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ウンディーネの願い

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その光は確かに魔法陣だった。
俺たちは船で限りなく近づいていた。
その青く澄んだ美しい海の底に、神々しいまでの光を放つ巨大な魔法陣が描かれていた。

「この魔法陣はウーデンスだわ。」
「そうだな。イルジアンのものと全く相違がない。第2の魔法陣だ。」

エリスと俺は魔法陣の方へ手を差し伸べる。
光の粒子が舞い上がり、俺たちの身体に入り込んでいった。

「ファンタジーですわ・・・。」
「あたしたちの身体にも入ってきている・・・力がみなぎる感じ・・・」

なんと舞花と穂香の身体が光の粒子を吸収している。
さすがに俺とエリスは驚きを隠せなかった。

「素養があるのかもね・・・二人には。」

そんなエリスの言葉に喜びを爆発させる舞花と穂香。

「魔法が使えるようになれば優輝くんを助けることができます!!」
「これからもずっと二人に頼り続けるのもなんだかなぁ・・・そう思っていたからね♪」

しかし、ユウちゃんはガタガタと震えていた。
火の聖霊サラマンダーの子供であるユウちゃんにとって相性最悪の魔法陣なのだ。

水属性魔法の源である水の魔法陣ウーデンスは火属性のリエスマに強く、雷属性のジベンスに弱いといったように、属性ごとに相性がある。
大概の魔法使いはそれぞれ得意な属性魔法を持ち、極めようと修練を続けていく。
例えば、つい先日に遭遇した”自称”黒き魔導士クラン・ヴァンゲリスは、イルジアンにおいて地属性のオウガス系の魔法のエキスパートだった。
俺やエリスはイルジアンを形成する七つの属性の魔法を全て極めている希有な存在だ。
そんなうんちくはともかく、リエスマの精霊であるユウちゃんにとってはまさしく命の危機。

「ユウちゃん、大丈夫よ。あたしにはわかるから。」

俺の腕の中で怯えた目を見せるユウちゃんの頭をそっと撫でたエリス。

「正直、精霊の召喚をできる自信はないけど、優輝くん・・・見ていて。」
「ああ・・・」
「出でよ、偉大なる水の聖霊ウンディーネ!!」

おいおい・・・ただ・・・呼ぶだけかいって・・・!?

「やっぱ出てこないか・・・そもそも精霊の召喚は難しいのよね。」

おいおい・・・この前は俺を馬鹿にしていたんじゃないか!?

「仕方が無いか・・・ウンディ-ネ、出てこないとわかっているよね?」

そんなエリスの声と共に魔法陣から水の竜巻が巻き起こる。
そしてその中から美しい女性が姿を現した。
風になびく青く長い髪、透き通るような青き瞳、ちょっと透け気味の水色の羽衣。
その姿に舞花と穂香は同性でありながら見とれてしまう程。

「エリーゼ・・・やっと元に戻ったのね。待ちわびたわ・・・っていうか脅しは無しよ。とにかく待っていたんだからさ・・・といったところなんだけど・・・」

ウンディーネはエリスに声をかけると俺を睨みつけた。

「ユウキ!! この裏切者ォ!!」

いきなり罵倒されたが、もちろん心当たりはある。



「見事だわ・・・ユウキ。あなたこそウーデンスを極めし者・・・。」

かつてイルジアンにある第2の魔法陣の中、ウンディーネから俺に告げられた言葉。
当時、12歳だった俺はまだ感情表現もままならず無表情にうなずくだけ。

「全てを託すわ・・・いつでも呼んでね♪ あなたの力になりたいの・・・この偉大なる水の精霊ウンディーネ様がね♪」

そんな俺に頬を赤らめるとウンディーネは寄り添ってくる。
どうやらこの精霊は明らかにショタコンのようだ。
そして無反応の俺に対し耳元でそっとささやく。

「その冷たい眼差しがたまらないわ・・・。」

正直、彼女が鬱陶しかった俺は早く解放されたくて心にも無いことを言ってしまったのだ。

「ウンディーネ。俺はお前しか召喚しない。俺の下僕になれ・・・。」

そのひと言に感極まった偉大なる水の精霊様は失神するのだった。。



怒り心頭のウンディーネは次々とまくし立ててくる。

「あれから一度も呼んでくれなかった。クラーケンみたいなはぐれモノばかり呼び寄せて・・・偉大なる水の精霊様を完無視なんて。」

いや・・・人為による精霊の召喚はほぼ不可能なことは知っているだろうが・・・

「無理とか言ってもね、不可能を可能に出来るのがユウキでしょ? そういう風に育てたはずなのにィ!!」

いや・・・そもそもオマエには育てられた覚えはない・・・ウーデンスの完全習得には感謝しているが・・・

「でも、サラマンダーを召喚してるし・・・しかも子供のサラマンダーを召喚してペットのように飼い慣らすなんて!!」

確かにサラマンダーを呼び寄せたのは申し訳ない。自分でも上手くいくとは思ってなかったけど。子サラマンダーでも奇跡的なことなのだが・・・
そして俺はリエスマの魔法が得意なの知っているだろう。
だから呼べたとも考えられるし・・・

「あたしをペットにして飼い慣らしてよ!!」

よく見るとウンディーネの首元に首輪が・・・しかもリード付きだし・・・。


あまりに不毛なやり取りにエリスの顔がひきつっていた。
舞花と穂香はあまりに変態的なウンディーネの態度にドン引きしている。

「300年ぶりなのに、相変わらずの変態ドM精霊ぶりに愛想が尽きたわ。帰れ・・・」
「お待ちくださいませエリーゼ様!! あたしぐらいですのよ、召喚魔法で素直に召喚されるのは!!」
「だから素直に帰れ・・・」
「そんな・・・せっかくユウキと会えたのに・・・」

怒りのあまりウンディーネを魔法陣に帰そうとするエリス。
慌てて土下座する”偉大なる水の精霊様”。

「この魔法陣はイルジアンへと繋がっております。それでもあたしを帰してしまわれるのですか?」
「!?」

ウンディーネのその言葉を聞いた俺とエリスは驚きのあまり声が出なかった。

「イルジアンと繋がっている?」
「そう、この魔法陣を通じてね。」

そんなウンディーネの返答に俺はたまらず聞き返した。

「イルジアンは無事なのか?」
「ええ、辛うじて。」

とにかく無事であることがわかっただけでも良かった。

「この世界に七つの魔法陣が現れるのは本当か?」
「そうかも・・・どうだろ・・・」

素っ気ないウンディ―ネの態度。不毛だがやるしかない。

「ちゃんと教えろ。答え方次第ではお前に何をするかわからんぞ!!」
「えッ・・・!?」

やはり赤面しやがった。どこまで変態なんだ。

「何をする気なの・・・何をしてもいいわ・・・。」

もう突っ込むのも面倒だ。

「実はね、イルジアンの魔法陣が恐るべきモノたちによって取り込まれてしまったのよ。だからこの世界に助けを求めに来たの。エリーゼやユウキ・・・、あなたたちがいると信じてね。」

そう言いながら、ウンディーネは俺の服の袖を掴んだ。

「助けてください・・・ユウキ様・・・。」


そんな俺とウンディーネのやり取りに業を煮やしたかのようなエリス。

「その恐るべきモノとはヴィーザムによる干渉じゃないの?」
「・・・。」

エリスの言葉にうなずくだけのウンディーネ。

「それなら話が早いわ。まずはイルジアンにてウ―デンスの魔法陣を解放する。そして次の魔法陣を解放していけばいいだけじゃない。」
「いえ、イルジアンの魔法陣にはこちらの世界からしか行けないわ。恐らくはイルジアンであってイルジアンでない場所に魔法陣が在るのよ。」
「そんな面倒な・・・」
「エリーゼが言ってたヴィーザムによる干渉よ。」

「いいじゃないか。俺はやるぜ!!」

二人の会話に割り込むように俺が声を上げた。

「私もついていきます。」
「やったろうじゃん。」

舞花と穂香もやる気満々だ。戦力にはならないが、気持ちだけでも嬉しい。

「わかったわ・・・ウンディーネ。道案内はお願いね。」
「ありがとう・・・。」

俺やエリスたちの言葉に涙を浮かべるウンディーネ。
しかし、ユウちゃんは結界を張った船でお留守番となった。


「ピピピ・・・いってらっちゃい!!」

ユウちゃんの言葉に見送られて俺たちは魔法陣へと飛び込んでいった。
眩い光に身体が溶けていくような感覚。

イルジアンがどうなっているのか不安ではある。
だが、もう戻れはしない。今は先だけを見据えて進むだけだ・・・。

俺は自分自身に言い聞かせた。
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