そうなのか、じゃあまたお手伝いしに行くよ。梅干しも食べたいな」
『ええぞ。ババがこさえてやる。お前さんはちぃと肉をつけねばならん。ババの心配などせずに自分のことを考えろ』


 トメさんの言葉に胸があたたかくなる。
 トメさんは、自分のおばあちゃんみたいに思ってるんだ。勾玉をくれた神様や妖怪たちは、みんな家族だと思ってるからさ。
おばあちゃんに心配されて嬉しい。


 
「うん、わかった。ちゃんと湿布貼るんだよ?」
 
『ああ、ちゃんと貼る。なくなれば真幸が来るんじゃと気がついたわ。はっはっは』
 
「んふ……そうだな。また近いうちに行くからね。お手伝いありがとう、トメさん」
『真幸の役に立てれば良い。ではな』


 通話を切って、神ゴムを撫でる。
……おばあちゃんに会いたい。しわしわのほっぺに触りたいな。出雲会議の準備がひと段落したらまた遊びに行っちゃお。


「二人とも、なんとなくわかった?」
「「……」」
「おーい?大丈夫か?」
「「はい、ありがとうございます……」」

 

 なんか思ってたのと反応違うな。ポーッとしてる。まぁいいか、時間いっぱいだしそろそろ締めよう。


「さて、俺が見せた膨大な量のトークスクリプトでうんざりしたと思うけど、これをしなくてもいい方法が一つだけある。……知りたくない?」

 疲れてる顔の男の子たちが一斉に視線をよこしてくる。んふふ、そうだろうそうだろう。今日の授業の目的は、これだ。

 

「それは、この学校で真剣に学ぶこと。授業で教えてもらえる事を一つ残らず自分に叩き込み、実践を積めばこんなの考えなくても勝手に口から出てくる。感情に揺さぶられてもそれは変わらない。
 君たちは恵まれてる。一つ一つ苦労して来た現役神継たちのいいとこ取りができるんだから。
真面目に授業に出て、サボらずにいれば必ず成長できる。
 入学試験をパスしたにも関わらず、毎回のテストで脱落者が出るって事を俺は納得してない。
 講師陣はエキスパートだ。経験もたくさん積んでる優秀な神継が教えてるのに、全員が受からないなんておかしいよな?」


 少しだけ言霊を乗せて、印象を強くつける。研修学校の生徒達は全員給料を受け取っている。
 仕事として授業を受け、学ばせてもらってるのに落第してんじゃないよ。
甘っちょろい考えを捨ててもらわなきゃならん。


 
「すべての授業には意味があり、一つとして無駄なところはない。給料を受け取っている以上、君たちは生徒ではなく国を守る使命を持った公僕なんだ。
 自分が背負うものの重みを正しく理解して、サボるなんてふざけた真似は許されないと心に刻んでくれ。
では、授業を終わります」

 

 顔を青くしてるのが数名。倉橋くんや、鬼一さんの授業をサボっていた子達だ。
 少しはわかってくれたらいいけどね。

 倉橋くんが号令をかけ、みんなが頭を下げて「ありがとうございました!」と声をそろえる。

「こちらこそ、真剣に聞いてくれてありがとう。次回の授業をお楽しみに♪」


 るんるんしながら廊下に出て、職員室に向かう。やはー、楽しかったなー。パワポで資料作るの久しぶりだったしー。
 次の授業は安倍晴明の反閇へんばいを教える予定だ。冥府の情報とか、昔の陰陽師がどうだったとかの情報を絡めようかな?……んふ、楽しみ。

 

(真幸、中庭にゆこう。トメが精霊に何か持たせたようだ)
(えっ?そうなの?俺からお礼送らなきゃと思ってたのに)
 
(先に送る事ですみかに来るようにしたのだ。トメもなかなかやるな)
(あ、なるほど。やられたなぁ)

 トメさんは付き合ってみたら優しいのはもちろんだけど、地元の妖怪たちの面倒見ていて差配してる頭のいい人だった。
 長年生きて来て、お互いがより良い生活を送れるように組織化してるんだ。
俺のおばあちゃんは敏腕頭領だぞ。

 

「真幸さま」
「わぁ……泡沫うたかたの精霊さんか?綺麗だなぁ……」

 中庭に出ると、池のほとりに小さな精霊さんが笑顔で佇んでる。
 波の泡の精霊さんだ。儚い水色の光を纏い、キラキラのドレスを着てる。
お人形さんみたい。

 
「長からの預かり物です。からすうりの種でおつくりになりました。恋愛成就のお守りです」
「わー!かっこいい。からすうりの種って黒いのか?パワーストーンみたいだ」

 真っ黒でつぶつぶの種に紐を通して、輪っかになってる。おしゃれなアクセサリーだけど、俺がつけて大丈夫なんだろうか。

「どこにつければいいのかな」
「足首につけるように、と仰せでした」
「アンクレットか、ありがとな。トメさんによろしく言っておいて」

 ふふ、と微笑んだ泡沫の精霊さんか消えていく。

 

(我がつけよう)
(お願いしまーす)

 颯人を顕現して、池のほとりのベンチに座る。ひざまづいた颯人が草履を脱がせて、足を持ち上げた。

 細い黒紐を引っ張り、足首に通してきゅっと締め、それが肌にくっつく。
へぇ、大黒様に似てるから金運も上がるのかぁ。恋愛成就に金運アップ……ラッキーアイテムなんだなぁ、これ。
 


「其方には恋愛成就は必要ないだろう?」
「……まあ、そう、かもね?」
「我がいるのだから、運気を上げられては困る」
「そんな物上がったって関係ないの。相棒がいるんだからな、俺には」


 俺が言うと颯人が微笑み、足の甲に唇で触れる。………………何してんだよ。これは相棒の範疇なのか!?
 顔があっつい……。
 
「これは女神への祝福をねだる物だ。良いだろう?其方は我の女神なのだから。」
「め、女神じゃなくて……」
「あぁ、相棒だったな。頰にも額にも許してくれるのだから、ここも良いだろう。結界も張れるのだから意味があるのだ。
 どうした?そのように顔を赤くして」
「ぐぬ……ぬぅ。」

 くっそう……言い返す前に言われた。文句が言えなくて、モニョモニョしてしまうぞ。 
 横に座って来た颯人の羽織に顔を隠して、俺は唸るしか無くなった。
 
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