マイホーム戦国

石崎楢

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第111話:畿内の混沌

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1568年9月、山城国勝竜寺城。
光秀と六兵衛から丹波攻め苦戦の報告が届いていた。

「なるほど・・・さすが噂に違わぬ鬼共ですな。」
竹中半兵衛重治は感心していた。

「ふう・・・半兵衛殿。感心している場合ではないでしょう。」
慎之助がツッコミを入れる。

「長滝殿。丹波の三鬼ですよ。」
「丹波の三鬼?」
「丹波国大江の山に三匹の鬼が住んでいた。英胡えいこ軽足かるあし土熊つちくまです。」
「それになぞらえるということですか?」
「ただ赤井直正たちは悪い鬼ではないでしょう。」
重治はそう言うと私を見た。

「そうだよな。だからこそ私はあまり気乗りはしなかった。」
「ですが、朝臣として丹波を平定せねばならぬ身・・・心中察します。」
うつむき加減の私と重治。

まあ・・・策はあるのですが・・・
どのぐらいの時間がかかるかがわからない。

重治は顔を上げると都の方を見つめるのだった。


京都二条御所。
将軍足利義栄は病の床に伏していた。
その傍らで看病を続けているのは楓である。

「大分、マシになってきた気がするが・・・。」
身体を起こそうとする義栄。

「義栄様。」
楓がそれを助けると義栄は笑顔を見せた。

「丹波攻めは不調のようだな。」
「はい。」
「大輔殿には済まぬことをした・・・此度の丹波攻めやお前のこともな。」

そう言うと義栄はため息をつく。
都や畿内全域、はたまた日ノ本各地から名医を呼び寄せていたが、義栄の腫れ物は手の施しようがないと判断されていた。

どうにかしてあげたい。あまりに不憫でならないから・・・。

楓はただ切なそうに義栄を見つめているのだった。


「義栄公も長くはないかのう・・・。」

御所の一室で近衛前久が無表情で言葉を放つ。
幕府の重臣ともいうべき者たちが集まっていた。

「次の将軍はいかがされますか?」
細川昭元が不安げに周囲の顔色を窺うように聞いてきた。

「平島公方の義助公ですかな。」
摂津晴門が苦々し気に口を開く。
義秋が行方不明になったたため、仕方なく保身の為に義栄の下についていた。

跡がおらぬのじゃから仕方あるまい・・・

近衛前久はため息をつく。

もう足利は終いじゃな・・・

重々しい空気の中でそれぞれが胸の内に同じ答えを出していたのだった。



そんな中、河内国飯森山城。
守将である楠木正虎は驚愕の表情を浮かべていた。

「各砦に伝えるのだ。こちらからは手出しをするな・・・。」

そう言うと額の汗をぬぐう正虎。

落ち着け・・・ただこの目の前の光景は嘘ではない。


飯森山城を軍勢が囲んでいた。
その旗印は足利二つ引。紀州・河内国守護の畠山氏の軍勢なのだ。
その兵力は五千、率いるのは現当主畠山秋高の実兄にあたる前当主の畠山高政である。

このままでは秋高はいずれ山田の傘下になるであろう。
させぬぞ・・・この畠山家は三管領と謳われた名家じゃ。
我らの力を見せてくれるわ!!


畠山軍が飯森山城に攻め入ったという報はすぐに大和全域に知れ渡った。

大和南部の宇智の国人衆は既に紀伊との国境に幾多の砦を建造して防衛の準備は万端であった。

「山田の若君の予想が的中したか・・・」
二見城城主二見光重はつぶやく。


以前に多聞山城に集まった時のことだった。

「二見殿、楢原殿、吐田殿、よろしいでしょうか?」
岳人が宇智国人衆代表の三人に声をかけた。

「いかがされましたか、若君?」
「帰られましたら、軍備の増強を大至急でお願いしたいのです。」
「なんと・・・。」

岳人は驚く光重たち三人に話を続けた。

「このままではいずれは畠山が攻めてくることになりましょう。」
「まさか・・・将軍家の為に戦っている我らに・・・」
楢原利久には信じられないようだったが、

「このまま我らが勢力を伸ばしていけば必ずやぶつかります。畠山は三管領家の1つなのですから。」
「大和国の繁栄が面白くないと・・・なるほど・・・。」
吐田遠隆はうなずいていた。

「物資と資金は幾らでも援助いたします。山田家の最新の武具も使ってください。」
「ははッ。」

そのことを思いだした光重であった。


同じく大和国高田城。
ここを任されているのは三好一門の三好康長である。
既に竹内峠に軍を配備していた。

「結局は畠山と戦うのが運命というものか。」
三好康長はそう言うと嘆息した。

山田家に降伏してからは穏やかな日々であった。
本来の領地である阿波国岩倉城と息子の康俊のことも気にしてはいたが、阿波には三好勢力も多く安心していたのである。

「このままこの地で隠遁できればと思っていたがな、政康様と同じようにな。」
「そうですな。」
康長の言葉に乾忠清たち家臣団はうなずくばかり。
阿波から河内、そして大和と激戦の中を生き抜いてきた三好康長配下の猛者たちにとって、戦の無い日々に幸せを感じていた矢先のことであった。

そんな三好康長のもとに使者が訪れてきた。
三好政康の弟である河内小山城城主三好為三からであった。

「小山城が畠山軍に囲まれております。どうかお助けください。」
「むう・・・。」
「畠山に降るよりは山田家に降るというのが我が殿の御心でございます。」

ますます三好康長は苦悩するばかりであった。



その頃、河内国高屋城。
若き畠山家重臣で河内国守護代の遊佐信教は本丸御殿の自室で寝転がっていた。

くだらぬ・・・。

先代当主畠山高政の独断による山田家への宣戦布告ともいえる飯森山城攻めに対し、反吐が出るような思いであった。畿内の安定を壊してどうする・・・河内国守護代としての私の立場はどうなるというのか。

「悩まれてますな・・・遊佐殿。」
「何奴だ・・・?」

信教は起き上がると刀を手にした。
そこに姿を現した一人の男。

「刺客ではございませぬ。我が名は灰月。」
「忍びか?」
「似て非なる者。ただこの日ノ本の行く末を憂う者でございます。」

足利義秋暗殺の際にいた灰色の装束の男であった。


数日後、山城国勝竜寺城。

「なんと・・・畠山殿が・・・。」
私は思わず頭を抱えてしまった。
さすがに書状でのやり取りばかりとはいえ、仲間だと思っていた存在に攻められるのは心が痛む。

「楠木殿故にそう簡単には落とされないでしょう。若君もすぐに動くと思います。」
「畠山高政の独断ですから、畠山秋高にすぐに使者を送りましょう。」
慎之助と英圭が言う。

武ばかりにこだわっていた若武者たちの成長は嬉しいけれど・・・

私はふと重治を見た。

「好機です。」
「!?」
私の視線を受けた重治の思いがけない言葉に私たちは驚きを隠せない。

「私は畿内に入ってから、日々間者を使い諸国の動向を調べ上げておりました。」

重治は河内国の地図を開く。

「河内国内に点在する三好の城・・・確実にこちらに寝返らせることができるでしょう。特に小山城の三好為三は我が方に三好康長殿がおり、三好政康の首を獲らなかったことが大きいかと。」

河内小山城の位置に大きく丸を付けた。

「そして高屋城を守る畠山家家臣で河内国守護代の遊佐信教は、現状に不満を抱いております。」

高屋城に更に大きな丸を付けた重治。

「遊佐信教に河内国全域を任せる密約でこちらに付いてもらいます。」
「なるほど・・・。」
「殿もこれ以上国を持ちたくはないでしょう。なるべく戦わずして味方を増やすのが得策。幸いにも楓様が将軍義栄公の御側に仕えていることが活きますぞ。」

そんな重治の言葉に私は切なさがこみ上げてきた。

楓はそこまで考えていた・・・私への恩返しとはいえ・・・そこに幸せがあるのだろうか・・・



大和国多聞山城。

「一馬さんは楠木殿への援軍、越智家広殿にも動いてもらって竹内峠周辺に完全なる防衛線を敷く。隙あらば逆に河内に攻め入るぐらいの準備をお願いしてください。」
岳人は冷静に家臣団に指示を出していた。

これを機に河内も勢力に組み込めれば、次は摂津。
もうすぐ将軍義栄は死ぬ・・・正史上ではそのはず。現に病の床に伏しているのだから。
ここで朝廷に力を見せつけておけば必ず・・・必ずに繋がるんだ。

岳人も重治と同じくこの状況を歓迎しているのだった。


畿内の混沌・・・その全てが山田家中心に動いていく流れになっていく。
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