マイホーム戦国

石崎楢

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第224話:第二次桶狭間の戦い(3)

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戦いも3日目となる5月17日。
遂に砦手前まで上杉軍が侵攻を強めてきた。
そこで砦から一気に打って出た木下藤吉郎秀吉は、上杉軍の先行部隊を壊滅させると大きく陣を敷いたのである。

「迅速じゃな・・・」
上杉輝虎は秀吉の迅速な行動に感嘆せざるを得なかった。

幾重にも待ち受ける鉄砲、そしてあの大筒よ・・・
しかしな・・・

上杉軍右翼の直江景綱軍。

「わかっておるな。」
「ははッ!!」
景綱は対鉄砲部隊を編成していた。
その中心となるのが竹束に車輪をつけた車竹束。
車竹束を前面に展開、更にその背後には鉄砲隊、弓隊を配置している。

しばらくは睨み合いじゃ。
動かぬならば夜まで待つだけじゃ。
それにあれだけの大筒・・・もうそろそろ尽きる頃合いよ。


「動かぬのう・・・」
秀吉は腕組みをして上杉の布陣を見つめていた。

夜襲に活路を見出すことは予測済み。
それだけで済むとも思えぬのだが・・・

そして何よりも弾薬が尽きかけているという事実もあった。
山田家から譲渡された大砲の威力に織田の兵たちはのぼせ上がってしまった。
撃ち過ぎてしまったのである。
上杉軍の策に嵌ったとさえ感じていた。

「やるか・・・」
秀吉のつぶやきに武藤舜秀は大きく頷くと声を上げた。

「破裏数多発射準備!!」
久しぶりのバリスタである。

「破裏数多発射後に第1陣は鋒矢陣で突撃をかける!!」
舜秀の指示は第1陣の各部隊に伝達された。

混乱状態の敵に一点集中で攻撃。
敵右翼、左翼がそれに対応するだろうが、そこには第2陣、第3陣の各部隊が突撃をかける。
対応に戸惑う敵本陣との間に必ずや遊兵が生まれる。

第1陣全部隊の指揮を任されている金森長近は既に陣形を整えていた。

「ふう・・・腕が鳴るのう。」
前田利家は第1陣に属していた。
子飼いの最精鋭部隊は腕に覚えがある猛者ばかりである。

「この最初の一手でどれだけの首級を上げるか・・・ここが勝負どころでしょう。」
元規も第1陣である。

「第2陣の坂井右近様、第3陣の丹羽長秀様がどこまでやれるかでもあるが・・・」
「御二方はこの戦国の世でも稀代の名将だとお見受けしております。」
「いずれはワシも並べるか・・・」
「又左殿は既に肩を並べておられるでしょう。」
「嬉しいこと言ってくれるのう、元規殿は。ワハハハ!!」

士気が高まっていく第1陣を後押しするように武藤舜秀の声が響き渡った。

「破裏数多発射ァァァ!!」

バリスタから次々と発射されていく巨大な矢。
それは上杉軍にとっては初めて見るモノであった。
着弾すると同時に粉が周囲に飛び散っていく。

「なんじゃこれは・・・?」
「なんか臭うのう。」
次々と兵たちから声が上がる。
そんな中、1人の騎馬武者が砦方面を見つめて異変に気付いた。

これは・・・火薬か・・・
そして敵陣からは・・・あれは火ではないか!?

「退け!! 退かねばならんぞォォォ!!」
1人の騎馬武者が声を上げるも

「何をぬかすか!! おぬしのような者がこのようなまやかしに狼狽しおって!!」
侍大将が一喝したその時だった。

今度は巨大な火矢が次々と飛んでくる。
そして着弾した瞬間に次々と大爆発を起こす。

「これは・・・これはまるで地獄ではないかァァァ!!」
「助けてくれェェェッ!?」

完全に上杉軍の先陣部隊は混乱していた。

「態勢を立て直せェェ!! おのれ・・・飛び道具とは卑怯なり・・・」
指揮する上杉家家臣甘粕景持は槍を構えた。
喚声と共に織田・山田連合軍の第1陣が攻め込んできたからである。

完全にヤツらの術中にハマったか・・・

「清右衛門!! 至急援軍を要請しろ。右翼の直江景綱様、左翼の本庄繁長殿ではなく我が殿にお願いするのだ!!」
景持が声を上げたその時だった。

「その首貰い受ける!!」
前田利家が槍を振るって飛びかかってきた。
「!?」
その鋭い槍の一撃を辛うじて受け流す景持。
更に次々と矢継ぎ早に繰り出してくる利家の妙技に追い込まれていく。

「その腕前・・・名のある御仁とお見受けいたす!!」
しかし全てをしのぎ切り距離を取る景持。

「我こそは前田又左衛門利家。」
名乗りを上げた利家。

「なるほど噂に違わぬ豪傑・・・織田にその人ありと謳われる槍の又左殿か。」
「貴殿は?」
「拙者は上杉家家臣甘粕景持なる者・・・」
「上杉でも名将の誉れ高き甘粕景持殿か。」

両者は互いに笑みを浮かべている。

好敵手・・・
なり・・・

そして再び互いに槍を振るい激しい打ち合いを始めるのだった。
そんな中、上杉軍の右翼と左翼が動き出す。
先陣の甘粕景持隊を救援すべく直江景綱と本庄繁長が動いたのである。
それは上杉輝虎の知るところとなったのだが、

「馬鹿な・・・景綱と弥次郎めは何故に動く・・・」
輝虎は憤りを隠せなかった。
先陣部隊の異変の際には本隊が動く段取りを組んでいたのである。

「ワハハハ!!」
突然、輝虎の傍らで笑い出す小島弥太郎。
「何がおかしいか!!」
輝虎はそれを一喝するも、
「いや久々に殿が虎千代君に戻られたかのようで・・・」
「何だとォ・・・そうか・・・そうか・・・ワハハハ!!」
弥太郎の言葉に輝虎も笑い出した。

「ちとワシには不相応な大軍であったかもしれぬな・・・」
「そうは思いませぬが・・・」
「まあ良い・・・」
そう言うと輝虎の眼光が鋭くなるのだった。

右翼から柿崎景家隊が先行して甘粕景持隊への援軍に向かっていた。
その隊列から一人の兵が姿を消した。
山田忍軍上忍鳥兜の源次その人である。

「ふう・・・上手く立ち回れたが大丈夫かいな。」
源次は上杉軍の甲冑を脱ぎ捨てる。
この上杉軍右翼の動きには源次とその配下たちの暗躍があった。
上杉輝虎からの先陣への増援要請と甘粕景持からの援軍要請という誤報を同時に流したのである。
しかし不安は拭えなかった。

この兵力差を覆すことが出来るのは・・・

その脳裏に浮かぶのは岳人。

「どうした源次。」
「いや・・・勝政様と織田家の御武運を祈っているだけだ。」
姿を現した山田忍軍上忍啄木鳥の権八の問いに答える源次。

「既に美濃は動いている。」
「そうか・・・」
権八の言葉に源次はうなずく。

「しかし木曽へと兵が動いている・・・」
「・・・木曽・・・信濃だとォ?」
「一応は勝政様と木下殿に知らせてはおるが・・・全くもって若君の御動向が不明瞭じゃ。」

権八は配下たちと上杉軍左翼に誤報を流していた。
それに伴い左翼から北条景広隊が甘粕景持への救援に向かっていた。
それぞれに首尾は上々だったが気がかりがあったのである。
それが岳人の動向であったのだった。


「ぐぬう・・・」
甘粕景持は焦りを覚えていた。
それは前田利家の強さだけではない。
上杉軍の先陣部隊が壊滅的状況に陥っていたことに対してであった。

「殿、右翼から柿崎景家様、左翼から北条景広様の援軍到着ですぞ!!」
そんな景持に家臣からの声が聞こえた。

「なんとォ・・・ダメじゃ・・・これでは間延びしたところを突かれる・・・」
「驚いたぞ、武藤舜秀殿の策を瞬時に見抜かれるとは・・・さすがじゃ甘粕景持殿!!」
「うぬう・・・なるばなんとかして貴殿を討つまで・・・」
「それは御無理でござろう!!」
「くッ・・・」
利家の槍は更に勢いを増すばかりであり景持は徐々に追い込まれていくばかりであった。

「又左・・・先に往くぞ!!」
金森長近隊が打ち合う利家と景持の側を通り抜けていく。
その先には柿崎景家、北条景広隊が待ち構えている。

「小賢しい・・・織田の将如き・・・」
柿崎景家が兵を動かそうとしたときだった。

金森長近隊が左右に大きく分かれて反転していく。
その間から突撃をかけてくるのは織田軍屈指の猛将坂井右近政尚率いる部隊であった。
そのわずかな対応の隙が歴戦の勇将柿崎景家に後手を踏ませることとなった。

「まさか柿崎景家様が圧されている?」
「織田の坂井右近の隊でございます。」
「なるほど・・・さすがというべきか・・・よし・・・」
戦局を見極めながら兵を動かそうとした北条景広。
しかし、その思惑も打ち砕かれる。

「うおおおッ!!」
北条景広隊の側面に急襲をかけてくる織田軍。

「者共、ぬかるな!! 敵将共は強者ばかりだ!!」
丹羽長秀は弓を手にすると鋭い一矢を放つ。
それは北条景広の急所へと・・・

「!?」
しかし身体をひねって躱す景広。

「その旗印・・・丹羽長秀殿とお見受けいたす。」
ニヤリと笑う景広。

さあ・・・どうするかじゃ・・・勝ち目があるのか・・・

丹羽長秀は焦りつつ槍を構える。

そう、まだ3日目の戦いは佳境に差し掛かってもいないのであった。
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