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山城狸まつり

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 徳島狸まつりの双璧は、ともに11月開催の徳島市と山城町。徳島市狸まつりは前にお話した通りのハイテンションぶりなんやけど、山城狸まつりの方は……実はタチノー、ぶっちゃけ出禁を食らっている。

 ……数年前の話になるが、山城狸まつりで地元の人間たちがウサギやらヤギやら集めて「動物ふれあいコーナー」を作ったことがあった。その時、狸まつりにリアル狸がおらんのはどうも具合悪い、という話が出たようで、タチノー生に白羽の矢が立った。
 高校生狸が子狸に化けるというマイナー変化(へんげ)で、参加したのは2年農業科・林業科から2匹ずつの選抜だった。
 いずれも品行方正にして成績抜群の精鋭、その中に野球部の千代松がおった。

 山城に着いて、早速愛くるしい子狸に化ける4匹。動物ふれあいコーナーに案内されるや、早速子どもたちの好奇の目にさらされる。

 うわあ……「客寄せパンダ」いう言葉あるけど、わいら「客寄せ狸」やんか。

 最初はそれでもまだよかった。

 人間が化けたつもりになっとる、なんとも微妙な狸と妖怪のパレードが終わる頃になると、町外からの見物人も増え、ふれあいコーナーにも親子連れがひっきりなしに訪れる。
子どもたちはヤギにエサをやり、ウサギやハムスター、そして子狸を抱っこする。阿波川口駅前で狸のメイクをしてもらった子どもたち、次々にいろんな動物を抱っこしてはご満悦だが、動物たちは疲労困憊だ。

 おかしな抱き方されるたびに内臓がひっくり返りそうになるは、揺すぶられて頭がくらくらするは、「ふれあい」がこんなキツいものだとは知らなかったタチノー生たち。

 今しがた、保育園児に腹のあたりをぐっと掴まれ頭の中が真っ白になった千代松。段々畑の農場実習や野球部の対面ノックの方がはるかにマシや! と辟易していると、いきなり小学校高学年の腕白坊主に大事な尻尾を掴まれた。

 次の瞬間身体が宙に! 驚いて四本の足をバタバタさせる千代松。

 すると腕白坊主、掴んでいた尻尾を不意に離した。

 お次は地面に落ちた千代松の首根っこをわしづかみにして再び持ち上げる。苦しがってバタバタすると腕白坊主、今度は思い切り首を締めてきた!

 千代松は飛びそうになる意識の中、最初で最後の反撃ーー腕白坊主の腕をガブリと思い切りひと噛みした。

「ギャー!」

 ものすごい悲鳴が上がり、ふれあいコーナーの担当者と子どもの親がすっ飛んできた。担当者は素早く千代松を引き剥がすと、猿ぐつわをして小さなケージに閉じ込めた。

 ふれあいコーナーの狸たちは囲いの中に入れられ、「ふれあい」は中止になった。しかし千代松GJ! と言うてる場合やない。

「千代松!」

 千代松は朋輩から離され、猿ぐつわをされたまま、ケージごと保健所に送られた。

 検査の結果、幸い狂犬病の類の恐ろしい病気はなく、子どもの怪我も大したことはなかった。しかし人間たちが事の経緯を知ろうともせんと、子どもに噛みつくとんでもない狸や、と決めつけてくる扱いに、千代松は震えが止まらなかった。

 タチノーの校長は、保健所職員に伴われ、憔悴しきって学校に戻ってきた生徒たちを校長室に呼んだ。千代松がしゃくり上げながら切れ切れに語る腕白坊主の所業と山城側の対応を聞いて、カンカンに怒った校長。即座に縮地法使うて太刀野山から山城に出向き、狸まつりの実行委員長に抗議の申し入れを行った。

 生徒の安全が確保できないイベントへの協力などできない、狸がひどい目に遭う狸まつりなんぞ世界のどこにあるんじゃ! 動物虐待や! と校長が尻尾をぶんぶんさせながら言うと、まつりの実行委員たちは「ほんならもうタチノーさんは二度と来んでええ。山城だけでするきに」ーーということになってしもうたのじゃ。

 この話にはとんでもないオマケがあった。

 ……数ヶ月後、高校野球の春の県大会が始まろうかという頃に、山城狸まつりの顛末が徳島県高野連のおえらいさん方の耳に入ってしもうたんじゃ。野球部員が子どもに怪我をさせた! という形で。

 春季大会のエントリーを済ませたばかりのタチノー野球部に激震が走った。

 高野連からは出場辞退を暗に求める内容の話が届いた。
 千代松は思い余って山桜の葉に退部届をしたため、監督に出した。

「千代松、ほんまに野球やめたいんか?違うやろ?」

 千代松は無言でただ鼻をすんすん言わせている。

「わしが徳島市まで行って話してくるけん、安心して待っとり。練習さぼったらあかんでよ」

 監督は頭に柿の葉を乗せると、ださい背広姿のおっさんに化けた。そして汽車に乗って徳島市に向かい、県高野連の事務所を訪れた。

「狸は黙って殺されなあかんのですか!」

 監督は顔を真っ赤にして高野連役員に詰め寄った。

「藤黒さん、狸が殺されるとかいう話と違います…」

「違うことないです! 正当防衛やないですか! 皆さんは千代松の話まともに聞いたんですか? 人間の話は聞いて、狸の話は聞かんのですか?」

「藤黒さんのおっしゃることはもっともです。しかしですな、相手は怪我を…」

「うちの千代松も、傷だらけでもんてきました! 首を締められたいうてました!」

「しかしまあ、子どものしたことですし…」

「いくら相手が小学生言うたかて、やってええこととそうでないことがあります! とにかく、野球部の子らには何の責任もありません。それでも出場辞退やおっしゃるなら、これは山城狸祭りに生徒を出した大人の方の責任やけん、わしが試合に出んかったらええの違いますか?」

ーータチノー野球部は、監督不在の形で春季大会に出場した。

 監督の代理としてベンチに入ったのは教頭先生。インフィールドフライ?何やそれ揚げ物か? いう名言を吐いた御仁じゃ。

 試合の方はキャプテンを中心にてきぱき作戦を立て、千代松もヒットを一本打って、惜しくも敗れはしたが、帰り際に阿波池田行きの汽車が来るまで小一時間、蔵本駅前で動物虐待反対のビラまきとアピールを賑々しく行った。

 教頭がトラメガに化け、千代松がそれを握って最大ボリュームで熱弁を振るったのは言う迄もない。

 汽車の中で、トラメガから人間に化け直した教頭はガンガン痛む耳に湿布を当て、タチノーナインは窓外に広がる田んぼの風景を眺めながら、県高野連のおえらいさんと山城狸まつり実行委員をどないして狸の糞だまりにはめたろか? と相談しいしいヤマに帰っていったとさ。
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