流浪の太刀

石崎楢

文字の大きさ
上 下
1 / 8

序章

しおりを挟む
時は1615年(慶長20年)6月、江戸の町は歓喜に満ちていた。
大御所徳川家康、征夷大将軍徳川秀忠による大阪城攻めの勝利は人々を高揚させていたのである。

戦の無い世の中・・・あの狸殿は見事に成し遂げおったわけか・・・

油問屋「高屋」の軒下で一人お茶をたしなむ一人の老人。
穏やかな顔つきで天を仰ぐ。

「おい、爺!! また友を仰山連れてきたぞ!!」
そこに大声を上げながら子供たちが集まってきた。

「清兵衛・・・可愛い孫の頼みとあれば、いつもながら仕方がないのう・・・」
その老人は子供たちの中心にいる子に微笑みかけると店内へと入っていった。
子供達も後に続いていく。

「オイラの爺はな、乱世に詳しいのじゃ!!」
清兵衛は自慢げに老人の肩に手を乗せる。

まあいつもの顔ぶれじゃな・・・

老人は子供達一人一人の顔を眺めながら考え込む。

「おいらは下野しもつけの話の続きが聞きたいぞ!!」
清兵衛が声を上げる。

「ワシらはその話知らんぞ!!」
「又兵衛爺さん、オイラ達にも話してけろ!!」
それを聞いた他の子供たちが騒ぎ立てる始末。

「オイラはまた始めから聞いても構わんぞ。」
清兵衛は上機嫌。
彼にとっては自慢の物知り爺さんなのである。

下野か・・・ワシにとっては始まりでもあるわけじゃが・・・

その老人、高屋又兵衛はため息をつく。

「爺・・・嫌か? 嫌なら無理じいはせぬぞ。」
「そうではない・・・ワハハハ。」
心配そうな顔つきの清兵衛の頭を撫でると又兵衛は眼を見開いた。

「それではのう・・・あの南北朝のばさら大名高師直の末裔を語っておる高師影こうのもろかげのお話じゃ。次々と主君を変えて乱世の影にて暗躍した男、それが師影。まずは最初の主君であった下野国の大名宇都宮広綱とのお話じゃぞ。耳をかっぽじって聞くが良いぞ・・・」

子供たちは眼を輝かせて又兵衛の話に耳を傾けるのだった。
しおりを挟む

処理中です...