マイホーム戦国

石崎楢

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第210話:妖光の眼

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1570年も年の瀬に近づいていた。
政務の中心を大和に移すといいながらも、あまり実行は出来ていない。

「今年も終わるんだねえ・・・」
私は茶室でしみじみとたそがれていた。

「殿様、ただいま~」
「お帰り、五右衛門ってばご苦労さん。」

私は茶を差し出すが、五右衛門は酒を飲み始めた。

「それで年の瀬と正月になんかやらないのか? イベントとかいうヤツは?」
「さすがに厳しいって。みんなバラバラだろ。私はこんな感じだが、守護職を任せた者達は大変だろう。」
「ところで浅井長政の件だが・・・」
「聞いているぞ。私は美佳に賛成だ。岳人の行動が読みやすくなる。見くびっているだろうからな・・・」

そこに六兵衛と清興もやって来た。

「やはり殿ならそう言うと思ったぞ。」
「それならば仕方がねえぜ。」

そして気が付けば、四人で酒を酌み交わしている状態。
その中で、諸国の動向が話題となっていた。

「正虎さんの紀伊攻めは順調だよ。時間をかけてゆっくりと紀伊の国人衆を懐柔しながら畠山を追い詰めている。」
「あの方は武も際立つが、どちらかといえば知恵者。間違いはないだろう。」

私の言葉に六兵衛はうなずく。

思えば楠木正虎、そして本多正信。あの二人が松永弾正を見限り、山田家入りしてくれたことが大きかった。
大和合戦など畿内での三好との戦いでの功績は揺るぐことはないだろう。

「若狭は本多正信殿の手で海岸沿いに砦が次々と築かれている。越前の朝倉との関係も良好で旧武田家と力を合わせての国づくり。さすがだな、真似できねえ。」

清興は本多正信をベタ褒めしていた。
私もこの人事は我ながら見事だったと思っている。
秩序と統制を重んじる正信は近くに置けば、武闘派系の連中とぶつかる可能性が高い。
だからこそ遠方の、そして京を外敵から防衛する重要な拠点である若狭を任せたのだ。
功績に武闘派の連中は感嘆し、また正信も彼らの武功に感服するだろうと。

「営業よりも人事が向いていたかな・・・」
「何を訳分からないことを言ってんだ、エイギョウ? チンジ?」

私の独り言に対して五右衛門が執拗に絡んでくる。
ともかく話は尽きることはなく、夜まで続くことになるのだった。


その頃、伊賀国では前守護の仁木氏の館跡に上野城の築城が始まっていた。
義輝の考えであり、伊賀国の各所に目立つような派手な砦も築かれている。

「それでは行って参ります。」
「ああ、頼むぞ・・・元規。」
義輝に見送られて出陣する元規。
一千の兵を率いて向かうその先は尾張。

「大丈夫なのですか? あのような若武者に任せて。」
義輝の隣に現れたのは灰月。

「俺の武芸を仕込んでいる。更に明の武具をも使いこなせる・・・あの白装束の男の弟子でもあったらしい。」
「白虎・・・あの男は・・・別格でございます。義輝様と白虎の武芸を・・・末恐ろしい・・・」
「既に十分恐ろしいと思うぞ・・・ワハハハ。ところで明里の行方はまだわからんのか?」
「はッ、橙火も藍歌も行方知れず・・・でございます。」
義輝の言葉に灰月は首を横に振る。

そうか・・・俺はもう一度・・・もう一度だけ明里に会いたい・・・
女々しいかもしれぬが・・・


伊勢国霧山城。
ここで信じられないことが起こっていた。

「ふう・・・」
1人の美麗な男が庭先で次々と藁人形を斬り倒している。
その鮮やかな手並みに周囲の者共は感嘆するしかなかった。

「まるで大御所様に劣らぬ太刀筋。ワシもこれで安心しできますぞ。大御所様への冥途の土産話になります。」
北畠家重臣鳥屋尾満栄は目に涙を浮かべている。

「馬鹿言え。まだまだ死ぬでない。」
その美麗な男は笑いながら答えた。

「殿。山田大輔様は尾張に援軍を送りましたが、いかがされますか?」
北畠家家臣大宮景連が笑みを浮かべて聞いてくる。

「我らも準備が出来次第送ろうとは思っているブヒ・・・いや思っているぞ。」
そう、この美麗な男は伊勢国国司北畠家当主の北畠具房である。
太り御所と呼ばれた頃の面影はない。美麗かつ精悍な顔つきはまさしく名家北畠家の当主に相応しい。

早くこの姿を美佳様にお見せしたい。
この一年近くダイエットなるものを続けてきた。私は変わったのだ。

具房は自信に満ちている。
その佇まいに満足そうな大宮景連。

これで私の懸念の一つは解消された。
しかし、最大の懸念は美濃の岳人様。必ずや何かをしでかす恐れがある・・・
九鬼の忍びを送り込んでいるが、誰一人帰って来ないという事実。

そんな大宮景連の顔を見た北畠具房。

「何があろうと伊勢は守る。ワシも山田岳人の動きは気にしておる。上杉も近づいておるし、京への最大の防壁にならねばな。」

北畠具房の覚醒、これに岳人は気付いていなかった。
これが彼の計算を大きく狂わせることになる。


尾張国清洲城。
年の瀬とはいえ迫りくる上杉輝虎の脅威に緊張感が高まっている。
木下藤吉郎秀吉は山田、北畠に援軍を要請しつつ、国境の境川沿いに砦を幾つも建てていた。
三河は上杉に制圧されてはいるが、国境の刈谷城、緒川城を水野信元、信政は上杉に対し反抗の姿勢を強めている。
織田家と水野家との繋がりは織田信秀の頃からなのである。

「藤吉郎。またも水野が小競り合いで上杉を撃退したぞ。」
「知っております。水野殿の兵は強いですぞ。三河武士の鑑かと。」
織田家家臣池田恒興の言葉に藤吉郎は力強くうなずく。

「だが、上杉は底が知れぬのも事実。あの戦で我らは徳川殿と手を組んで敗れた。本庄繁長や北条景広、登坂藤右衛門といった一騎当千の者達を相手に並の覚悟では望めまい。」
「故に坂井殿や武藤殿に国境を任せているのです。さすれば上杉輝虎が自ら出てくることになるでしょうな。」
「この三河、尾張を舞台に上杉輝虎を仕留めるということか・・・」
「足利家無き今、上杉輝虎は目的を見失い、そして山田大輔殿との戦を望むでしょう。それはさせない。日ノ本の明日の為にも大輔殿を討たせるわけにはいかないのです。」

秀吉の熱い口調に池田恒興は苦笑するしかなかった。

「吉法師様以外におぬしをここまで熱くさせる男か・・・。」
「友でございます。」
「ならば何故にその友の御子を警戒する?」

恒興の言葉に秀吉の表情がこわばった。

「又三や小六を小牧に置いているのはあからさまではないか?」
「あの麒麟児は全てを達観しております。強いていえば危険な存在。いつこの尾張に攻め入ることがあってもおかしくはないのです。」

岳人の動きに対し秀吉は嫌疑心を覚えていた。
北畠、織田といった友好関係のある家からも警戒されている岳人。
当の本人は意に介していなかった。


美濃国稲葉山城。
岳人は赤龍たちと隠し部屋で密談をしていた。

「上杉と織田の戦いは必ず来年に起こるだろう。その際に面白いことをしでかすつもりだよ。」
岳人は笑みを浮かべていた。
目の前に広げられた地図のある場所を指さしていた。

「ですがこうも警戒されていては動けないのでは?」
赤龍は岳人のあからさまな行動に疑問を感じていたのだ。

「動くんだよ。私は美濃に固執しない。むしろ日ノ本よりもその先の為に。」
「もしや・・・」
白虎は岳人の指さしている位置を見て驚く。

「白虎さん、ビンゴだよ。」
「何と大それた・・・」

そんな白虎のリアクションに赤龍と青彪は岳人の意図を感じ取った。

「あとは美濃のみなさんがどれだけ私についてきてくれるかだね。それでこの先の道程が楽になるか険しくなるか・・・」
「緑霊と黄扤、橙騎、後は各地に散らばっている同志たちを集結させましょう。」
赤龍が言う。
「頼みます。」

そう答えた岳人。

好き勝手放題だな・・・

そんな岳人の脳内に響くのは果心居士の声。

「あなたもこういうの好きでしょ?」

まったくだがな・・・口惜しいが楽しませてもらおう・・・

「ずっと楽しませてあげますよ・・・」

そうつぶやいた岳人の眼が妖しく輝くのだった。


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