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付きまとう男
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「エヴァリーナ嬢、先日の話は考えてくれたかい?」
「ヘルマン様……」
足早に校舎の廊下を歩くエヴァリーナに付きまとうのは伯爵令息ヘルマンである。
向上心が強く成績優秀なエヴァリーナはその日の授業が終わっても王立学園を後にせず図書室にこもる事が多かった。
学園にしかない学習に参考になる書物が沢山あるからである。
自主学習を終えてエヴァリーナが図書室を出た時間は今日も閉室ぎりぎりだった。
ヘルマンは人気が居ないのを見計らって接触して来たのだった。
「お付き合いするという事でしたらお断りした筈です。
あなたがというより、私には今は色々とやるべき事があるので」
「何も君の勉強の時間を邪魔したい訳じゃない。
でも私にとってもこの学園での時間は君と接触出来る貴重な時間なんだ」
「……」
ヘルマンはそう言ってエヴァリーナの前に回り込んだ。
その動きと瞳に粘質的なものを感じてエヴァリーナは歩を止めた。
そして少しだけ後ずさる。
「……ヘルマン様には許嫁もおりましょう?」
「そんな事は言わないでくれ。彼女は妹みたいなものさ。
王立学園に在籍する時間も重ならないくらい年も離れている。私の心にあるのはたった一人だけだ……」
「侯爵家の馬車を待たせておりますので。失礼致します」
全てを云わせない内にエヴァリーナは踵を返して廊下を歩きだした。
後ろ側の方にも下に降りる階段がある。
ヘルマンに前を塞がれていてはどうしようもないからだった。
「待ってくれ!」
「きゃっ!」
後ろから追いついたヘルマンはエヴァリーナを階段側の壁に押し付けた。
長い廊下からは死角になって見えない。
「少しは私の話を聞いてくれ」
「離してください。この様な事が皆に知れたらどうなるかはお判りでしょう」
「君が聞いてくれないのがいけないんだ……。
頼む、エヴァリーナ嬢。後生だから私の想いを受け止めてくれないか」
閉館直後だからまだ誰か居そうなものだが今はこの窮状に気付く者はいなかった。
叫びたくても一瞬躊躇する。
貴族令嬢にとってこの手の醜聞が立つ事は致命的だ。
ヘルマンにはかえって都合がいいのかもしれないが。
躊躇している間に両手首をつかまれて身動きが出来ないエヴァリーナにヘルマンの顔が近づいて来た。
エヴァリーナは顔をこわばせて目をつむった。
しかし目的は達せられる事は無かった。
「やめたまえ!」
「!」
「殿下……」
何処から来たのかアウグストがヘルマンの肩を押さえていた。
アウグストはそのままヘルマンの体をエヴァリーナから自分の方に強引に向けた。
「何をやっているのか分かっているのか、ヘルマン」
「……」
「すぐに消えろ。事を大きくしたくなかったらな」
ヘルマンはアウグストを睨み一瞬エヴァリーナへ視線を走らせた。
そのまま何も言わずに去ってゆく。
そこにはエヴァリーナとアウグストだけが残されていた。
「……無事だったかい、エヴァリーナ嬢」
「え、ええ。助かりました、殿下……」
アウグストはエヴァリーナの手首に跡が残っているのを見て本気で腹を立てた。
自分の女になる予定の令嬢を汚される所だったという勝手な思いだった。
「気になるから私が馬車まで送って行こう。何も無くてよかった」
アウグストはエヴァリーナをエスコートして階段を下りて行く。
エヴァリーナの動向を気にしていたら思いもかけない場面に遭遇した。
報告をした側近がこの場に居なかったのはもちろん気を使っての事である。
仕組んだわけではなかったがアウグストにとっては僥倖だった。
エヴァリーナに対して自分の頼もしい部分をアピールするまたとない機会となったからだ。
去っていく二人を後ろから睨みつけながらヘルマンは独白する。
「エヴァリーナ嬢……私は必ずあなたを自分のものにする……」
「ヘルマン様……」
足早に校舎の廊下を歩くエヴァリーナに付きまとうのは伯爵令息ヘルマンである。
向上心が強く成績優秀なエヴァリーナはその日の授業が終わっても王立学園を後にせず図書室にこもる事が多かった。
学園にしかない学習に参考になる書物が沢山あるからである。
自主学習を終えてエヴァリーナが図書室を出た時間は今日も閉室ぎりぎりだった。
ヘルマンは人気が居ないのを見計らって接触して来たのだった。
「お付き合いするという事でしたらお断りした筈です。
あなたがというより、私には今は色々とやるべき事があるので」
「何も君の勉強の時間を邪魔したい訳じゃない。
でも私にとってもこの学園での時間は君と接触出来る貴重な時間なんだ」
「……」
ヘルマンはそう言ってエヴァリーナの前に回り込んだ。
その動きと瞳に粘質的なものを感じてエヴァリーナは歩を止めた。
そして少しだけ後ずさる。
「……ヘルマン様には許嫁もおりましょう?」
「そんな事は言わないでくれ。彼女は妹みたいなものさ。
王立学園に在籍する時間も重ならないくらい年も離れている。私の心にあるのはたった一人だけだ……」
「侯爵家の馬車を待たせておりますので。失礼致します」
全てを云わせない内にエヴァリーナは踵を返して廊下を歩きだした。
後ろ側の方にも下に降りる階段がある。
ヘルマンに前を塞がれていてはどうしようもないからだった。
「待ってくれ!」
「きゃっ!」
後ろから追いついたヘルマンはエヴァリーナを階段側の壁に押し付けた。
長い廊下からは死角になって見えない。
「少しは私の話を聞いてくれ」
「離してください。この様な事が皆に知れたらどうなるかはお判りでしょう」
「君が聞いてくれないのがいけないんだ……。
頼む、エヴァリーナ嬢。後生だから私の想いを受け止めてくれないか」
閉館直後だからまだ誰か居そうなものだが今はこの窮状に気付く者はいなかった。
叫びたくても一瞬躊躇する。
貴族令嬢にとってこの手の醜聞が立つ事は致命的だ。
ヘルマンにはかえって都合がいいのかもしれないが。
躊躇している間に両手首をつかまれて身動きが出来ないエヴァリーナにヘルマンの顔が近づいて来た。
エヴァリーナは顔をこわばせて目をつむった。
しかし目的は達せられる事は無かった。
「やめたまえ!」
「!」
「殿下……」
何処から来たのかアウグストがヘルマンの肩を押さえていた。
アウグストはそのままヘルマンの体をエヴァリーナから自分の方に強引に向けた。
「何をやっているのか分かっているのか、ヘルマン」
「……」
「すぐに消えろ。事を大きくしたくなかったらな」
ヘルマンはアウグストを睨み一瞬エヴァリーナへ視線を走らせた。
そのまま何も言わずに去ってゆく。
そこにはエヴァリーナとアウグストだけが残されていた。
「……無事だったかい、エヴァリーナ嬢」
「え、ええ。助かりました、殿下……」
アウグストはエヴァリーナの手首に跡が残っているのを見て本気で腹を立てた。
自分の女になる予定の令嬢を汚される所だったという勝手な思いだった。
「気になるから私が馬車まで送って行こう。何も無くてよかった」
アウグストはエヴァリーナをエスコートして階段を下りて行く。
エヴァリーナの動向を気にしていたら思いもかけない場面に遭遇した。
報告をした側近がこの場に居なかったのはもちろん気を使っての事である。
仕組んだわけではなかったがアウグストにとっては僥倖だった。
エヴァリーナに対して自分の頼もしい部分をアピールするまたとない機会となったからだ。
去っていく二人を後ろから睨みつけながらヘルマンは独白する。
「エヴァリーナ嬢……私は必ずあなたを自分のものにする……」
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