馬瓶(うまがめ)の嫁はんー徳島県立太刀野山農林高校野球部与太話

狸のハロウィン

いつぞやのハロウィンの季節に、馬瓶の嫁はんに一杯食わされた太刀野山農林高校ータチノー野球部狸ども。
あの恐ろしげな仮装は「はろうぃん」やら何やら言うらしい。

山の学校にも里の風は少しずつ、そして確実に流れ込んできていて、いつしか狸どもの間にもハロウィンゆうたら何や知らん恐ろしげな仮装をして「トリック・オア・トリート」とかいう呪文を唱えれば里の大人が菓子をくれるいう、ごっつおいしい行事やいうことはじわじわと広まってきよった。

次の年のハロウィンの夜、狸どもは各部活毎にまとまって里に降り、芝生(しぼう)やら勢力(せいりき)やら清水やら一帯をわちゃわちゃ回りよった。

中でも一番アホなのはラグビー部。人の格好して袋持って里人相手に呪文唱えればすぐに菓子をくれると思い込み、何も考えんと校名入りの試合用ジャージ着て回りよったもんやから、里の子どもらが

「タチノーの狸や！」
「何しに来よった！」
「おまはんらにやる菓子なんかあるかいだ、これでも食らえ！」
「早うヤマへいね！」

と口々に叫んでは石をぶつけるという騒ぎに。

「うちんくの畑ほじり回して芋盗ったんはおまはんらやろ！」

「ちゃうちゃう！あれはソフトボー‥」

「やかましいわこの腐れ狸どもが  ！」

菓子もらう替わりに嫌と言う程石つぶて食らわされ、おまけに芋泥棒の濡れ衣まで着せられたラグビー部、狸の姿に戻ってキャンキャン鳴きながらほうほうのていで山へいんでもうた、ゆうわけや。

一方、野球部はというと、かいらしい子どもの姿に化けて大阪の嫁はんくに顔を出すと「トリック・オア・トリート」。可愛いと頭撫でてもろて、粟おこしやら岩おこしやらようけもろてホクホク顔。得意になって畦道を行進しよると‥向こうから「仇敵」馬瓶の嫁はんが近づいてくる！

「まあかいらしいなあ、カボチャの服よう似合うとるでないで」

別人のように優しい言葉掛けに、呪文を言うのも忘れて照れておると、嫁はん「あんたらどこの学校？」
まさかタチノーと答えるわけにはいかん。お互い肘でつつき合うてモジモジ。

キャプテンがおずおず

「芝生(しぼう)小学校」

と答えると、ちょうど馬瓶の嫁はんの後ろを通りかかった里の子どもらがそれを聞きつけ、「何年生？」と口々に聞いてくる。

部員どもが

「うち二年」
「おれ三年」

と口から出任せを答えるや、子どもたちは大声で

「二年にこんな子おらんでよ」
「三年もじゃ。お前名前何や？」
「担任の先生誰や？言うてみい！」
「こいつらごじゃ言いよる」

と蜂の巣つついたような大騒ぎじゃ。

馬瓶の嫁はんはケラケラ笑うと

「そんなもん始めからわかっとったわ。このタチノー狸！  ほなけんどよう化けたなあ」

青ざめる野球部。またギュウと言わされるのかと覚悟しておったら、嫁はんは里の子どもらの方に向き直って

「狸ゆうてもこんだけかいらしいにして来とるでないで。イタズラしに来たわけでなし」

里の子「泥棒狸のタチノーとうっちゃの芝生小一緒にすな！」

嫁はん「まあまあ、こらえてやり。それよりおまはんら、こんなとこでぐずぐずしよると遅うなるで」

年かさの里の子「そや姉ちゃんの言う通りや。まだ校長先生んく行ってへんやん、早よ行こ！」

里の子たちはぞろぞろと向こうに見える大きな屋敷に向かって行った。それを見送る野球部員たち。

「おまはんら何しよん、一緒に行ったらどうで？」

馬瓶の嫁はんは狸どもの背中を押すと

「芝生小の校長先生にその仮装見せたり。トリック・オア・トリート忘れたらアカンでよ」

キャプテン「ありがとうございます。もうイタズラしません！」

嫁はん「何ゆうてんの、おまはんら狸はイタズラしてなんぼでないで。どうせするんやったら、池田のお蔦はんとこみたいに頭に葉っぱ乗せて甲子園出て日本中の人間まるっと化かして優勝旗さらって来んで？」

馬瓶の嫁はんに敵う狸は、多分阿波の国広しといえどどこにもおらんのかもしれん、知らんけど。