マイホーム戦国

石崎楢

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第181話:姫路城防衛戦

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美濃国で決戦が行われていた1569年10月18日、播磨国姫路城。

「八滝殿・・・一大事でございますぞ・・・西方より赤松軍が迫っております。」
黒田家家臣栗山善助が本丸に駆け込んできた。

やはりか・・・

城代を任されていた源之進はため息をつく。

「敵兵の数はどれ程ですか?」
「ざっと見積もって七千程。」

善助の言葉に思わず苦笑いする源之進。

ざっと十倍以上か・・・

龍野城の赤松政秀の裏切りであった。

御着城や神吉、志方城の兵を集めても及ばない・・・

姫路城の守兵はわずか五百である。

「栗山殿。別所安治様に増援を・・・」
「拙者が・・・?」
「官兵衛殿のお家来を死なす訳にはいきません。」
「それならば・・・」
詰め寄ってくる栗山善助であったが、源之進は力強く言い返す。

「私も死にませんよ。大丈夫・・・援軍が来るまで耐えて見せましょう。」

そんな源之進に何も言い返せない善助であった。


そこに1人の若い女が赤子を抱きかかえてやってきた。その表情は険しい。

みつ殿・・・城外に退去されたのでは・・・?」
源之進が驚きを隠せない。
この若い女は黒田官兵衛考高の妻である光であった。このとき齢はまだ数えで十七。赤子は松寿丸しょうじゅまるという名で齢一つ、後の黒田長政である。

「八滝様・・・わたしも戦いますぞ。」
「えっ?」
「わたしは考高様から家の留守を任させております。守るのが武士の妻の務め。」

あまりの剣幕に威圧される源之進。

「だあだあだあ♪」
両腕をばたつかせ戦う素振りを見せるかのような赤子の姿。


源之進は静かに自室に戻ると人払いをして座り込んだ。

「源之進様・・・人払いとは無粋でございましょう・・・」
そこにもみじが姿を現す。

「すみませぬ・・・」
源之進は顔を上げると立ち上がり、もみじを自分の腕の中へと引き寄せる。

「・・・」
するともみじから源之進と唇を重ねてきた。その目にはうっすらと涙が滲んでいる。

「・・・死を覚悟しておりましたが・・・官兵衛殿の妻子といい、もみじ殿といい、簡単には私を死なせてはくれませんね。」
「はい・・・」
源之進の言葉に涙の笑顔を見せるもみじ。

「では・・・この戦で生き残れましたら私と祝言をあげませぬか?」
「はい・・・」
「・・・私の嫁になるということですよ?」
「お慕い申しておりました・・・これであたしも死ねなくなりました。」

源之進ともみじは抱きしめ合うのだった。


「本丸に兵などいりません。各侵入口に兵を集中します。落とせるものならば何でも構いません・・・城にあるモノ全てを武器にしましょう。」

岳人の指示の下で五百の兵はそれぞれ東西南北四か所に配備された。
無論、今の世に残る優美な姫路城とは異なり、中世城郭の平山城である。
しかし、天然の要害であり、考高が仕掛けた様々な造りが罠となって攻め手を翻弄することになる。
更に源之進も城代を任されてから不測の事態に備えて手を加えていた。


翌10月19日の早朝、赤松政秀の軍は姫路城を取り囲んでいた。
その守将が源之進と知るとすぐに降伏勧告の使者を送った。

あの若き勇将は殺すには惜しい・・・

しかし丁重に断られるとそのまま攻撃を始めるのだった。

すぐに落とせる・・・いかに堅固といえど兵力が違うのだ。

赤松政秀は自ら陣頭指揮することなく本陣で戦況を見つめることにした。
この余裕が命取りになることに気づくことはなかったのである。


「私は殿以外に仕える気はない。」

源之進の決意は揺るぎなかった。
そして一つだけ確信できたこともある。

この赤松の攻め方、絶妙の頃合い、そして私の手元には少数の兵力・・・若君か・・・


「攻めろ!! 一気呵成に攻め落とせィ!!」
赤松軍は四方から押し寄せてくる。

そして早くも城の塀に差し掛かった赤松軍の一隊がよじ登ろうと手をかけたときだった。
その塀は張りぼてであった。

「残念!!」「馬鹿どもが!!」
守兵の山田軍の兵たちの嘲笑を受けながら次々と転がり落ちていく赤松軍の兵たち。

「臭いが・・・この世の地獄を味わえ!!」
更に糞尿と言った汚物や熱湯を次々と城壁の上から赤松軍に浴びせていく。


「数的不利な戦に形など要らぬ。籠城とは城を守るだけではない。兵も守らねばならぬ。」
以前に楠木正虎から教わったことを思い出した源之進の戦術である。
これはかつての楠木正成の戦術に酷似しているが、これは単なる偶然であった。
この戦国時代に置いて正虎の尽力で朝敵を赦免されたが、楠木正成のイメージは決して良くはならなかった。
後世に伝わる楠木正成の忠臣ぶりは江戸から明治時代にかけて浸透していったものであるのだ。

「くそ・・・斜面は厳しいか・・・大手口と搦手口に兵力を集中させろ。」
赤松政秀は無様な自軍の兵たちに苛立ちを隠せない。
しかし、その大手口と搦手口に攻撃を集中させるも、

「撃て!! 撃ちまくれ!!」
山田軍の連発銃の前に倒れていく自軍の兵たちを見て、二の足を踏む大手口の赤松軍。

城内への最短ルートながら、より勾配が急な搦手口では、入り組んだ城壁の上から投網を頭上に浴びた赤松軍の兵たちは狭い道で身動きを取れず渋滞状態になる。
そこに弓兵たちが次々と狙いすまして矢を放つ。
更には薪やら鍋やら石やらを、次々と城内の使用人たちが投げ落としていく。

「なんという戦いじゃ・・・兵だけでなく使用人や女たちまで勇敢に戦いおる・・・」
赤松政秀は悔しさを通り越して、姫路城の源之進たちの戦いぶりに舌を巻いていた。

このような戦いを三日三晩繰り返す中、次第に城内の士気も下がり始めていた。

「何を腑抜けておる・・・勝たねば生き残らねば明日はないのよ!!」
考高の妻である光は、幼き松寿丸を背負いながら場内を駆けずり回り、ひたすら激を飛ばしていた。

「もみじ殿・・・」
源之進は姿を見せないもみじのことを気にかけていた。
周辺の播磨国人衆に策を授ける役を担ったもみじが帰ってこない。

しかし、それは杞憂であった。

「源之進様、お待たせいたしました。」
もみじが笑顔で歩いてくる。
それを見た源之進は拳を握りしめて勝利を確信した。

「よし・・・今日の日を持ちこたえるだけだ・・・皆の者、勝利は近いぞ!!」
源之進が声高らかに兵たちに叫ぶ。

「・・・」
一瞬、意味も分からずに兵たちはただ茫然と源之進を見るだけであったが、

「おおッ!!」
三日三晩を源之進の指揮の下で戦い続けた山田軍や黒田軍の兵たちは、純粋にこの若き勇将と信頼関係が出来上がっていた。再び、士気が高揚していく様を見て光はうれし涙を見せるのであった。

この10月22日も激しい戦いであった。
互いに疲弊した状態となっていたが、まだ赤松軍には五千の兵が残されている。
わずか五百の兵の前に二千の兵を失ったことが赤松政秀には予想だにしなかったことであった。
更に御着城も神吉城といった周辺の国人衆も動かない。全く動く気配がないことを怖気づいたと踏んでいた。

四日目の夜、雨が降り始めた。
赤松軍は警戒を怠ることはなかったが、強い雨音の中を近づいてくる軍勢に気づくのが遅れてしまう。

「今じゃ!!」
大手口の赤松軍に夜襲を仕掛けてくる一隊の軍勢。
小寺政職率いる御着城からの援軍である。

「夜襲か・・・この雨が降ることを予測しておったと・・・敵には易者でもおるというのか・・・」
赤松政秀にはそう思えていた。
事実、もみじは天候を読むことができるのであった。
齢十五で中忍となったその才は易にも通じていたのである。


大手口の赤松軍に本陣、更に次々と夜襲を仕掛けてくる軍勢の姿があった。

「せっかくの播磨の平穏を壊されてなるものか!!」
播磨国人で神吉城城主の神吉頼定や志方城城主の櫛橋秀則といった者たちが、手勢を率いて憤怒の形相で突撃をかけていく。

「所詮は少数の兵よ。慌てずに対処すればよい。搦手の兵をこちらに回せ!!
赤松政秀は家臣たちに命令する。

「どうしたというのじゃ・・・おい・・・」

しかし、そんな家臣たちが次々と無言で倒れていく。
その喉元にはクナイが刺さっていた。

「本陣がガラ空きですわ・・・」
もみじが姿を現した。

「赤松政秀殿・・・約束が違います・・・」
雨の中、軽装の足軽姿で源之進も現れた。
そしてその両手の双剣を振りかざすと赤松政秀に襲い掛かっていく。

「ぐぬう!!」
赤松政秀も刀を抜いて迎え撃つ。
一合、また一合と打ち合いが始まるがわずか数合ですぐに赤松政秀は守勢に追いやられた。
刀を弾き飛ばされると、そのままひざまずいてうなだれる。

「誰かが手引きされましたか?此度の赤松政秀殿の攻め方はあまりに都合が良すぎます。」
「ワシは・・・ワシは・・・ただあのくのいちに・・・」
「くのいち・・・?」
「覆面のくのいち・・・あの女が山田軍の動向と岳人殿の美濃遠征も全て・・・」
「まさか・・・!?」

源之進は動揺のあまり、思わず手にした双剣を下ろしてしまった。
ニヤリと笑った赤松政秀はその隙に刀を手にする。

「隙あり・・・ぐへッ!?」

その瞬間、断末魔を上げた赤松政秀の首が宙に飛ぶ。
眼に涙を浮かべたもみじが刀を一閃していた。
その状況を見た赤松軍の兵たちは、怒りよりも恐怖のあまりに逃げ出す者ばかり。

「源之進様・・・お気を確かに・・・」
もみじはそう言うと肩を落として立ち尽くす。

もみじ殿こそ・・・お気を確かに・・・無理・・・だよな・・・

源之進は様々な湧き上がる感情を抑えながら大声で叫んだ。

「赤松政秀討ち取ったり!!」

豪雨の中の夜襲を迎え撃っている赤松軍にとって、これは戦の破綻を意味することとなった。
搦手口の赤松軍は後藤基国率いる別所軍の夜襲で完膚なきまで叩きのめされていた。

降りしきる雨の中、山田軍や播磨国人衆の勝どきの声が響き渡る。
ずぶ濡れのもみじを後ろから抱きしめる源之進。
互いに溢れ出る涙を止めることができなかったのであった。

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