マイホーム戦国

石崎楢

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第186話:我が子たちの正月

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年も明けて1570年、私は多聞山城で朋美と朋大と過ごしていた。

「おぎゃあおぎゃあ・・・」
元気に泣き続ける朋大の可愛いことといったらありゃしない。

「若君様、たんとお飲みくだされ。」
乳母のおとわが優しい顔で母乳を与えている。
この黒岩おとわは大雅の実の姉である。

「ごめんね、朋大。ママのお乳の出が悪いのよ。でもおとわさんの美味しいでしょ?」
「うゥ・・・うあ♪」
朋美があやすと両手両足をバタつかせて喜ぶ朋大。

年の瀬から雪も降ることなく割と穏やかな天候が続いている。


「しばらく勝竜寺城はあたしに任せて。パパはママと一緒にいなさい。」

そんな美佳の言葉を思い出すと嬉しくもあり、頼もしくもある。
子育てを間違えてきた覚えがないことを実感できるが、それ故に岳人が気になってならなかった。


山城国京都御所。

「美佳姫殿。噂通りでほんに美しいのう。新年早々に縁起が良いわ。お会いできて嬉しいぞ。」
正親町天皇が満面の笑みで美佳に語りかける。

「ははッ・・・もったいないお言葉。」
美佳は平伏する。
なんと正親町天皇は美佳に会いたいが為に従四位下の官位を授けたのである。

「これからも御父上である大輔殿を美濃守(岳人)と共に盛り立てるのじゃぞ。そして暇があれば話し相手にでもなってくれぬか?」
「ははッ・・・」

どうやら一目で正親町天皇に気に入れられた美佳。
その様子に近衛前久は満足そうな表情を見せていた。

大輔殿と姫君が帝に気に入られておる。この状況こそ公家われらにとって好都合。

京都御所から二条御所へと近衛前久と共に移動する美佳。
牛車の上ということで内心興奮していたが、それを押し殺して我慢していた。

「近衛様。」
「なんじゃ美佳姫。」
「この日ノ本で女が当主になるということはおかしいでしょうか?」

美佳の言葉に一瞬驚く前久。

なんと・・・そこまで父を思うか・・・聡明な女子じゃ・・・

「かつては帝にも女性の方がおられましたぞ。おかしいと思われることはない。それなりのモノを示されれば男であろうと女であろうと人はついてくる。ワシはそう思っておる。」
「ありがたきお言葉です。」

そして二条御所まで送ってくれると、近衛前久は再び京都御所へと戻っていった。
美佳の傍らにどこからともなくなずなとすみれが現れて護衛についた。


「美佳姫、大儀であった。」
義栄と謁見するが、楓の介助を受けているその姿が痛々しい。
阿古丹と食事療法で延命できてはいるが、置かれている状況の厳しさが美佳に伝わってきた。

「義栄様。何かお食べになりたいものがあれば言ってください。」
「そうじゃな・・・特にはないか・・・今は楓と静かに過ごすのが一番の幸せじゃ。」

義栄の作り笑いに楓の表情が歪む。それを見た美佳は胸が締め付けられる思いであった。


「あと持っても一月だと医者が言うておられた。残念ですぞ。」
別室へ摂津晴門、細川藤孝に呼ばれた美佳は話を聞く。

「そうですね・・・せっかく元気になられてきたと思っていましたが・・・」
「故にその先のことをずっと考えておりましたが・・・ゴホゴホ・・・」
「晴門さん、大丈夫?」
「大丈夫ですぞ・・・」
どう見ても体調が悪そうな摂津晴門も気になる。


「義栄様はさすがに限界なの・・・もうあたしじゃどうすることもできない。」
「楓・・・」
泣きじゃくる楓をなぐさめる美佳。


こうして勝竜寺城に帰ってきた美佳は茶室に入るとそのまま寝転がる。

「簡単に後を継いでもいいって言ったけどやっぱ大変よね。」
独り言をつぶやくと

「美佳姫。家臣団が揃いました。大広間へお願いいたします。」
重治の声がした。


うう・・・疲れたよ・・・

美佳は家臣団からの新年の挨拶を受け終わると真紅の部屋に入っていった。

「暁人ちゃん♪」
真紅の抱いている赤子を見ると元気を取り戻す美佳。

「ひえん、ふあふあ♪」
美佳に抱っこされて喜ぶ暁人。それを見て微笑む真紅。

「大ちゃんの代わりをご苦労様でございました、美佳様。」
「いやいや、楽しかったよ。帝とお友達になれたし。」
「な・・・なんと言われましたか?」
「本当よ。なんか従四位下という官位ももらったし。」

そんな美佳の言葉に真紅は絶句する。

その官位は大ちゃんと一緒でしょ・・・

「それとさ、パパの官位が上がるって。なんだっけかな。伊勢海老のレストランみたいな名前・・・中納言だったかな?」

ち・・・中納言!? 大ちゃんが中納言。あたしが中納言の側室・・・

そこに一馬と義成がやってきた。

「美佳様、お食事の準備ができておりますぞ。」
「皆が待っております。」
「うん、わかったよ。真紅さんの分もなずなさんに持ってこさせるからね。」

美佳は一馬、義成と共に大広間に戻っていった。

一介のくのいちが鈴鹿御前の生まれ変わりで中納言の側室・・・もうなるようになるしかないわね・・・

真紅は暁人に母乳を与えながら夕暮れの空を見上げる。
ちらほらと雪が舞い降り始めた空を見た暁人はニコっと微笑むのであった。


美濃国稲葉山城。
岳人は天守閣の上で吹き付ける強い風を浴びながら城下を眺めていた。
急速に開発が進んでいる城下町は冬空の下でも活気に満ちている。

この稲葉山城・・・岐阜の町を城塞都市に変えるんだ。
長良川、木曽川の水を利用した幾重もの堀と城壁。
兵糧攻めに耐えうる耕地も備えた戦国史上最強の城。
出来る限り早く完成すればいいんだけどね・・・

そして大広間へと移動する岳人。

「官兵衛。」
「はッ・・・いかがされましたか?」
岳人の声に考高は顔を上げた。

「お市と大輝を呼ぶことはまだ出来ないのか?」
「京と美濃との移動は赤子には酷でございます。大きくなられるを待つべきだと思います。」
「そうか・・・」

岳人様のためにも市姫と大輝様は勝竜寺城に居ていただくのが無難。
それが行動を制限させる抑止力に成り得る。

「せめてお市だけでも側にいて欲しいんだけどな・・・。」
「・・・」
そんな岳人の言葉に反応するみずは。

やはり岳人様の御心は・・・。

そう思いながらみずはは手をお腹に当てていた。


大広間から出たみずは。

「みずは殿・・・」
「官兵衛様。どうかされましたか?」

突然、考高に声をかけられて驚きの表情を見せていた。
そして二人は人気のない場所で向かい合う。

「やはりそうか・・・この御子は岳人様の・・・」
「他言無用で・・・どうか他言無用で!!」

考高の言葉に取り乱すみずは。

「そのお身体での任務はお腹の御子の命に関わりますぞ。」
「・・・。」
「私から岳人様に言っておきますが故にご安心召されよ。みずは殿は再び備前・備中に向かったということで。」
「なんと・・・」
「みずは殿は既に家中の忍びから警戒されております。伊賀に一旦帰られるのも手かと。」
「はい・・・ありがたきお言葉・・・」

考高の優しさに触れてみずはは涙を流すのだった。

歩き去っていくみずはを見つめる考高だったが、突然表情が険しくなった。

「何故、貴様がそこにいる?」
考高は刀の束に手をかけて静かに口を開いた。

「待てよ・・・一度は手を組んだであろう。」
薄っすらと白く染まった本丸の庭園に1人の男が姿を見せる。

「僕が呼んだんだよ、官兵衛。」
そこに岳人も現れた。

「風魔小太郎。山田岳人様からのお誘いを受け、馳せ参じた次第でございます。」
風魔小太郎は穏やかな笑みを浮かべて岳人の前に平伏する。

「伊賀と甲賀は既に僕たちと手を組んでいる。そして風魔を得ればあらゆる局面で有利になるだろう。そう思わないか官兵衛?」
「・・・。」

考高は答えなかった。答えたくなかったという方が正しい。

最早、信義などないというのか・・・力ある者は全て使いたいというのが岳人様のお気持ち。
まるで碁盤の上に碁石を並べて遊んでいるかのようだ・・・。


再び、山城国勝竜寺城。
新年の宴は佳境に差し掛かっていた。

「ではゆくぞォォォ!!」
「ギャアァ!!」

グレートサスケのマスクを被った美佳のドロップキックで吹っ飛ばされる義成。

「美佳姫様・・・ちょっと酔いが回り過ぎでは・・・って・・・」
美佳をなだめようとする景兼だったが、そのまま胸倉を掴まれる。

「ぎゃあッズ!?足が・・・足がァァァ!?」
右足を上げられて美佳のドラゴンスクリューを喰らった景兼がのたうち回る。

「酒が入ると暴君じゃねえか・・・ヒッ!?」
「誰が暴君じゃ?」
一馬を引きずり回すとうつ伏せにしてSTFを決める。

「ぬおお・・・苦しい・・・でも美佳様のちっぱいが・・・当たっております~♥」
「誰がちっぱいじゃ!!パパから変な言葉教わりやがって!!」
「ぐえ!?」
一馬を失神させると美佳は立ち上がった。完全に酔いが回っておりフラつきながら家臣団を見回す。
逃げ惑う家臣団。

「厳勝・・・待てぇ!!」
「美佳姫様・・・ご容赦をォォォ!!」

美佳は柳生厳勝を追いかけ回す。

「美佳様、面白いですわ!!」
すみれは酒を浴びるように飲みながら笑い転げていた。


なんとまあ騒がしい新年だ。これもまた平和というもの・・・こういう時間だけが永遠に続けば良いのにな。

重治は大広間の片隅でなずなの酌を受けながら一人喧騒を楽しむのだった。



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